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(9)最後の1本

 目の前にいる15歳の少女が、今のブルーには100人を殺害した凶悪犯よりも恐ろしい存在に思えた。ベレー帽ふうの帽子に、薄手の膝下まであるベルトつきワンピース、黒のハーフブーツと装いは完璧である。

「やっ、やあ、ジリアン」

 それ以外何も返せないブルーだが、恐怖で引きつった喉からどうにか発音することができた。

「さっ、さっきバックラー通りにいるって」

「ええ。私の脚が速いの、知ってるでしょう?付き合い長いものね」

 ジリアンの口元は笑っているが、目は笑っていない。動けば殺される。

「どうしてあなたがここを通る事をわかってたか、知りたいっていう顔してるわね」

 どんだけ具体的な顔だ、とツッコミを入れる余裕は今のブルーにはない。ブルーの硬直した顔を、隣のレベッカが不思議そうに見ていた。ジリアンは続ける。

「簡単な事よ。さっき、あなたと通話してる時に聞こえた、時報の鐘のメロディーと、響きの距離感で大まかな居場所は特定できたわ」

 もう完全に事件捜査の要領である。べつに罪を犯したわけではないが、探偵の女の子と交際するのは考えものかも知れない、とブルーは思った。

「そして、何かしどろもどろな声色。あれは私に対して隠し事がある証拠。そういう状況で、駅へ戻るのに大通りを通るとは思えない。仮に私に見つかる心配はないにしても、保険をかけて裏通りを行こう、という心理が働いたのね」

「あー、だから突然大通りを外れたんだ」

 レベッカがポンと手を叩く。ジリアンがジロリと視線を向けたが、どこ吹く風といった様子である。

「それで、その隠したいのがそちらの可愛いお嬢さんっていうわけ?」

「いや、あのね、この子は」

「ふーん。私をほったらかして若い子と歩いてたわけだ」

 そこまで言ったところで、ブルーが若干キレ気味に言い返した。

「あのね!彼女は、魔法に関することで僕が相談に乗ってただけなの!アーネットに頼まれて!」

「アーネット?」

「順を追って説明するから、落ち着いて聞いてよ!激昂せずに!」

 ブルーとジリアンが言い合う様子を、レベッカはいかにも面白そうに眺めていた。


「魔法の素質に突然目覚めた?」

 屋台で買ってきたコーヒーを飲みながら、ジリアンは街灯の下で本日の事のあらましの説明を聞いていた。

「そう。…レベッカ、実演はしなくていい。火事が起きる」

 杖を取り出すレベッカを、ブルーは手で制した。

「それで、魔法のペンの捜査はどう繋がってくるの?」

「さっき言った、失敗作と思われる6本の魔法の万年筆のうち1本を、このレベッカの雑貨店で見つけたんだ。一体どこから入手したのか聞いたら、マリエっていうキャンディ売りの女の子が浮上したの」

「なるほど」

 そこから万年筆の行方を追って、最終的にはマリエまで連れ立って4人でゾロゾロとあちこち歩いた事を、ブルーは説明した。一通り聞き終えたジリアンは、先程までの剣幕がウソのような顔で答えた。

「最初にそう言ってくれれば良かったのに」

「あんな顔で凄まれたら何も言えないだろ!」

「なんですって!」

 少年刑事と少女探偵の言い争いが始まりそうな所で、レベッカが手を上げて間に入った。

「まあまあ、ご両人」

 そう言うと、レベッカはジリアンの顔を見る。

「ふーん、あなたがブルーの言ってた年上の彼女か。わたし、レベッカ・ピカリング。よろしく」

 突然手を差し伸べられて、ジリアンは狼狽える。ぎこちない様子で手を差し出すと、やや渋い表情で握手した。

「よ、よろしく。ジリアン・アームストロングよ」

「ねえ、二人っていつから付き合ってるの?」

 11歳の少女に突然訊かれて、今度はジリアンがしどろもどろになった。

「いっ、いつだっけ」

 顔を真っ赤にしてブルーを見る。ブルーはそもそも、明確な恋人関係という実感をまだ持っていないのだが、それを言ったら今度こそジリアンが魔法で一帯を焼き払いかねないので、交際している前提で話す事にした。

