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悪役令嬢の娘シリーズ

私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を繰り返すつもりはございませんよ?【ノベルアンソロジー掲載&コミカライズ】

作者: 関谷 れい

それは、私の愛する娘が十歳になったばかりのころだった。

流行病で一週間寝込んだ娘は、目が覚めた時、こう叫んだ。

「──大変、お母様!!私、悪役令嬢のようです!!」



真っ青になってガクガク震える娘を抱き締める。

少し思い込みが激しいところも愛らしい娘だが、これはただ事ではないと感じて、メイドも侍女も全て部屋から下げた。


「……一体、どうしたというのですか、リリールー?」

私が優しく声を掛けると、娘はポロポロ泣き出す。

娘が落ち着くまで背中を撫で続け、漸く泣き止んだ彼女は「……怖い……とても怖い、長い夢を見たのです……」と、私に懺悔でもするかのように、その長い夢を語り出した。



娘は、この世界がとある小説の世界であるという。

そして、その物語に出てくる主人公であるヒロインを恋敵としてみなして苛め、呪詛の能力を使える母親を利用してそのヒロインを極限まで追い詰めるのがリリールーという、悪役令嬢であるらしい。



私は静かに娘の話を聞きながら、少し驚いた。祝福、もしくは呪詛と呼ばれるその能力を私が所持していることは、娘だけでなく、誰にも話していないからだ。

私が愛する、旦那様にも話したことがない。



そして、その呪詛をヒーローやヒロインの周りの人間が協力して跳ね返し、悪役令嬢のリリールーならびにその家門は全員断罪され、物語はハッピーエンドを迎えるらしい。



「……そう。それは、怖い夢でしたね」

リリールーは、それが全て今後起こり得ることだと信じているようで、私の胸で再びしゃくり上げながら言葉を紡ぐ。


「わ、私、嫌です!愛するお母様やお父様、お兄様までが……っっ!!絶対、嫌……っっ!!」

「……そうですね、それは辛いですわね」

どうやって慰めよう、宥めようかと小さな背中をポンポンと叩くと、娘はその泣いてぐしゃぐしゃになっても愛らしい顔をぐっと上げ、私にお願いをした。


「……お母様、お願いがございます。もし、もし私が恋をして、誰かに呪詛を掛けるように言ったとしても……絶対に、絶対に聞き入れないで下さい」

「……ええ、わかりました」


恋は盲目と言いますから、その時がきたらきちんと、愛する娘であっても、辛くてもその恋と向き合うように言いますね。

私が安心させるようにそう続ければ、娘はやっと笑ってくれた。


「また、今みたいに辛くなったら私に話して下さいね?……それより、身体の具合はどうなのでしょう?貴女は一週間も寝込んでいたのですよ?」

私は、目覚めたばかりの娘の体調が心配だった。


「そう言えば……」

娘の、お腹の虫が鳴る。

私達は思わず見つめ合い、ふふふ、と笑い合った。




私の可愛い娘、リリールー。

いつか恋する時がくれば、私は全力で応援したくなるだろう。けれども、そこに私自身や私の能力を介入させる気は一切ない。


──愛する娘であるからこそ、呪詛なんかに頼らせてはいけないのだ。

娘には話していないが、私はずっと、それで後悔をし続けているのだから。




***




私は元々、公爵家の娘だった。

先祖を辿れば、多くの魔術師を輩出した家門である。


その中でも家門の得意分野が、祝福もしくは呪詛と呼ばれる、発した言葉を真実に変える強制力を持つ、という極めて繊細な能力だった。


だが、時が経つにつれて、そもそも魔術師と呼ばれる者達が少なくなり、我が家門でもそうした能力を持つ者は殆ど輩出されないようになった。


私の能力もそこまで万能ではなく、相手がない言葉……例えば、明日は晴れると良いな、なんて言葉は叶わない。


ただ、相手がいることに関しては非常に効果的だった。

料理長に、今日の夕飯はお魚じゃなくてお肉が良いなと言えば、お肉が出てきた。

家庭教師に、今日は外に出て講義が聞きたいと言えば、そうしてくれた。


そうした小さな願い事レベルの話ではないところで言えば、体調の優れなかったお祖父様に「元気になって」とお願いしたら、全快した。


また、毎年行われるデビュタントで、デビューした令嬢の一番のドレスを決めるのだが、それも友人に「一番がとれたら嬉しい」と零したところ、本当に取れてしまった。


そして、私がその賞をどうしても取りたかった理由が、今の私の旦那様だ。


若くしてその素晴らしい指揮と剣とで隣国からの侵略を食い止め、そして和平に導いた私の旦那様は、この国の英雄だ。

そして私は、そんな旦那様を一目見た時から、憧れというか……恋い慕っていた。


デビュタントには旦那様もいらっしゃると先にお兄様から聞いていたので、私はどうしても旦那様の目に止まりたくて、その賞を取りたかったのだ。


