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(1)ライス・ニコルソン事件

 それは聖歴1875年、魔法犯罪特別捜査課が発足して、約半年が過ぎた夏の事だった。ようやく捜査課三人のチームワークも取れて来た頃である。



 画家ライス・ニコルソン、当時41歳男性の絵はよく言えば素朴な少年の心を失わない、平たく言うと、思春期を過ぎたあたりの子供の絵のレベルと変わらないものだった。

 それだけならまだ下手のひと言で済ませられるが、売れている画家の作品を、あからさまに模倣するという悪癖があり、画壇では箸にも棒にもかからない有り様であった。


 ところが、それまで全く陽の目を見ていなかったニコルソンの絵が、ある時期から突然評判になり、売れ始めた。狂ったデッサンは「前衛的」と言われ、流行の模倣は「最先端の流れを取り入れている」と評価された。


「僕にはただの下手くそな絵に見えるけどな」

 配属されて間もなく、ようやく11歳になったばかりの少年刑事アドニス・ブルーウィンドは、新聞に載ったニコルソンの「少女と向日葵」と題された絵の写真に容赦がない。

「アーネットは絵、描ける?」

「人相書きならな」

 20代もそろそろ終わりに近付いているアーネットは、報告書の締めの文面に悩んでいる最中である。

「お前も人相書きの練習しないとな。目撃情報をもとに容疑者の顔をある程度描く能力も必要だ。芸術とはまた違う画力が求められる」

「げー、めんどくさ」

 ブルーは舌を出して、新聞を畳んだ。

 そこへ、何か書類の束を抱えたナタリーが戻ってきた。

「なんか、変な噂を耳に挟んだんだけど」

 書類を抱えたまま立ち止まって、ナタリーは二人に言った。

「いま話題になってる、例の画家いるでしょ。あの人に、絵を返品したがってる人がチラホラ出てきてるみたい」

「なんでだ?」

 アーネットは、ブルーが置いた新聞を開いて言った。

「なんか、最近の新作から急に評価が分かれ始めたらしいわ。それで、投資目的で買った人が価値が下がる前に返金を求めてる。わたしの親戚の弁護士は、購入の時点で売買が成立しているし、絵画という性質上返金は難しいんじゃないかって言ってる」

「芸術の世界も移り気なもんだな」

 言いながら、新聞に載った絵の

写真を見る。少なくとも、リビングやエントランスに飾りたいと思うほどの絵でもない。


 結局、一人の購入者が裁判を起こして敗訴したことで判例が出来てしまい、ニコルソン作の絵画はそのまま購入者の手元に残る事になった。が、その絵に投資したせいで大損した一人の男が激怒して、ニコルソンのアトリエに押しかけて大怪我を負わせる事態に発展してしまう。

 さすがに警察が動かざるを得なくなり、被害者保護のためもあってニコルソン氏の家に刑事と警官が数日間張り付いた。


「おーおー、なかなかの騒動になってきたじゃん」

 やはり新聞を読みながら、ブルーは楽しそうに笑った。暴力沙汰にまでなっている以上、笑い事ではないのだが、アーネットもナタリーも苦笑するしかない。

「絵の出来栄えがどうであれ、自分で買ったものでしょうにね」とナタリー。

「自動車が故障したってんなら話はわかるけど、絵だからな。買う前に吟味しろって話だ」

 アーネットの言うことはもっともである。ナタリーもブルーも頷いたが、ブルーは首を傾げて考え込んだ。

「わかんないんだよな。どうして一時的にせよ、言っちゃ悪いけど、あの程度の絵が売れ始めたのか。いっぺん、直に絵を見てみるか」

「11歳の子供に言われちゃ立つ瀬もないだろうがな。ま、何かの拍子に予想外の事は起きるもんだ」

 

 アーネットは完全に他人事だったが、魔法捜査課が暇である事とナタリーの悪癖が作用して、彼女はあるひとつの事実に辿り着いた。

「アーネット、これ見てちょうだい」

 どこかに行っていたナタリーはオフィスに戻るなり、グラフが添えられた数字の表をアーネットに示した。アーネットは人のデスクに尻を載せるなと抗議したかったが、自分もたまにやるのでおあいこでガマンした。