「うーん。あの、脱獄囚の殺人犯を追っかけた事件からじゃない?」

「はあ!?」

 ジリアンがものすごい形相でブルーに詰め寄る。

「あれは初めて会った時でしょ!そんなロマンの欠片もない交際があるもんですか!」

「手とか繋いだじゃん」

「犯人の追跡と逮捕の時の話でしょ!」

 言っている事に嘘はないので余計始末が悪い。二人が出会ったのは実際に、殺人事件の捜査現場である。レベッカはわざとらしく咳払いしてみせた。

「はいはい、痴話喧嘩はもういいから」

 そう言うと、商店街の時計を見る。すでに夕方6時を過ぎており、あたりもだいぶ暗くなってきた。

「ブルー、ここまででいいよ。商店街まで来れば私の庭だし。今日はありがとね。アーネットにも、よろしく言っておいて」

 レベッカがそう言うと、ブルーは力が抜けたような表情を見せた。

「うん。こっちこそ、捜査協力ありがとう。もし何か起きたら、アーネットでも僕でも連絡してよ」

「わかった。それじゃ、夜のデート楽しんでね、お二人さん」

 口元を手で隠してニタニタ笑いながら、レベッカは商店街の奥へと消えて行った。店や屋台の前を通るたびに挨拶している。どうやら、商店街の横の繋がりは大きいようだった。

 そして、期せずして夕暮れのなか二人きりになってしまったジリアンとブルーは、突然置かれた状況に、どう対応すればいいのか困惑していた。

「じ、ジリアンはミランダとお出かけしてたんだよね」

「そ、そうね」

「…邪魔しちゃった?」

 申し訳なさそうに横目で見るブルーに、ジリアンは慌ててフォローを入れる。

「あー、ミランダはもう帰りたがってたからいいの」

 両手を振ってブルーを庇うジリアンだったが、ブルーは成り行き上とはいえ空気が悪くなってしまった事もあり、ひとつの提案をした。

「ジリアン、夕食は?」

「え?もう済ませたけど」

「そっか」

「アドニス君は?」

「…僕も」

 ブルーがそう言うと、ジリアンは微笑んだ。

「なあに、気を遣ってくれてるの?」

「そこまで堅苦しく考えてるわけじゃないけど」

「ふふ、少し大人になったね」

 その言い方は逆に子供扱いされている気がしないでもない、とブルーは思ったが、おとなしく二つ年上の女性の言葉を受け取っておく事にした。

「そうね。じゃあ、明日の夕食、一緒に行こう。それでどう?」

 ジリアンが助け舟を出してくれた形になったので、ブルーは少しホッとした。

「ジリアンがいいなら」

「なんだか煮え切らない返事だけど、決まりね。明日、お仕事が終わったら待ち合わせしましょ」

 はたしてこれは15歳と13歳の会話だろうかとブルーは思ったが、現実に二人は探偵社と警察に勤務する、れっきとした社会人である。ブルーは頷いた。

「じゃあ、今日はひとまず送るよ」

「ありがと」

 

 二人で歩くのは、前回のデート以来だった。デートといっても、あの日は予想外の事件が起きて疲労困憊で帰宅したので、こうして私服で夕暮れの街を歩くのは初めてかも知れない、と互いに思っていた。

