TS転生してアイドルになったけどユニットが終わってる
過度に暴力的・性的な描写はカットしてお送りします。
また、この物語はフィクションです。
男性諸君に聞きたい。
『もしも記憶を持って生まれ変われるとしたら、次もまた男? それとも、今度は女?』
もちろん、生まれ変わり先は人間だ。
サルとかバッタに生まれ変わるならそんな議論は無意味だからな。虫とか動物とか何も詳しくないし、俺。あ、でもカマキリに生まれ変わるならオスはちょっと......首締めプレイのハード版やらされるんだろ? 流石にそれは遠慮したい。
じゃなくて。人間に生まれるならオス? それともメス?って話だ。
俺の勝手な予想だけど、大半の男は生まれ変わっても男が良いって言うと思うんだよな。だって、その方が楽だ。これまでやってきたことを繰り返すだけで良いし、女同士の下らないマウントの取り合いやカースト争いは、側から見てても物凄くめんどくさい。男もまあ、そういうのあるっちゃあるけど、能力が高けりゃ少なくとも学生時代は下手に立ち回らなきゃそれだけで生きてける。人生二周目、前世の記憶付きだ。少なくとも前世よりは上手く立ち回れるだろうし、能力が高いことは保証されている。
ヒキニートのデブスがチートなしで異世界救ってハーレムしてんだから、普通に暮らしてた人間なら神にでもなれるだろ。え? それは痛いオタクの妄想上の話だって? いいんだよ。そもそも生まれ変わりが妄想なんだから。
それに、女の体はデメリットが色々と多い。
生理が重いとそれだけで一生デバフがついて回るし、トイレは行列だし、力だって男より弱い。性被害に遭ってきたのは大抵の場合女の方だ。あいつ顔だけで食ってけるだろってレベルの美人でも、立ち回りを間違えればカスみてえな男に潰されるし、女からの嫉妬はひどい。
そして、多くのオスにとっておそらく一番のデメリット。それはーー女とヤれないことだ。
これはでかい。マジででかい。
いくらSDGsだのLGBTだの社会が変わろうが、体が変わって仕舞えば突っ込めない。だっておちんちんないんですもの。仕方ないですわ。こればっかりはどうしようもないと、ワタクシ思うんですのよ。どうでしょう、お下品な単語をお上品な言葉遣いで相殺してみたんですけど......ダメ? あ、そう。じゃあ戻しますわね。
とにかく。主に聖剣を失うわけにはいかないとか、(性的な意味で)テトリスできないとか、そう言う理由で生まれ変わっても男を選ぶ奴は多いんじゃないかと思う。そんな奴等に、俺は言いたい。
ーー女は女で楽しみ方はあるんだぜ......と。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
というわけで、この番組は元男で現女。医学的パゥワーで聖剣抜いたとかそう言うわけでなく、魂だけ残して肉体丸ごとスワッピングした世にも珍しいTS美少女、紫莉音がお送りいたします。
「ーーっと、いけねえ」
ダメだな、やっぱりのぼせてると思考が変な方向に行ってしまう。最初は普通にライブのMCのおさらいを頭の中でやってたのに、途中からテレビ番組になって......最後のに至っては誰に向けてなにを話してたんだよ。これから転生する男向けのガイド? いや、範囲が限定的すぎだろ。まじで何だったんだ?
「そもそも、転生しても性別選べねーし。それは、俺が1番よく知ってるんだろ」
湯船に沈む自分の肢体。
水面を通してぼやける下半身に、前世で慣れ親しんだ相棒(棒だけに)はいない。そこには、なだらかな恥骨と一本の筋が心許なくついているだけ。
ーーしかし、神はただ俺から取り上げるだけではなかった。
ありがたいことに、小ぶりなお椀を上半身に二つ、代わりとしてくっつけてくれたのだ。やったね! これでいつでも揉み放題だよ!............とはならんだろ!!
「はぁ......恨むぞ、神」
チートとかもなんもないし。
前世の記憶も、能力面では役に立つことはあっても、常識面で足を引っ張ることも多い。幼稚園時代とか特に苦痛だった。ルールガン無視が当然、負けたら癇癪起こして泣き喚くクソガキどもに混ざるのが嫌でずっと本読んでたら可哀想なボッチ扱いされるわ、先生があまりにも理不尽なこと言ってんのに腹立って論破したら逆ギレされたし。
「あー、テンション下がってきた。ガチャもさっきからBスカばっかだしよお」
ガララッ
「ーー!?」
きたきたきたぁ!
「アイタタ......やっぱり歳取ると腰ぃ悪ぅて」
「なんだって? 耳遠くてなんも聞こえんわ」
ちっ............またBスカかよ。ほんと萎える。
Bスカ。すなわちBBA(ババア)スカ。俺のくっそストレスフルなTS人生における数少ない楽しみ、『女湯女体ガチャ』における一番のハズレ枠である。銭湯に好んで来るのなんて基本的にBスカばっかだけど、今みたいにのぼせるまで粘ってるタイミングで来られるとマジで税金払いたくなくなる。はっきりわかんだね。年金はクソ。QED。
「もうあがろっかなあ」
いつもだったらR(ロリ)とHR(人妻レア)のセットとか、わんちゃん部活終わりのJCR(女子◯学生レア)とか、JKR(女子◯生レア)は流石に高望みかもしれないけど、OLR(OLレア)とかも意外と来る時間帯なんだけどなあ。
「............まあ、こう言う日もあるか」
もう上がろうかと腰を浮かせた、その時。
ガララッ
「ーー!?」
これはっ!!
「はぁ」
この世の恨みが詰まったような深いため息、これはSTR(社畜レア)......基本的に会社に拘束されてるから銭湯なんて来る暇ないけど、たまたま家に一瞬だけ帰れて、既に風呂を沸かす気力すらない場合のみ現れる激レアさん!
