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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

7gの愛情

作者: 橋島微茄子

①ポチ袋1枚の重さが約9gである。

②紙幣の重さは1枚につき約1gである。

③このポチ袋の中には2000円札が1枚入っている。

①~③より、俺の手に握られているものは約10gである、はずだ。

なのにこの10gがとてつもなく重い。

だが、手放さねばならない。




「あ、有愛ありあちゃん」


ソファに座ってテレビを見ていた姪っ子が、こちらを振り向いた。

目が合った瞬間、その視線に耐えきれなくなり、自分の手元を見る。

しかしその一瞬でも、端正な目元と艶のある長い黒髪はあの頃から変わっていないことがわかった。


不快な思いをするほどに綺麗だ。


「……正吾しょうごおじさん」


去年、高校の入学祝いで幾許いくばくかの金銭を渡したきり、有愛とは会っていなかった。

今日は5月2日、1年以上も時間が経過しているのだ、ここでお小遣いを渡しておかねば俺の体裁が悪くなるだろう。


「これ、お小遣い」


俺は10gの重量を誇る茶色のポチ袋を手渡した。

隣に座ることはなんとなく憚られ、俺は立ったままだ。


場違いなバラエティ番組の笑い声がリビングに響く。


「あぁ、うん……」


感謝の言葉もなく受け取られた。

その態度に少し苛立ちを覚えるが、人と目も合わせられないような人間が礼儀の大切さを説くことなどできやしなかった。


今もただ胸元のリボンを視界の中心に置いて、周辺視野で顔の輪郭を捉えているだけだ。

有愛がどんな表情をしているのかすらも判然としない。


1つだけ分かることは、制服を着ているといったことだけだ。

今日は高校から直接この実家に来ているらしい。


午前は学校に行き、着替える暇もなく午後は祖父母の家に連れて行かれる。


「どうかした?」

「いや……」


だからこんなにも不機嫌なのだろうか?

それとも、こんな無職で37歳のおっさんに話しかけられたこと自体が気に触ったのだろうか……。

女子高校生の考えていることなんて、いつだってわからなかった。


ああ、もしかすると胸を凝視されているように感じているのかもしれないな……。

そりゃ不快だろう。


制服のリボンから視線を外そうとして、ふと顔を上げると、キッチンの方から母と姉がこちらを注視しているのが目に入った。


母は、俺が部屋から出てきたことに驚いてこちらを見ているのだろうか。

姉は、自分の娘が何かされないか心配で見張っているのだろうか。


どうも、女子高校生に限った話ではなく、俺は他者の考えていることがわからないらしい。

それが家族であろうとも。


「まぁ、そういうことで、高校生活がんばってね」

「……」


ひとまずこれで最低限の義務は済んだと思い、この場から離れようとする。

すると、有愛が目の前で封筒を開けだした。


「え」

「……2000円札?」

「ああ、うん。それ、昔から持ってたんだけど、使い道に困ってたから」

「へえ……」


この暴挙にはさすがに驚き、視線を向けると目が合ってしまった。


目の前で金額を確認するのはマナー的にどうなんだ?

ここまできたら、無職のおっさんが説教をしても許されるだろうか。


「なんか、2000円札ってテンション上がらない?」

「あー……」


説教なんて俺にできるはずもなく、目線を外し、ただ怒られないように弁明をするだけだった。


怒られる?

