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性加害疑惑報道への対抗策

 「なんだぁ! この記事わぁぁ!」

 

 少し前の事だ。

 お笑いコンビ、主にツッコミ担当の只野はちょっとした失敗をした。週刊誌が報じた自身が健忘症であるという記事の内容に怒り、所属している事務所に法的措置を執るように求めたのだ。“ちょっと打ち合わせの内容を忘れたくらいで、健忘症なんて言われたら堪らない!”と。

 だが、法的措置をチラつかされた週刊誌側にとってそれは心外だった。“疑い”としか書いていないし、何より只野が打ち合わせ内容を忘れたのは事実なのだ。それにこの程度の記事も書けないのでは商売が成り立たない。

 

 だから、報復をする事にしたのだった。

 

 ――週刊誌と芸能事務所は実は絶妙な力関係のバランスの上で成り立っている。あまりに“やばい”内容なら、週刊誌側は記事にしない事だってあるし、その見返りとしてある程度のタレントのスキャンダルなら事務所側は認め、時には情報を流す事すらもある。週刊誌にとっても芸能人は飯のタネだ。記事でその芸能人を潰してしまったなら、その飯のタネがなくなってしまう。だから手加減をするのだ。

 その絶妙なバランスを、只野は崩してしまったのである。それ故に週刊誌は容赦のないスキャンダルを記事にしたのだった。

 ――ただし、そのターゲットにされたのは、只野ではなかった。

 

 「お前……、何してくれてるんだよ!」

 

 申し訳なさそうに唇を震えさせている只野に向かって、ボケ担当の荒川は言った。

 そう。

 週刊誌のターゲットにされたのは只野ではなく、彼の相方の方だったのだ。8年程前に彼は素人の女性と遊んだのだが、それが何故か“性加害疑惑”として報道されてしまったのである。

 「いや、完全に同意だって!」と、彼が言っても、相手の女性が「強引に迫られた」と言えばそれを証明する事は困難だ。そのネタは直ぐにネットの世界を席巻し、結果彼は叩かれまくる事態にまで発展してしまった。芸能活動も休止せざるを得なくなった。しかもそれでも週刊誌のスキャンダル記事は止まらなかった。もう彼が一切覚えのない女性まで出て来ている。多分、捏造だ。

 そんな中、荒川は裁判に打って出る事を決めた。手段が彼には残されていなかったのだ。このままでは捏造されたスキャンダルで、彼は永久に芸能界を追放されてしまうだろう。

 

 「んー でも、旗色は悪いですよ?」

 

 がしかし、彼の雇った弁護士は、そのように告げるのだった。“無い事”の証明は基本的に難しい。しかも8年も前である。弁護士がそう告げるのも無理はなかった。荒川は苦悩した。

 “……一体、どうすれば良いのだろう?”

 そんな時だった。

 このようなファンレターが届いたのだ。

 

 『もしかしたら、荒川さんを助けてあげられるかもしれません』

 

 荒川が記者会見を開いていた。

 昨今のSNSにおける苛烈とも言えるハードバッシングを知っている彼は、しばらく鳴りを潜めていたのだが、だからこそ、その記者会見は大きな注目を集めていた。

 彼は言った。

 「まず、僕は強姦などしていません」

 敢えて刺激的な表現を使ったのは計算の内だった。記者が質問をする。

 「それを証明できますか?」

 もちろん、証明できないと分かった上でした質問だろう。

 「できませんね」

 と、あっさりと彼は返す。記者達はどよめく。罵声が荒川に浴びせられてもおかしくはない雰囲気だったが、そこで彼はタイミング良く口を開いた。

 「ですから、皆さんにお願いがあります。是非とも僕に協力していただきたいのです」

 その言葉に、記者達の多くは頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 何故、スキャンダルの渦中の人物に記者が協力をしなくてはならないのだ?