でも、問題はそこじゃない。
「本当に、こんな所にいるのかしら?」
反響する深みのある声。憂いを帯びたトーン。
湯煙で見えにくいとはいえ、遠目で見る限りスタイルはかなりいい。
「これは......もしかして、来たんじゃないか?」
美人にのみ与えられる『Sスーパー』の称号。そして遭遇率一桁台の激レアが組み合わさったSSTR(スーパー社畜レア)。何度ババアを引こうが、のぼせようが諦めずに引き続けた俺へのご褒美が!
頭の中で鳴り響くファンファーレ。間違いない。これは確定演出だ。そう考えれば、この湯煙も悪くない。くっそ、運営。三百円払わせてババアの見たくもねえ裸ばっか提供してくると思わせて、結構いい演出してくんじゃねぇか。
「ごくり」
せめておっぱいは見たい。できればおま......オホホ、鼠蹊部も拝見したいんですのよ。大丈夫、今の俺は美少女だ。美少女は何をしても合法! ろっぽー全書にもそう書いてある。だから美人の裸を見ても......ってか、今の俺ガワは女なんだから普通に犯罪じゃないじゃん! そうだった。
よし! 隣り行ってガン見したろ。
「アー、モウイッカイカラダアラオウカナー」
よし、完璧な演技!
ではお隣失礼しますねー。俺は桶をガチャガチャやる振りして、そーっと隣を覗き見てーー視線が交わった。
「すごい、本当にいた」
「げっ、マネージャー」
明日世界が終わりますーーとでも言わんばかりの悲壮感が染みついた顔。化粧でも隠しきれていなかった隈は、洗い流した今すごいことになってしまっている。そして、その原因の極々極々一部はきっと、俺にあるのかもしれない。
「戻りますよ、レッスンに」
うげえ。
〇〇〇〇〇〇
前世では、人生において後悔し、深夜にベッドの中で「もっとこうしていれば......」と、ありもしない可能性を妄想していたことが多々ある。生まれ変わった今世では、なるべく後悔の少ないように「やらないよりやる」「挑戦してみる」をスローガンに生きてきた。
結果、一つの大失敗をした。
「莉音さん。本当、お願いしますよ。もう少しトップアイドルとしての自覚を持って行動していただかないと......」
「............すみません」
それが、アイドル。
精神年齢や、男としての価値観の違いから学校で馴染めなかった俺は、どこか学校以外の場所に自分の居場所を求めた。それで新しいことを始めてみたいという思いもあって、駅にあるでっかいダンス教室に通い始めたのだ。そこでも結局あまり馴染めなかったけど、踊っている間は嫌な現実を忘れて没頭できたし、上達していく感覚は無味乾燥な日々を送っていた前世では決して味わえなかった貴重な経験だった。
そしてなによりーー踊っている時の俺は、カッコよかった。
今世の俺は背が低くて、顔も同年代と比べてかなり幼い。高校に通ってる今でも中学生、下手すりゃあ小学生と間違えられるレベルだ。どんなに化粧で工夫しようが、どんなに格好つけたことをやろうが、周りの反応は「かわいい」「かわいい」「かわいい」。馬鹿の一つ覚えみたいに、いつもいつもいつも!
そんな俺が初めてカッコいいと言われたのだ。そりゃ踊る。男の子はいくつになってもカッコいいと言われたいのだ。例え、体は女になっても。
踊って、踊って、踊って、それだけを繰り返した俺は、いつしかテレビに映るアイドルを見てこう思うようになった。
『俺の方が上手い』
俺はアイドルになった。
事務所はもちろん、業界最大手の『ヒロインズ』。前世でいう吉本の養成所のような場所で、所属するアイドルは自由にユニットを組み、歌や踊りの腕を磨き、お互いに切磋琢磨し合う。みんな可愛くて、真っ直ぐで、ここでなら俺だって失った青春をやり直せる............はず、だった。
「よかった、莉音ちゃん戻って来てくれた。何も言わずに出て行ったから、てっきりあずさが頼りないから見捨てられたのかと思ったよ」
「ちっ......もう戻って来たの? まだゲーム終わってないのに」
「うちが来てる時にサボるなよな」
「......ア............アァ」
ーーこいつらとユニットを組まされるまでは。
ヒロインズでは基本的に所属するアイドル同士で自由にユニットを組むことができる。俺はそこがこの事務所のメリットだと思うのだが、しかし、それが故に解散・活動休止が多く、特に看板グループと呼ばれる存在がいないことは事務所の長年の悩みだった。
そこでヒロインズは各グループ毎に圧倒的な実力・人気を誇るメンバーを招集し、一つのユニットを組ませた。それが今のトップアイドルである「freaks」ーー俺の所属するユニットである。
俺は知らなかった。世間では「圧倒的なパフォーマンスゆえに隔離された」と囁かれ、ドリームチームと叫ばれたfreaksが、実は炎上回避の意味合いも含んでいたことを。
「じゃあ今日も練習、がんばろー! ライブまであと少し! このメンバーなら、もっと完成度上げれるはずだよ!」
「ア............アァ......」
「えいえいおー!」と元気いっぱいに右手を突き上げたのは、我らがfreaksのリーダー、赤井あずさ。
明るく、天真爛漫な正統派アイドルで、ヒロインズの人気投票は2年連続第二位。その圧倒的な歌唱力と裏表のない真っ直ぐな性格で曲者揃いのfreaksのメンバーをまとめあげる頼れるリーダー......と、世間様では思われている。
「ハハ......まあ、ミスってるの主にあずさなんですけどね」
実際は、自虐癖の酷い重度のメンヘラ女である。
「なんであずさってこんなにダメなんだろう。同じところばっかり何回もミスって、みんなに迷惑かけて............ふんっ! んんっ! ぐっ......うんっ!!」
