表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/125

(6)家庭の事情

 アーネット達はレストランのシェフ、ペーテル氏の養子マリエの話を、彼女が住む邸宅の食堂で聞く事になった。マリエはブルーの放った魔法にだいぶ驚いていたが、アーネットが警察手帳を示すと、とりあえず安心してくれたようである。

 ちなみにマリエが振り回していたレイピアは、この古い邸宅に飾られている、そこそこ貴重な中世の品物であったらしく、弾き飛ばしたブルーはもし壊れていたら、カミーユに修繕を頼むべきかとヒヤヒヤしていた。

「うん、売ったよ」

 マリエは紅茶を出しながら、あっけらかんと魔法のペンを何人かの人間に売った事を認めた。自分のぶんもカップに注ぐと、席についてアーネットに向き合う。なんだか手慣れてるな、とブルーは思った。

「その、売った人達の顔とか、名前はわかるかい」

 アーネットがメモ帳を手に訊ねる。

「全員覚えてる自信はないわ。覚えてるのは、あの高級な本屋さんのおじさんと、このお姉ちゃんと」

 そう言ってレベッカを見る。

「あと、馬車で降りた黒いカバンを持ったオバサンに…ごめん、あと二人は覚えてないや。名前は全員わからない」

「そうか…ん?」

 アーネットは、首を傾げてマリエに訊ねた。

「全部で6本じゃないのか?だよな、ブルー」

「うん、レベッカの店にあったのと、あの本屋さんのと、この1本と…」

 確か今までの情報だと、マリエがバイヤーらしき人物から受け取ったペンは6本のはずである。もう1本はどうしたのかと思っていると、マリエは答えた。

「そうだよ。あのスーツのおじさんから受け取ったのは6本。でも、そのうちの1本は自分で使おうと思って、うちに持ってきたの。で、お母さんに取られた」

「取られた?」

「子供がそんな高級そうな万年筆なんか持たなくていい、って」

「…ペンを、怪しげな男からもらった事は話したのか」

「うん。べつにそこは深く考えてないみたい」

 それはいいのか、と3人は思った。しかしそこで、アーネットはひとつの事に気が付いた。

「その、お母さんは今お出かけしてるのかい。今、君しかこの邸宅に人の気配がないけれど」

「うん。いないのはいないけど、入院してるの」

「なに?」

 アーネット達は驚いて顔を見合わせた。

「いつからだ」

「その、私からペンを受け取った次の日だよ。というか、実をいうとお手伝いのおじさんとお姉さんも、お腹壊して入院しちゃったの」

「お腹を壊して?」

 それを聞いて、即座にアーネットとブルーは事態を察知した。もうだいたい、何が起こったか想像がつく。

「…その、お母さんたちがお腹を壊した時、君はここにいたのか」

「ううん。キャンディを売りに出かけてて、帰ってきたらみんなが倒れてたの。慌ててみんなを介抱してたら、ちょうど郵便屋さんが来たからお医者さんを呼んでもらった」

「…なんだか、出来た子だな」

 アーネットは感心しながらも、次の質問を投げかけた。

「3人とも、同じ症状だったんだな」

「うん。お医者さんの話だと、胃の中に毒素が出来てたって。わたし、慌ててみんなに水を飲ませて吐かせたんだけど、もしそれが遅れてたら、死んでたかも知れないって」

 軽い調子で恐ろしい事を語られ、ブルーとレベッカは背筋がゾクゾクしていた。

「ブルー、見当つくか」

「毒素を生成させる魔法はある。そのペンには、そういった魔法の失敗作が封じられていたのかも知れない。お母さんか、使用人の誰かはわからないけど、そのペンで名前を試し書きしちゃったんだろうね」

「それで、無差別にその場にいた人間が魔法の対象になっちまったって事か」

「検証しないと、何とも言えないけどね。検証したとたん、ここにいる全員が食中毒で入院って事にもなりかねない」

 アーネットとブルーの会話を、マリエはキョトンとして聞いていた。

「おじさん達、何言ってるの?魔法?」

「マリエちゃん、おじ…お兄さんの言う事をよく聞いてくれ」

 それとなく自分への呼び方の修正を誘導したアーネットは、魔法のペンが存在する事、それを広める悪い奴らに注意しなければならない事を、子供にわかるよう精一杯簡略化して説明した。