何に対してだろう。

渡す金銭が少なかったら怒られなくてはならないのか。

お小遣いなど、無償の善意だというのに。


けれど、有愛はその善意を受け取って、ただ迷惑そうにしていた。

俺はその表情がどうしても侮蔑的なものに見えてしまい、惨めな感情が沸いてくる。


「でも、そうだよね。現役の女子高校生は何かとお金がかかるもんね。ちょっと足りないか」


そう言って俺はポケットからサイフを取り出した。

しかし、その中には紙幣が一枚も入っていなかった。


心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


ここまできて、お金がないとは言えないだろう。

いや、正確には10年前まで働いていて蓄えた貯金がまだ100万円近くあるのだが、最近家から出ていなかったので、現金として保有していなかった。

とりあえず、この場をどうにかごまかす必要がある。


ふと、小銭入れの方を見ると、最悪な過去が入っていた。


「……そういえば、有愛ちゃんは昔、500円玉が好きだったよね」

「え……」


1枚7gの硬化は、今日も残酷なまでに美しい輝きを放っている。

見た目ほどの価値は無いというのに。

されど500円玉には心地よい重量感がある。


「はい、これどうぞ」


俺は500円玉を手渡した。


「ああ、うん……ありがとう」


有愛は引きつった笑みを湛えている。

今度は困っているようにも見えた。


「それも、前から扱いに困ってたやつなんだ……大事に使ってね」


上手くはいかなかったが、及第点は超えたんじゃないだろうか。

最終的には感謝されたわけだしな。

親戚のおじさんとしての義務は、最低限果たせた気がする。


「……いや、やっぱ、これ、いらないよ」


有愛が500円玉を俺に突き返してきた。


「え……?」

「おじさんが大変なのは知ってるし、大丈夫だから」


俺の何を知っているというのだろうか。

こんな若い子が。


母と姉がこちらを見ているのがわかる。


「はは……うん、ありがとう」

「……がんばって」

「ああ、頑張るよ」


これ以上何をがんばればいいんだ?

無責任な言葉を投げかけやがって。

じゃあ2000円札も返せよ。


「うん、それじゃあね。正吾おじさん」


俺が500円玉を受け取ると、有愛は立ち上がり、キッチンの方へと向かっていった。

こんなにもみじめな思いをするくらいなら部屋にいればよかった。


有愛の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

女子高校生の制服。

嫌な思い出がよみがえる。


俺が職を失ったきっかけ。

10年前の記憶が。







今日は俺の人生において27回目のクリスマスイブ。

午後9時までシフトが入っていて、ようやく帰れるところだ。


黒のコートを羽織り、紺色のマフラーを巻いていても、まだ寒さを感じる。

1人歩く夜の冬道は、なんとも言えない寂しさがあった。


24時間営業のスーパーで正社員なんてなるもんじゃないな。

イベントが、楽しむものから単なる苦行へと変貌していく。


接客が大変なだけではない。


「これ1個で250gくらいか?」


左手に持っていた白い箱を少し掲げる。


売れ残ったホールケーキを、俺が引き取ることになったのだ。

クリぼっちの身でどう処理しろというのだろうか。


「質量的にも、胃腸的にも、重すぎるな……」


まあ明日は休みをもらっているので、時間をかけてゆっくり食べればいいか。

どうせ、無料タダでもらったものだしな。

ネガティブになることでもないか。

ポジティブにいこう。


「ひとまず、缶コーヒーくらいは買っていくか」


帰り道の途中にある自販機に向かうと、その横に小さな人影が見えた。

面倒なことになる予感はしていたが、他の自販機はここからは少し遠いところにある。

俺は仕方なく自販機へと歩を進めていく。


近づいてやっとわかった。

それは、うずくまっていた女子高校生だった。

茶髪のロングで、綺麗な目元をしていた。

制服を着ている。


面倒事の予感が確信に変わる。

俺は関わり合いになりたくなかったので、何も声をかけなかった。

静かにお金を入れ、缶コーヒーのボタンを押す。


ガコン!


缶コーヒーが落ちてくる音に合わせ、女子高校生の体がはねた。

眠っていたのだろうか。


すると、女子高校生がこちらを見てきた。


自然と目が合う。


何も声をかけないのも不自然だろうか。


「あー、大丈夫ですか?」

「……」


ガン無視。


ただ、身なりは清潔に見えることから、事件性は無い気がする。

放っておいても問題なさそうだ。


そう思い、缶コーヒーをもう1缶買った。


「え、くれるの?」

「はい?」


ああ、2つも買ったから、1個は自分にくれる分だと思ったのか?

手に持っているのは今晩の分で、今買ったのは明日の分なんだが……。


「うん、今日は冷えるからね、あげるよ」


まあ、なんだか可愛そうだし、1本くらいはあげてやろう。

他人にあげるクリスマスプレゼントというのも悪くない。


俺は名も知らぬ女子高校生に、あたたかい缶コーヒーを手渡した。


「……ありがとう」


あ、いいこと思いついた。

皆が幸せになる魔法の取引だ。


「ついでにこれもやるよ」


俺はホールケーキを女子高校生の目の前に突き出した。


「なにこれ」

「クリスマスケーキワンホール」

「一人で食べ切れるわけないでしょ」


それは俺もそう思う。


「俺だって食いきれねえんだよ」

「まあ、おっさんの方が無理か。胃もたれしちゃうもんね」


お、おっさん……?

