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(14)アズーラとエスメラルダ

 情報局を訪れていたナタリーだったが、マーガレットに調査依頼をする間もなく、局にリンドン市内で謎の暴動発生との連絡が入った。

「暴動ですって?」

 マーガレットや局長ジェフリーが集まり、現在入っている情報を取りまとめ始めた。どうやら、リンドン市内の複数の箇所で、暴動は発生しているらしかった。

「調査どころではなさそうね。戻るわ」

 そう言って局を出ようとするナタリーの手を、マーガレットはガッシリと掴んだ。

「ここにいなさい。どこよりも安全よ、今は」

 情報局が入っている庁舎は、他にも政府の重要な機関が集まっている。暴動発生との報に、すでに出入り口は封鎖され、屈強な、ほとんど兵隊のような警備員が警戒にあたっていた。

「それに、どう考えても普通の事態じゃない。ひょっとして、あなた達の案件という事もあり得る」

「まさか」

「何にせよ、今あなたはここにいるべきよ。連絡は取れるんでしょ、他の面子と」

 以前の事件でマーガレットは、ナタリーが用意した魔法によるレイライン通話を経験している。だんだん、周りの人間が魔法の利便性に抵抗なくなってきているなとナタリーは思った。

 それはともかく、確かにアーネットやブルーと連絡を取ることは急務であった。が、ナタリーがそう思った時にちょうどアーネットから連絡が入った。

「!」

 赤く発光する魔法の杖を耳に当て、魔法電話の通話に出る。

「もしもし」

『ナタリー、無事か』

「いま情報局にいるわ。あなたは?」

『カッターと現場に向かってる。ウィンドリー宮殿公園の通りだ』

「大丈夫なの!?」

 ナタリーの不安は当然だった。暴動の規模もわからないのに、動いて大丈夫なのか。

『追って武装警官が駆け付ける。それまで手伝うだけだ、心配するな』

「ちょっと、アーネット」

『見えてきた、やってるやってる。ブルーに連絡入れといてくれ。以上!』

 それだけ言うと、アーネットは通話を切ってしまった。

「大丈夫なのかしら」

 ナタリーは不安をどうにか圧し殺すのに数秒を要したが、すぐに気持ちを切り替えてブルーに連絡を取った。


「もしもーし」

 ナタリーからの電話に、何も知らないブルーは馬車に揺られながら呑気に答えた。

『あんた今どこ!?』

「え?あと5分くらいでリンドンに入るけど」

『ブルー、落ち着いて聞いて。いま、リンドン市内複数の地点で、暴動が…』

 その時、通話にガリガリという雑音が入り、ナタリーの声が遮られた。

「まただ。聞こえる?」

『聞こえてるわ。今の、何?』

「わからない。市内で何かあったの?」

『暴動が起きてるの、複数地点で!今ようやく武装警官隊が出動して鎮圧に動いてる』

「暴動!?」

 ブルーは馬車から身を乗り出して、近付いてくるリンドン市街地を見る。

『迂闊に近付いたらだめよ。あなたも情報局に来なさい』

「バカ言わないでよ。こんな時のための魔法でしょ」

『ブルー?』

「僕も出来る範囲で鎮圧に協力する。ナタリーはそこ動かないでね。以上、通信終わり!」

 

 またしても一方的に通話を切られたナタリーは、憤慨してデスクをバンと叩いた。

「男って連中はどうしてこうなのかしら」

 アーネットはもちろん、ブルーは魔法が使えると言っても、まだ13歳の少年である。暴動鎮圧など経験した事はない。ちょっと暴徒の集団が襲ってきたぐらい、ブルーの魔法にかかれば一瞬で気絶なり何なりさせられるだろう。しかし、それを超える勢力で襲いかかられたら、対処できるのか。

 あるいは、ブルーが力の制御を誤って、一般人を最悪、死に追いやってしまう事だって考えられる。ナタリーの思考は、悪い方に傾いて行った。


「カッター、無理するなよ!」

 魔法の杖を振るって、暴徒を次々と気絶させながらアーネットは叫んだ。

「へっ、便利なもん覚えやがって。格闘の仕方忘れたんじゃねえだろうな!」

 軽口を叩きながら、カッターは暴徒の首の側面へ正確に、拳で突きを入れる。カッターは一見すると細身の優男に見えるが、実のところ格闘術では警察内でもトップクラスの実力者であり、アーネットも一歩及ばない程だった。