そして、賞を獲得した私は、気を大きくして、中庭で一休みされていた旦那様のところへ押し掛けた。


誰もいないところで、「尊敬しております」も「友達になって頂けないでしょうか」もすっ飛ばし、緊張のあまりに発した言葉が「私と結婚して下さいませ」だったのだ。



旦那様は、ニコリともせずにこくりと頷いた。

舞い上がった私は、呪詛を掛けてしまったとはしばらく気付かないまま、笑わない旦那様とそのまま婚約を交わし、そして結婚まで漕ぎ着けてしまったのだ。



私が呪詛を掛けてしまったことに気付いたのは、旦那様が私と騎士団の皆様の前で明らかに態度が違うことと、騎士団から皆様との会話を聞いてしまったから。


結論から言えば、私は旦那様の好みの真逆なのだ。


旦那様の好みは、何でも気楽に話せるサバサバした性格の騎士団にいるような女性達で、ドレスを身に纏ってはお茶会に行くような令嬢と話しているのは疲れるとのこと。


余りにショックで、どうやって家に帰宅したのかは覚えていないが、私が女性の護衛騎士に剣の振り方を教わろうとしたところ、旦那様が仕事場から駆け付けてきて、「危ないからやめて下さい」と初めて叱られてしまったのだ。


旦那様は呪詛が掛かりやすいのか、私の言う事は大抵こくりと頷いてしまう為に叱られたのはその一回きりだ。



私は、狡い女で。

旦那様が呪詛に掛かって自分と結婚したのだと気付いた時には、リリールーの兄である愛する息子が既に産まれていた。

だから、愛する息子が小さなうちに離縁しては可哀想だと、愛する娘の結婚式には両親が揃っていないと可哀想だと自分に言い訳ばかりをして、ずっと愛する旦那様を、解放することが出来ないのだった。




***




とうとうそんな言い訳が通らなくなってしまったのは、成人したリリールーが「無事に断罪ルート回避しましたわ!!」と嬉し涙を流しながら、旦那様の部下であり、かつとある侯爵家の長男と結婚した時だった。


悪夢を見た日からしばらくは何回もうなされていたし、それは成長の過程でも見受けられていたから、娘がこれでもう悩まされずに済むかと思うと心から安堵する。



リリールーが選んだ男性は、寡黙な様子が旦那様に似ていて、親子で男性の好みが同じなのかしら?と少し面白く感じた。


けれども、その男性がリリールーを見る視線は優しさや慈しみに溢れていて、私の胸は痛む。


私の前では笑って下さらない、旦那様。

もう、本当に、離縁して差し上げなければ……


私はリリールーに、「幸せな家庭を築いて下さいね」と祝福を送りながらも、帰宅する時はそればかりを考えていた。



「──は?今、何と言った?」

旦那様は、いつも通り無表情で、けれどもいつになく固いお声で私に聞き返す。


「……ですから、離縁致しましょうと申し上げました」

私が泣かないように俯いてそう言えば、バリン、グラスが割れた音がし、私は驚きに目を見張って顔を上げた。

「ブラッド様っ!!手に血が─」

「大丈夫だ」

「駄目です、手当てが先ですわ」


旦那様の手の中でグラスが割れている。少し怪我をされたようで、私は慌てて駆け寄った。

メイドがテキパキと旦那様の手を処置したので胸を撫で下ろし、自分の席に戻ろうとしたら、怪我をした方の手で腕を掴まれた。


「──私は、極力アルリカの言うことは何でも叶えてきたが、離縁は話が別だ。何故そんなことを言い出したのか、聞いて良いか?」

じっと私を見つめる瞳に、そんな場合でないのに胸が高鳴りそうになる。

十八歳で結婚してから、二十年。もう三十八歳にもなるというのに、私はずっと、旦那様に恋をしているのだ。



「……人払いを」

「ああ」

旦那様が使用人全員を下げ、私を膝の上に乗せた。

寝室ではしょっちゅうされるが、ダイニングでは初めてで、端正な顔立ちにも近くて少し照れてしまう。


「……ブラッド様はお気付きになっていらっしゃらないでしょうが、私には願いを口にすると、それが叶ってしまうという能力がございます」

「そうなのか。……それで?」

「私が悪いのです。私がブラッド様にあの日、間違えて、結婚をして下さいと願ってしまったから……っっ」

泣くまいと決めていたのに、声が震える。


「……それが何故、離縁に繋がるんだ?」

「ですから……っ、ブラッド様の意志ではなく、私がブラッド様に呪詛を掛けてしまったが為に、私と結婚することになってしまったのです……」

「つまり、アルリカは……私が、自分の意志で君に求婚したのではないと、考えているのか?」

「考えているのではございません。事実なのです」

「……では、私が嫌いになったとか、飽きたとかではなく?」

「まさか!ブラッド様は、私がこの人生において、ずっと愛するただ一人のお方ですわ。……二十年も奪ってしまいましたが、愛するからこそ、今こそ自由になって頂きたいのです」