俺はまだピチピチの27歳だぞ?

缶コーヒーもあげてやったというのに、失礼なやつだな。


「おっさんじゃねえよ」

「お兄さんって年でもなさそうだけど」


ああ……たしかに、27はもうお兄さんとは呼べない年齢か……。

お兄さんとおっさんの中間にいる身分は肩身が狭い。


「それもそうだな……でもおっさんは傷つくなあ」

「じゃあなんて名前なの?」


えぇ……見ず知らずの人間に本名伝えるの、なんか抵抗あるな。

でも、おっさん呼ばわりされることに比べれば、些細な問題か。


「……橋爪正吾はしづめしょうご

「珍しい名字だね」


よく言われるぜ。

まあ、自分じゃ結構気に入っている名字なんだがな。


ここで立ち去ってもよかったんだが、少し興味が湧いてしまった。

なぜクリスマスイブの夜中に1人で自販機の横に座っていたのだろうか。


クリスマスだし、失恋とかだろうか……?


「お前は?」

「え?」

「お前の名前だよ」


こっちだけ教えるってのは、フェアじゃないよな。


「ああ、月森菜々つきもりなな

「お前も珍しい名字じゃねえか」

「お前、お前って……名前教えたんだからそっちで呼んでよ」

「ああ……月森、か」

「うん、そうだよ」


さて、いきなり本題を訊いてみてもいいだろうか。

さすがに警戒されてる気もするが、教えてくれなさそうだったら立ち去ればいいしな。


「月森はここで何してるんだ?」

「家出」


ほう。家出か。

なんともファンキーなやつめ。


「じゃあ、食べるものもないだろ、やっぱりケーキもらっとかないか?」

「それ、おっさんが押し付けたいだけだろ」

「おっさん、じゃない。橋爪正吾と呼べ」

「ああ、そうだね」


月森が笑い出した。


「笑うところ、あったか?」

「あったよ、おもしろいね、正吾おじさん」

「正吾おじさん……」

「あれ、いやだった?」


おじさんからは逃れられない運命なのか。


「別に……もうなんでもいいや。それじゃあ、気をつけて帰れよ」


家出の原因までは教えてくれないだろう。

他人だからな。

ここらへんが潮時だ。


缶コーヒーをポケットに入れ、ケーキを手に持ち、家に向かって歩き出した。


どうにかケーキを押し付けられたら良かったんだが、無理そうだな。

そりゃそうだ。見ず知らずの人間から渡されたケーキなんて食いたくないよな。


数メートル歩いたところで振り返ってみると、月森がうしろからついてきていた。


「ねえ、それ食べるの手伝ってあげようか」

「はあ? まじかよ、見ず知らずのおじさんについていくって、怖くないのか」

「だって、おじさんじゃないんでしょ?」


さっきまでおじさんって呼んでたくせに……。


「行くあてがないから、俺の家に上がり込もうとしてんだろ」

「まあ、そういう面もあるかな」


そういう面しかないだろ。


「はぁ……」


どうしたもんか。

走って逃げてもいいが、ケーキがぐちゃぐちゃになる。

歩いて逃げれば、当然振り切ることはできないだろう。


「嫌だと言ったら?」

「それでもついてく!」

「はぁ……」


ため息がもれ、白い煙となって空中に霧散していく。


「今日だけでいいからさ!」

「……」


俺はさっきまでいた自販機に向かって歩き出した。


「あれ、やっぱだめ?」


そして、お金を入れ缶コーヒーのボタンを押した。


「2本買ったのは、もともと俺が明日飲むための分だったんだよ」


さらにもう一度おした。


「今買ってる分は?」

「お前の明日、朝の分だ」

「え、てことは……いいの!?」

「明日の昼には帰れよ」


ケーキを処理してくれるなら、ありがたいか。


「ありがとうおじさん!」

「おじさんって呼ぶなあ!」


俺はまだまだ若者だ!







