(6)出会いは大事件
万の軍勢にも見えた過去の事件ファイルも、午後までかかってどうにか整理の形がついてきた。
「とりあえず、年と月の順までは並べ替えたな」
右肩を揉みながらアーネットは背筋を伸ばす。
「あとはブルーが来てからでいいんじゃないか」
「賛成」
すでに草臥れ果てたナタリーも、力なく同意した。暇でやる事がないと言っていたのが、始めてみるとちょっとした労働である。
二人はキャビネットを閉じると、椅子やテーブルを整えてオフィスに戻ったのだった。
真面目な話、ブルーがいない状況で大きな事件が舞い込んだら対応できたのかどうか不明なので、今ばかりは暇で助かったと思う二人である。幸い明日は課が休日なのも気楽だった。
「重犯罪課じゃ当直勤務が定期的にあったからな」
紅茶を飲みながらアーネットは、若い頃の激務を思い出していた。魔法捜査課に来てからは、特殊な課としての独特のプレッシャーには晒されてきたものの、休日は比較的落ち着いて過ごせる日が増えた。
「情報局は?」
「当直なんてなかったわ。戦争でも起きていれば違うでしょうけど」
「いつかの事件で知り合った、ドーンっていう駐在所の新人警官も忙しいだろうな。若いからって、事件があれば引っ張り出されるからな」
アーネットは、ローバー下院議員殺害事件の犯人が後見人を務めていたという、もと貴族の青年を思い出していた。
「あなたが制服の警官やってたのって、想像つかないわ」
「そりゃそうだろう」
アーネットは、ナタリーと初めて顔を合わせた時の事を思い出す。最初に知り合った時には、すでにアーネットはデイモン・アストンマーティン警部のもとで勤務する、背広組の刑事だった。
それは5年近く前に遡る。アーネットが占い師、カミーユ・モリゾと出会って半年ほど経った頃に起きた事件だった。
メイズラント特別区で、無差別に政治家や公務員を狙った爆弾テロが連続した。当のメイズラント警視庁の、少年課の課長までもが狙われており、市民には外出制限が発布されたのだった。
メイズラントヤード重犯罪課は即座に緊急対策本部を設置し、市内には警官が総動員して警備にあたった。
「犯人は複数犯であると思われる」
会議で議長を務める、まだ現在より白髪はやや少ないデイモン・アストンマーティン警部は、声を張り上げた。
「現在、爆破の被害者は13名。うち6名が死亡、4名が重体。3名が軽傷」
補佐役の刑事が、まとめられたデータを読み上げた。
「爆破が起きたのは国会議事堂、司法省、国防省、そしてここ警視庁。明らかに政府機関を狙った犯行である」
「今後も連続すると思われますか」
一人の刑事が挙手して質問した。
「当然あり得る。現在、特別区内は厳戒態勢を敷いているが、我々捜査員自身も狙われているものと考えて欲しい」
デイモン警部は答える。会議室はどよめいた。
「犯行は明らかに政府機関を標的としているが、市民が巻き添えになる可能性もある。市民の保護を最優先に行動してほしい」
「なお、狙われた政治家の政党は無作為であり、政治的に一貫した思想性が見られないことから、愉快犯の可能性も考えられる。したがって、計画性はないという意見で一致している」
補佐の刑事が、報告書をもとにまとめられた現在の見解を述べた。
会議に参加している、まだ20代のアーネット・レッドフィールド巡査は腕組みしてデスクを睨んだ。
「質問がなければ、これで解散する」
デイモンがそう言った時、アーネットが挙手した。
「レッドフィールド刑事」
デイモンが名前を言うと、アーネットはガタンと音を立てて立ち上がり、意見を述べ始めた。
「本当に、計画性はないんでしょうか」
その一言で、会議室は水を打ったように静まりかえった。
「どういう意味だ、レッドフィールド君」
デイモンも、つい普段の呼び方になってしまった。アーネットは続ける。
「確かに、現在発生している爆破は日付けも場所も、一貫性がないように見えます。標的も、保守派の議員と急進派の議員が無差別に狙われている。それは確かです。一見すると、計画性はないように見えます」
