発端
メイズラントヤード魔法犯罪特別捜査課は、所属する少年刑事アドニス・ブルーウィンドが体調不良のため数日間欠勤する事になった。今現在は特に事件も起きていないため、彼にはゆっくり休めと伝えてある。ここ最近大きな事件が連続したせいで、暇になったのはありがたいと、残った二人の刑事も口には出さないが思っていた。
しかし、やる事がないわけでもない。ナタリー・イエローライト刑事はかねてよりの懸案であった、事件ファイルの分類整理を提案し、アーネット・レッドフィールド刑事も多少嫌そうな顔を見せたが了承した。
いざ過去の事件ファイルの整理を始めてみると、これはなかなかの大仕事だとナタリーとアーネットは早々に悟った。まず、過去の自分達がいかに分類整理に関心がなかったかを思い知らされたのだった。
「3年くらい前の自分に、ちゃんと整理しろって伝える魔法はないかな」
愚痴を言いながらアーネットは、取り出したファイルの日付を睨む。
「ブルーが帰ってきたら聞いてみれば?」
そう言うナタリーは、あったはずの事件のファイルが見当たらず、ブツブツ言いながら引き出しを開けては閉め、を繰り返していたのだった。
まず、年月日順にファイルをまとめる事から始めよう、という事で二名の作業員は合意した。そのあとで、重大な事件と小さな事件に分けるのだ。
魔法捜査課といっても、当然事件の大小はある。中には極めてスケールの小さい、駐在所の警官で間に合ったのではないかという事件や、あまりにも下らなさすぎて逆に記憶に残っている事件なども数多くある。
「こんな事件もあったなあ」
まるで学生時代の思い出話のように、アーネットはファイルを開いて言った。
「アーネット、内容に関心を持ち始めるのは危険よ。作業が進まなくなるわ」
「それはナタリー、僕よりも君の方が心配なんじゃないか」
魔法捜査課きっての情報おたくであるナタリーに向かって、アーネットはファイルをポンポンと叩いてみせた。
「今から10分も経たないうちに、この事件どういう内容と結末だったかしら、とか言い出すだろうな、君の事だから」
「あら。もしあなたが先にそれをやったなら、お昼おごってもらうわよ。今のはカウントしないでおいてあげる」
「いいだろう。負けた方がランチをおごる」
何やら、ちょっとした賭けが始まった。ナタリーは絶対に内容は見ない、日付だけをチェックして機械のようにファイルを分類してみせるぞ、と自分に言い聞かせながら次々とファイルを確認してゆく。
慣れてくると作業もスピードが上がり、次々とファイルは年月日ごとに大雑把に分けられて行った。そして、だいぶ余裕が出て来たその時である。
「”ライス・ニコルソン事件”?」
完全に無意識でナタリーは、ひとつのファイルの名前を読み上げた。
「どういう事件だっ…」
そこまで言って、言葉を飲み込んだ。横目でアーネットを見ると、すでに笑いをこらえるのに必死で顔を歪めている。
「はい、俺の勝ち」
「まだ最後まで言ってないでしょ!」
「見苦しいよ」
勝ち誇るアーネットをナタリーは精一杯睨みつけながら、開き直ってファイルを読み始めた。
「覚えてる?この名前」
「名前はなんとなく記憶にあるな。いや、思い出した。ものすごくバカな事件だ」
これを皮切りに、ファイルの分類整理という目的を完全に失念した二人は、”面白い事件ファイル”の発掘作業を開始したのだった。