「片付いたか?」

 肩で息をしながら、アーネットとカッターは背中合わせに周囲を見た。さながら合戦が終わった後の様相である。

 そこへ、おっとり刀で武装警官隊が到着した。

「おせーよ」

「いや待て、カッター」

 アーネットは、信じられないものを見るような目で、あたりを見渡した。

「何なんだ、これは一体」

 それは、戦慄の光景だった。今しがた気絶させたはずの人間たちが、焦点の合っていない目で再び立ち上がり始めたのだ。

「まさか、魔法ってやつなのか、これ」

 カッターがそれ以外に何なんだ、と言いたげにアーネットを見る。

「魔法なのかも知れんが、だいぶ趣味が悪い手合いだな」

「この状況で余裕あるな、お前」

「何言ってやがる。拳銃構えたマフィアに囲まれた事あっただろうが」

 皮肉を飛ばし合う2人の周りに、再び動き出した何人かの暴徒が集まりつつあった。ざっと6人という所だが、さらに起き上がろうとしている者も何人か見える。

「一人残らず押さえ込め!!」

 到着した警官隊の隊長らしい人物が叫ぶと、盾を構えた武装警官が起き上がった暴徒に殺到し、押さえ込んで凶器を取り上げた。

「よし、こっちも片付けるぞ!」

 カッターは、さっきよりダメージのせいで動きが鈍い暴徒の一人を羽交い絞めにし、武器のナイフをはたき落とすと背筋に当て身をくらわせた。アーネットは、今度は強めの魔法で神経そのものを麻痺させる事にした。一般市民相手に使うのは規則違反だが、事ここに至っては仕方がない。

 警官隊との協力で、どうにかその場の暴徒は縛り上げる事に成功したものの、あたりには被害を受けた一般人が気を失ったり、呻いたりしている。

「どうするんだ、これ」

「医師団が来るまで、手分けしてケガ人を介抱するぞ」

 アーネットは魔法の杖の残った魔力を確認すると、近くにいる出血した腕を押さえた女性に近寄った。カッターもそれに倣って動く。

 その時、カッターは公園の木の陰に、妙な人影を見た気がした。なんとなく、修道女のようなシルエットだった。

「?」

 目をこらして見るが、人影は見えない。気のせいだろうと、カッターはまたすぐにケガ人の応急処置に動いた。



「やる事がえぐいわね」

 ホテルの、ベッドに腰掛ける黒髪の女がくすりと笑った。

「でも、彼ら自身にはダメージはないかも知れないわよ。特にあの魔法使いの少年には」

「彼らは警察官よ。市民を守れなかったという事実が、何よりのダメージになる」

 ベッドの反対側に腰掛けていた、ブラウンの長髪の女は唇の端を上げた。

「どこまで広げるつもり?」

「知らないわ。だって今、私がやってるのは報復を兼ねた実験だもの」

「町が燃えるわよ」

「燃えればいいじゃない!あははは」

 長髪の女は、甲高い笑い声をスイートルームに響かせた。

「アズーラ」

 黒髪の女は、ブラウンの髪の女をそう呼んだ。

「あなたには力があるけれど、思慮はないわ。計画を成就させるには、力と思慮の両方が必要になる」

「だから?」

「私の言う事に耳を傾けなさい。あなたは計画を自分で練ったつもりかも知れないけれど、私の助言がたくさんあった事を忘れないで」

「はいはい。エスメラルダさま」

 アズーラはエスメラルダに近寄ると、唇が触れるほどに顔を寄せて言った。

「いいわ。そろそろ動く時ね」

「ええ」

「それじゃ私は、片付けるものを片付けてくるわね。お掃除は慣れてるのよ。子供の頃、大人達にこき使われてたから。家庭的な女だって所を見せてあげる」

 そう言うと、アズーラは豪華なドアを開けて、赤いじゅうたんが敷かれた廊下を音もなく歩いて行った。

「さて。私も行かないと。お母さまを待たせると後が怖い」

 エスメラルダは、鏡台に座ると手をパンと叩いた。すると、いつからいたのかわからない黒いショートヘアのメイドがスッと現れ、エスメラルダの化粧を直し始めた。

「血のように赤い口紅をお願い」

「かしこまりました」



 ブルーは念のため、馬車を市内への橋の手前で帰させた。万が一、暴動に巻き込まれるといけない。

 ブルーが着いたのはリンドン市内の南南東にあるテレーズ川を渡る橋で、橋を渡ったすぐ右手には、市のシンボルである巨大な時計塔が見えた。

「暴動なんて本当に起きてるのかな」

 と言いながらも、魔法の杖を構えて慎重に歩く。すると、今まで比較的おとなしく控えていた使い魔ライトニングが、またしても昨夜のように、何かに興奮するように唸り始めた。