「そんな事がホントにあるの!?信じられないけど…うん、わかった」

 飲み込みが早いのか、あるいは理解できていないのかはわからないが、マリエは一通り説明を聞き終えるとそう言った。

「でも、それじゃマリエ逮捕されちゃうの?」

 途端に不安そうな表情でマリエは訊ねる。アーネットは手を横に振った。

「安心してくれ、君に罪はない。もし心配なら、法務局にも頼りになる知り合いがいる。君の無実を法的に証明してくれる」

「そうなんだ。ありがとう、おじさん」

「……」

 まあ10歳やそこらの少女からすれば、31歳の刑事は問答無用でオジサンだよなと、心で思って口には出さないブルーが改めて質問した。

「それで、マリエちゃん。その、お母さんに渡したペンはまだあるんだね」

「うん、台所にあるよ」

 ブルーに言われてマリエは、その万年筆を持ってきた。間違いなく、いつもの「魔法の万年筆」である。

「試してみる?」

「ばかやろう、さっき危ないって言ったばかりだろうが」

「だよね」

 ブルーは、マリエに万年筆を示しながら言った。

「マリエちゃん、悪いけどこれは警察が押収する事になる。そして、これと同じ物、あるいは似たような怪しい物を見付けた場合、メイズラント警視庁の魔法捜査課まで届け出て欲しい」

「うん、わかった」

「そして、さっきアーネットも言ったけど、怪しい人物を見かけたら、絶対に関わらないこと。不安なら僕たちか、リンドン市内のモリゾ探偵社に連絡するんだ。いいね」

 ブルーの真剣な表情に少し気圧されたのか、マリエは黙って頷いた。

「さて。これで、問題の6本の万年筆のうち、3本が回収できたわけだな」

 アーネットが少しぬるくなった紅茶をすすりながら、万年筆をクルクルと回す。

「それはそれとして、マリエちゃん。こんな広い家に一人でいたら、色々大変だろう」

「何とかなってるよ。…寂しいけど」

 子供は正直だな、とアーネットは思った。

「なあ、マリエちゃん。気を悪くしないで聞いてくれ。さっき実は、君のお父さんに会ってきた」

「ほんとう!?」

 突然、マリエの目が輝く。

「ああ。君の事を心配していた。その…ここにいて、何かつらい目に遭っていないか、と」

 そう言われて、マリエは黙り込んだ。

「僕は刑事だ。だから、家庭の事情について口出しはできない。だが、同時に一人の人間でもある。何か、困っている事があったら、話して欲しい」

「キャンディ売りの事を言ってるの?」

 ストレートに言われて、今度はアーネットたち3人が黙り込んだ。

「うん。あれは、お母さんに言われてやってるんだけど」

「…そうか」

「最近は、街の人達とお話できて楽しいって思ってるよ」

「…ん?」

 若干予想外の回答に、アーネットは疑問符を浮かべた。

「お姉ちゃんも、時々キャンディ買ってくれてるよね」

 今度はレベッカに笑顔を向ける。

「ありがとね」

「うっ…うん」

「ひょっとして、うちに変な噂流れてる?」

 子供ながらに何かを察したのか、マリエは3人の顔を交互に見た。ブルーが訊ねる。

「うん、ひょっとして児童虐待案件じゃないかって」

「おい!」

 あまりにストレートにブルーが言うので、ついアーネットはツッコミを入れた。しかし、おかげで話がしやすくなったのも確かである。

 マリエは、少しだけ重い表情で答えた。

「…実を言うと、半分は当たってるんだ。お母さん、私を養子にするのは反対だったの」

 やっぱり話が重くなってきたぞ、とブルーは身構える。

「お父さんとお母さんには子供ができなかったから、お母さんには色々な気持ちがあったんだと思う。だから、私に冷たく当たる事は確かにある」

「だったら…」

 そう言いかけたブルーに、マリエは言った。

「けど、ちゃんと食事はさせてくれるし、態度は冷たいけど読み書きも教わってる。キャンディ売りも、正直に言うと最初は半分嫌がらせみたいだったけど」

 やっぱりそうなのか、とブルーは思ったが、アーネットは複雑な表情で聞いていた。

「最初はね。キャンディの売り上げの簡単な計算も出来ないのかい、とか帰るたびに言われたよ」

「それは…虐待じゃないの?」

「そうだったのかも知れない。けど私、そのおかげで、だんだん計算の仕方を覚えてきたんだ。そしたら、お母さんの態度が少しずつ変わってきた。いつしか、問屋さんと仕入れの話まで私にさせるようになってきたの」