「あずささん! もういい加減、その壁に頭を打ち付けるやつやめてください!」
「............ああ、また怒られた。やっぱり、あずさなんか死んだ方がいいんだ」
「違いますから!」
こいつに秘密の部屋を見せたのは、俺の人生における三大失敗の一つである。あずさは悪い子! あずさは悪い子! をまさかリアルでやるとは............こうなると面倒臭いんだよなあ。
「莉音さん、お願いですから。見てないで止めてください!」
「へいへい。ほら、やめろ。壁が傷つくだろ」
「あうっ」
おでこと壁の間に手を挟んで軽く押してやれば、可愛らしい呻き声をあげてよろめいた。こいつも、安定してる時は良いリーダーなんだけどなあ、いかんせん、崩れた時の崩れ方が酷い。ブラック企業とかに就職してたら死ぬまで働いてそう。
「ごめんねぇ、莉音ちゃん。ごめんねぇ」
「別に、お前がダメなやつなのは今更だろ」
莉音さん! と、マネージャーが咎める声をあげるが、無視してあずさを抱きしめる。ダメじゃないよ、頑張ってるよ、ってのはもう散々やって無駄だって学んだし、こいつが求めてるのはそういう言葉じゃない。
「お前がダメでも、俺達は見捨てない。何回も言ってるだろ。な?」
「............じゃあ、なんで何も言わずにいなくなったりしたの?」
「いや、いなくなったって......ちょっと練習サボって銭湯行ってただけじゃん」
「この前、あずさも行くって言ったのに」
いや、流石にユニットの仲間の裸見るのは俺の良心が痛むんだが。ていうか、さっきからなんなんだよ、お前は。俺の彼女か。俺がどこで何しようが俺の勝手だろうが。本当めんどくさいな。
「ごめんごめん、また今度な。それよりほら、さっさと練習始めようぜ」
「あ、うん。でも、約束だよ」
「ふぁーい」
うーん、むにゃむにゃ。
「良かった、絶対だからね!」
イマ、アクビシテタカラ、ナンノコトダカ、オレ、ワカラナイ。
まあでも、これで一件落着だ。あずさは俺に慰めてもらえてハッピー、マネージャーもあずさが大人しくなってハッピー、俺は抱きしめてる間にさり気なくケツを揉んでハッピー。そう、これが三方よし! 渋沢栄一もニッコリ。
「じゃあみんな、まずは今度のライブでやる曲を通しでーー」
「アァ......ア......ノ............」
「あ、ごめん。今はムリ」
おいいぃぃいいい!!
今のやる流れだっただろうが!
「ふえぇ......りおんちゃあぁああん!!」
ほらあ、あずさ泣いちゃったじゃん!
「おいレナ!」
「うるさいよ、ちび。この試合終わったらやる」
「誰がチビだって!?」
ベッドに寝転んでスマホゲーをやってる、ショートカットのロリ女。この俺の逆鱗を踏みつけておきながら澄ました顔を崩さないこいつもまた、問題児だらけのfreaksの一員だ。
青峰レナ。
イメージカラーは青。メンバー最年少のクール系アイドルで、その思わず守ってあげたくなるようなビジュアルと、そんな容姿にも関わらずゲームへの造詣が深いことがオタク達に人気で、昨年の人気投票ではあずさを抑えての一位だった。
「チッ......ニートどもが。無産市民の分際でアイドルに銃向けてんじゃねぇぞ。しねしねしね............はい、ざまあ。あー、物資おいちい。うまうま......は? 撃たれてる? え? は?」
実際は、この通りーー。
「二度とやらんわ、こんなくそげー。動画みよ」
現代のスマホ社会が産んだモンスターである。
『そこ写ってますよ! 下がってくださーい!』
『さがれ! さがれよ!』
『日本語聞こえねぇのか!! さがれーー!!』
「あぁー。ヘルスがかいふくするー」
FPSで煽り、負けたら鉄オタの罵声を聞いてヘルスを回復する。そしてまた、FPSで煽る。趣味は炎上したアイドルを熱烈に擁護して対立を煽ること。
「ボクより下がいるとあんしんできるよね」
そうだね。
俺も、なんでか知らないけど、レナを見てると「このままでいいんだ」って前向きな気持ちになるよ。
「レナ、終わったんならやるぞ。ほら立て」
「チッ......触るな」
「なんだよ、手を貸してやっただけだろ」
「ボクを子供あつかいするな、ちび」
かわいくねぇー。
ヒロインズさん、こんなやつが人気投票一位で本当にいいんですか? 八百長でもなんでもいいから、もう一回やり直した方が良くないですか? 子供が泣くぞ、マジで。
「あーあ。ヒロインズに入ってきた時は『莉音さんに憧れて応募しました!』とか言ってて可愛かったのにな。どうしてこんな曲がった子に育っちゃったのか......俺は悲しいぞ」
「だからっ! そう言う子供扱いをやめろって......はぁ、もういいよ。さっさとやろ。龍虎さんは?」
「あー、なに? やっと始まんの?」
気怠げに立ち上がる、大人びた女性。右手で耳の穴をほじりながら、左手を机に押し付ける。
「うちはいつでもおーけーよ」
ジュッ。
「黄山さん! 事務所は禁煙です!」
マネージャーが悲鳴のような声を上げた。
「あっちゃー、ばれちったかぁ」
「ばれちったかぁ、じゃありません! 何回目ですか! いい加減にしてください!」
「いやー、ごめんごめん」
ーーもう、お分かりですね?
黄山龍虎。
うちのユニットの最年長。泣きぼくろがチャームポイントなお姉さん系アイドル......の、皮を被った酒カスヤニカスパチカスの三つが揃ったカスのコンプリートセット。
「でも、莉音がサボってくれて逆によかったかもしれんわ。いい具合に酒が抜けてきた」
ねえ、なんでうちこんなのしかいないの? ねえ?
