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(7)焦点

「つい最近死んだって?あの幽霊が?」

 ブルーは、アーネットが言う言葉を復唱するように確認した。アーネットはデスクに片手をつき、もう片方を腰に当てて話し始める。これは、彼が自信に満ちている時の仕草だ。ただし、正鵠を射止めている保証はない。

「そうだ。例の探偵社の、ミランダとかいう女の子も、ブルーの先生と同じ事を言っていた。彼女はそこまで掘り下げては伝えてくれなかったが、ブルーの話を聞いて、何となく合点が行った」

 ひと呼吸置いて、アーネットは言う。

「まわりくどいのは面倒だ、結論から言う。要するに俺達が見ていたあの幽霊は、ごく最近死亡した誰かの、『24年くらい前の姿』なんだ」

「あっ」

 ブルーとナタリーは、何かに気付いたように視線を合わせる。

「そうだ。あの幽霊は、何らかの原因でごく最近、死亡した。そしてその魂は、あのルイン・ローズガーデンに現れるようになった」

「なぜ?」

 ナタリーが訊ねる。

「そこだ。ミランダ嬢が、あの霊は一種の記憶喪失に陥っている、と説明していた。つまり、自分が誰なのかわかっていないんだ」

「幽霊が記憶喪失なんてこと、あるの?」

「俺にはわからん。ミランダは霊能力についてはエキスパートらしいから、それを信用して仮定する」

「じゃあ、若い頃の姿で現れたのはどうして?」

「これは全くの推論になるが、記憶を失っていると仮定するなら、その人生で最も充実していた時代の記憶だけが、かろうじて生きている可能性はないか?」

 アーネットの仮定は、事件捜査の要領で心霊的な謎を解こう、という試みだった。

「過去の犯罪捜査でも、ごく稀に記憶喪失に陥った被害者がいた。そういう場合、人生で最も強烈だったり、愛着があったりする記憶が、他の記憶を呼び覚ますきっかけになったりするものだ」

「つまりあの女性は若い頃、あのルイン・ローズガーデンに何らかの愛着があった、という事なのかしら」

「思い出してみろ。今の所、いちばん手酷い事故に遭った、例の強盗団4人組を」

 ブルーとナタリーは、荷馬車に自分たちで激突し、車輪に轢かれて大怪我をした若者グループを思い出してみる。

「あっ」

 ブルーは、ガーデンに最初に訪れた時の事を思い出した。

「あいつら、ガーデンの植え込みだとかを踏み荒らしてたよね、そういえば」

「そうだ。だから例えば、愛着のあるガーデンを荒らす行為がトリガーになって、彼女の祟りの対象になった、と推測する事もできる」

「ガーデン内で事故が起きないのは、ガーデンを荒らさせないため?」

 その推理は、当たっているかどうかはともかく、それなりに筋は通っている。ナタリーも、なるほどと頷いた。

「そのへんの因果関係がどうなのかも調べる必要はあるが、いまは、とにかくガーデンを閉鎖するのが先だと俺は思う。本当は、昨夜のうちにそうするべきだったかも知れない」

「そうね。所有者のカーソンさんに連絡しないと」

 ナタリーは受話器を取ると、電話交換手に繋いだ。その間、アーネットはブルーと調査する人物像を絞り込んでいた。

「あの幽霊の容姿は、ざっと見て18歳から22歳あたりの年齢だと思う。24年くらい前にその世代ということは、現在は40代前半から半ば、というところか」

「その世代で、ごく最近亡くなった女性…」

 そこまで行って、ブルーとアーネットは「あっ」と顔を見合わせて驚いた。

「まさかだろ」

 アーネットは新聞を開き、ひとつの記事の冒頭を読み上げる。

「『貿易商ドロテオ・バンデラ氏の妻サリタ氏46歳が3日、投身自殺した事件に関し警視庁広報は…』」

 二人は、「これだよ」と目線で会話した。

「いや、まだハッキリしたわけではない。落ち着け」

 アーネットはそう言うものの、年齢と、他殺の可能性あり、という条件は見事に当てはまる。あとは容姿の確認だった。

「自殺報道があった時に、顔写真くらい載ってるだろう」

 アーネットとブルーが、過去数日の新聞の束を持ち出してきた、その時だった。

「アーネット、大変!」

 受話器を置いたナタリーが、二人に向かって叫んだ。

「ガーデン付近の川で、死亡事故が起きたわ」

「なんだと!?」

「いま電話口でカーソン氏から聞いた限りだけど、ガーデンを出た若いカップルが、何か口論を始めて掴み合いに発展した結果、もつれ合って橋から転落。川原の岩に二人とも頭を打って死亡したそうよ」

