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最初で最後の子猫のキス  作者: 羽多 奈緒
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第5話 宿命

銀斗(ぎんと)!」

 引き留めようとしたクロの声もむなしく、銀斗の背中はどんどん遠ざかっていく。

()(ろう)! 銀斗が群れを離れるって……。どういうこと!?」

 肩を竦め、呆れたような表情で護狼はふんと鼻を鳴らす。

「次の群れのリーダー候補、アルファ候補に選ばれた若狼は、三歳を迎えた春に、一人きりで一年間、修行の旅に出ることになってるんだ。兄さんもそうだよ。あとひと月もしないうちに旅立つはずさ」

「ええっ!? ……いくら銀斗が強くて勇敢だからって。たった一人で群れを離れるだなんて。危ないんじゃないの?」

「でも、それが狼獣人のしきたりなんだ。旅に出て、無事に帰ってくるだけの強さがなければ、群れは、兄さんを次のアルファとして認めない。……クロが考えてることは分かるよ。確かにこれは危険な旅だ。帰って来れない若狼も多い。だいたい、十匹に一匹じゃないかな、帰って来れるのは」


 他人事のような冷たい言い方が信じられず、クロは護狼に訴えかけるような表情で見上げる。幼馴染が危険な旅に出ると聞いて純粋に心配しているクロの心痛に接し、さすがに気の毒になったのか、護狼は口元に(こぶし)を当て、咳払いをして視線を逸らす。きゅっと唇を引き結ぶと、クロは銀斗の後をついていくように走り出した。


「……やっぱり、ここにいた」

 クロは、辿り着いた二人の秘密基地で、諸肌(もろはだ)を脱いだ銀斗が怪我の手当てをしているのを見た。銀斗の胸には、痛々しい赤い打撲痕ができている。クロに見られて気まずかったのか、銀斗は慌てて脱いでいた上半身の着物を引き上げ、怪我を隠そうとする。

「訓練でこしらえたの? それ」

 隠れ家の入口に立ちながらクロは聞く。

「……ああ」

 不承不承と言った口調で銀斗が答えると、クロは一つ頷いて、駆け出した。薬師・保行の拾い子として育ったクロは、それなりに薬草にも精通している。程なくしてクロは薬草を手に戻ってきた。銀斗の(おこ)していた焚火(たきび)で軽く(あぶ)り、それを銀斗の胸に貼る。

「ツワブキだよ。これなら年中手に入るし、炙るだけで使えて便利だから」

「……ありがとう」

 目を逸らしたまま銀斗は小さく呟いた。懐から手拭を取り出し、クロは、それを縦に二つに引き裂いた。

「これを、ツワブキの上から巻いておこう。布に汁がしみこむと、それが湿布になるから」手拭で作った即席の包帯を巻こうと、銀斗の身体に近づく。

(ああ……。銀斗の匂いだ。お日様みたい)


 無意識のうちに頬を緩めていたクロに、銀斗は不満げに尋ねる。

「そんなにおかしいか? 偉そうな口利いてるけど、訓練ではこんなに傷だらけだって」

「ち、違うよっ……! 皆は、銀斗と護狼はそっくりな兄弟だって言うけど、性格も体格も、匂いも、全然違うなって思ってただけ」

「アイツを止めて良かったのか? ホントは、お前も護狼が好きなんじゃないのか?」

「ええっ!? 護狼のことは友達としか思ってないよ。優しいから嫌いじゃないけど。……あ、銀斗。耳も少し切れて、血が出てる」

 必死に誤解を解こうと間近で銀斗の顔を見ると、片耳の端に血が滲んでいるのが見える。クロは全くためらいもせず、銀斗の耳に舌を這わせた。ふるっと銀斗の身体が震える。優しく何度か舌を行き来させて血を舐め取る。

(そんなに痛いのかな……?)

「はい、おしまい」


 クロが、銀斗の頭にポンポンと優しく触れ、身体を離すと、銀斗は下唇を噛み締め、眉をしかめている。

「銀斗、そんなに痛かった?」

「……ああ、痛いよ。ここがね」

 いつもの男友達同士としての触れ合いとはまるで異なる繊細さで、彼はクロの指先をゆったりと自分の胸に押し付ける。逞しいけれどしなやかな筋肉の感触の下で、彼の胸は早鐘を打っている。困惑するクロを、静かに訴えるような眼差しで彼は見つめる。そして、物言いたげに緩く唇を開いたまま、ゆっくりと顔を近づけてくる。初心(うぶ)なクロだが、彼の意図は理解した。急激に鼓動が早まり、心臓が胸を突き破って出てきそうだ。どう振る舞えばいいのか分からない。戸惑いながらも彼を見つめ返し続けると、銀斗のほうが視線を逸らし、深い溜め息をついた。


「……手当てしてくれて、ありがとう」

 彼は自分の鼻先をクロの鼻先にチョンと軽く触れ合わせる。猫式のこの挨拶が、銀斗とクロの幼馴染としての挨拶になっている。銀斗は後ろを振り返ることなく、隠れ家を出ていった。

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