メンヘラ。クソガキ。ヤニカス。
「......ア............アァ......」
カオナシ。
「ア......ア、ノ...........」
そうだよ。幽霊じゃないよ、メンバーだよ。
「わ......私も、がんばり............」
緑川雛子、通称「ヒナ」ちゃんだよ。
こいつに関しては裏も表もない。ただのコミュ障。オールウェィズコミュ障。ライブになったらめちゃイケで歌い出す? 人前に出ると性格変わる? ないよ。そんなの。こいつに喋らせるくらいならまだアレクサと漫才した方が盛り上がるよ。
ーーだが、悔しいことに、ダンスに関してこいつの右に出るものはいない。
気づいた時には俺の通ってたダンススクールにいて、俺以上に難しい振りを軽々とこなしていた、才能のバケモノ。アイドルだけでなく、ダンサーを含めても、こいつ以上のテクニックを持つ人間を俺は見たことがない。
「がんば......がんばり............」
この通り、表現することについては問題しかないから、一概に良いとは言えないんだけどさ。
スクールにいたころからカオナシしてて、踊りもどこか機械的なヒナは、周りから見事に浮いていた。てかハブられてた。そこをかまってやったらなんか懐かれて、のそのそついてくるようになったんだけど、まさかアイドル事務所まで追っかけてくるとはなあ。
でもお前、マジでどうやってオーディション受かったの? 寝たの? ねえ、寝たの? 性的な意味で。
「がばりまっ!!」
あ、うん。よく言えたね。
「......本当、freaksってのはよく言ったもんだぜ」
メンバー全員が性格に難ありの怪物達。
ヒロインズの上層部には、俺たちのことを「ヒロインズの火薬庫」なんて呼ぶ連中もいるらしい。炎上回避にまとめてみたら、予想外に人気が出てしまって切るに切れない、事務所の本音としてはそんな所だろう。事実、このメンバーで1年間炎上なしでやって来れたのは奇跡に近い。
「よしよし、みんな気合入ってるねー! じゃあみんな、頑張るぞー!」
「あずさ、いきなり言われても反応できない」
「レナの言う通り。そう言うのはもっとこう、くるぞーっていう雰囲気が大事なんだよ。パチンコ台もなんの演出もなかったら誰も座らんだろ?」
「あ、その............龍虎......さん。その例えは、だれもわからない............かも、です......」
「あ、マジ?」
ボーナスタイムだと思って精々楽しみますかね。
「ふりーくす! いくぞー!」
「「「「がおー!!」」」」
マジでこのダサい掛け声はなんとかして欲しいけど。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
『みんな、今日はありがとー! あずさ、とっても楽しかったよー!』
『みんなも、楽しんでくれた?』
レナの問いかけに、その何百倍もの熱量で雄叫びが返ってくる。ヒロインズの所有する中でも1番大きな劇場が、まるで巨人が足踏みをしたかのように揺れた。
初めてアイドルのライブに行った時、客席でそのパフォーマンスに感動して、圧倒された。全身に鳥肌が立って、魂が震えるような錯覚に襲われた。でも、今自分がステージの上に立つ側になってわかることがある。それは、ライブでナニカを受け取るのは、なにも客側だけじゃないってこと。俺たちアイドル側だってこの熱量に圧倒されて、魂を揺さぶられて、高めれる。
『うちも楽しかったぞー!』
『あ......その、あっと............えっと、はい』
『はは! なんだよ、それ』
惜しむらくは、今日の演目はここでおわりということか。
『それじゃあオタクくん達、また会うニャー☆』
幕が降りる。
「みなさん、お疲れ様です」
「マネージャーさんも、お疲れ様でーす」
「おつ」
「あー、早く帰って酒飲みてーわ」
限界まで酷使してアドレナリンだけで動いていた体にどっと疲れがきて、今はもう歩くのすらだるい。あー、こんな日こそさっさと帰って銭湯行きたい。二時間ぐらい粘って女体を堪能してやるのニャ。
「あ、すみません。莉音さんは残ってもらってもいいですか。なんでも、雑誌の打ち合わせがあるとかで」
「えー!? なんでニャーだけ!?」
「ちび、それやめて。きもちわるい」
「うっさい、黙るニャ」
流石の俺も三時間これで通してると引っ張られるんだニャ......引っ張られるんだよ。
「あー。あー、あー。よし、戻った。それで?」
「来月号の『アイドル世代』のインタビューをお願いしたいそうです。なんでも、ライブ後の生の声を聞きたいとか」
「はー? 別にそんなん、やらせでいいだろ」
「それが、そういうわけにもいかないんです。編集の方がうちのスポンサーと知り合いだそうで、断るに断れなくて......私も挨拶回りが終わったらすぐに向かいますので、どうかよろしくお願いします」
「わーったよ。マネージャーのせいじゃないんだから、そんな申し訳なさそうな顔すんなって」
まだ若いのに、こんなメンバー押し付けられて朝から晩までオーバーワークに耐えてもらってんだ。俺にできることならやってやろうじゃねえか。
「服は衣装のままでいいのか?」
「はい、大丈夫だと思います。あの、本当にすみません。今度必ず埋め合わせはしますので」
「だーかーら、マネージャーが気にする必要ないって。ニャーはお仕事だーいすき! もう少しだけ、頑張るニャ☆」
「すみません、よろしくお願いします」
「ちっ」
おいクソガキ。舌打ちすんな。
「では、莉音さん以外は私と一緒に挨拶回りで」
「「「はーい」」」
「は............は、はい」
じゃ、行ってくるとしますかね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「こんにちは! freaksの紫莉音です、よろしくお願いします! ニャー☆」
ヒロインズに入って真っ先に学ぶこと、それは、挨拶をしっかりすることだ。挨拶は本当に大事。失礼な挨拶は相手に嫌な印象を与えて仕事をやりにくくするし、逆にきちんと弁えた挨拶なら自分のペースに持っていくことだってできる。1番大切なのは、時と場合を弁えることだ。
社会人だった前世なら挨拶で『ニャー☆』なんて頭沸いたことやってたら絶対にクビだったけど、今回はこれでいい......はず。インタビューだし。対談形式だったら挨拶の部分から切り抜かれてたりするからな。アイドルなんて、猫かぶってなんぼ。あ、今うまいこと言ったニャ?
