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(5)マリエ

 レベッカの案内で次にやって来たのは、中央に東屋がある広い円形の公園だった。中央の広場から放射状に、舗道が芝生を6分割している。出店が許可されているのは、公園周辺の舗装エリアだった。

「あの子がよくいるのは、ここ」

 レベッカが指し示したのは、大きなニレの木の下だった。今は誰もいない。

「今日はお休みしてるのかな」

「別な場所を探してるって事もあるんじゃないか。ちなみに今さらだが、その子、名前は何ていうんだ」

 アーネットがメモ帳を手に訊ねる。

「姓はわからないんだけど、たしかマリエって誰かに呼ばれてた」

「マリエ、か。髪はゆるいウェーブのブラウンで、薄茶色のドレスに帽子、エプロン。カゴをいつも下げてるんだったな」

「すごい記憶力ね。刑事みたい」

「刑事なんだよ!」

 ツッコミを入れるアーネットをよそに、ブルーは周囲を見渡した。

「あんまりここって人は通らないみたいだけど。商売になるのかな」

「時間帯による。バスケット抱えて、半分ピクニックみたいなグループが結構くるよ」

「ふーん」

 ブルーは、何気なくニレの木の下を観察してみた。すると、「ん?」と言って、何かを拾い上げる。

「なんだ」

 アーネットがブルーの動作に気付いて、何を拾ったのか確かめる。ブルーは拾い上げたものを示した。それは、水色の包装紙にくるまれたキャンディであった。

「それ、レベッカの店にあったキャンディじゃないか。その、マリエとかいう子から買ったっていう」

 アーネットはレベッカに確認させる。レベッカは小さく頷いた。

「うん。あの子が売ってるやつだ、間違いない」

「ブルー、追跡魔法で追えるんじゃないか?その子が直接落とした持ち物があるんなら」

 アーネットの提案に、ブルーは「なるほど」と杖を出した。

「落として時間が経ってたら、効き目はないかも知れないよ」

 そう言いながら、ブルーは少し長めの呪文を詠唱する。追跡魔法が落ちていたキャンディにかけられると、比較的ハッキリした光のラインが、公園の東方向に延びて行った。

「当たりかな」

「行くぞ!」

 光のラインを追って走り出すアーネット達の後を、一体何なのかさっぱりわからないレベッカがついて行った。


 追跡魔法が示す光のラインは、若干予想外の場所に3人を案内した。

「これは…」

 ブルーが、到着した建物の看板を見て苦笑いした。アーネットも同じである。

 その、レンガ造りの頑丈な建物に掲げられた看板には「テッド製糖会社」とあった。

「キャンディの製造元かよ!」

 ブルーがツッコミを入れつつ、追跡魔法を解除する。アーネットは、若干肩を落としながら言った。

「まあ、接点がないわけじゃないだろう。卸業者から、その子の家を突き止められるかも知れない」

 建物の中に入ると、事務所には白髪が目立つ、作業服を着た男性が帳簿とにらめっこしていた。

「ん?」

「お忙しいところ、申し訳ない。メイズラントヤードのレッドフィールドという者です」

 アーネットが刑事手帳を示すと、作業服の男性は驚いたように帳簿を背中に隠してしまった。

「け、警察!?」

「…いや、べつにあなたを尋問しに来たわけではありません、落ち着いてください」

「そ、そ、そうですか」

 そう言いながら、男性はゆっくりと帳簿を棚にしまう。何か後ろ暗い内容でも書かれているのだろうか。さては政治家に大量にチョコレートやキャンディを贈与しているのではないか、とブルーは疑った。

「ちょっとお訊ねしたい事があるんです。街角でキャンディを売っている女の子が売っているキャンディなんですが、これはこちらの製品に違いないですか」

「はい?」

 男性は、示されたキャンディの包みを見て頷いた。

「ええ、はい。当工場の一角で製造されているキャンディです。これが何か」

「ちょっと人を探しているんです。このキャンディを売っている、マリエという女の子に心当たりはありますか」

「うーん」

 男性は腕を組んで唸る。

「いえ、うちからは卸業者さんに入れてますからね。そこから先は、私共は直接は知りません」

「そうですか。では、差し支えなければ、その卸業者さんを教えてください」


 いよいよ、やっている事が完全に「捜査」になってきたなと思いながらアーネット達は移動した。目指すのは、さきほどの製糖業者から示された住所である。やがて、丘陵が見える道路沿いに、白い平屋の建物が見えてきた。壁には紺色の文字で「ケント・ホールセラー」とある。

