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(19)魔法捜査課の報告会

 翌日の朝刊各紙はいつもより薄く、リンドン市内で発生した謎の大暴動について緊急の号外として配達された。あるひとつのニュースをのぞいて、普段の報道は省かれており、事件の原因や被害状況などについて紙面が割かれていた。


 政治の対応の遅さには各紙とも批判的であり、中でも手厳しかったのは「リンドン新聞」で、『政治家が守りたいのは我が身だけであった』という痛烈な見出しを持ち出してきた。


「こいつは強烈だ」

 アーネットはデスクに座って新聞を広げ、まじめに対応していた議員たちも巻き添えで批判されている事を気の毒に思った。

「ヘンフリーの奴が今回は頑張ったんだな」

 と、アーネットは不本意ながら友人であるグレン・ヘンフリー卿について、いちおう労をねぎらった。

「私も最初は耳を疑ったわ。政治家の対応があまりに遅いのに業を煮やして、歩兵部隊を強引に出動させたらしいわね」

 いつものように、ナタリーはデスクの上に腰掛けて言った。

「あいつの独断でか」

「聞いた話だけど、ワーロック伯爵の後ろ盾もあったみたい」

 ワーロック伯爵とは、ヘンフリーと繋がりがある大きな貴族である。もともと防衛を請け負っていた一族であり、今も軍隊に顔がきくのだった。

「なるほどな。権力も使いようというわけだ」

「そのへんの責任問題より、もっと深刻な問題があるわ」

 ナタリーは、デイリー・メイズラント紙を開いて言った。

「無数の市民が何らかの原因で暴走、傷害や器物損壊をはたらいた件で、その責任の所在を誰にどう問うのか、警察上層部や国が頭を悩ませてるみたい」

「一人二人の話じゃないからな」

「しかも、ひょっとしたら私達が一番面倒な事になるかも知れない」

 ナタリーが眉をひそめる。

「どういう意味だ?」

「人間が暴走した原因についてよ」

「あ」

 アーネットは激務の中で、すっかりその問題について忘れていたのだった。ナタリーが続ける。

「一般市民が何らかの外的要因、不可抗力で暴走した以上全員無罪だというのなら、その外的要因とは何なのか、という話になる」

「そこを上に説明できなきゃならんというわけか」

「その問題について、重犯罪課や捜査二課・三課、あるいは保安局が意見を求められると思う?」

「そうだよな」

 うんざりしたようにアーネットは頬杖をつく。ナタリーは新聞の記事を読み上げた。

「『一般市民や警官隊の間に突然の暴走が拡がった様子は、感染症の可能性も疑われる。しかし、事件の沈静化直後の段階で医療専門家の見解は、感染症の拡大するパターンとはあまりにかけ離れているとして…』」

 そこまで読んで、ナタリーは新聞を置いた。

「要するに、昨日みたいな事態を引き起こす感染症なんかあり得ない、って医師が言ってるということよ」

「そしてわが警視庁には、何やら人知を超えたわけのわからん事件の専門部署がある。どう考えても、うちにお鉢が回って来るわけだな」

「どう説明する気?」

 ナタリーはアーネットの目を見て言った。

「もう一人の意見も聞かないとな」

 アーネットが言ったその時、廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。歩幅は大人よりわずかに小さい。

「復活したみたいだな」

「遅刻した!!」

 バン、と勢いよくドアを開けて、アドニス・ブルーウィンド巡査が出勤してきた。

「おはよう。何なら寝てても良かったんだぞ」

 アーネットは、自分も眠り足りないといった表情である。

「暇そうだね」

「実際、たぶん午前中はやる事ないぞ。うちに回って来るはずの報告書が、まだ取っ散らかっててまとまってないんだと。報告書がなきゃ、俺たちも分析のしようがない」

「なんだ。慌てて来て損した」

 言いながらブルーはデスクにつく。

「そういえばお前、昨夜は家に帰ったのか」

「え?ううん、目が覚めたらモリゾ探偵社の仮眠室で寝てた」

「泊まったのか!?」

 呆れたようにアーネットが顔を上げた。

「うん、なんか僕の家にはジリアンが連絡してくれたみたいでさ。起きたら誰もいなくて、上着とズボンだけは脱がされてた」

 まるで痴漢に監禁されたような言い分である。

「朝食はどうしたの?」とナタリー。

「あ、起きて間もなくカミーユが来て作ってくれた。すっげー美味しかった。カミーユの地元の料理なんだって」

「ですってよ、アーネット。羨ましい?」

 どういう意味だ、と言いたげにアーネットはナタリーを睨む。

「そういえば、ブルー。結局昨日のドタバタで聞くヒマがなかったが、お前たち、大聖堂で何かあったんだろ?」

 アーネットが訊くと、ナタリーも頷いた。

「そうよ、大聖堂の女神像が、きれいさっぱり無くなってるらしいじゃない。ひょっとしてあんた達がやったの?」

「僕達じゃないよ!」


 ブルーは、讃美歌をリンドン市じゅうに響かせて暴動がおさまった直後に、謎の黒衣の魔女が現れて戦ったことを説明した。

「黒衣の魔女だと?アズーラ・エウスターチオではないのか」

「そうは名乗ってなかったな。アズーラの髪はブラウンでしょ?その女は金髪だった。それに、雰囲気的には40代くらい行ってそうな感じだったかな。口周りしか見えてないけど」