「ホリデー出版『アイドル世代』担当記者の田中です。本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
机に腰掛けて深々とお辞儀をしたのはーーなんか、こちらが心配になる程顔が青い女性だった。ライブ終わりの俺より息が荒いし、何かを警戒するようにキョロキョロしていて常に落ち着きがない。
「えっと、大丈夫ですか......ニャ?」
「な、何がですか!?」
「いや、顔が青いから......」
「あ、いや......はい。大丈夫です」
ハンカチを出して何度も額を拭う。
そのまま震える手で録音機を机に置いた。
「えっと、ライブどうでしたか?」
............え? これもう始まってるやつ?
「そうですニャー、今日も沢山のオタクくん達が来てくれて、ニャーとしては満足かニャ?」
「あ、はあ。そうですか」
その微妙に引いた顔やめろ! 俺だって好きでこんなキャラやってんじゃねえんだよ!
「えっと、じゃあーー」
そんな調子で10分ほどインタビューを受けた、その時だった。
「いやー、ごめんごめん。遅れちゃった」
ヒロインズなら間違いなく0点の挨拶。
遅刻してくる時点でポイントマイナス。敬語を使ってないなんてありえないし、どかっと対面のソファに腰掛ける様子には優雅さのかけらもない。
「うん、思った通りだ」
無遠慮に俺の顔を覗き込んで、気持ち悪い笑みを浮かべるプリン頭の男。鼻にかかる丸サングラスが最高にうさんくさいそいつは、
「あ、ども。ホリデー出版の衣津です。よろしく」
無造作に机の上に名刺を放り投げた。
「あの、衣津さん? 困りますニャア、許可証をお持ちで無い方はインタビューに同席できない決まりになっておりますニャ」
「許可証って、これのこと?」
ーーありえない。
「少し、拝見してもいいかニャ?」
「どーぞどーぞ」
本物だ............多分。
おかしい。マネージャーが同席しない時は、基本的に一人分しか発行しないはず。そもそも、男ってだけでアウトだ。不潔な外見でツーアウト。
「田中さん、この方はーー」
あー、なるほど。
「田中さん。あなた、許可証は?」
「............ひゅっ」
犯人はお前か。
「田中さん、衣津さん。許可証の譲渡は事務所のルールで禁止させてもらっています。申し訳ありませんが、今日のインタビューは中止ということにーー」
「えー、いいじゃん。ほら、田中。お前もういいよ」
「は、はいっ。失礼しました」
「ほら、これでいいでしょ。俺は許可証持ってんだから」
チッ......さてはこいつ、話通じない系か。
そして、この状況もかなりまずい。記者の女も出ていって、部屋にはこの男と二人きり。何をされるかわかったもんじゃない。
「だから、それはあなたに発行されたものじゃないでしょう。警備の人を呼びますよ?」
「えー、冷たいなぁ。莉音ちゃん、あのニャアってやつもうやめちゃったの? せっかく可愛いのに」
「生憎、俺が媚びるのはオタクくん達だけなんで」
「ハハッ! まさかの俺っ娘! いいじゃん。それはそれで好きだよ、俺。でも、いいの? 俺、おたくのスポンサーとはマブダチよ? ホリデー出版の社長の息子で、あんたらを今後どう書くかも俺の自由。もっと媚びたほうがいいんじゃない?」
なにを言うかと思えばーー。
「お前、そんくらいのことで余裕ぶっこいてたのか? 馬鹿じゃねぇの? あのな、俺がこの世で1番嫌いな言葉は『忖度』なんだよ。馬鹿なこと言ってる暇あったら、さっさとここから出てけ」
「............ふーん」
プリン頭のニヤけ面が崩れる。どうやら、ご自慢の権力攻撃が効かなかったことに大層ご立腹らしい。
はあー、なんだよ。しょうもな。これなら昔あずさに粘着してたキモいストーカーの方が未だ手強かったぞ。これまではそのやり方でやり込めてきたのかも知らんが、この俺をそこらの女と一緒にしてもらっては困る。
「ほら、インタビューとやらはもう終わりか? だったら出ていってもらおうか。俺は忙しいんだよ」
そういえば、これってもしかして、枕営業の誘いにあたるのだろうか? 芸能界で何年かやってるけど、何気に初めての経験だな。本当にあるんだな、こういうの。売れてる奴に対する僻みだとしか思ってなかったわ。
こうなってくるとあるんじゃないか?
『俺より人気投票高い奴全員枕説』
だっておかしいじゃん! 明らかに俺がヒロインズで一番顔がいいし、ダンスだってヒナと並べるのは俺くらいだ。さらに歌だって上手いーーなのに、前回の人気投票は六位。
おかしいだろ。パーフェクトアイドルの莉音ちゃんが六位だぞ? あずさとレナはまあうちのグループだし外面いいから抜かすとして、三位になったやつとか何の特徴もないのに今年卒業するってだけで票数稼いでたからな。あれ絶対枕だろ。
この俺が『メスガキ+語尾にニャン』という男の下半身を刺激するミラクルコンボ使ってなお六位なんだぞ!?