旦那様は、今四十二歳だ。

けれども、子供達は既に巣立っているし、後妻を望む女性は数多くいるだろう。



「……わかった」

「……っ」

自分から言い出したことなのに、旦那様にそう言われて涙がポロリと溢れる。

旦那様はそれを親指で拭いながら言った。


「私は別れないから、どうしても別れたければ、その呪詛を私に使って別れればいい」

「……え?」

「ほら、言ってご覧」

私はまるで騎士団の仲間に見せる、意地悪そうなニヤリとした笑いを見せた旦那様に戸惑う。

心から願っている事でなければ、呪詛は効かないかもしれない。けれども、旦那様をもう自由にして差し上げたい気持ちだって、本当だ。


「……離縁致しましょう、ブラッド様」

「嫌だ」

「……あの?」

「そんな理由なら、断固拒否する。私は……その、初めて会った時から……貴女を……アルリカを、愛しているんだ」

初めて、ベッドの上以外で言われて、今度は嬉し涙が溢れた。けれども、口は卑屈で。

「そ、そんな訳ございません!」

「何故そう思う?」

「だって、話していたではありませんか……」


そうだ。

旦那様の好みからかけ離れていると、私は確かに練武場で聞いたのだ。


「言ってない。言う訳がない」

「でも、確かに聞きました」

「……もしかして、断片的に聞いた言葉を変に解釈をしていないか?」

「……?」


旦那様が言うには、当時の会話そのものは覚えていないが、新婚の旦那様を同僚がからかって、「公爵令嬢を嫁にすると色々大変だろう」と言ってきたのに対し、「緊張する、騎士団の女達は気が楽だ」と答えた記憶はあるらしい。


「だって、そうだろう?アルリカは公爵家の娘で、誰もが心を奪われる美貌の持ち主なんだ。単なる叩き上げで爵位を貰った私とはそもそも雲泥の差で、高嶺の花を手に入れた私はただひたすら嫌われないようにするので精一杯だった」

「……でも、私には笑顔を見せて下さいません」

「……笑っていい。君の前だと、未だに緊張するんだ。そして、大口を開けて笑えば下品だと感じるかと思った」

「ええっ?」


そんなことを旦那様が考えていたなんて思わず、驚いた。旦那様の笑顔が見たくて、こっそり何度も仕事場まで見に行ったのに。


「私が君を愛していることなんて、誰でも知っていると思っていた。当然、君も」

旦那様は苦笑いをしながら、先程下げた使用人達を呼ぶ。

「さぁ、食事を終わらせてしまおうか。……今日は、君と沢山話すことがありそうだ」




***




その日、旦那様は私に聞いた。

「何故、アルリカは自分に祝福の能力があると思ったんだ?」

私は、過去の私が掛けた祝福や呪詛の話をする。


「それは……公爵家の娘にそんな可愛いお願いをされれば、料理長や家庭教師なら叶えるんじゃないか?」

と言われ、それもそうかと私は納得した。


「お祖父様の体調はタイミングだろうし、デビュタントの賞も……当たり前だな。君が一番、輝いていたから」

髪を撫でられながらそう言われ、私は真っ赤になった顔を旦那様の逞しい胸板に押し当てた。


「ちょっと思い込みが激しいところも、愛らしいからな」

そう言われ、普段から外出すれば姉妹に間違えられることの多い私と娘は、そんなところもそっくりなのだと気付かされる。



そして後日、結婚したリリールーが、実家に遊びに来てくれた時のこと。


彼女は凄い剣幕で、私に言った。

「お母様っ!聞きましたわよ!?お父様と離縁だなんて……あんなにお互い好き過ぎて周りが空気なのに、何を考えていらっしゃったの!?」

どうやら、リリールー付きだった侍女から話がいったらしい。


そして、こう続けた。

「お父様は、実は小説ではラスボスなのです。溺愛するお母様をヒーローやヒロインに断罪され、怒り狂って国を滅ぼそうとするのですから……」


悪役令嬢だったらしいリリールーも、没落するらしかった私達も、無事で良かったと心から思う。


私に呪詛の能力がないとわかった今となっては……その小説で私達は、濡れ衣を着せられたのだろうから。



私は愛する旦那様を想いながら、愛する娘とゆっくりお茶を頂いたのだった。










いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。

また、誤字脱字も助かっております。


数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 娘さんよりも、お母さん夫婦のすてきな両片想い、 誤解がとけてよかったです。 ほのぼの、あったかくなりました。 すてきな作品ありがとうございます。 シリーズ、他の作品も読んでいきます。
[良い点] お母様の恋、娘よりドラマチックじゃないですか。面白いし、甘〜い。 タネあかし? 多分そうだと思ってました。 [一言] 是非、あらためて新婚気分で子作りしてください。きっと、まだイケる!
[一言] 題名の情報量が多すぎて「ちょっと待ってちょっと待ってどういう事?」と思ったのがきっかけで読みました。転生とか悪役令嬢ものはよくありますが、その母親がヒロインというのは新しいですね。話の流れも…
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