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最初で最後の子猫のキス  作者: 羽多 奈緒
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第8話 別れの儀式と約束

「色んな事があったなあ」


 銀斗(ぎんと)の旅立ちの前夜。偶然にも二人だけが知る秘密基地で再会した二人は、白と薄紅のハナミズキを見上げ、狼と猫の姿になって身体を寄せ合い、しみじみと語り合った。


「お前はホントに、チビで足腰もふにゃふにゃの癖に、無茶ばっかしたよな。柿が食べたいって、柿の木の細い枝先まで行っちゃって、にっちもさっちも行かなくなって」

「あの時は、銀斗が下で、僕を受け止めてくれたんだよね」

「俺のこと信じてなかったろ!? ちゃんと腕広げて待ってたのに、爪立てやがって。未だに俺の腕にお前の爪跡残ってんだぞ」

「ご、ごめん! でも怖かったんだもん!」

「それから、野犬に追いかけられて、崖まで行っちゃったやつな。あの時も、見るからに脆くて崩れそうなとこでさ。野犬とお前がシャーシャー睨み合ってて。俺が追い払ったのは良いけど、こっちが崖下に落ちるとこだった」

 銀斗は、クロの頭と耳の周りの毛を丁寧に舐めながら囁いた。

「これからは、俺が助けに行ってやれないんだからな。頼むから無茶するなよ」


 銀斗の表情が穏やかなのを見て取ったクロは、思い切って、先日のことを謝った。

「あのさ、銀斗。こないだ、接吻(キス)させなかったの、ごめん」

 銀斗はバツが悪いのか、聞こえてないような顔で視線を逸らし、無言のままだ。しかし、尻尾がせわしなく揺れている。クロは、これが今生の別れになるかもしれない親友に誤解されたままでいたくなくて、必死だった。

「これは、猫獣人だけの秘密だから言っちゃいけないよって、保行(やすゆき)さんにきつく釘を刺されてるんだけど、銀斗には本当のことを話すよ。……猫獣人はね、人生に一度だけ、接吻で自分の命と引き換えに、死にそうな人か、死んだ直後の人を生き返らせる魔法が使えるんだ。……僕、あの時、思い出したんだ。母さんが僕に泣きながら『可愛い坊や、育ててあげられなくてごめんね。必ず幸せになってね……』って接吻してくれたのを」

 それを聞いて、銀斗の表情は少し和らいだ。


「クロは小さい時にお母さんを亡くしたってことは知ってたけど……。そんな経緯があったのか……。俺のほうこそごめん。クロにとっては、すごく特別な行為だったんだな」

 ごめん、と謝るように、銀斗は、クロの頬の毛を優しく舌で舐めて毛繕いした。

「銀斗が嫌いなわけじゃないってことは、どうしても分かって欲しくてさ。それに、銀斗は群れのリーダーになるんでしょ? そしたら、一番優れた雌と番になって子どもを作らなきゃいけないんでしょ? ……僕は猫だし雄だから、銀斗の番にはなれないから……」

 銀斗は深い溜め息をついた。ごく僅かに、眉間に苛立ちを滲ませている。


 クロは息が詰まる思いだった。彼が指先に乗せて自分の腕や手に伝えてきた気持ちは、熱っぽくて、でもとても優しかった。あんな風に愛撫し続けられたら、蕩けてしまうのではないかとドキドキした。彼が自分に愛おしむような口づけをしようとしていることに気づいた瞬間、どんなにクロの胸が甘くときめいたか。彼に唇を捧げてしまったら、命までも彼に捧げてしまいそうだと思った。だが、彼は狼獣人のリーダーになる身。群れを率い、繁栄させる義務がある。自分なんかに気を取られていてはいけない立場だ。彼の未来のために、敢えて自分は身を引くべきだと、クロは幼いなりに真剣に彼を(おもんばか)っていた。しかし、そこまで複雑な気持ちを伝え合えるほど、二人はまだ大人ではなかった。


(でも、良いんだ。僕の本当の気持ちなんか伝わらないほうが。……だって、もし本心が伝わって、「そんなに俺が好きなら、クロ、一緒になろう」なんて言われでもしたら、狼獣人のみんなに迷惑が掛かってしまう。……きっと銀斗には、幾らでも綺麗で健康な雌狼の番が見つかるはずだから。『ああ、若い頃は、一時の気の迷いでそんなこともあったな』って想い出になれれば、僕は十分だから……)


 クロは最近ようやく自覚した銀斗への恋心を、このように切なく最後まで隠し切ろうと決めていた。


「……俺は、アルファとか番とか、どうでも良い。他になりたい奴がいれば、幾らでも譲るよ。もちろん、群れのことは責任をもって守る。でも、番になりたい雌狼なんて俺にはいないから」

 少し拗ねて怒ったように言い放つ銀斗の気持ちは嬉しい。一方で、自分はその気持ちを受け取って良い立場ではない。クロは、銀斗に見えないよう、彼の毛皮に顔を埋めながら涙を拭う。そして、猫笛を銀斗に渡した。


「これを吹いてくれたら、どんな時でも、どこにいても、僕は銀斗のところに駆けつけるからね。最近、僕も、保行さんから魔法や薬について色々教わってるんだ。他にも、猫獣人しか使えない取って置きの魔法とかもあるんだから。ちょっとは頼りにしてよね」

「……そうか。やっぱり、それぞれの獣人に伝わる魔法ってあるんだな。狼獣人にもあるよ、色々。……そんな話をする時間もなかったな。達者で暮らせよ、クロ」

 銀斗は、切なげに微笑んだ。


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