3話
眼前の敵に向かいアキヒトは疾走する。
姿勢を低くくし左右へのフェイントを交える事で敵への的を絞らせずあっという間に距離を詰める。独特のステップを踏み距離を詰めながら袖に隠した暗器を投擲する。一瞬のうちに繰り出された6本の投擲物は一直線に敵へと向かっていく。それに対し敵は全く動じた様子もなく無造作に手に持つ棍棒を薙ぎ全ての暗記を叩き落とした。
「いまの全部撃ち落とすのかよ!」
悲鳴に近い叫び声を上げながらも残った暗器を右手に逆手持ちし敵との距離を詰める。棍棒を相手にするにしては些か頼りない得物も無いよりはマシだと半分ヤケクソになりながらも敵の間合いへと突っ込む。
アキヒトの接近を嫌がったのか敵は後ろに下がりながら横薙ぎの一撃を繰り出す。
ゴオッっという轟音を伴い繰り出された一撃だがアキヒトにはまるでスローモーションかの様に、敵の筋繊維の動きまではっきりと見えていた。
「遅い!」そう叫びながら低い姿勢から更に低く地面スレスレ踏み込んだアキヒトは棍棒をすんでの所で避け一気に距離を詰める。その勢いのまま敵の顔面に向かい手に持つ暗記を投擲すると同時に敵の右前方へと踏み込み渾身のストレートを繰り出した。
いける!!と確信したのも束の間その瞬間アキヒトの体は宙を舞っていた。
何のことはない、難なく暗器を避けた相手が棍棒を手放し恐るべき速度でアキヒトの手を掴むと一本背負いの要領でその勢いのまま強引に放り投げたのだ。
着地に失敗し無様に土埃まみれになりながら転がり、その場に突っ伏しながらもアキヒトは敵へと視線を移す。そこにはすでに眼前の敵へと挑みなすすべなくやられ呻き声をあげる仲間たちが転がっていた。その中央にその男は泰然とした様子で立っている。背丈は2メートルを超え鎧のような筋肉に全身を覆われた大男。顔は左角の折れた雄鹿の頭を模した被り物をしておりその表情は伺いしれない。
ただ、冷たく鋭い視線が確かにこちらを向いていることだけは分かった。
「アキヒト、お前はなまじ目がいい分相手の攻撃を捌くのは上手いが、攻撃が直前的すぎる。」
「大体はあれで決まるんですよ‥」
鹿頭のアドバイスに対しとこぼしながらアキヒトは意識を手放した。
訓練場とは名ばかりの柵で囲っただけの荒野に死屍累々の光景が広がっていた。大の男が15人無造作に転がっているのである。
乱取りという名の模擬戦にて鹿頭に対し団員全員で打ちかかる、鹿頭の野党団恒例の訓練の結果である。
「お頭強すぎるって‥15人がかりで何で傷ひとつつかないんだよ‥」先程まで気絶していたカイトがぼやく。全身が痛みとても起き上がる気が起きないカイトが視線を左へと向ければ健気にもマクバが立ちあがろうとしていた。
「お頭、もう一本お願いしやす」
マクバは満身創痍ながらも気力は衰えておらず鹿頭に向かい飛び出しぼろぼろとは思えないほどの踏み込みで鹿頭との距離を詰める。
近づくマクバに対し棍棒を大上段からの打ち下ろす鹿頭。
咄嗟に後方へと飛んだマクバの前髪を風圧が撫でる。内心冷や汗をかきながらも果敢に攻める。湾刀を模した木剣を両手に携え眼前の敵へとマクバは再び奔る。
鹿頭の横薙ぎの一撃を左手の木剣でもって受け流し上段に構えた右の木剣で鹿頭の上半身目掛けて鋭く突きを繰り出す。
鹿頭はマクバ渾身の突きを体を僅かに傾けて避け持ち直した棍棒をしたから逆袈裟斬りの要領で振り抜く。完全に体勢を崩したマクバは苦し紛れに左の木剣で受け流そうとするもバキッという音ともに木剣はへし折れ腹部に鈍い衝撃が響く。ピンボールのように吹っ飛ばされたマクバは数メートル先まで吹き飛ばされ3回転程したのち柵をぶち抜き地面へと崩れ落ちた。
「おい、あれ死んだんじゃねえか‥?」
「やりすぎっすよ!お頭!訓練用具も柵もぶっ壊して!また金が!」
気絶したフリをし様子を伺ってた団員達から非難が殺到する。
「すまん‥‥やりすぎた」
気まずそうにそう呟いた鹿頭は自身が吹っ飛ばした団員の介抱へと向かった。
「あれ?死んでねえ‥?」
「おう、起きたかオッサン、骨は逝ってねえ。打撲だとよ」
目を覚ましたと同時に最もな疑問を口にするマクバに対しアキヒトが応じる。
医務室とは名ばかりのやや手狭な部屋の硬いベッドの上で目を覚ましたマクバは更なる疑問を口にする。
「アキヒトか‥あれ、先生は?」
「医者先生ならおれとあんた以外はほとんど外傷らしい外傷もないからって今は柵の補強に向かってるよ、後ボスがやりすぎたごめんって言ってた。後から多分謝りに来るぞあの人」
いまだに鈍痛が居座る脇腹を抑え起き上がりながらアキヒトからの返答に苦笑しつつマクバが返答する。
「模擬戦だってのに一々気にする必要ないだろ。何でそういう細かい所を気にするかねあの人は」
「ボスは見た目によらず割と繊細なとこあるからな、あの後色々ぶっ壊したの全員に責められてしょんぼりしてたぞ。久々の模擬戦だったし楽しくなっちゃったんだろな」
アキヒトとマクバが言葉を交わしていると医務室のドアがギイっと不快な音を立てながら開いた。
長い白髪をひとまとめにした壮年の男は切れ長の目で2人を見ると
「おう、目覚めた2人とも。おれが見た限りお前らどこも異常ないから部屋に帰ってよし。てかおれ今から酒飲んで寝るから早く帰れ」
医職とは思えぬぞんざいな診断をししっしと手を振る男にため息をつきながら2人は医務室を後にし各々の部屋へと戻っていった。