「またか、ライトニング。何かいるのか」

「グルルルル」

 ライトニングは、橋の中央に向かって足をふんばり唸っている。

「そこに何かいるのか?」

「ワン!」

 ライトニングは、巨大な橋の誰もいない中央に向かって吠え始めた。

 すると、次第にそれは姿を現し始めた。

「ん?」

 ブルーにも視認できるほどにハッキリと具現化したそれは、人の姿だった。ただの人ではない。古めかしい、修道女の姿である。ブルーは直感的に、それは幽霊であると認識した。

「ワン!ワン!」

 ライトニングが吠える。ブルーは確信した。ライトニングが警戒していたのは、この不気味な修道女の霊だったのだ。

「お前、この事を昨日から言いたかったのか?」

「ワン!」

 ライトニングは、突然その修道女の霊に飛び掛かった。すると、修道女の姿はスッと消えてしまった。

「あっ!」

 魔法の杖で検証しようと思っていたブルーは、幽霊が姿を消した事に肩を落とした。

「ライトニング!次は僕がいいって言うまで動くなよ」

「ワン!」

「わかってんのかな、こいつ」

 憮然としつつ、ブルーは少し足早に橋を渡る事にした。暴動はまだ見えないが、確かに何かが起きている。

 その時ブルーは、何か引っかかる事に気が付いた。

「修道女…?」

 それがなぜ引っかかるのか、その時のブルーにはわからなかった。




 一方、情報局にいるナタリーのもとには、次々と市内の情報が集まってきていた。それらを総合すると、暴動は大きく3箇所で起きており、それぞれが10km以上離れている地点であった。

 やはり一般の通行人が突然に暴れ始めるという現象なのは間違いないようで、正気を取り戻した人間に質問すると、暴れていた時の記憶がないという。

「アーネットの時と同じだわ」

 ナタリーの呟きを聞いていた、情報局のジェフリーが反応した。

「アーネットって、君の課の彼か。どういう事だ」

「先日、彼も突然一般人4人組に襲われたのよ。捕まえて尋問したら、やっぱり暴れている時の記憶がなかったらしいわ。4人の間にも交友関係はなし、アーネットを狙った動機もなし」