「なんだこりゃ」

「例の画家の売り上げ推移」

「そんなもんどこから手に入れた?」

 これはプライバシーに関わる情報ではないのか。流石もと情報局員、情報を得ることに何のためらいもない。

「で、それがどうしたんだ」

「面白い事がわかるの。グラフを見ると、2ヶ月くらい前に突然売り上げが伸びている」

「そりゃ、評判が高まったからだろ?」

 アーネットは椅子にもたれ、頭の後ろで指を組んだ。

「その、売り上げの内訳を見て。突然売れ始めたその作品群は、全てが今年に入ってから描かれたものなの」

「つまり、今年に入って画才に目覚めたって事じゃないのか」

「いいえ。知り合いの画商が言ってたけど、絵のクオリティーは昨年までと何も変わらないそうよ。なのに、今年になって描かれたものが、突然画壇で注目され始めたの」

 ナタリーの言う事を注意深く聞いていたアーネットは、今度は腕組みして天井を仰いだ。

「昨年までの絵は?」

「今年の作品が売れ始めたとたんに、思い出したように高値で買われるようになったわ。けれど、その後の事はご存知のとおり」

「絵の評価が絶賛一色から一転して、分かれ始めたって事か」

「低評価の流れもできつつある一方で、それまで見向きもしてなかったくせに、今や天才だともてはやす一群も存在する。混沌としてるわね」


 ふうむ、とアーネットは考え込んだ。

「ま、芸術の評価なんてのは世の中の気分で決まるもんだからな。千人が傑作だと言えば傑作になるし、その逆もあるだろう。ただ、今回の件は確かに気にはなるな。ごく最近描かれた絵が突然評価され始める、というのは」

 アーネットは、11歳少年の意見も聞こうとブルーのデスクを向いた。しかし、いつの間にかブルーの姿は消えていたのだった。

「あいつ、どこ行った?」

「さあ」


 ライス・ニコルソン氏のアトリエは、リンドン市内の南東に林立する雑居ビル群のひとつにあった。ブルーは警護の警官が立っている一室を見付けると入ろうとして、警官に止められた。

「子供が何やってる!今ここは危ないんだぞ!」

「子供だけど刑事だよ!」

 ブルーは、警視庁から支給された正式の警察手帳を示す。確かに本物なので、ますます警官は訝しんだ。

「すみませんブリックス刑事、ちょっと。変な子供が」

 警官は、アトリエ室内にいる刑事に声をかけた。これ以上ややこしくするなよ、とブルーは心の中で毒づいたが、丁度その時だった。

「こら、ブルー!何やってんだ」

 後ろから聞き慣れた声がする。アーネットだ。

「まさかと思ったが、本当に見に来る奴があるか!」

「別にいいだろ、僕だって刑事なんだし」

「管轄ってもんがあるの!」

 アーネットがブルーを文字通りつまみ出そうとした時、さっき警官に呼ばれた刑事が奥から顔を見せた。

「うん?レッドフィールド、何してるんだここで」

 ブリックスと呼ばれた刑事は、アーネットより一回り体格がいい短髪の男だった。

「ブリックスか、久しぶりだな。お前がここの担当だったとはな」

 この刑事は、アーネットの警察学校時代からの友人だった。体格がよく運動神経も優れており、学生時代はボクシングで鳴らした武闘派である。

「身勝手な事で人を殴る奴もいるもんだよ。自分で買った絵で損したからって、描いた奴を責める筋合いはないだろうに」

「まったくだ」

「ところで、このボウズはまさかお前の子供か」

「そんなわけねえだろ」

 アーネットはブルーの髪をガシガシと鷲づかみで擦った。

「うちの秘蔵っ子だよ」

「ああ、噂の子供刑事か」

 子供子供と連呼されて憮然とするブルーだったが、実際子供なので返しようがない。

「で、お前らが何でここに来たんだ」

「こいつが勝手に来たんだよ。今連れ出す、邪魔したな…って」

 アーネットは今ブルーが立っていた空間を見た。が、そこには誰もいなかった。

「あいつもめげない奴だな。仕方ない、ちょっと邪魔するぞ」

 