「ええ、はい。女の子というか、確かその子が住み込み奉公しているお宅ですね」

 まだ若い、茶色のブレザーを羽織った事務員の男性が言った。

「一般家庭なんですか」

 アーネットが訊ねる。

「いえ、そこの旦那さんはレストランのシェフです。私どもはそこに、子供向けのお土産用にキャンディを卸しているんですが、いつからかその奥さんが、例の女の子に街で売らせるために買ってくださるようになったんですが…」

 そこで事務員は浮かない顔をした。

「なんですか」

「いえ、これ以上は商売上の話なので他言はできません。聞かなかった事にしてください」

「そうですか。では、差支えなければそのレストランか、自宅の住所を教えてくださいませんか」


 今度は、卸業者から示されたレストランに一行は向かった。そこは、だんだんリンドン市内方向に近寄った方角にある、こじんまりとした水色と白の三角屋根の建物だった。店の看板には「アルピーヌ」とある。

「プロンス料理の店かな」

 アーネットが何気なく店内をのぞくと、何やら突然ギクリとして後ずさった。

「何してんの」

 ブルーとレベッカが、30代男性の奇行を訝しむ。

「いや、何ていう事はない」

「絶対なんかあるでしょ」

 レベッカは断言して、堂々と窓から中を覗く。すると、よく知っている人物が、知らない人物とテーブルを挟んで談笑していたのだった。

「ナタリーじゃん」

「え?」

 ブルーも一緒になって中を覗く。完全に不審者である。するといい加減、中にいたナタリーも窓の外の不審者に気付いてこちらを見た。

「あー、わかった。あの向かいの銀髪の人が、アーネットの元カノなんだ」

 察しが良すぎる10代女子、レベッカはそう断言した。

「ふーん。元カノが現れてバツが悪いから引っ込んだのね。大した刑事だこと」

「大丈夫じゃない?向こう、完全にこっちを無視してるよ」

 ブルーは、こっちに気付いても我関せずといった様子で食前酒を傾けるナタリーを見てそう言った。カミーユも全く関知していない様子である。


 結局、いま昼時で忙しいから少し待っていてくれという事で、アーネット達はデザートとコーヒーを注文して、その店のオーナー兼シェフである、ペーテル・アルピーヌ氏がやって来るのを待った。