おかしい。これは絶対におかしい。今度是非とも問い詰めなければならない案件だ。そうと決まればもうじっとしてはいられない。
「もういいや、俺が出てく。じゃあな」
ていうか、最初からこうすればよかった。
「おい、待て。これを読め」
もはや取り繕うこともない、イラついた態度でプリンが机に紙束を叩きつけた。チラッと見れば、未完成の記事の原稿っぽい。どこかのアイドルのスクープがでかでかと特集されていた。
まあ、無視するんですけどね。
「ちっ............怪物達の隠された素顔に迫る! 赤井あずさ、明るいムードメーカーの仮面の裏に自傷癖!? 青峰レナはネットでは有名なあの暴言厨〇〇と同一人物! 黄山龍虎、未成年飲酒で補導された過去とは!? おら! これでも知らん振りすんのか? あ!?」
「............出鱈目だな」
「じゃあ確認してみるか? 少なくとも、こっちは赤井と青峰の裏垢をもう特定してあるんだよ」
「証拠は?」
「名刺の裏、見てみろよ」
ノータッチだった名刺をひっくり返し、メモされているSNSのアカウントを開く。ついでに新着通知が一件、マネージャーからだった。
『今どこにいますか? 先に事務所に戻ったんじゃなかったんですか?』
舌打ちを一つ。多分、事務所にグルがいる。俺はこの劇場から一歩も動いてないのに、事務所にいるわけねぇだろうが。かなりきな臭くなってきた。今の状況をマネージャーに知らせるべきか迷うけど......まずはアカウントの確認が先だ。
『あか(1日前) 明日は本番。かんばるぞー』
『あか(1日前) 寝る前はいつも不安になる。こんな時、りおんちゃんがいてくれたらいいのに』
『あか(6時間前) 緊張で吐きそう。期待を裏切りたくない。足を引っ張りたくない。死にたい』
『あか(5時間前) りおんちゃんが死ぬまでは死なないようにがんばる』
なるほど。
『戦慄の青姫(2日前) 何でこのゲームクソガキしかおらんの?』
『戦慄の青姫(2日前) アンチ乙。俺たちの女神うみなちゃんは恋愛なんて絶対しないしトイレも行かないから。はい、論破。何で負けたのかry』
『戦慄の青姫(2日前) いい感じに燃えてて草。対立煽りたのちい』
『戦慄の青姫(2日前) 明後日ライブ......でもFPSやめらんないんだけどww』
あーね。
終わったじゃん、freaks。
「それで? こんな偽物晒して何が言いたいんだ?」
「偽物? ハハッ、これが偽物かどうかは、莉音ちゃんが一番よくわかってるだろう?」
一応シラを切っては見たけど、やっぱりこっちの旗色が悪いか。どうすんべ、これ。
「あーあ、これがバレたらおたくらは解散だね」
「このデマを掲載するようなら法的措置もーー」
「だから、それやって困るのはあんたらでしょ?」
............何勝ち誇ってんだよ。殺すぞ。
「どうしよっかなあ。莉音ちゃんが誠意を見せてくれれば、俺だってこの記事を取り下げるよう、編集部に連絡するのになあ」
「お前の言う誠意が何を指すのか、一応聞いておいてやろうか」
「本当にわかんないの?」
ここに来て、露骨な視線を隠さなくなってきた。
俺は未だにステージ衣装。強調するようなデザインの胸や、短いスカートを無遠慮に見つめられ、ライブの時とは違う意味で鳥肌が立った。アンスコ着てるにしても心許ないし、単純に生理的に気持ち悪い。女になってから意識するようになった男の性欲を帯びた視線は、ヘドロのように粘っこく絡みついてきて非常に不愉快だ。物理的な重さを伴っているかのように錯覚するときすらある。
「............話にならないな。いつも明るいあずさが、いつも冷静でクールなレナが、こんなことを書くはずがない。デタラメを書かれた所でfreaksは揺らがない」
あくまでも否定する態度を崩さない俺に、学歴ロンダリングしてそうなプリン頭は首を捻った。
「あれ? おかしいな、流石に1年間ユニットメンバーをしてる莉音ちゃんは二人の性格も知ってると思ってたんだけど............もしかして、本当に知らないの?」
知ってるに決まってるだろうが! こっちは現在進行形で迷惑かけられてんだよオラ!
喉元まで出かかった言葉を気合で飲み込む。
「............じゃあさ、これが出回ったらあずさちゃんとレナちゃん、ついでに龍虎ちゃんはどうなるかな? それが真実かどうかは置いといて、ダメージは避けられないんじゃない?」
「freaksはーー」
「揺らがない。なんてのは嘘だよ。あまり俺たちの力を舐めてもらっちゃ困る」
「............脅迫か?」
「そんな! 人聞きの悪い。俺はfreaksのーー特に莉音ちゃんの大ファンなんだ。ただ......俺は莉音ちゃんとキモチイイことが出来て、莉音ちゃんは今まで通りのメンバーで活動できる。そんなwin-winな関係を築きたいだけなんだ」
立ち上がり、ゆっくりとした動作で俺の座るソファに近づいてくるーーヤバい!