 ブルーは、ライス・ニコルソンのアトリエに並ぶ沢山の木炭デッサンや油絵、水彩画を見た。子供の目から見ても、あまり上手いとは思えない。が、とにかく沢山描いてはいるようだ。

「ふーん」

 一枚一枚、ブルーは絵を見て行った。絵の世界はブルーにはよくわからなかったが、これだけ枚数を見ると、自分も何か描いてみようかという気持ちにもなってきた。

「これが件の絵か」

 後ろからアーネットと、管轄の刑事ブリックスもやって来た。

「ニコルソンとかいう画家は?」とアーネット。

「ついさっき、また病院に行った。殴られた肩や首が痛み始めたらしい。下手したら入院だな」

「損したうえに逆恨みで殴って、傷害罪の追加か。バカな奴だ」

「しかし、ニコルソンの絵を買って損をした奴は何人もいる。逆恨みだろうと何だろうと、実際に殴りかかってくるような奴に話は通じねえよ。また同じ事する奴が出て来ないとは限らん」

 二人の会話を、いかにも刑事っぽいなと思って聞くブルーだった。大人の話は放っておいて絵を見るブルーは、ひとつ気付いた事があった。

「この人、絵の裏に黒字で名前を書くんだね」

「ん?」

 アーネットは、ブルーが見ているカンバスの裏を覗き込んだ。確かに、どの絵も裏の右下に、黒い絵の具で名前が書かれている。それを見て、ブルーとアーネットは何となく引っかかるものがあった。