「なんてこった」

 それを聞いたブルーは戦慄した。テマ先生は、事態が急変するような事を言っていたのではなかったか。

「それで、ガーデンは」

「やむを得ず、ロープを張って完全に立ち入り禁止にするそうよ。私達にも来てほしいって」

 参ったな、とアーネットは頭をかいた。

「昨日のうちに、ガーデンを締めるようカーソン氏に言っておくべきだった」

「まだ、因果関係がハッキリしたわけじゃないわ。カップルが口論のすえ暴力沙汰になるなんて、どこででも起こる話よ」

「だが、今俺達が取り掛かっているのは、そういう『よくある話』を超えたレベルの話だ。あの幽霊が及ぼす影響は、俺達の理解が通用しない、と考えるべきだ」

 そう言うとアーネットは、珍しくハットを被って出掛ける準備をした。

「ナタリー、君はリンドン市内にいてくれ。それと、この間ビルから飛び降りた貿易商の妻、サリタ・バンデラ氏の過去について、出身地も含めて調べて欲しい」

「過去?」

「そうだ。特に24年前、彼女が22歳ぐらいの時の交友関係などだ」

 その言葉で、ナタリーはアーネットが何を言わんとしているかを即座に理解した。

「わかった」

「頼んだ。よし、行くぞブルー」

 そう言ってオフィスを出るアーネットを、ナタリーは呼び止めた。

「気をつけてね。あなた自身が、彼女の祟りの対象にならないっていう保証はないのよ」

「わかった。気をつける」

 ドアが締まり、地下の廊下を足音が遠ざかってゆく。ナタリーは、深呼吸で気持ちを整えると、アーネットに頼まれた件に取り掛かるのだった。




 同じ頃、デイモン警部の署名において裁判所に対し、サリタ・バンデラ氏が殺害された可能性に基づいた、夫ドロテオ・バンデラ氏への捜査令状の請求が行われた。提出された疎明資料の大まかな内容は、次のようなものだった。


・ドロテオ氏は若い愛人に結婚と、サリタ氏との離縁を迫られていた。

・サリタ氏の死亡時、ドロテオ氏が飛び降り現場のビルから2本向こうの道路を歩いていた様子が目撃されていた。

・サリタ氏の頭部には左側頭部と右後頭部の2箇所の打痕があるが、ビルから落下した時に頭を打ったのは右後頭部のみである、との通行人8人の目撃証言がある。

・サリタ氏の遺体の両脇に、細いワイヤー状の物体で吊り下げられたような跡があった。

・現場のビルの向かいの、さらに高いビルの屋上の縁に、2本の細いワイヤーか何かが擦れた跡が見つかっている。摩耗の様子から、つい最近のものと思われる。

・以上3点の証拠から、サリタ氏は落下時にすでに左側頭部を殴打され殺害されており、ワイヤーを用いて向かいのビル屋上から引っ張られて落下し、自殺に偽装されたと推測される。


 この内容については当然、報道に対しては伏せられたが、裁判所から出てくるデイモン警部は新聞記者たちの取材の的となった。

「警部はあくまで他殺の可能性を追われているという事ですか!」

「警察上部が何らかの理由で事件をもみ消したとの噂もありますが、それに関して何かひとこと!」

 メモとペンを片手に迫る記者達を押しのけながら、警部は一喝した。


「わしに言えるのはひとつだけだ!わしは一人の刑事として、正義と真実だけを追求する!上が何を考えていようが、関係ない!」


 百戦錬磨の記者たちがその迫力で後ずさる様子を、少し離れた舗道から見守る視線があった。




 アーネットとブルーはまず、ルイン・ローズガーデンの手前にある、近くの転落事故が発生したという橋の下の川辺の現場に寄ってみた。地元の警官たちが現場検証に当たっているが、死亡した2名の男女の遺体はすでに移送されたあとだった。