「今日の服、いつもと雰囲気違うね」

 ブルーは何の気なしに、ジリアンのベルトつきワンピースの感想を述べた。デートの時はドレスだったが、それよりもカジュアルで近代的なイメージだ。

「ふふふ、どう?」

 ジリアンはクルリと回って見せる。ブルーは赤い顔を背けながら言った。

「いいんじゃない」

「あー、何よそれ。もっと具体的に言って」

「…似合ってる」

「アドニス君、明日の夕方まで服装の褒め方の勉強してきなさい」

 何なんだ、それは。明日って二人とも出勤日だから仕事の服装で会う事になるのだが、とブルーはツッコミを入れたかったが、今のジリアンに迂闊な事を言う勇気もなかった。

 そんな事を話しながら駅に向かって歩いていると、何やら馬車の停留所がある広場が騒々しくなっていた。見ると、制服の警官たちが6人ばかり整列している。

「なんだ?」

「事件かな」

 二人は眉間にシワを寄せて互いの目を見る。どうも、このカップルは歩けば事件に出くわすらしい。交際するのは考えものではないのか、とブルーは半ば本気で考えた。

「どうするの?刑事さん」

「僕の管轄じゃないし、余計な首は突っ込まない事にする」

「ふーん」

 横目で意味ありげな視線を送られて、ブルーは諦めたように警察手帳を取り出すと、並ぶ警官の一人に近付いた。


「ご苦労様。本庁魔法捜査課のブルーウィンドだけど、何かあったの?」

 そう訊ねると、一瞬怪訝そうな表情を見せるも警官はすぐに敬礼を返してきた。

「はっ、バックラー通りのホテル2階のホールにて、ギャングどうしの乱闘騒ぎが起きているため、周辺の警官隊に動員がかかっております」

「バックラー通り!?」

 ブルーとジリアンは、まさかと思いながら警官隊から距離を取った。

「例の魔法ペン絡みっぽい事件が起きてるの、バックラー通りって言ってたよね」

「ええ」

「けど、たしか文字が書き換えられる現象って言ってなかった?」

「そうよ。例えば私が見たのは、"チャド精肉店"っていう看板が"殺し屋チャド"になってたり」

「まあ豚や羊からすれば、殺し屋みたいなものかも知れないけど」

「笑えないジョーク言ってる場合じゃないでしょ」

 呆れ気味にジリアンは腰に手を当て、ため息をついた。しかし、ブルーはまだしっくりきていないようである。

「ギャングどうしの抗争なんて確かに物騒ではあるけど、文字を書き換える魔法のペンと関係あると思う?ジリアン」

「それを調べるのが刑事でしょ」

「うーん」

 ブルーは腕組みして暫し考え込んだが、「仕方ない」とポツリと言って杖を取り出した。すると、ウソのようなタイミングで杖は赤い点滅を始めたのだった。

「げっ」

 来たか、とブルーは身構えつつ、魔法の電話に出る。

「もしもしー」

『あからさまに嫌そうな声を出すな』

 杖の向こうにいる声の主は、さきほど別れたアーネットである。

「ひょっとして、バックラー通りのギャングの抗争に関する話?」

『なんだ、ブルー。お前もカミーユじみてきたな』

「駅前に警官隊が集まってたから、訊ねたらそう言ってた。それで、どうする気?」

 ブルーは、アーネットの事だからまた何か首を突っ込むつもりなのではないか、と思いつつ訊ねる。しかし、返答はやや意外なものだった。

『ギャングどもの鎮圧は警官隊に任せる』

「ほんとに?」

『そうだ。今のところ、銃や刃物を使うほどの事にはなっていない。それにまあ何だ、よその管轄に手出しすると、あとあと面倒だしな』

 さも面倒そうにぼやくアーネットの声の背後に、ギャングと思しき男たちの怒号や悲鳴、ガラスが割れる音が聞こえる。本当に大丈夫なのだろうか。そう思っていると、アーネットが言った。