「おっと、それで叩くのは無しだよ」
ティッシュケースに触れた手を掴まれる。
俺はゆっくりと、プリン男......衣津と目を合わせながらその手を離し、ソファに座り直した。衣津は、俺のすぐ隣、奴が付けている趣味の悪い整髪料の匂いがわかる位置に座っている。肩を組まれ、その露出した部分を無遠慮に撫でられ、気持ち悪くて吐きそうだった。
「ねえ。もしこれを、あずさちゃんやレナちゃんに持っていったら、二人はどういう反応をするかな?」
そんなの、勝手にしろ。
頭の中ではそう思っているのに、言葉には出ない。あずさの明るいムードメーカーなキャラも、レナのクールで無口なキャラも、二人が俺たちと一緒に作り上げてきた財産だ。できることなら、残してやりたい。
裏垢にあった、あずさの固定された投稿。
『あか(2/22) 生まれてきてくれて、ありがとう』
その日は、俺の誕生日だった。
あずさは日付が変わった瞬間にチャイムを鳴らして祝いに来てくれて............正直、重いと思ったしその発想にドン引きしたけど、やっぱり嬉しかった。人間関係上手くいってなかった俺が、家族以外に初めてしてもらった誕生日パーティーだった。
レナも言うこと聞かないクソガキだけど、
『戦慄の青姫(5分前) やっぱ踊ってる莉音は最高にカッコいい。ボクの人生を変えただけはある』
『戦慄の青姫(5分前) だからマジであの謎キャラはやめて欲しい。なんで事務所はカッコイイ系で売り出さなかったんだ。ヒロインズ無能すぎる』
まあクソガキか、こいつは。
可愛いじゃん、猫キャラ。ラ◯ライブだって凛ちゃんが一番可愛いでしょ? さらに前世で流行ってたメスガキ要素も入れたら無敵じゃん。つまり、俺のこのキャラクターは、全国の男の性癖を分析して、合理的に計算した結果なんだよなあ。まあ、子供には分からないか............まだ子供なんだよなあ、レナは。
荒れたゴツゴツとした手が、肩を下がり、腋をするりと撫で、太ももを擦る。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。でも、やっぱりーー。
「............二人のところに行ったら、殺す」
ーーあずさやレナには、こんな思いをして欲しくない。
「ふーん。そんな脅しで俺が止めると思う?」
「わかってる」
「へえ、じゃあどうするの?」
こんな絶好のチャンス、逃す手はない。俺一人が我慢してそれで済むなら、いいじゃないか。それに、頭を使って喋るのにも飽きてきた所だ。体を動かすにはちょうど良い。
「さっさと脱げよ、下衆野郎」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
俺が劇場を出ると同時に、正面に黒塗りのバンが止まった。多分事務所の車だが、さっきあんなことがあったもんだから、思わず警戒して体が固くなる。
「莉音ちゃん!!」
そんな俺に、勢いよく抱きついてくる柔らかい感触。
「あずさ、お前どうして............」
「莉音さん、無事ですか!?」
「マネージャー」
ぼけーっと見てるうちにわらわらと車から人が降りてきて、
「............ちび、あんた」
「莉音」
「あ、あの......おそくなって............」
気づけば、freaks全員集合だった。
あずさなんか俺に抱きついたまま泣き出していて、明らかにただ事じゃない。せっかく着替えた服なのに、もう涙と鼻水で汚されてしまった。
「え、どしたん? なにごと?」
誰もが深刻そうな顔をしていて、正直気まずい。
「すみません。すみません。私のせいで、本当にごめんなさい............」
マネージャーはこの通り使い物にならないし、そもそも何でお前らまだ帰ってないの?
レナもずっと目を逸らしていて、結局、口を開いたのは最年長の龍虎さんだった。
「挨拶回りが終わって事務所に戻った後、ヒナが劇場から戻ってくるお前を待つって言うからみんなで待ってたんだよ。そしたら、マネージャーが来てお前がもう事務所に戻ってるって言うじゃん? でも、ヒナは劇場にいるはずだって。そんで............」
それっきり口をつぐんでしまう。チラチラあずさの方を伺っていることから、あずさに配慮してどこまで喋っていいか分からないということだろう。
「あずさ、俺は気にしないから」
頭を撫でて、喋るように促す。
「............あずさのこと、嫌いにならない?」
帰ってきたのは、そんな子供みたいなセリフと、情けないくらい涙目の上目遣いだった。
「それは内容による」
「はあっ、はあっ......はあっ、はあっ......」
過呼吸になるのは流石に予想外だったわ。
普通、「じゃあ、話さないもん」とかじゃないんか。斜め上すぎるだろ。
「嘘だよ、嫌いになったりしない」
「............あずさのこと、見捨てない?」
それまだやるの?
てか、そんだけ保険かけないと言い出せないって何隠してんだよ、お前。ほら、キリキリ吐け。
「今すぐ喋らなかったら嫌いになるし見捨てる」
「あずさ莉音ちゃんの鞄に盗聴器かけてました!」
はやっ! てかーーえ?
「それで、よく聞こえなかったんだけど、莉音ちゃんが男の人と言い争ってるのが聴こえて......あずさたちのせいで、脅されてて............ごめんなさい、ごめんなさい。お願いだから、嫌いにならないで」
なるほど、それでレナは生徒指導室に呼び出された中坊みたいな態度だったのか。
ていうかーー。
「そんなんあるんだったら、最初から教えてくれればよかったのに」
「............え?」
目を丸くするあずさに、俺はポケットからレコーダーを取り出した。田中さんが置いてったやつで、ティッシュ箱の裏の見えにくい場所に設置してるから不思議に思ってたんだけど......多分、衣津の奴部下に好かれてねえな。
『............脅迫か?』
『そんな! 人聞きの悪い。俺はfreaksのーー特に莉音ちゃんの大ファンなんだ。ただ......俺は莉音ちゃんとキモチイイことが出来てーー』
この通り、ヤバイ所もしっかり録音できてるし、
『いつも明るいあずさが、いつも冷静でクールなレナが、こんなことを書くはずがない。デタラメを書かれた所でfreaksは揺らがない』
俺は最後まで偽記事(本物)に書かれた内容について否定している。俺、機転利きすぎ? もしかして、天才? 正直、かなり頭使ったわ。
てか、それならこいつら全員ある程度知っててここにいるってわけか。なるほど、どうりで深刻そうな顔なわけだ。一歩間違えれば、大炎上の危機だったわけだからな。
「安心しろよ。仮にお前らバカ二人の裏垢が流出した時は、衣津が俺をハメるために作った自作自演つってしらばっくれればいい。あ、ちなみに今のハメるには罠にハメると性的にハメるの二つの意味があったんだけど......お子ちゃまたちには難しかったニャ?」
パン!
「え、いったぁ」
なんで? なんで今俺殴られたの?
