1-3.
母親と名乗る女性に自分のことをレティシアと言われた。違和感があったはずなのになんだか自分のことのように思えてくる。
「私はレティシア……」
私がそうつぶやくと記憶がつながった。そうだ、わたしはレティシアだ。私はアイドルで女子校生の『橘 枝織』だったはずなのに、レティシアという人間の記憶がなぜかある。
あぁ、これって本格的にファンタジーの世界だ。私は元々小説や漫画、ゲームが大好きだった。つらい現実を忘れられる娯楽で、なかでもWeb小説や乙女ゲームが特に大好きだった。
特にWeb小説はいろんな話がどこでも手軽に読める。家が傾いてからは小説や漫画を買うことは難しくなってしまったけれど、Web小説が私をいやしてくれた。アイドルで収入を得られるようになって書籍化されたものは購入するようになってもWeb小説はずっと楽しみにしていた。更新を待つドキドキ感もあったし、仕事の合間のちょっとたした時間で読める。Web小説は趣味と言っても過言ではない。時間があればいろんな話を探して読んでいた。あぁ、もう読めないのかなぁ。
乙女ゲームも私の大切な癒やしアイテムだった。アイドルは恋愛御法度なので乙女ゲームでときめきを得ていた。恋愛に憧れはあったけれど、仕事をおろそかにしたり、ファンを裏切ってまでしたいとは思わない。芸能界は外から見ればキラキラした世界でもストレスは大きい。肯定されたり、愛されたり、褒められたり、別の自分になりたかった。
今まさに別の自分になってしまっているみたいだけれど……。これって、Web小説によくある感じかしら。それともただの夢? 考えても仕方がない。わたしの目の前には見慣れない人たちがいて、わたしはレティシアだ。
それにしてもここはどんな世界なんだろう。レティシアの記憶が普通の世界だというけれど、その普通がわからない。でも、目の前の男女がわたしのお父様とお母様であることはわかる。
「レティシア? 大丈夫?」
心配そうにわたしの顔をお母様がのぞき込んでいた。わたしは私のお母さんを思い出して切なくなる。
「すみません。少し考え事をしていました。お母様、心配をおかけして申し訳ありません。しばらく混乱するかもしれませんが、じきによくなると思います」
きっと、もう私の家族には会えないのだろう。せめて、レティシアの家族は大切にしたい。わたしは笑顔を作って心配しないでと言ったのに、お母様は哀しそうな顔をした。
あぁ、レティシアらしくなかったんだ……。レティシアの記憶はあるのに上手く振る舞えない。それでもなんとかお母様を安心させたかった。
「お母様、わたしにレティシアのことをたくさん教えてください。きっとすぐに元のわたしに戻りますから。わたし、お母様とお庭のバラをみたいです。お母様と選んだバラ、そろそろ咲きますよね?」
わたしの言葉にお母様が少し笑顔になった。わたしにちゃんとレティシアの記憶があることがわかったからかもしれない。
「えぇ。もうそろそろ咲きそうよ。一緒に見に行きましょう。ずっと寝ていたから疲れたでしょう。胃に優しいスープか果物でも摂って少し休みなさい。わたくしはあなたが目を覚ましてくれただけれ嬉しいわ。無理はしないで……」
こうしてわたしはレティシアとして二度目の人生を送ることになった。