『だが、魔法の万年筆に関しては俺たちが管轄だ』

「まあ、そうだけど」

『なので、今夜のうちに万年筆を全力で回収して、どうせヒマな明日、オフィスでゆっくりするというプランに切り替える。どうだ』

 その提言に、ブルーは一瞬言葉を失い、返答するまでだいぶ間があった。

「マジで言ってんの!?」

『俺がジョークを言った事があるか』

「会話の半分はジョークだろ!」

 ブルーは叫ぶ。隣でジリアンが口を押さえて笑いをこらえている。

『まあ、ジョークでも何でもいい。今、バックラー通りのホテル向かいにいる。とりあえず合流しよう』

「わかったよ。わかりました」

『よし。あと、ナタリーには連絡するなよ。無用に呼び付けると、怒ってしばらく口をきかなくなる』

「はいはい。じゃ、今行くから」

 過去にそうなった事があるんだな、と半笑いを浮かべながら、ブルーは通話を切った。

「さて、面倒だけどもう一仕事するか。ジリアン、悪いけど一人で帰ってね」

「それがレディへの態度!?」

「だって仕事だもの」

 ブルーがそう言うと、ジリアンは強引に腕を組んできた。

「きちんと自宅まで送ってちょうだい」

「あのね!これから事件が起きてる現場に向かうの!」

「だから、私もついて行ってあげる。もう一人魔法使いがいれば仕事、早く終わるよ」

 そう言って思い切り顔を寄せてくる。通行人が二人をジロジロ見るので、ブルーは顔を真っ赤にして訴えた。

「一般人を現場に連れて行けるわけないでしょ!それとも、捜査協力の費用を要求する気?」

「そうね、じゃあ今度改めてデートしてくれるって事で、どう?」

 またか、とブルーはうなだれた。

「…ああもう、何でもいいや、行くよ!」

「そう来なくっちゃ!」

 二人は杖を取り出すと、それぞれ脚に魔法をかけた。脚力と全身の反射神経が高まるのがわかる。

「ゴー!」

 ジリアンの合図で舗道を蹴ると、二人はあたかも夜の闇を駆け抜ける豹のごとく、一瞬でその場を消え去ったのだった。


 アーネット・レッドフィールド刑事はホテル前でギャング達どうしが殴り合い、警官隊がそれを押さえ込む様子にいくらか警戒しつつ、状況の分析に余念がなかった。

「ジリアンの情報だと」

 呟きながら、いま手元にある情報をまとめてみる。ジリアンから届いた情報によれば、この今いるバックラー通りで、看板や書類などの文字が勝手に書き換えられる現象が起きていたという。

 それが本当だとして、では目の前で起きているギャング同士の騒乱とは関わりがあるのか、とアーネットは考えた。

「ふつうに考えれば、なさそうだが」

 そもそも、このギャング達はなぜホテルのホールに集まっていたのか。以前の事件で、バンデラ海運が新取締役の就任お披露目パーティーをホテルで開いていたのをアーネットは思い出した。

「まあ、それは俺たちの仕事には直接関係ないが」

 通りの向こうを見ると、ギャング達が殴り合う間をぬって、こちらに急速接近する二つの影があった。

「ん?」

 アーネットはブルーだろうとは思ったが、もう一人は誰なのかと一瞬考えて、「あいつか」と言った。二つの影は、進行方向にいたギャング二人に強烈なキックをお見舞いし、それをブレーキにしてアーネットの前に着地した。減速に利用された可哀想なギャングたちは、その場に気を失ってぐったりと倒れ込んだ。

「お待たせ」

「アーネット、久しぶり」

 ジリアンが、ブルーと腕を組んだままアーネットに敬礼してみせた。

「ジリアン、なんでお前がいるのか知らんが、デート中なら帰ってもいいぞ」

「あー大丈夫。いま手伝ってあげるから今度デートしようって事でケリがついた」

 そう言うと、ニカッと笑って懐から魔法の杖を取り出す。ブルーに劣らない実力の魔女は頼もしい。アーネットは遠慮なく手伝ってもらう事にした。

「そういう事なら頼む」

「で、どういう状況なの?」

「こういう状況だ」

 アーネットは、見たままの光景を手で示した。アーネットの周りにもギャングらしき男たちが倒れている。どうやら、不幸にも元重犯罪課の刑事にちょっかいを出してしまったらしい。

「ジリアンが言っていた、文字が書き換えられる現象が魔法のペンによるものなのか、そして仮にそうだとして、このギャングどもの騒乱とどう関連してくるのか、それはわからん。俺もさっさとパブにしけこんで酒を飲みたいので、目的を絞る」

 だいぶ身も蓋もない理由を述べたあとで、アーネットは続けた。

「魔法のペンを速やかに発見、回収したら、あとの事は管轄の警官隊に任せてさっさとずらかる。ただし、一般人に危害が及ぶような場面があったら、保護に協力する」

「魔法はどこまで使っていいんですかー」

 ブルーがわざとらしく挙手して質問した。

「強力な魔法を使うなら責任はお前が自分で持て。俺は今の話は聞かなかった事にする。ホテルが崩れ落ちても俺は知らん」

「きったねー」

「俺が酒を飲む時間を確保する事が最優先だ!行動開始!」

 もはや清々しいまでの本音をアーネットがぶちまけたところで、3人はギャングと警官隊がひしめく空間に、魔法の杖を構えて飛び出したのだった。

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