俺が玄関のドアを開けると、先に月森が走って中へと入っていった。


「お~い、靴くらいちゃんと揃えとけ~」

「ただいま~」


また無視された……。


「人の家じゃ靴を揃えるのが最低限のマナーだろうに……」


2人分の靴を揃え、部屋に入っていく。


「あれ、おかえりが聞こえない」

「誰もいねえよ」

「ありゃ、独身なんだ」

「既婚者がクリスマスイブに女子高校生を家に泊まらせるわけないだろ」


俺の家はよくある1LDKのマンション。

テレビはないが、その他必要最低限の家具は揃っていて、キッチンからはリビングを見渡せる設計になっている。

独身貴族には十分すぎる家だ。


「なんで1人なのにホールケーキなんて買ったの?」

「職場で押し付けられたんだよ」

「あはは、なるほどね」


月森が部屋の物色を始めている。


「あんまいじんなよ」

「質素な家だな~」

「貯金が趣味なんでな」


俺はキッチンへと行き、ホールケーキを4分割した。

そして、2つを別々の皿に乗せ、残りの2切れは冷蔵庫に入れた。


リビングに戻り、ケーキとフォークをローテーブルの上に置く。


「……こう見ると、なかなかの量だな」

「夜ご飯がホールケーキだけって、はじめての経験」


月森が楽しそうに呟く。


「パンがなければケーキを食べればいいって、こういうことなのかな」

「さあ……?」


ちょっと違うか。

そんなことを考えていると、月森は先にケーキを頬張っていた。


「ほら、お前の分の缶コーヒー置いとくぞ」

「コーヒーくらいじゃどうにもならないほど口の中が甘くなってる」

「女子高校生は甘いものが好きなんじゃないのか?」


戦力になると思っていたのだが。


「それ偏見」

「そうなのか……じゃあ、醤油でもかけてみたらどうだ」

「絶対まずい」

「でも、醤油にプリンは合うっていうじゃないか」


うにの味になるとかなんとか。


「確かに、挑戦してみたら? 変化を恐れてはいけないよ」

「おう……」


これで食えれば少しは希望が見える。


俺は上のクリームの部分に少し醤油を垂らし、口に運んだ。


「どう?」

「おいしくない……」


口の中で塩味しおみ甘味あまみの大喧嘩が繰り広げられている。


「まあ、そうなるだろうね」

「ここでコーヒーも飲んだら味が渋滞しそう……」

「ふふ、なんだかおっさん、おもろいね、明るいし」


明るい、か。

まあ、自立した生活はできているからな。

精神は安定している。



その後、ケーキを食べ終えた俺は、キッチンで皿を洗っていた。

月森にやらせようとしたが、皿洗いをやったことがないという。

どれだけ過保護な家で育ったのだろうか。


月森はリビングでスマホをいじっていた。

水を止め、月森に話しかけてみる。


「……家には帰らないのか?」

「帰りたくない」


即答か。


「家族が心配しているだろう」

「……知らない」


思春期の子供はめんどくさいな。


「嫌なことはいやと伝えることが大切だぞ、相手が何を考えているかなんてわからないからな、言葉にすることが大切だ」

「……そんなこと、できない」


月森はスマホをずっと眺めている。

その悲しげな表情を見たあとでは、詳しいことを聞くことはできなかった。


色々と込み入った事情があるのだろう。


悪いことを訊いてしまったか。


「……まあ、少しのあいだなら、うちにいてもいいぞ」

「うわ! 体狙いでしょ!」

「そうじゃねえ、無償の善意だよ」


せっかく助けてやろうと思ったのに。

なんて態度だ。


「ほんとにぃ……? でもなんか悪いなあ。私、家事とかもたいしてできないし」


月森は制服のポケットをあさりだした。


「気にすることなんて無えよ、善意なんて雑に受け取っておけ」


月森は何かをみつけたようで、ポケットの中からあるものを取り出した。


「あ! ちょうどいいの入ってた! これあげる!」

「もう夜なんだから、あんまり騒ぐなよ……」


うちのマンションは壁が薄いんだぞ。


リビングの方まで行き、月森の手から出てきたものを見ると、それは500円硬貨であった。


「家賃!」

「家賃って……。これじゃうちのスーパーのケーキも買えないぞ」

「ええ! あれあんま美味しくなかったのに、結構高いのな!」


普通に食っても美味しくなかったのか……。


とりあえず、この金はどうしよう。


「……まあ、コーヒー代くらいにはなるか」