「ん?」

 ブルーは、カンバスが破れた絵が部屋の隅に置かれているのに気が付いた。

「なんでこれ、破れてるの?」

「ああ、それは加害者がニコルソンに叩きつけた、自分で買った絵だ。高値で買ったものだろうにな」

「ふーん」

 絵はやはり、他のものと大差ないレベルだった。何気なく絵の裏を見ると、やはり右下に黒い字で署名がある。だが、ブルーは何か違和感に気が付いた。

「字が細いね」

「ん?」

「これ。他の絵と比べて、署名の字が細く一定なんだ。筆の字じゃない」

「なんだと?」

 アーネットも絵の裏を見る。確かにブルーの言うとおり、加害者が叩きつけて返品しようとした絵の署名は細い、硬質な字だった。筆の柔らかいタッチではない。


「これ、万年筆の字じゃねえのか」


 ブリックス刑事がポロリと言ったその言葉で、魔法捜査課の二人はハッとして顔を見合わせた。

「万年筆…」

 アーネットは、字を指でなぞってよく観察した。

「まさか、ブルー」

「この線の形、どこかで見た事が…」

「どこかじゃない」

 アーネットはブリックスの方を向き合って訊ねた。

「ブリックス、この部屋で太めの万年筆が見つかったりしてないか」

「なに?」

 突然わけのわからない事を言われ、ブリックスは首を傾げた。

「いや、俺は知らんな」

「そうか。いや、まさかな。何でもない」

「何だよ、気になるな」

 そう言われてもアーネットは黙っていた。ブリックスが続ける。

「なんか気付いたのか?お前、昔から妙に鋭かったからな」

「いや、まだ調査中の件なんだ。こっちのカン違いかも知れん」

「あっ、お前の所の手品犯罪とか何とかの疑いがあるってことだな?違うか?教えろよ、名探偵」

 ブリックスはアーネットの肩を掴んで迫った。そういえばこいつ、情報でも何でも仲間外れにされるのをやたら嫌がる奴だったな、とアーネットは思い出した。

「魔法犯罪だよ!でかい図体してカンのいい事言ってんじゃねえよ」

 そう言って、しまった、とアーネットは口に手を当てた。

「なんだ、何か今回の事件にあるってのか?裏が。あ、さっき言ってた万年筆に何かあるのか」

 ブリックスは食い下がる。二人のやり取りをよそに、ブルーは表にいる警官の所へ向かった。


「ねえ、おじさん。この部屋で、太めの万年筆とか出てこなかった?」

「おじさんじゃない、俺はまだ22だ!」

 だいぶ見当違いの返答のあとで、おじさんはブルーに答えた。

「うん?ああ、そういえば例の加害者が暴れたあとを検証してる時に、あったかも知れん」

「どれ!?」

「何でそんなもん見たいんだ」

「いいから、見せて!」

 ブルーが強引に警官を引っ張って、その万年筆の所に案内させた。警官はどこだったかな、と記憶を辿り、ああそうだ、とデスクの抽斗を開ける。

「そうそう。加害者が暴れて倒れたデスクから、これが飛び出してたんだ」

 警官が開けた抽斗の中には、魔法捜査課がよく知っている万年筆が置かれていた。ブルーが叫ぶ。

「アーネット、来て!あったよ」


 それは、警視庁の上層部と魔法捜査課が追っている、何者かによって市内に流通している「魔法の万年筆」であった。何者が作ったのかはわからないが、その万年筆で自分の名前を物体などに署名することで、魔法が発動するという代物である。ただし今回はブルーが試し書きしてみると、インクはすでに切れていた。

「あちゃー」

 額に手を当ててブルーは残念がった。

「まさかお前のカンが当たるとはな」

「へへー、どうだい」

「しかし、インクが切れてちゃどうにもならんだろ」

 アーネットとブルーの会話の意味不明さに、ブリックスは質問せざるを得なかった。

「お前らさっきから何を言ってるんだ?その万年筆がどうしたってんだ」

「それはねー」

 ブルーがニヤリと笑って、説明しようとした時だった。ドアが開いて、長髪の痩せた男がアトリエに入ってきた。

「どうしたんですか、刑事さん」

 このアトリエの主、ライス・ニコルソンは左肩を押さえながら、室内で話し込む刑事二人と謎の少年を見渡して言った。


「この万年筆ですか?」

 ニコルソン氏は、アーネットの職務質問に対して訊き返した。

「そうです。これをどこで手に入れたのか、教えていただきたい」

「は、はい…これは、池に落ちていたのを拾ったんです」

 アーネットとブルーは「え?」と同時に訊き返した。

「ここから、ちょっと行った所にある公園の浅い池です。散歩している時に見つけました」

「それ、いつ頃の事ですか」

「はっきりとは言えませんが…たぶん、去年の暮れか年明けのあたりかと」

 アーネットとブルーは視線を合わせて頷いた。今度はブルーが訊ねる。

「おじさん、ひょっとしてこの万年筆で、絵に名前を書いた?」

 ブルーは、先ほどから考えていた事を訊ねた。

「え?ああ、うん。絵の具がもったいないからね。それをしばらくの間、絵の署名に使っていたよ」

「何枚ぐらい?」とブルー。


「え?ああ、わからないな…それで署名した絵は、なぜか突然みんな売れてしまったんだ」


 ブルーとアーネットは、何となく合点がいった、という表情で顔を見合わせた。ニコルソンは続ける。

「そのあと、その買われて行った絵を見た人達がアトリエにやって来て、今まで描いた絵を見せてくれって…売れるのは嬉しかったけど、わけがわからない。新聞社の人達が取材に来たり…そうこうしているうちに、今度はやっぱり大した事がない絵だとか言い出す人が現れて、ついには絵を買って大損したと言う人までやって来た。殴られてこの有り様だよ」