アーネットの意見に、返す者はいなかった。再び意見を述べる。
「ですが、一貫している部分もあります。それは先程の説明のとおり、基本的に一般市民は標的になっていないという点です。爆弾が仕掛けられていたのは階段などの僅かな例外を除けば、執務室やデスクなど、極めて限定的な場所でした。これが、本当に無差別の犯行なんでしょうか」
アーネットは、同じ事を繰り返した。
「無差別の爆破であれば、すでに市民が巻き添えになっていてもおかしくないと、思われませんか」
その指摘に、何人かの捜査員が頷いた。
「なるほど。君は何らかの一貫性があると見るのだな」
言いながら、デイモン警部は意見を突っぱねる事なく、この場をまとめる方法を思案していた。アーネットの意見に、見るべきものがあるかも知れないと踏んだのだ。
「わかった。レッドフィールド刑事は会議のあと、私の所へ来い。ひとまずは、市民の安全を優先して行動する。爆弾は主に時限式のものが使われており、どこに仕掛けられているかは予測できない。専門の処理班も動いているが、諸君らも注意は怠らず、発見しだい速やかに避難指示と報告をするように」
デイモン警部は隣の補佐役と目配せして、解散の合図を取った。
「解散!」
警部の号令とともに、捜査員は一斉に立ち上がって、それぞれの受け持ちへ区域へと足早に移動した。その中で、アーネットだけがデイモン警部のもとへ歩いて行った。
「君は若い頃のわしのようだな」
やや呆れた様子で、笑みを浮かべたデイモンは言った。
「師匠がそうだから、仕方ありません」
「して、さっき君はああ言ったが、具体的に引っかかる所があるのか?」
「ありません。カンです」
そう、堂々と言ってのけるアーネットにデイモンは笑った。
「カンか。そうだな、最後にはカンがものを言う事もある」
「警部」
アーネットが言おうとしたところで、デイモンは指を立てて遮った。
「言っても聞くまい。君はきみで動くといい」
「了解しました」
敬礼すると、アーネットはさっさと会議室を出ていってしまった。
「警部も昔は、あんな感じだったんですか」
その場にいた別な刑事が訊ねる。警部は答えた。
「知らんよ。他の連中はそう言うが、あれほど好き勝手に動いていたつもりはない」
アーネットは、オフィスに戻ると殺害された人間のリストを睨んでいた。
「オールディス下院議員、ゲイジ上院議員…」
殺害された政治家たちの名前を読み上げていく。何か、共通点はないか。
「うーん」
腕組みして下を見る癖は、当時から同じだった。だが、名前を眺めていても何も出てきそうにない。アーネットは諦めて、ジャケットを羽織るとオフィスを後にした。
アーネットが駆け足で訪れたのは、同じ特別区内にあるメイズラント情報局だった。殺害事件の最中でもあり、局内も何となく緊張が走っている。
「マーガレット」
情報局に勝手に入ったアーネットは、やや肌が浅黒く、ミディアムの黒髪が印象的な女性局員に声をかける。
「アーネット、また抜け出してきたの?」
「人聞きが悪いな。独自に動いてると言ってくれ」
「それを抜け出すって言うのよ」
呆れたように、というより実際に呆れたマーガレットは、アーネットに向き合って言った。
「何かご所望?」
「殺害された全員の詳しいデータを見たい」
「警察のデータじゃ不足なの?」
「不足かどうか、確認しないうちはわからない」
アーネットに言われて、マーガレットは眉間に指をあてて考え込んだ。
「頼む。次の殺人が起きてからじゃ遅いんだ」
そう言われると、マーガレットも何もしないわけにはいかない。だが、彼女は今手が離せない作業があった。
そこへ、長いブロンドをなびかせた若い女性局員が、書類の束を持って現れた。
「マーガレット先輩、こちらに置いておきますね」
ドンと書類の束をデスクに置いた女性局員は、アーネットを誰だろうという表情でちらりと見たが、すぐに振り返って戻ろうとした。
