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(13)後日談~エピローグ

 その日の朝、ナタリー・イエローライト刑事はアドニス・ブルーウィンド刑事からの、魔法による転送メッセージを受け取った。その文面じたいは言語としては解読できるものの、内容についてはいささか理解しかねるものだった。


『ブルー:ナタリーへ。昨日、デート中に壁に背中を強打してしまったため、医者に今日は動くなと言われたので休みます』


 これに対するナタリーの、だいぶ間を置いた返信は以下のような内容であった。


『ナタリー:文章の前半がちょっと何言ってるのかわからないけれど、わかりました。お大事に。詳しい話は後日、署で伺います』



 ナタリーからの返信でやや容疑者扱いされているのがブルーは気になったが、とりあえず連絡は終わったので、ベッドでおとなしくする事にした。


 使い魔の狼犬ライトニングの存在については、ブルーがブルーウィンド邸内の人間に説明する暇もなく、激痛で動けないブルーの危機を報せるために、朝早くから盛大に吠えてしまったことで明るみに出た。

 母親からはもちろん説明を求められたが、彼女はライトニングを一目見てすぐに何かを理解したらしく、使用人たちに世話をするよう申し渡すだけで片付いてしまった。飼ってはいけません、と言われるのではないかと思っていたブルーは、とりあえず安堵の吐息をついたのだった。


 母親は、ライトニングが使い魔だと一瞬で見抜いたのだろう。彼女の魔女としての実力は、実のところブルーもよくわからない。幼い頃に、ブルーの魔法の指導役は母親から「先生」に切り替わったからだ。その理由も、はっきりとは伝えられていない。


 その「先生」は、ライトニングの件が片付いて、ブルーへの医者の処置が終わったあたりで寝室を訪れた。

 相変わらず長く、艷やかな真っ直ぐの髪を優雅に、もしくは不気味になびかせ、黒のローブをまとった先生は、カミーユとは違う、熱と鋭さをもった笑みをベッドのブルーに向けた。

「テマ先生、おはようございます」

 起き上がるのが少々難儀なブルーは、横を向いて少し苦しそうに言った。

「色々とあったようだな」

 深みと艶やかさを伴った、いつもの先生の声が、いま混乱しているブルーには頼もしかった。

「訊きたい事が百もあるという顔をしている」

「テマ先生には何でもお見通しか」

 そう呼ばれた先生がパチンと指を鳴らすと、ベッドサイドに座り心地の良さそうなソファーが出現した。ゆっくりとテマはそこに腰を降ろす。

「正直、いま話すだけで背骨に響くんだ。あとで病院に行って、精密検査を受けてくる。ひょっとして、何日か休まないといけないかも」

「私なら、一秒の千分の一の時間も要さずに治せるがな。私に頼む気はないのか」

「うん、それも考えたけど、やめておく」

 ブルーは、訊ねるべきか一寸迷った末、思い切って訊くことにした。

「先生は、カミーユ・モリゾっていう魔女を知ってる?」

 その質問にテマ先生は、表情では何の反応も見せず、ひと言だけ答えた。

「知っている」

 やっぱりか、という表情でブルーは小さく頷いて再び訊いた。

「どれくらい知ってるの?」

「お前よりは知っている」

「そう」

 答えになっていないような気はするが、ブルーはとりあえずそう返しておいた。

「カミーユが、今日は休む方がいいってアドバイスをくれたんだ。あの人は読めない人だけど、悪い人じゃない」

「お前がそう思ったのなら、そうなのだろう」

 それ以上、テマはその事について何も聞かなかった。

「南西の方角にある地下の遺跡を見た」

 ブルーは、本題を切り出した。テマの切れ長の目が、わずかに動く。

「下にいる犬に会ったと思うけど、あいつは遺跡の手前で遭遇した。魔法の力を持った犬だ。ライトニング、と名付けた」

「お前の使い魔か」

「わからない。けど、気は合いそうだ」

「ならば、それでよい。使い魔という定義には何の意味もない」

 テマのアドバイスは素っ気ないが、簡潔で無駄がない。基本的に冗長な事は言わない性格である。


 ブルーは魔女探偵ジリアンの事や、あの温室で出会った『古代の王』、ライトニングが遺跡の奥に飛び込んだ事から始まった、謎の白い空間とそこにあった魔女の石像、地下での探検について全てを話した。テマは、表情ひとつ変えずにそれを聞いていた。