 「僕が何を言ったって、皆さんは納得しないでしょう。ですから、僕を刑事告発して欲しいのです。捜査権を持つ警察ならば、公平に僕が無罪と判断してくれるでしょう」

 一気に会場が騒がしくなったのは言うまでもない。

 

 ファンレターの中では、このような説明がされてあったのだ。

 『荒川さんが無理矢理に乱暴していない事を証明するのは難しいです。ですが、それは相手も同じなのですよ。つまり、荒川さんが乱暴した事を証明するのも難しい。ならば、相手が有罪を証明しなくてはならない状況にしてしまえば良いのです』

 ファンレターの主は奇妙な点に気が付いたらしい。個人的なブロガーなどでは、8年前であっても警察に頼る事が可能である点を説明してあるのに対し、何故か企業が書いている記事ではそれに触れていないのだという。

 『週刊誌は被害女性が複数人いると報じていますが、誰一人として警察に訴えていません。流石にこれは不自然です』

 かつて強制わいせつ罪で捕まった芸能人はいる。しかも、今回の件の被害女性は一般人で、組織的な隠蔽工作があったとも思えない。一人や二人ならば何か特殊な事情があっても不思議ではないかもしれないが、週刊誌はかなりの数の女性を挙げているのだ。これでは誰一人警察に訴えないのは無理がある。

 『週刊誌が、刑事告訴、或いは刑事告発を行わないのは、それを行えば荒川さんが無罪になってしまうと分かっているからではないでしょうか?

 ならば、刑事告発をしてしまえば良いのですよ。親告罪でない限り、刑事事件は第三者による告発は可能なのですから。仮に警察が受理してくれなかったのなら、「警察は無罪と考えている」と発表してしまって良いと思います。有罪と判断しながら、警察が告発を受理しないなんて事があるとは思えませんので………』

 

 「何か企業に問題が発生した時は、利害関係のない第三者委員会が立ち上げられ、調査が行われます。仮に僕の性加害事件を公平に調査したいと思ったのなら、そのような外部組織が必要でしょう。週刊誌は僕のスキャンダルで利益を得られ、週刊誌に告発した女性もスキャンダルで収入があります。利益関係にあるのだから、調査には向かない。社会通念上、公平に判断ができる立場とは言い難いです」

 荒川の言葉に記者達は誰も反論ができなかった。

 「だからこそ、公平に判断をしてくれるだろう警察に動いてもらうのですよ」

 彼がそう訴えると、記者達はもう厳しい質問をする事はできなくなっていた。自分達が同業者を訴える破目になるのは避けたかったのである。彼らにも横の繋がりがある。結果、静かに記者会見は幕を閉じた。

 

 その後、雑誌社は何処も荒川を刑事告発しようとはしなかった。警察が受理しなかったのなら、彼の無罪を証明しているようなものだし、もし仮に受理されてしまったのなら、更に事態は悪くなる。警察は週刊誌に捜査協力を要請するだろう。断れば、記事を捏造したと言っているようなものだし、受け入れたなら下手すれば捏造の証拠以外にも色々と悪事を暴かれてしまうかもしれない。

 そして、しばらくが経つと、話題とネタに飢えた社会系の動画チャンネルが複数、荒川を刑事告発する企画をやり始めたのだった。警察は告発を受理しなかったのだが、それにより「警察は荒川さんを無実だと思っているようです」とそれら動画チャンネルは発表した。

 結果、荒川に対する批判の声はどんどん弱くなり、反対に週刊誌を疑う声や糾弾が増えていったのだ。

 そして、そんなある日の事だった。

 

 「……そろそろ、示談にしませんか?」

 

 そう週刊誌側から提案があったのだった。

 週刊誌側の責任者が赤裸々に告白した内容を信じるのなら、そもそも彼らに初めは荒川を潰すつもりはなかったのだそうだ。

 「世の中の反応が、我々の予想を超えていましてね。まさか、あなたが活動休止に追い込まれるまでになるとは思っていなかったんですよ」

 荒川のスキャンダル記事の企画者は、少々旧い人間で、SNSが普及した今の世の中の影響力の強さを見誤ったのだという。

 荒川の所属する芸能事務所はその提案を受け入れた。週刊誌とこれ以上喧嘩をしても、メリットはないと判断したのである。他のタレントがターゲットにされないとも限らない。

 数日後、週刊誌は被害女性達が「荒川さんをここまで追い込むつもりはなかった」と告白する記事を載せた。「何を今更」と世間の多くの人は思ったのだが、荒川がそれに対して「こっちにも悪いところがあった」とレスポンスをすると、ヒステリックに反応する声は聞こえなくなっていった。そして、そのようにして、その騒動は沈静化していったのである。

 

 「……いやぁ、丸く収まって良かったなぁ」

 

 テレビ番組の収録。

 そうツッコミの只野がボケるのを、ボケの荒川が「お前が言うな」とツッコミを入れた。

こんな平和な結末が、あっても良さそうだと思いもします。

もう無理そうですが。

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