「お待たせして申し訳ない」

 細身だが、がっしりした腕のアルピーヌ氏は、アーネットと少年少女が座るテーブルにやって来て、自分も座った。

「こちらこそ忙しいところ、申し訳ありません」

 アーネットが頭を下げると、アルピーヌ氏は「いやいや」と手を振った。

「マリエの事でいらっしゃったと伺いまして」

「はい。マリエちゃんに直接伺いたい事があるのです」

「警察の方がですか?」

 怪訝そうにするアルピーヌ氏に、アーネットは起こっている事のおおまかな内容を説明した。

「魔法のペンに関しては、他言無用に願います」

「なんと…いや、急に言われても困惑する話ではありますが」

 それはそうだろうな、とアップルパイを口に運びながらブルーは思った。美味い。

「マリエに罪はないのですね」

 アルピーヌ氏は、そこを強調して訊ねた。

「ご安心ください、マリエちゃんに罪はありません。それと知らずに魔法を発動させてしまった人達にも、です」

「そうですか」

「ですが責任問題に関わらず、事故はすでに起きています。放ってはおけません。そこで、マリエちゃんがどういう人達に魔法のペンを売ったのか、本人に確認したいのです」

 アーネットは、マリエという少女の所在を訊ねた。すると、アルピーヌ氏は何か渋い表情を浮かべる。

「何か?」

「いえ…マリエが住み込みしているのは、私の妻の家なのですが」

 その言い方に、アーネットは何かを察した。

「お恥ずかしい話ですが、私は現在、妻とは別居状態なのです。もちろん、マリエの事は知っています。私が養子にしたのですから」

「え?」

 アーネットとブルーは顔を見合わせた。

「住み込みで奉公されていると伺いましたが、違うのですか」

「世間からはそう見られているでしょうが、違います。正式に養子縁組をしました。妻と別居した際、向こうにマリエが住み込む形になったのです」

 なんだかややこしい話だな、とブルーは思った。アルピーヌ氏は続ける。

「私は現在、このレストランの二階に居住しております。マリエと妻は、もともとの邸宅に使用人と住んでいます」

「…その邸宅というのは、どちらに」

 アーネットは、個人の事情に深入りするわけにも行かないのでそう訊ねた。すると、アルピーヌ氏は少し考え込んでから答えた。

「お教えします。ですが刑事さん、ひとつお願いしてよろしいですか」


 アルピーヌ氏の願いとは、要するにマリエの境遇について、妻であるケイト夫人に問い質してほしいという事だった。

 二人の間には子供ができず、それもいくらか別居の遠因ではあるらしい。アルピーヌ氏にとってはマリエは血の繋がった娘も同然なのだが、ケイト夫人にとっては必ずしもそうではなく、何かと辛く当たる事も少なくないとの話である。キャンディを売らせているのも、半分は当てつけだろう、という事だった。

「大変な話ではあるけど、僕らにどうこうできるの?」

 歩きながら、ブルーは言った。確かにその通りである。明確な犯罪行為でもない限り、民事に介入はできない。

「でも、これであの子の居場所はわかったんだから、それだけでも前進だよ。あの子はもう商店街の一員だから、あとは私達が彼女の力になる」

 レベッカはそう言って、胸をドンと叩いてみせた。

「そうだな。俺も警察官として出来るだけの事はするが、介入できない部分は力になってやってくれ」


 会話をしながら到着したのは、そこそこの大きさがある邸宅だった。木立に囲まれた立地で、玄関の正面には小さなバラの植え込みがある。

 だが、何か雰囲気がおかしい事にアーネットは気付いた。

「何か変だ」

 訝しんで、アーネットは魔法の杖を取り出す。

「どうかしたの?」とブルー。

「いや、単なるカンだ。しかし、今この邸宅には、何か普通ではない事が起きている」

「刑事のカンか」

 ブルーも、アーネットのカンはたまに当たるので、魔法の杖を構えた。

「レベッカ、君は何かあるといけないから、ここを動かないで。何か起きたら、身を護るために魔法を使ってもいい」

「人に向かって魔法を撃っていいって事ね」

「…極力撃たない方向でお願いします」

 ブルーは、レベッカが強盗か何かを、魔法で感電死させる光景を想像して戦慄した。


 アーネットは、玄関にゆっくりと近づいた。ドアに鍵がかかっていない事を確認すると、ブルーと合図して、静かにノブを回す。ドアを開けるとエントランスは、静まりかえっていた。

 すると、建物内部の奥から、パタパタという足音と、ドアをバタンと閉じる音が聞こえた。

「誰かいるみたいだね」

「今の足音は大人じゃないな。子供だ。年齢は8歳から9歳ってとこか」

 足音の間隔でそれを見抜いてしまうのは、さすがに刑事10年だなとブルーは感心した。

「この状況だと、今の足音の主が例の、養子のマリエだ」

「でも、他の人間の気配がないね」

「…行くぞ」

 アーネットは、杖を構えて静かに邸内に入った。

「さっきの音の響き方は、二階からだな」

「うん」

 二人は、エントランスの右側の階段から二階に登る。そして、ゆっくりと上階に顔を出した。


 その時だった。勢いよく正面奥のドアが開いて、一人の少女が飛び出してきた。


「泥棒!!」

 その手にはどこから持って来たのか、長めのレイピアが握られている。少女は迷う事なく、アーネットに向かってレイピアを突き出して向かってきた。

「うわわわっ!」

 全く予想外の出来事に、さすがのアーネットも驚いて仰け反る。そこへ、ブルーが横から魔法を放った。

「あっ!」

 ブルーの魔法で、少女が持っていたレイピアは弾かれて宙を舞い、階段の下に落ちてしまった。

「落ち着いて。僕達は警察だよ」

「けっ、警察!?」

 武器を失って狼狽しながらも、少女はアーネットとブルーを交互に見る。アーネットもまたどうにか冷静さを取り戻し、刑事手帳を少女に示した。

「メイズラントヤード魔法犯罪特別捜査課、レッドフィールドだ。君は、マリエ・アルピーヌさんだね」

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