「そのチェストの一番下に、僕たちが倒した謎の人形の欠片を仕舞っておいた。見てくれる?」

 ブルーに言われるまま、テマはチェストの抽斗を引いた。中には、不思議な素材でできた謎の人形の装甲や、真っ赤な目の破片が納められていた。

「あんなもの、僕は聞いたこともなければ、もちろん見たこともない。襲いかかってきたから、倒さざるを得なかった」

 テマは何も言わない。

「あれが何なのか、先生は知ってる?」

 すると、答えはすぐに返ってきた。

「何なのかは知っている」

「!」

「が、少なくとも、お前が目にした個体は知らない」

 その回答は意外だった。ここから、直線距離にすればそこまで遠いわけでもない遺跡の事を、ブルーの師であるテマが知らないというのか。

「あの人形は何なの?」

 ブルーは訊ねた。返ってきたのは、予想していた通りの反応だった。

「お前は何だと思う、アドニス」

 テマの問いに、ブルーは思案したすえ答えた。

「何なのかは正直、わからない…けど」

「けれど?」

「僕たちが倒したあとの、巨大な残骸を見ていたら、なんだか可哀想に思えた。答えになってないけど」

 そこでテマは、血のように真っ赤な唇の角をわずかに上げた。

「お前らしいな」

「それと、もうひとつ。これは僕が感じた事だけど。あの、地下にあった遺跡…あの雑な石組みの空間に、あの人形の精密な造りが、どうしても相応しいとは思えないんだ。両者はまるで、違う文明の産物に思える」

 それが、ブルーの今回の件における、大きな疑問のひとつだった。テマは答える。

「なるほど。お前が例の捜査課に配属されたのは、無駄ではなかったようだ。私は当初乗り気ではなかったが、私の見通しも完璧ではないようだ。あるいは、お前という存在は、私たちの予測を超えているのかも知れん」

「何言ってるの?」

 ブルーは、突然魔法捜査課の話を持ち出したテマに面食らっていた。テマは続ける。

「お前の観察眼は、以前とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされている。それは、多くの犯罪捜査の中で培われたのに違いない」

「僕の事はいいからさ」

 ブルーが文句を言うと、テマは姿勢を正しブルーを向いた。

「他に、お前が思った事、気付いた事を言ってみよ」

「え?ええと…」

「例えば、さっき言った『白い空間』については、何か思った事はないか」

「あっ、そうだ!あの石化した魔女、あれは何なんだろうかって考えた。ジリアンが僕に似てると言ったけど、僕は母さんにも似てると思った」

 ブルーは、あの真っ白な空間で柱の中にいた、美しい魔女の石像を思い出していた。

「お前は、それが石像ではなく、魔女が石化したものだと思うのだな?」

 テマの問いに、ブルーは頷いた。

「あんな精緻な彫刻、人間の手で造りようがない。服の縫い目や、睫毛の一本まで再現されてるんだよ」

「お前や、お前の母親に似ている事については、どう考える?」

 テマは本題といえる要素に触れた。ブルーは、少し難しい顔をして自分の結論を述べる。

「あの石像は、僕の先祖なんじゃないかと思う」

「似ているから、という理由でか」

「それもあるけど、僕はあの像に直に触れたんだ。その時、はっきりではないけど、遺志のようなものを感じた」

「遺志?」

 テマの眉が動いた。

「うん…何ていうのかな。何かを、後の世代に託すような」

「何か、とは?」

「それはわからない」

 お手上げだ、とブルーは肩をすくめたが、その動作が背中に響いたらしく、痛みが走った。

「以前の事件捜査で、特定の血筋にしか反応しない遺物があった。もし、僕の血筋にだけあの転移装置が反応したのなら、あの遺跡が誰も知らない事のひとつの説明にはなる。でも、そうなるとまた別の疑問が湧いてくる」

「アドニス」

 テマは、諭すように語りかけた。

「真実とは、闇雲に問いかけるものではない。何の知識もなく乱雑に植え替えたバラは、蕾をつける事なく死んで土に還るものだ」

 それは、どこかで誰かに言われた言葉に似ていた。

「真実がどこにあるかではなく、その真実が自分にとって、どんな意味を持つのかを考えよ。どれほど巨大な真実を知ったとて、意味がわからぬ真実は嘘ほどの価値もない」

 その言葉は、何となくブルーの心に突き刺さった。

「いずれ、お前が何かに導かれる理由が、解き明かされる日が来よう。今は、謎は謎としておくがよい。今、お前がいる場所は、その日のための準備だと思え」

 それはすなわち、魔法捜査課での日々を指しているのだろう。ブルーは、何となく心のモヤモヤが少しだけ晴れたような気がした。何もかもを今すぐ解き明かし、知る必要はないのだと。