「ああちょっと、ナタリー」
マーガレットは女性局員を、そう呼び止めた。
「この人を、資料室に案内してあげて」
「えっ、でも」
「責任は私が取る。頼んだわよ」
そう言うとマーガレットは、ナタリーが持っていた封筒を受け取るとアーネットに言った。
「わたしの妹みたいな子。ナタリー・イエローライトっていうの。頭もいいし、頼りになるわよ。それじゃ、よろしくねナタリー」
そう言ってナタリーの肩をポンと叩くと、マーガレットはどこかに書類の束を持って歩き去った。
「えっと」
「はじめまして。僕は警視庁重犯罪課のレッドフィールドだ」
「ああ、マーガレット先輩の」
そこまで言って、ナタリーは口をつぐんだ。
「みんな知ってる事だ。気にしなくていい。それより、資料室に案内してもらえるか」
「あっ、はい」
資料室は、情報局の奥まった部分にある暗い部屋だった。本来は部外者であるアーネットは立ち入ることが許可されないのだが、交際しているマーガレットに頼んで入り込む事はたびたびあるのだった。
室内には、頑丈だが古めかしいデザインの棚がずらりと並んでいる。1番、と区分けされた棚には、政府や軍、警察、各省庁の公務員のデータがある。勝手知ったるアーネットだったが、いつもはマーガレットに探してもらうため、政治家のデータがどこにあるか、すぐにはわからなかった。
「国会議員のデータって、どこにあるかな」
「あっはい、この辺です」
ナタリーは何の迷いもなく、棚の一角を指した。
「ありがとう。それじゃまず、ケイン・オールディス議員から行くか」
ナタリーに手伝ってもらいながら、アーネットは殺害された国会議員のデータを洗っていった。すると、ナタリーが横から口をはさんだ。
「それ、事件の被害者リストですね」
「ん?ああ」
アーネットは相槌を打つも、視線はデータのファイルを向いていた。
「何を調べてるんですか」
「うん。殺された人間に、何か共通点はないかと思ってね。捜査本部は、無差別殺人の線で動いてるんだ」
「レッドフィールド刑事はそう思ってないんですね」
そう言うとナタリーも、ファイルに目を通し始めた。
「手伝いますよ」
「いや、これは俺の仕事だ」
「二人でやる方が早いですよ。さっき先輩に、次の殺人が起きてからじゃ遅いって言ってましたよね」
まだ若い、明るい笑顔で「殺人」というキーワードをためらいなく話すこの女性は何だろう、とアーネットは思ったが、何かを感じたので作業を手伝ってもらう事にした。
「俺の考えはこうだ。今回殺害された人達は、政党や部署も、経歴上の接点も一貫性がなく、無差別テロだと思われている。しかし、そのわりには一般市民への被害が全くないのは、不自然じゃないか?」
「なるほど」
ナタリーは、アーネットの意見に特に疑問を挟まず、まじめな顔で聞いていた。その反応が新鮮だったようで、しばしの間アーネットはナタリーの顔をじっと見ていた。
「何か?」
「ああ、いや」
再びファイルに目を通す。
「つまり刑事は、何らかの共通点に基づいて犯行が行われている、と見てるんですね」
「そうだ」
「共通点かあ」
なんだか、仕草がまだ少女のようだとアーネットは思った。本当に新人なのだろう、局にいる事じたい知らなかった。
ファイルを並べてみても、被害者の殺人に繋がるような経歴や職務上の共通点はわからなかった。過去に事件を起こしてもいなければ、巻き込まれてもいない。家族関係、交友関係にも接点はなかった。
「わからないな」
うーんとアーネットは唸った。
「甘いものでも買ってきましょうか。ひとつ向こうの通りにできたアイスクリーム屋さん、レタリア出身の人がやっててすごく美味しいんですよ」
このノリが若さだろうか、とアーネットは呆れ半分で思った。
「食べたかったら買っておいで。僕はいいよ」
「えー、一人で食べるのは気まずいですし、買ってきますよ」
「あのな」
そこまで言って、アーネットはハタと思い当たった。