「ご苦労さん。本庁のレッドフィールドだ」

「ブルーウィンドだよ」

 ベテラン刑事と少年刑事に揃って手帳を掲示され、一瞬警官たちは訝しんだようだったが、すぐに敬礼が返ってきた。

「ご苦労様です」

「捜査中の事件と関連があるか確認で来たんだが、男女が口論のすえ揉み合って転落した、という報告に間違いはないな」

「はい、目撃した他の通行人たちの証言は全て同じです」

「口論の内容は?」

「男の浮気を女が問い詰めていたようです。近くのルイン・ローズガーデンからの帰路ですね」

 アーネットとブルーは、小さく頷いて辺りを見回した。橋の下の川はそう大きくもないが、8メートルほどの高さがあり、川辺には大小の石が転がっている。男女は、せり出した大石に頭を打ったらしかった。

「ん?」

 アーネットは、川辺の石の上に植物の葉が落ちているのに気付いた。よく見るとそれは、バラの葉であった。川原にはバラなど生えていない。アーネットは警官に質問した。

「死亡者の所持品に、ひょっとしてバラの花があったか?」

「ああ、はい。女性の胸元に白いバラがありました。状況からみて、ルイン・ローズガーデンから無断で持ってきたものと見られます」

 ブルーが葉をつまみ上げて、死亡者が転落してきた橋の上を見る。

「やっぱり、ガーデンを荒らされるのが許せないって事なんだな」

「よほどガーデンに思い入れがあったという事なのか、それとも…」

「カーソンさんは、ガーデンを締めるって言ってたんだよね」

 ここにいても進展はなさそうなので、二人は現場の確認もそこそこに、すでに締められているであろうガーデンに向かう事にした。


 予想通り、すでにガーデンの正面の入り口はロープを張って封鎖されていた。周囲には入れずに困惑している観光客の姿もある。

「こうしてみると、けっこう客の出入りがあるガーデンなんだな」

 刑事手帳を取り出そうとするブルーを、アーネットが止めた。

「警察が来てるとなれば、無用な混乱を招く」

「わかった」

「ところで、今日はあの魔法犬は連れて来なかったんだな」

 いまさら気付いたアーネットが、使い魔ライトニングが来ていない事に触れた。

「ああ、今日も来るかって聞いたら、首を横に振って勝手に散歩しに出て行った」

「自由すぎるだろ」

 犬は人間社会の騒動なんか関係なくて羨ましいな、と半分本気で思うアーネットであった。

 そこへ、ガーデンの所有者であるカーソン・ワイナリー代表、エミリー・カーソン氏がやって来た。

「レッドフィールドさん、ご足労おかけします」

「ああ、カーソンさん」

「現場はご覧になりましたか?」

「はい」

 カーソン氏を加えた3人は、突然告知なしに閉園されたガーデンに困惑する客たちの目を避けて、ガーデン管理小屋に集まった。


 まずアーネットは、今現在まとまっている魔法捜査課の推理をカーソン氏に伝えた。

「他言無用に願います」

「ええ、それは無論ですが…にわかには信じがたいお話で、人に話したら正気を疑われそうですわね」

「それぐらいに思ってくださる方が助かります」

 苦笑しながらアーネットは言った。

「とはいえ、厳密にはまだ確認が取れていない状況ですが…できれば、昨日の時点でガーデンを締めていただくようこちらからお願いするべきでした」

「いいえ、それは当方の責任ですわ。刑事さんが責任を感じられる必要はございません」

 カーソン氏の態度は公正で、毅然としたものだった。

「ところで、カーソンさん。ガーデンは入ろうと思えば、周囲の森からも入れますね」

 アーネットは、森側から無断で人間が侵入する可能性を指摘した。

「ええ、確かに…」

「念のため、最低限ガーデン全周にロープを張る事は可能でしょうか」

「不可能ではありませんけど、侵入するような人にロープなんか、無いも同じではありませんこと?基本的にこのガーデンというか修道院跡は、年中解放しております」

 カーソン氏の言う事はその通りではあった。ロープを張ったところで、またぐか潜るかすれば容易に中には入れる。肝試しで来るような若者などであれば、何の効果もないのは目に見えていた。しかし、アーネットの勧める意味は別な所にあった。