「でっしょお! 感謝していいよ!」


とりあえず受け取っておき、こいつが家に帰る時に返そう。

それが1番無難だ。


「衣食住と500円じゃ釣り合ってる気はしないがな。まあ先に風呂でも入ってこいよ」

「うわあ! やっぱり手出すつもりなんだ!」

「そういう意味じゃねえよ」


そう言って、2人で笑いあった。

クリスマスイブだからだろうか、その後も騒いでいたのだが、隣人に壁を叩かれることはなかった。







嫌なことを思い出した。

最悪な過去だ。


部屋の机には、あの時、月森菜々が渡してくれた500円玉がおいてある。

今日、星宮有愛にあげようとした500円玉だ。


今から9年と半年前、月森と出会ったクリスマスの日から数えると6ヶ月後、警察がうちにきた。


月森の親が捜索届けを出したらしい。

ずっと帰ってこない娘を心配したのだろう。

あいつは両親に愛されていたのだ。無償の愛だ。


そして、俺は罪に問われた。

警察が言うには、未成年者誘拐罪に抵触したらしい。


もちろん性的行為は一切していないが、未成年と知ったうえで家に住まわせていただけで犯罪者となるらしい。

3年間の執行猶予がつきはしたが、10ヶ月の懲役判決だった。


逮捕された時に、仕事のことまで頭が回らなくて、無断欠勤をしてしまった。


会社には、素直に一連の事件について報告した。

そのせいで、仕事はくびになった。


だまっていればよかったらしい。前科がついても、会社の方に連絡がいくことはないのだとか。


俺は間違ったことをしたのだろうか。


じゃあ正しいことはなんなのだろうか。


俺は、仕事場には嘘をついて、黙っていればよかったのか?

それとも、月森を助けようなんてことは考えず、見捨てればよかったのか?

星宮におこづかいを突き返されるくらいなら、最初からあげなければよかったのか?


無償の善意なんてものは身を滅ぼすだけなのだろうか。

誰にも感謝されず、自分が苦しんでいるだけだ。


500円玉は今日も美しく輝いている。


この美しさを止める方法を1つだけ思いついた。

変化を恐れてはいけない。







500円玉1つの重さが7g。


「なあ、どうだ有愛?」


100万円を全て500円玉に両替すると14kgにまでのぼる。


「これ全部で500円玉、2000枚あるんだよ」


貯金はすべてなくなってしまった。

悔いはない。


「今回は、全部受け取ってくれて、嬉しいよ」


以前、星宮有愛に500円玉を突き返されてから二週間も経っていた。


海でダイビングするときには、体重の約10%のウェイトをつける。

高校生の平均体重は女子高校生が約52kg。

14kgもあれば十分に沈む。

ましてや、海水ではなく、風呂の水なのだから、万に一つも助からない。


「それは、苦しんでいるのかな……」


風呂の中に沈む星宮有愛は何を思っているのだろう。

女子高校生の考えていることは何もわからない。


「君にも嬉しさを感じて欲しいんだけど」


星宮は、姉の家に行き、そこで姉と義兄がいないときにあがりこみ、誘拐した。

中学の頃、修学旅行で買った木刀で殴りかかった。

反応がなくなるまで殴った。

車に乗せ、実家まで運んだ。

実家にも、今は誰もいない。


「……なんとか言ってよ」


その後、高校の制服に、500円硬化をぎっしり入れた袋を縛り付けた。

そして、風呂に沈めた。


「魂の重さは21gだったか……」


財布から500円硬貨を取り出し、3枚投げ入れた。


そして、財布の中には、最後に月森からもらった500円玉だけが残った。


「月森……」


これはやっぱり、月森に返しに行こう。

あれから10年経っているから、月森は今20代後半か。


会えるかどうか、わからないけど。


俺の人生全てをかけて探そう。


俺もいつ警察に捕まるか、わかったものではないが。


あの子に無償の愛情を送りたい。

受け取ってくれるだろうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] 難しい問題ですよね。 女子高生に限らず、小さな子を祷雲水に保護してあげたいとしても、家に連れ込んだところでアウトですからね。 人情もへったくそもあったもんじゃない。 じゃあ、放っておい…
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