 ニコルソンは、殴られて医者に処置してもらった肩をブルーに向ける。

「あの万年筆がどうかしたんですか?」

 今度はブルーではなくアーネットにニコルソンは訊ねた。

「いえ、単に署名の字が細いのはなぜだろうと…今描かれてる絵の署名は、また筆で署名されてるんですよね」

「はい。不思議なんですが、筆に戻したらまた売れなくなりました」

 売れない、とあっけらかんと言う画家もなんだか切ないな、とブルーは思ったが、同時にだいたい事情が読めてきた。

「どうする?アーネット」

「どうするって言ってもなあ…」

 あれこれ考えたすえ、アーネットは「よし」と言った。

「帰るぞ、ブルー」

「え?」

 わけのわからないブルーをよそに、アーネットはアトリエのドアに手をかけ、ニコルソン氏の方を向いて言った。

「お邪魔しました。あとは管轄の方にお任せします」

「おい、待てよ」

 今度はブリックスがアーネットに迫る。

「何だってんだ、いったい」

「ああ、やっぱり俺の勘違いだったらしい」

「なんだと?嘘をつくな、俺は目を見ればわかるんだ。何かわかったんだろう」

 しつこい奴だな、とブルーは呆れてブリックスを見ていた。アーネットは適当にあしらって、ブルーを連れてそのままニコルソン氏のアトリエを後にしたのだった。


 

「あの人の絵が売れ始めた時期は、万年筆を拾った時期と一致する」

 魔法捜査課オフィスに戻ったアーネットは、ティーカップを片手に推理を展開した。

「どういう魔法なのかはわからん。インクが切れていて検証しようがない。が、あの魔法の万年筆で絵画に名前を署名したことで、魔法が発動したんだ」

「つまり、絵が売れたのは魔法のせいってこと?」とナタリー。

「そうだ。ブルー、お前魔法の推測はできるか」

 話を振られたブルーは、待ってましたとばかりに自説を展開し始めた。

「僕の推測だけど、相手を魅了する催眠魔法の一種じゃないのかな。誰かがそれを封じた魔法の万年筆を買って、使いこなせず池に捨てた。それをあの画家が拾ってしまった。署名した絵は魔法が発動したせいで、本来は魅力を感じないような作品なのに、買ってしまう人達が現れたって事だと思う。画家本人は、そんな事知らないで使ってたってことだ」

「なるほど」

 ナタリーは頷いたが、続けて質問した。

「その推測が正しいとして、その後で過去の絵までもが売れたのはどうして?」

「そりゃ、人間の心理ってやつだろう」

 アーネットはさらりと言い放った。

「自分で良し悪しがわからなくとも、話題になっていれば傑作に思ってしまうのが人間ってやつだ。彼らは作品を見ているんじゃなく、評判を見ているにすぎない」

「手厳しいわね」

「だが、魔法の効力が消えてしまえば、再びゼロからの評価に晒される事になる。だから、あの画家の絵の評価は分かれて、返品騒動にまで発展した。一方で、心理効果が残った集団の中には、まだ作品を評価する人間もいるってことだろう」

 アーネットは紅茶を一口飲むと、小さくため息をついた。

「もっとも、これらは全て推測でしかないがな」

「でも、意図的な犯罪ではないとしても、魔法が絡んだ事件である可能性もあるって事でしょ」

 ナタリーの言う事もその通りである。まるっきり無視するわけにはいかなかった。しかし、この件については魔法捜査課に声はかかっていない以上、上に掛け合っても、よその管轄に首を突っ込むなと言われて終わるのではないか。

「どうしたもんかなあ」




「で、結局上に推測した事を全部いちおう提出したんだよな」

 ファイルを眺めて当時の事件を思い返しながら、アーネットは言った。

「ええ、思い出した。けれど、そんな魔法が使われた証拠がない以上、この調査内容は受け取れないって上に言われたのよね」

 ナタリーはいつものクセで、デスクの上に腰を下ろしている。3年前と変わらない。

「それで、このファイルに一応は調査ファイルとしてまとめて、今まで放置されていた、と」

「なんだかわけのわからん事件だったな」とアーネット。

「あの画家も気の毒って言えば気の毒よね。結局、自分のあずかり知らぬ所で勝手に評価されて、勝手に貶められて」

 そうかも知れない、とアーネットも思った。今、あの画家はどうしているのだろう。

「あの画家の才能が、仮に本物だったとしたらまた違っていたのかもな。埋もれた天才ってのも世の中にはいるものだろう」

「そりゃいるでしょうよ。ものすごい作品を作っているのに、運とか、人間性とか、色んな要因で陽の目を見られない人達。そんなの芸術の世界じゃ珍しくもないと思うわ」

 ナタリーの言葉に、アーネットも頷く。


「まあ、あの画家の本当の才能が開花してる事を祈るとするか」


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