「いえ、カーソンさん。これは、カーソンさんの責任問題への事前の対策なんです。俺の予想では、そろそろガーデンの幽霊の噂が、本格的に広まる頃です。リンドン市内にまでね」

「まあ」

 カーソン氏は口に手を当てて身震いした。

「この国の国民が幽霊好きなのはご存知でしょう。ガーデンを締めた事によって、幽霊の祟りの噂がさらに真実味を帯びてしまう、というデメリットもある」

「では、開けておいた方が良かったのかしら」

「いいえ、締めなければ今まで以上に被害が出るでしょう。幽霊を放置した事への、法的な責任が発生するわけではありませんが、また事故が続けば、人道的な意味でカーソンさんへの非難が起きる可能性はあります。ですから最低限、安全策は講じたという実績を作っておくべきだと、俺は思います」

 なるほど、とブルーはアーネットの隣で頷いた。そういう事に想像が及ばないのは、まだ自分が子供だからなんだろうな、などと考える。

「そうですわね…ええ、はい。わかりました。係に言って、すぐにロープを張らせましょう」

「ロープが大仕事なら、立て看板でも何でも構いません。施設の改修工事のためだとか、無難な理由を添えて、客の安全を守る努力はした、という事実を作ってください。そのうえで侵入して被害に遭ったなら、それは侵入者の責任です。典型的な、責任逃れのお役所仕事ですがね」

「あら、公務員がそんな事仰っていいのかしら」

 カーソン氏はカラカラと笑って、立ち上がると外に出て係員に耳打ちした。ロープか看板かわからないが、今言った事を実行したのだろう。

 氏が外にいる間、ブルーはアーネットに訊ねた。

「ここからどう動くの?」

「とりあえず、こっちの責任逃れ対策は終わった。あとはナタリーの連絡待ちだ」

「ギリギリ、レイラインが通ってる場所で助かったね。通話魔法が使える」

 けれど、とブルーは言った。

「仮にあの幽霊が、件の飛び降り事件の死亡者だったと判明した、と仮定してだよ。そこから、どう解決に結びつけるの?」

 それは、最終的に直面する問題ではあった。幽霊の身元がわかったからと言って、ではどうやって幽霊を、祟るのをやめるよう説得するというのか。

「ナタリーが近付こうとしたら、消えちゃったんだよね。そもそも会話できるのかな」

「わからん。プロのエクソシストを呼ばなきゃならんかもな」

 そう言われて、ブルーはすっかり失念していた事を思い出した。

「あっ、そうだ!アーネット、そういえば僕の先生が、幽霊の正体が確定してもどうにもならなかった場合、呼んでくれれば協力する、みたいな事言ってたよ。今思い出したけど」

「ほんとか!?っていうか、やっぱりそっち方面の能力もあるのか、お前の先生」

「うん。ただし、許される範囲で、みたいな事は言ってた」

「魔女の制約ってやつか」

 しかし、ブルーの先生というのは一体何者なのだろう、とアーネットは思った。13歳の少年を、ここまでの魔法使いに育て上げている時点で、その実力の片鱗はうかがえる。アーネットの元恋人である魔女カミーユとも、どうやら知己であるらしい。


 魔法だけでなく、霊の世界にも通ずる、魔女とは一体何者なのか。そして、ブルーが少なくとも今の時点で、霊能力に関しては全く教わっていないらしいのはどういう理由からなのか。ただアーネットとしては、今までブルーの話だけで聞いていた「先生」に会ってみたい、という単純な好奇心もあった。


 ナタリーからの連絡はまだ来ない。今までと勝手が違いすぎる事件が、どうにか早く解決して終わってくれないかと思う魔法捜査課の面々であった。

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