 しかし、とテマは言った。

「何もわからぬままでいるのも、寝覚めが悪かろう。私が今知っている事のいくつかは教えてやるか」

「本当?」

「うむ」

 テマは、キラキラと輝く例の「人形」の目の破片を、窓の光に透かして言った。

「お前が遭遇した『人形』は、『メイズマータ』と呼ばれる魔導人形だ」

「メイズマータ?魔導人形?」

「そうだ。かつての巨石文明が始まるよりも、遥か昔の遺物だ」


 テマが語るのは、次のような内容だった。


 かつて、魔女の時代が終わって人の時代が始まろうとしていた過渡期があった。魔女は次第に地上から姿を消し、存在してはいても歴史の陰に隠れ、ある時は異端として迫害されてきた。

 その過程で、「人の道」に染まる魔女たちが現れた。それはすなわち、人の「戦いの道」に染まった魔女だった。

 彼女たちは、魔導を用いた戦の道具を生み出した。その中のひとつが、魔法で動く無敵の自動人形、「メイズマータ」であった。その存在は、人の歴史の中でもわずかに語り継がれ、各地の古代遺跡のレリーフ等に、人ならざる不気味な姿が描かれている。


「お前が、遺跡とメイズマータに違和感を感じたのは、おそらくお前の推測どおりだろう。その遺跡は、魔女の後世の人間が作り上げたものに違いない。お前が見た、『白い空間』のレプリカという説は理に適っている。模倣するのは、人の文明の特徴だ」

「やっぱり!でも、メイズマータがそこにいたのはどうして?」

「それは私にも断定はできん。が、推測はできる。メイズマータの扱い方を知らなかった後世の人々が、守り神のように配置したのではないか。その意味も知らずにな」

 そう言うと、テマは立ち上がって言った。

「アドニス、それを発見したのはお前の…いや、お前達の功績と言っていいだろう」

「そうなの?」

「そうだ。だが、その地下遺跡の発見は、口外してはならない。魔女の名において、我々が調査する」

 やはりそう来たか、とブルーは思った。だが、テマは意外な事を言った。

「話していいのは、お前の捜査課の人間だけだ」

「あの二人には話していいの?どこまで?」

「全てを語るがよい。彼らは信頼できるのであろう」

 ブルーは寝た姿勢で頷いた。アーネットとナタリーの事は、誰よりも信頼している。信頼とは、彼らのためにあるような言葉だ。

「ならば心配はない。ただし、語るのなら真実を語れ。偽る事は、隠す事より良くない。真実に辿り着きたいのなら、お前自身が真実である事だ」

 ブルーには、まだ何となく釈然としないものはあったが、とりあえず師の言葉には耳を傾ける事にした。何も指針がないよりは良い。今は、とにかく身体を治す事だけを考えよう。



 結局ブルーは病院で検査を受けた結果、本日を含め四日間の入院と診断された。それを聞いて見舞いに来たアーネットは、このところそれなりに大変な捜査が続いたので、文字通り骨を休めるいい機会だと言ってくれた。

 デートで一体何があったのかは、完治して出勤したら改めて取り調べを受けてもらう、との事である。何も悪い事はしていないはすだ、とブルーは思った。



 その翌日の事である。ブルーが大ヒット小説、「怪盗セルピーヌ・アレン」シリーズの最新刊を読んでいると、入院病棟の廊下をバタバタと走ってくる足音と、「廊下を走らないでください!」と叫ぶ看護婦の金切り声が聞こえた。

 まさかと思ったが、その足音の主はよく知っている人物だった。というか、つい一昨日会っている。

「おいっす!」

 病室のドアを開けて、病人を労る気配があまり感じられない様子でずかずかと入ってくるその人物は、一昨日デートした魔女探偵ジリアン・アームストロングであった。足音で誰かわかる探偵というのも、どんなものだろう。