「ちょっと待って。君さっき、なんて言った」
「え?美味しいアイスクリーム屋さんがあるって」
「そのアイス屋さんがどうした、とか」
「ああ、レタリア出身の人が向こうの作り方で作ってて、すごく美味しいんですよ!舌の上でスーッと溶けて」
そう言うナタリーを、アーネットは手で制止した。
「出身地…」
「え?」
「出身地だ。ファイルを全部照合してくれ。被害者の出身地を確認するんだ」
何の事だろうと思ったが、ナタリーは言われたとおりにファイルを確認した。
「驚きました!重軽傷者含めほとんどが、出身地がネイビーランドです!」
ナタリーは感激したように、ファイルとアーネットを交互に見た。ネイビーランドとはメイズラントを含む連合王国のひとつで、メイズラントの南東にある島国だ。かつては軋轢もあり、戦火を交えた歴史もあるため、現在でも対立意識を持つ人は多く、差別問題や暴動に発展する事もあった。
「これで当たってるのか?犯人は、ネイビーランド出身の議員や公務員を、出身地で差別して排斥したというのか」
アーネットは、自説が正しいのかどうか自信がまだ持てなかった。しかし、ナタリーは違った。
「間違いないですよ!」
「だが、必ずしも被害者の全員がネイビーランド出身なわけではない。また。ネイビーランド出身でも軽傷で済んだ人もいる。この点はどう見る」
「多少の巻き添えは仕方ない、と考えたんじゃないですか。市民にさえ巻き添えが出なければいい、とか。そして、標的を殺害できない場合も想定のうえで、殺害できればOK、という確率を狙った犯行だったのかも」
なるほど、とアーネットは思った。この女性の洞察力は、情報局よりむしろ捜査課向きなのではないか。
「しかもよく見ると、一定以上の階級の人間が狙われているようですね」
「なに?」
「見てください、この人は副長官、この人は主任、この人は政党副党首…」
ナタリーの言うとおりだった。犯人は明らかに、職務上の階級が高い人間を狙っている。被害者には何人か下の階級の人間もいるが、それこそ「仕方のない巻き添え」だったのかも知れない。
つまり、今後犯行が続くとすれば、ネイビーランド出身で高い地位についている人間が、その標的になるという事だ。
「急いで、重犯罪課に連絡だ!えっと…」
「ナタリーです!ナタリー・イエローライト」
「よし、ナタリー。すまんが電話を貸してくれ」
「こっちです!」
アーネットの連絡を受けたデイモン警部はその推測に基づいて、すぐに各省庁や政党などに、ネイビーランド出身の人間は特に警戒するよう勧告した。
該当者の勤務地付近で徹底的に爆発物の捜索を行なった結果、部長、課長クラスの人間のデスクや執務室付近から、合計7個もの爆弾が見つかった。中には、あと5分で爆発する物まで見つかり、処理班は生きた心地がしなかったという。
「あの後すぐに主犯が見つかったんだよな。下院の議員だったか」
爆破テロ事件があった当時を思い出しながら、アーネットは言った。視線は斜め上を向いている。
「あの時デイモン警部はあなたの警告から、犯人が国会議員だと踏んだのよね」
ナタリーにアーネットは頷いた。出身地で人を排斥するのは、政治の現場に近い人間だと踏んだのである。雑ではあるが、各省庁に共犯者を仕込んでおり、複数犯という警部の推測も的中している事がわかった。その共犯者も後に全員逮捕されている。
「あのとき、ナタリーの食い意地がなければ、出身地という被害者の共通点を見逃していたかも知れないんだよな」
「食い意地って何よ」
そう言って睨むナタリーを、そういえば出会った頃とだいぶ性格も変わったな、と思うアーネットである。その後、紆余曲折を経て、魔法捜査課というメイズラント特別区で一番奇怪な部署で再会したのだ。
「運命ってわからないもんだな」
「何よ、突然」
「べつに」
椅子にもたれながら、奇妙な人生だ、と思うアーネットであった。
時計は、夕方4時半を回ろうとしていた。