「一体、何者なんだ」

 アーネットもナタリーも首をひねる。

「そいつの魔法で、女神像が動き出して襲いかかってきたんだよ。まるで歯が立たなかった」

「どうやって倒したんだ、そんなの」

 まじまじとアーネットが訊ねる。3人揃って魔力を使い果たした状態で、一体どう対抗したのか。

「うん、なんとなく、先生が来てくれないかなって思ったら、先生が来てくれた」

「先生って、あなたの魔法の先生?」

 ナタリーが興味深げに訊ねる。ナタリー達は会った事がないのだ。

「そう。で、僕はその直後に気絶しちゃって、ジリアン達しか見てないんだ。けど、15mくらいある女神像を、呪文の詠唱もなしに杖の一突きで消滅させたんだって」

 ブルーは経緯を説明しながら、女神像を消滅させた犯人をさらりと明かしたのだった。

「謎の魔女より、お前の先生の方が怖いわ」

「試しに口説いてみたら?美人だよ」

 ブルーはあっけらかんとしたものである。アーネットは、声をかけた瞬間に魔法で吹き飛ばされる場面を想像して身震いした。

「でも、どうして今回に限っては力を貸してくれたのかしら」

 ナタリーの疑問は、他の二人の疑問でもあった。今まで一度も捜査に直接協力してくれた事がない魔女が、なぜ今回は介入してきたのか。

「その事なんだけど、ジリアンとミランダに、テマ先生は『掟の範囲内でできる事もある』みたいな説明をしてくれたみたいなんだ」

「掟の範囲内?」

「そう。あと、僕の予想どおり、人間社会に魔女は基本的に干渉してはいけないらしい」

 どういう意味だろう、とナタリーは思った。

「まるで、自分達が人間ではないような言いぐさね」

「そこら辺については、一切説明してくれない。それと、これはミランダが言っていた事だけど。かつて、人間社会が魔女に何をしたのかわかっているのか、って」

 それは暗に批判が込められているように聞こえる、とアーネット達は思った。少なくとも、友好的なものには思えない。

「魔女狩りの事を言ってるの?」とナタリー。

「僕もそう訊ねたけど、違うみたい。それ以上の事だ、って」

 3人は沈黙した。どうも、魔女という存在と、一般社会の間には断絶のようなものがあるらしい。アーネットは、ナタリーの目に「調べてみたい」という欲求の火花がチラついているのがわかった。

 とはいえ、それは今直面している事件と直接の関係はない。今は、まず目の前の難題を片付けるのが先決だった。

「とりあえず、その件はまたの機会でいい」

 アーネットはそう言って話を打ち切った。


「ブルー、今日にもおそらく、上から説明を求められるはずだ。あの暴動を起こした原因は何だったのか、とな」

「うーん。それについては、もうミランダと話し合って、だいたいわかってるんだけどな」

「なに!?」

 大人組は、まさかという顔で少年を見る。ブルーは解説した。

「今回の件は要するに、何者かが『霊現象』を利用してテロを起こした、という事なんだ」

「霊現象を利用?」

「そう。あのローズガーデンの修道女の霊は、そのために連れて来られた」

 ブルーは、ミランダからの説明をそのまま伝える事にした。幽霊関係がミランダの専門らしいので、へたに自分の意見は挟まないほうがいいと考えたのだ。

「ローズガーデンの修道女の幽霊なんて、どうやって連れてきたんだ」

「そのために利用されたのが、最初に殺されたサリタ・バンデラの幽霊だよ。これはミランダの推測だけど、サリタの幽霊という『異物』を修道院跡に配置することによって、それまで眠っていた修道女たちの霊を『ざわつかせた』んじゃないか、って言うんだ。人間だって、集団の中に関係ない人間が入ってきたら、混乱するだろ」

 アーネットとナタリーは、わかったような、わからないような顔で、とりあえず頷いておくことにした。

「その、修道女たちの幽霊が混乱している所を狙って、”犯人”がリンドン市内に来るように操った。そして修道女たちの、300年前に兵士たちに食糧を奪われたあげく殺された事への怨念を、おそらくは意図的に増大させた。幽霊の発する混沌とした波動は、生きている人間の魂に作用して、暴動という形で現れたんだ」