「似てるな。いや、同じだ。今回と」

「でも、規模が違いすぎる」

 ナタリーの言うとおりだった。いま入っている情報だけで、すでに17人の死亡が確認されている。負傷者は男女問わず数え切れない。

「ジェフリー、ちょっといいか」

 若い男性の局員が、メモを片手にやってきた。

「ああ」

「奇妙な報告がある。たちの悪い冗談かと思ったが、目撃報告が多すぎる」

「なんだ」

「暴動現場の内外で、修道女の幽霊が多数目撃されているんだ」

 ナタリーとジェフリーは、顔を見合わせて首を傾げた。

「なにそれ」

「わからない。でも、目撃件数は少なくとも21件入っている。幻覚や冗談で片付けられる件数じゃない」

「ちょっと待って、それ、なんだか似てない?」

 ナタリーの言葉に、ジェフリー達は何の事かと考えた。

「この間の、ルイン・ローズガーデンの幽霊騒動よ」

「あっ」とジェフリー。

「しかも何の冗談なのか、ルイン・ローズガーデンは元修道院跡よ。その事件の直後に修道女って、何の冗談なの?」

「あの事件も、幽霊目撃談の増加と同時に、周辺の街道で事故が続発したんだろう」

 今回は、修道女の幽霊が多数目撃されている周辺で、暴動が起きている。

「普通じゃない」

「というより、君たちの案件って事じゃないのか、ナタリー」

「…考えたくないけど」

 しかし、あまりにも起きている事が常軌を逸している。魔法や幽霊に関心がない人間であっても、その可能性を考えざるを得ない事態である。

「ナタリー、何をすればいい?今から情報局は、魔法犯罪特別捜査課の指示で動く。情報を集めろというなら集めるし、伝えろというなら伝える」

「ちょっと、キャプテン!」

 若い局員が、諫めるように言った。

「いいんだよ!この部屋の中じゃ俺が、警視総監より偉いんだ!」

 その、本気かジョークかわからないジェフリーの怒号にナタリーは吹き出した。

「わかったわ。ちょっと考えさせて」

 アーネットの真似をして、ナタリーは顎に指を当ててみた。名刑事、名探偵と呼ばれる刑事にあやかろうと思ったのだ。

「…ルイン・ローズガーデンの修道院跡。そこで過去に何があったか、わかる?」

「歴史学か。いいだろう」

 ジェフリーは、ナタリーの言葉に疑義をはさむ事なく言う通りに動いた。

「この状況でそんな事を調べるのはどう考えても狂ってるが、それが普段、君達のやってる事なんだよな?」

 言いながら、ひとつの鍵をジェフリーは取り出した。ナタリーは知っている。資料室の鍵だ。

「そう。たまに自分達でも、どうかしてるんじゃないかって思うわ」

「そりゃあいい」


 ジェフリーとナタリーは、隣接する資料室に入った。ここは、ありとあらゆる情報の宝庫であるが、あくまで国家の機能のために存在するのが情報局であるため、歴史だとかの学問的情報については、普段ほとんど必要とされる事がない。

「時間がないから、わたし流でやるわ」

 ナタリーは、魔法の杖を取り出して短い呪文を詠唱した。

 すると、細い緑色の光が無数に杖から飛び出し、部屋中の資料という資料を走査していった。

「何をしてるんだ!?」

 ジェフリーが、初めて見る光景に絶句する。

「資料から必要な情報を探ってるの」

「すまん、ちょっと何を言ってるのかわからん」

 ナタリーが小さく笑うと、目の前の空間にいくつかの光る文字列が浮かんだ。その中のひとつに、こうあった。


『リンゼー修道院事件』


 これだ、と思ったナタリーが、その文字列に手を触れた。すると、右手奥の棚から一冊のバインダーが飛び出して、ナタリーの目の前で停止した。

「何なんだ?」

 ジェフリーが後ずさって目を丸くする。

「みんなも覚えておくと便利よ」

「できるわけないだろ!」

 ジェフリーに笑いながらナタリーはバインダーを開く。そこには、数百年前にリンゼー修道院、いまルイン・ローズガーデンと呼ばれる土地で起きた事件について書かれていた。



 それによると、リンゼー修道院は約300年と少し前、周辺で起こった戦争の戦火に巻き込まれた。修道院には、近くの村から逃げ出した子供や老人たちが匿われていた。

 そこへ、物資が困窮した兵士たちが、食糧を提供するようになだれ込んできた。修道女たちは、子供や老人たちの分だけは残すようにと、自分達の分を提供した。


 しかし兵士たちは、持っている全ての食糧を出すよう要求し、剣を抜いて修道女たちに迫った。断固として聞き入れられない、と言った修道女が、その場で斬り殺された。


 それを見た修道女たちは、ついに激昂して兵士たちに対して実力行使に出た。緊急時のために隠していた短剣や槍で、兵士を追い払おうと試みたのだ。

 兵士たちは反乱とみなし、修道女を全員その場で処刑してしまう。泣き叫ぶ子供たちを尻目に、食糧を奪った兵士たちは去って行った。


 その後、戦火の中で修道院は破壊され、朽ち果てていき、修道女の亡霊が出ると噂され、誰も近寄らなくなったという。



「それを、約50年前にカーソン・ワイナリーが掘り起こし、改修してローズガーデンに生まれ変わらせた、ということか」

 ナタリーは、それがどういう意味を持つのか考えた。ルイン・ローズガーデンはそれなりの観光名所であり、常に人が訪れる場所だが、少なくともサリタ・バンデラの幽霊が現れるまで、幽霊騒動など聞いた事がない。

「いま現れているという修道女の幽霊と、ルイン・ローズガーデンには何か関係があるのか、それとも…」

 そもそも、それを調べる事が今の問題を解決する事になるのだろうか、と思うナタリーだったが、それを考える余裕はすぐになくなった。


 いったん落ち着いた暴動が、再び激化したという報せが届いたのである。


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