 何なんだそれは、とブルーは思ったが、レベッカは興味深そうに聞いていた。

「言い方は相変わらずキツイけどね。問屋さんと私を部屋に残して、あとはお前が仕入れ手続きをやっておくんだよ、とか」

 それもまた凄い話だな、とブルーは思う。読み書きを学んでいる子供に仕入れをさせるなど、傍から見れば無茶な話だ。しかし、とマリエは言う。

「うん、ハッキリ言うとね。最初は間違いなく、私への嫌がらせで、無理難題を押し付けてた」

 やっと白状したマリエではあるが、「最初は」という一言が付け加えられている事も3人は気付いた。

「でも、私が複雑な計算を覚えてきたのが、お母さんには段々面白くなってきたみたいなの」

「ちょっと待ってくれ。読み書きや計算を教えられるって、君のお母さんは一体…」

 アーネットの質問に、マリエは軽く答えた。

「ああ、お母さんは週に何日か、町で子供達に勉強を教える仕事してるの」

「先生なのかよ」

 思わずブルーが突っ込む。

「うん。最初は、なんでこんな難しい事やらされるんだ、って思ったけど。逆に、全部覚えてやったらどんな顔するんだろう、って考え始めた」

「どんだけ肝が座ってるんだよ」

 呆れ、かつ感心するようにブルーは溜息をついた。レベッカが笑う。

「じゃあ、私達が思ってるような虐待はないのね」

「あったかも知れないけど。実はね、病院にお見舞いに行ったら、なんか遠回しだけど、ごめんなさいって言われたの」

「ごめんなさい?」

 3人が、揃って意外そうな目でマリエを見る。

「うん。やっぱり子供が出来なかった事とか色々あって、つい血の繋がらない私にきつく当たった、って」

「いきなり腹痛で倒れたところを、君が看病してくれた事もあって、大人として態度を改めるべきだと思ったんだろう」

 大人代表として、アーネットが意見を述べた。

「大人といっても、要するに中身は人間だ。感情で、気持ちを制御できなくなる事もある」

「そうなの?」

「そうだ。だからって、冷たく当たられるのを我慢しろとは言わないが…もし、お母さんと仲直りできるなら、許してあげられるかい、マリエちゃん」

「…うん、たぶん大丈夫だと思う」

 なんだかハッキリしない答えではある。そうそう簡単に白黒つけられないのだろうとアーネットは思った。

「わかった。あとは、俺がどうこう言える事でもない。ただ、一つだけ…君とお母さんの今の関係の事を、お父さんに伝えてやってもいいだろうか」

「いいの!?」

 再び、マリエは目を輝かせた。

「お母さん、本心ではお父さんが別居して、寂しいみたいなの。色々あってこじれちゃったけど」

「俺にできるのは、伝える事だけだ。家族の問題にそれ以上、ああしろこうしろと警察の立場では言えない」

「それだけでも嬉しいよ。本当に、お願いしていいの?」

「ああ」

「ありがとう、おじさん!」

 ついにおじさん呼ばわりが決定的になったアーネットだが、まあいいかと笑ってみせる。


「ところで、マリエちゃん。万年筆を売った相手の顔、全員はやっぱり思い出せないか」

 改めてアーネットは本題に戻る。だが、マリエは難しい顔をした。

「うーん…その場所に行けば思い出すかも知れないけど」

「だってよ、アーネット」

 ブルーはアーネットに、もう連れて行くしかないんじゃないか、と目線で訴える。

「…仕方ないか。マリエちゃん、もし良ければその場所に、一緒に行ってくれるか」

「いいよ!」

 思ったより明るい返事だったので、アーネットは面食らいながらも少し安心した。

「よし、それじゃ一緒に来てくれ。どのみち今日中に事件が解決するとは思えないし、夕食はみんなで食べに行こう」

「やった!」

「やった!」

 同時に喜んだのはブルーとレベッカである。小さく咳払いしてアーネットはマリエを向いた。

「じゃあ、とりあえずハッキリ覚えているっていう、女の人が馬車から降りて来た場所に案内してくれるか」

「うん、わかった!」

 かくして、少年少女3名を連れてアーネットは街に出る事になったのだった。

「遠足の引率でもしてる教師の気分だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