「ばか! ボクはっ......ボクはっ、ボクのせいっ、でぇっ............りおん、があっ、ひどい目にあったらって......っ......あああああああああああ!!」
「え、なにお前。泣いてんの?」
「ないてないいいいぃぃいいい!!」
驚いた。ここ最近反抗期で俺を「ちび」呼ばわりしていたクソガキが、久しぶりに「りおん」って名前で呼んだこと。身長相応に泣きじゃくって、あずさと一緒になって俺に抱きついてること。
俺が思うより、俺はレナに嫌われてはいなかったのかもしれない。
「えっと、じゃあ、その......莉音さんは清い体のままで?」
「あ、その件なんだけど。あの下衆野郎ーー衣津の全裸写真マネージャーのパソコンに送っといたから」
マネージャーがひゅっと息を飲み込んだ。あずさとレナの動きも止まり、龍虎さんが引き攣った表情のまま固まった。
まるで、空気が凍ったかのような沈黙。
「コロス......コロス............ゼッタイコロス」
え、どしたの? ヒナちゃん、怖いんですけど。
「ぶん殴って裸に剥いたはいいけど、やっぱ俺のスマホにち◯こ写真あんのは不快だし......あの仕事押し付けてきたのマネージャーだし、そんくらい受け取ってくれてもいいじゃん」
「ぶん殴って?」
「裸に剥いた?」
「いや、だって。録音だけじゃなんかまたちょっかいかけてくるかもしれないし、なんか他にもあった方が良いかなって......ヤンキーとかが良くやってるじゃん、ほら」
「じゃ、じゃあーー莉音さんは無事だったんですね!?」
マネージャーが凄い勢いで詰め寄ってくる。
女の子三人に密着されて嬉しいけど、さすがに暑くなってきた。あと、普通に力が強い。離して欲しいんですけど。
ていうか、無事? 俺は見ての通りなんの傷も............あ、なるほど。え、どうしよう。聞きたいことはやっと理解できたけど、なんて答えればいいのかわからないぞ。えっと......その。
「俺は処女ですが?」
ーー再び、空気が凍った。
うん、そうだよな。これはない。この言い方はないわ。
「......ア、アアッ............」
ヒナちゃん、それどう言う反応?
「いや、俺があんな三下にヤられるわけないだろ。本当にやばくなったら叫んで警備の人呼んだって。それに、お前らを庇うために俺がヤられたら、本末転倒じゃん。今度はそれで脅されるかもしれないし。そんなこと俺がするわけないだろ?」
「はぁ......ちびならやりかねないって思ったのよ」
レナが呆れたようにため息をつく。さっきまで泣いてたからか、その声はまだ湿っぽい。
「莉音ちゃんは優しいから。あずさたちのために、自分を犠牲にするんじゃないかってーー」
「はあ? 俺が一番嫌いな言葉は『自己犠牲』なんだぞ。そんなこと、するわけないだろ」
「「「「嘘!(だ!です!)」」」」
ヒナ以外の四人が口を揃えて叫ぶ。
もう車も走っていないほど遅い時間だったからか、その声は思った以上によく響いた。
「あずさのストーカーの時も、うちの元カレが押しかけてきた時も、今回も。グループがピンチの時、先頭に立って戦ってくれたのはいつも莉音だった。嬉しかったし、頼もしいけど、心配なんだよ」
「それは、お前らが馬鹿だからじゃん」
「「「うっーー」」」
今回スクープされた約三名と見事に騙された方約一名がビクッと肩を揺らす。
「うちは、過去にやらかしたことが返ってきてるので、これからは心を入れ替えますとしかーー」
「じゃあとりあえず禁煙からだな」
「そ、そんな。うちの唯一の楽しみが」
「あずさは、あずさは......うっ、おえっ」
お前メンタル豆腐すぎんか?
「あずさは俺と一緒に成長してこうね。とりあえず、SNSのアカウントには鍵をかけることからかな」
「......っ! うんっ! 莉音ちゃん大好き!」
俺たちの視線は、自然とレナに向かう。
「ボクだって、今回の件は反省してる。あのアカウントは消すし、もうネットはやめるよ」
「それだけか?」
「え?」
「お前、裏垢で俺の悪口言ってただろうが。言っとくけど、俺は根に持つタイプだぞ。謝るなら今のうちだ」
「うっ......あれは、悪口とかじゃなくて............そ、その............」
「その?」
「ボクが、りおんをーー」
「レナが、俺を?」
「ーーッッ! もういい! お詫びになんでもします! これからはりおんのいうことなんでも聞きます! これで満足?」
なんでちょっと逆ギレ気味なんだよ。
「ちなみに、なんでもって?」
「ちっ......なんでもはなんでもよ」
頬を赤くして、ぷいと顔をそらすレナ。
エロいことはOKか否か。それが問題だ。
「わ、わたしは............」
この流れでマネージャーも話すのかと思いきや、口を開いたのはヒナ。
「アト、シマツ............がんばり、が、がんばっ......」
ん?
「がばりまっ!」
「あ、うん」
アトシマツ? って、なんだ? アトシマツ............漢字にすると、後始末か? なんの?
「もしかして、あずさのストーカーと龍虎の元カレがシベリアに飛ばされたのって............」
「............んきゅ?」
「それどっち? 本当に知らない奴? それとも惚けてる奴? え、怖いんだけどお前」
「............んきゅ?」
「可愛い。誤魔化されちゃう」
ペースを乱されたけど、最後はマネージャーか。
事務所がぐるっぽかったし、マネージャーも一瞬疑ったけど......よく考えたら、今までずっと女手一つでユニットを支えてくれたマネージャーが裏切るわけないか。
まるで聖書にある罪の告白を行うかのように覚悟を決めたその顔には、今日も深い隈が刻まれている。それは彼女がどれだけ真剣に俺たちと向き合ってきてくれたかの証だ。俺たちの担当は望んで引き受けたわけじゃないだろうに、朝一番早くきて、練習後は全員を車で送ってから帰る。
「マネージャーは、この後焼肉奢りだからね」
「え、いきなり!? いや、それくらいの罰はもちろん受けますけど......莉音さんは、それでいいんですか?」
「大丈夫、俺の味わった精神的苦痛は事務所のグルだった奴その他マネージャーに全部仕事押し付けてしらんぷりしてる上層部に倍にして返すから」
「あ、はい......」
うん、こんなもんかな。
「じゃ、焼肉行くか」
「「「「「おー!」」」」」
「ふりーくす、いくぞー!」
「「「「「がおー!!」」」」」
ボーナスタイムは、延長ってことで。
評価、感想くれたらノクターンで莉音ちゃんメス堕ち√ 書きます(大嘘)。
5/12追記 続編書きました(本当)
https://ncode.syosetu.com/n0738hq/