 今日は地味な色合いのジャケットにニッカポッカ、ハットとロングブーツという探偵らしき装いである。左手には小さな花束と、なぜか新聞を持っている。調査中なのだろうか。

「お見舞いに来てやったぞ。ありがたく思え」

 仁王立ちしてジリアンは言う。他に言い方はないのか。それでも嬉しいブルーは、笑顔を向けて感謝した。

「わざわざありがとう」

 ジリアンは花瓶がないか部屋をまさぐり始めたものの、見当たらないので窓辺の花瓶に勝手に花を追加した。

「背中、大丈夫?」

 ジリアンは少し心配そうに訊ねた。

「うん、四日入院すればいいだろうって」

「そっか。良かった」

 安心したようにベッド脇の椅子に腰掛けると、ジリアンはブルーの髪を撫でた。

「その新聞、なに?」

 照れ隠しにブルーは質問した。すると、ジリアンはニンマリと笑みを浮かべた。嫌な予感がする。

「これ、昨日のデイリー・メイズラントの夕刊ね」

 そう言ってジリアンは「出来事」と第された、雑多な記事をまとめているページをペラリとめくると、ひとつの記事の見出しを読み上げた。


「『魔法少年か?ひったくり犯捕える』」


 そのひと言で、ブルーは痛む背筋がスーッと寒くなるのを感じた。


「『観光名所の水晶庭園にて、さる婦人がポーチを引ったくられる事案が発生。混み合っている中で犯人はのうのうと逃げおおせるかに思われたが、それを追う眩い光の筋を観光客らは目撃した』」


 今度はブルーは、顔から血の気が引くのを覚えた。


「『その光を追って走る一人の見目麗しい少年がおり、瞬く間に犯人に追いつくや否や飛び蹴りを…』」

「見せて!!」

 新聞紙をジリアンから取り上げると、ブルーはその続きを読み上げた。


「『…飛び蹴りを喰らわせ、その場にねじ伏せたとの事である。警備員に犯人を引き渡す際、少年は警察手帳のようなものを提示していたという情報もあるが、当の警備員はそれについては子供の冗談だろうと語っており…』」


 要するに先日、水晶庭園の外にあるバラ園でブルーが魔法を使ってひったくり犯を捕らえた一部始終が、他の観光客たちの証言によって新聞記事になっていた、ということである。

「まずい…」

 ブルーは背中の痛みも忘れて上半身を起こし、新聞記事を読み返した。

 記事によれば、ブルーがいつものクセで警察手帳を提示してしまった事まで書かれている。警備員は冗談だと解釈しているが、この記事をメイズラント警視庁の人間が読めば、誰なのかは一発でわかる。

 警視庁の規定では、「公務のためであっても特別の必要性が認められず、市民に無用の混乱をきたす恐れがある場合、魔法の使用は禁止する」となっている。実際、過去にそれで魔法捜査課の人間は全員注意を受けた事があり、回数がダントツで多いのがブルーなのだった。

 このニュースが警視庁の人間の目に留まったらどうするか。このケースは「市民に無用の混乱を」きたしていないか。今の所、一番混乱しているのはブルー本人である。


「元気そうで安心したよ。お邪魔しちゃ治るのも遅くなるし、あたしはこれで帰るね。あ、その新聞あげるから」

「いらないよ!!わざわざこのために来たのかよ!!」

 じゃあね、と笑いながらジリアンはドアを閉めて、今度は足音を立てずに行ってしまった。

「とんでもない奴だな」

 それは、まるで最初に会った日の感想だった。何となく、振り出しに戻った感もある。


 部屋に残されたブルーはその日、何度かアーネットに連絡を取り、上からの叱責がないか確認して過ごしたため、まるで静養している気がしなかった。しかし次第にどうにでもなれ、こっちは引ったくり犯を捕まえた正義のヒーローなんだぞ、規定がなんだ、という気持ちにもなってきた。

 

 病院は幸い、比較的空気がきれいな所にある。窓の外の空は青く、初夏の気配がする風は心地よい。はからずも何日か仕事を離れる事になったブルーは、とりあえず買ったままになっていた小説を読破してしまおうと思っていた。もし、テマ先生に魔法で治してもらったなら、とっくに勤務に戻っていただろう。

 休養が終わる頃には、魔法捜査課の二人に会いたくなっているだろうか。そういえば、アーネットとナタリーは二人きりになると、どこか気まずそうにしている事がある。過去に何があったのか聞く勇気はまだないが、僕が復帰するまでなんとか頑張って欲しいとブルーは思った。


 窓辺には、ジリアンが花瓶に押し込んだクリサンセマムが、かすかに揺れていた。

 


(迷宮Rendez-Vous/完)

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