 ブルーは淡々と語ったが、アーネットもナタリーも、背筋が寒くなる思いで聞いていた。それが本当だとすれば、ずいぶんと酷な話だ。

「つまり、それを行った犯人もまた、霊能力というものに長けた存在ということか」

 アーネットは腕組みして、うつむき加減に険しい顔をしていた。

「そういうこと。誰なのかはわからないけどね」

「俺の推測じゃ、おそらくそれは例のアズーラ・エウスターチオだな。まだお前には言ってなかったが、昨日やつと対峙した」

「本当!?」

「ああ。カミーユと一戦交えて、完敗したらしい」

「カミーユが?」

 気を失っている間に、色々と知らない事が起きていてブルーは憮然とした。話題に置いていかれるのはいい気分ではない。

「じゃあ、アズーラっていう魔女は、霊能力には長けていても、魔法の実力はそれほどでもない、っていう事なのかな」

「早合点しない方がいいぞ。カミーユの実力は、おそらく高すぎて比較対象にならんだろう」

「それもそうだ」

 ブルーは納得した。大木の前でどんぐりが背比べをしても、どっちもどんぐりである事に変わりはない。

「カミーユの手引きでアズーラを追い詰めたんだが、そこに別な魔女が現れて逃げられた。例の、ドロテオの腹違いの妹だ。明言はしなかったが、間違いない。アズーラが手を組んだのは、そいつだったんだ」

「なんだっけ。エスメラルダ・バンデラ?」

「そうだ。そいつも魔法を使えるというのは予想外だった」

そこまで言って、アーネットは何かに気付いたように新聞を開いた。

「そういえば、そのエスメラルダが妙な事を言っていたな。質問したいなら朝刊を見ろ、って」

「あら?そういえばさっき、何か載っていたような」

 ナタリーも手元の新聞を広げる。しかし、紙面の大部分は昨日の暴動事件に関してであり、実質号外のような紙面である。それ以外の事がどれくらい載っているのだろう、とブルーは思った。

「あったわ」

 ナタリーがひとつの小さなベタ記事を指差す。アーネットとブルーも覗き込んだ。そこには簡潔にこう書かれてあった。


『―バンデラ海運社長にエスメラルダ氏就任―

 バンデラ海運広報は昨日付で貿易業バンデラ海運の取締役社長に、同社のエスメラルダ・バンデラ氏24歳が就任した事を発表した。就任式はホテル・ㇾザボアの小ホールにて行われた』


 その淡々とした記事内容に、3人は驚いた。あの混乱の最中、バンデラ海運はホテルで呑気に就任式を開いていたというのだ。

「なるほどね。ドロテオ氏失脚の直後に即座に就任すれば、何か裏工作、謀略があったのではないか、と世間は思う。でも、市内が暴動で混乱していれば、そんな事誰も目を向けない。まるで最初から、あらゆる事から目をそらすために暴動が利用されていたみたいだわ」

 ナタリーの意見に、他の2人も異論はなかった。

「何もかもがそうだ。サリタ・バンデラの幽霊騒動も、俺たちをリンドンから引き離し、サリタ殺害事件の捜査に介入させないため。暴動も、その陰でドロテオの殺害とエスメラルダの就任式をひっそり行うため。これだけの企てができる奴っていうのは、いったい何者なんだ」

「ミランダは、その暴動までもが”実験”だったんじゃないか、って言ってたよ」

「なるほど」

 アーネットは面白くなさそうに顔をしかめたが、ひとつ結論に達したように語り始めた。

「ひょっとして、これを企んだのはエスメラルダかも知れん」

「まさか」

 ナタリーは、それはないだろうという表情でアーネットに反論した。

「だが、俺が対峙したアズーラは、凶悪ではあっても、複雑な計略を練られるタイプには見えなかった。エスメラルダは違う。あの目は策略家の目だ」

「確かに、情報だとエスメラルダの手腕も若いわりに優秀らしいけれど。話を聞く限り、アズーラという魔女と組むのはあまり賢い選択とも思えないわ」

「頭の回る人間が賢い選択をするなら、戦争も魔女狩りも起こってないさ。賢い人間が過ちを犯すから、文明はいつまでも惨めな闘争を繰り返すんだ」

 不気味な笑みを浮かべてアーネットは言った。

「意外に、悲観主義者だったのね」

「そんな事はないさ。酒の味の研究とか、いつか自分のワインセラーを造ろうとか、毎晩のように進歩発展について考えてる」

「アルコール依存症になる頃に、医療が今より発達しているのを期待することね」

 呆れたようにナタリーは新聞をパンと置き、何かのバインダーを抱えてオフィスを後にした。



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