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(9)守護者

 情報を確認するのが普段の仕事のせいか、ナタリーは文章を読むのも理解するのも早い。そのため、せっかく買った本もあっという間に読み進めてしまうので、お金がもったいないと思う事もままあるのだった。


「ひょっとしてナタリー、その本もう半分以上読んでしまったのか」

 屋台で買ってきたジャガイモと魚のフライをかじりながら、アーネットはナタリーのデスクにある、真ん中あたりにスピンが挟まった分厚い本を見た。

「そうだけど」

 他人から指摘されると、ますます読むのが早すぎたと実感してしまう。それ以上突っ込まれたくないので、ナタリーは話題をそらす事にした。

「ブルー達、今どこにいるのかしらね」

「さあな。まあ案外気が合うみたいだし、楽しくやってるんじゃないのか」

「事件に巻き込まれたりしてなきゃいいけど」

 完全に保護者視点なのだが、ナタリーの心配は方向性が多少違うものの、それなりに的中していたのだった。時刻は夕方4時40分を回ろうとしていた。



 ブルーとジリアンと魔狼犬ライトニングは、相変わらず先がわからない迷宮を、進んでいるのか後退しているのかもわからずに歩いていた。

「ちょっと立ち止まって整理しよう」

 ブルーは休憩も兼ねて、通路の脇に座り込んだ。魔法の照明も光量を落として、魔力を節約する。

「整理するほど情報があるの?」とジリアン。ブルーは答えた。

「あるさ。まず、さっきジリアンが言ったとおり、この遺跡は最初に入った遺跡の奥か、少なくともリンドン市の周辺である事はわかった」

「うん」

「そして、さっき迷い込んで亡くなったらしい人がいた。迷い込んできたという事は、入り口があったという事だ。それが単なる入り口なのか、魔法の転移によるのかは、この際問題にしない」

 多少強引ではあるが、ジリアンは頷いた。

「例の、ゴーレムだか何だかわからないあれは?」

「あれは当然、気になるけど無視する。今はとにかく、ここを脱出する事を考える」

「そういえば、あれがいた部屋の構造って、魔女の石像の部屋に似てたよね。作りはどうしようもなく雑だけど」

「うん」

 何気なく相槌を打ったブルーだったが、突然何かに気付いたように黙り込んだのち、突然声を上げた。

「そうだよ!何でこんな事に気付かなかったんだ」

「おっ、なんか閃いた?名探偵アドニス君」

 ジリアンは半分くらい期待して身を乗り出したが、ブルーは何か慎重に考えをまとめているようだった。

「ジリアン、たとえば同じ題材の彫刻とかブロンズ像だとかが二つあるとする。一方は美しく整っていて、もう一方は雑然としているのは、どういう理由があると思う?」

「え?」

 突然振られた意味深な問いに、ジリアンは少しだけ考え込んで答えた。

「うん、一方が単に下手くそだったか、あるいは」

「あるいは?」

「上手い作品を下手な人が手本にしたか、じゃないのかな」

「それ、この遺跡にも言えると思わない?」

 ブルーに言われて、ジリアンはハッとさせられた。

「あっ」

「そう。この遺跡は、あの魔女の石像があった謎の空間のレプリカなんだ」

 ブルーは、杖の照明を元の明るさに戻して通路を照らした。雑然とした切り石が組まれているのが見える。

「あの、真っ白な謎の空間がどこにあるのかはわからない。明らかに魔法で転移したからね。けど、この遺跡と関係があるのは明らかだ。だとすれば、脱出の糸口が見えてきたと思わない?」

「え?」

「ジリアンならわかるでしょ」

 そういう言い方をされると、現役探偵としては負けるわけに行かない。うーんと唸ったあとで、ジリアンは「あ」と気付いたようだった。

「さっきの空間、だんだん通路が狭くなっていってた!」

「ご明察。この遺跡も模倣であるなら、出来映えは別として、同じように末端に向って通路が狭まっている構造の可能性がある」

「つまり、通路が広くなる方向に進めば出口に辿り着く可能性がある?」

「確証はない。けど、やってみる価値はある」


 ブルーとジリアンとライトニングは、まず通路が分岐する箇所を探した。それは、案外すぐに見付かった。

「アドニス君、ここ!」

それは、歩いてきた通路に丁字にぶつかる通路だった。

「見て、段差がある」

 ジリアンは、足元の丁字の接続部分を見た。確かに、摩耗してはいるが明らかに段差があり、ここまでよりほんの2cmほど低くなっていた。

「つまり、ここまでより幅がある通路っていう事だ」

 ブルーは、推理の正しさを確認するように笑みを浮かべた。

「でも、これ左右どっち行けばいいの?」

 ジリアンに言われて、ブルーはギクリとして考え込んだ。実のところ、そこまで考えていなかったのだ。

「もしかしてそれ以上は考えてなかった?」

「考えてませんでした」

「あはは」

 ジリアンは笑う。つられてブルーも笑い出した。

「ライトニング、あなたこの通路、どっちに向かって広くなってるか、わかる?」

 ジリアンはライトニングの首を撫でながら訊ねた。すると、ライトニングは我が意を得たり、と言わんばかりに息を荒くして尻尾を振った。

「よし。じゃあ、通路が広くなっている方に私達を案内して」

「アォン!」

 がぜん張り切ってライトニングは歩き出した。どうも今までの行動パターンから、ある程度指針を示してやると動き出す性格のようである。

 二人を先導するライトニングを見て、ブルーは改めてひとつの疑問を述べた。

「ライトニングって、明らかに僕らが言った言葉を理解してるよね」

「うん」

「どこまでのレベルで理解してるんだろう」

 それはジリアンにとっても理解が難しかった。言葉を解しているらしい以外の仕草は、ほぼ犬である。

「わかんないな。使い魔って、みんなこうなのかも」

「使い魔にしては変じゃない?僕の指示も、ジリアンの指示も両方聞いてるみたいだし」

「まだ半人前の魔法使いだから、二人に対して一匹っていう事なのかも」

「そうなのか?ライトニング」

 ブルーが訊ねると、ライトニングは

「ワン!」

 と元気に答えた。

「半人前だって、僕ら」

「あはは」


 ライトニングに先導されること十数分、いよいよ目に見えて通路は広くなってきた。最後はどうなるというのだろう。

 そう思っていると、広い通路の最奥部は、なんと土砂が崩れて埋まっていた。

「まじかよ」

 ブルーは悪態をついたが、ジリアンは

「待って」

 と言って、自分も杖に明かりを灯して土砂を調べてみた。

「アドニス君、あの気流を読む魔法、やってみてくれる?」

「え?う、うん」

 ジリアンに言われるままに、ブルーは照明魔法を解除して、魔法で通路内の気流をサーチした。虹色の霧が通路に満ちる。

「あっ」

 ブルーは土砂の上、天井との接点に視線を向けた。僅かではあるが、細い気流の流れがある。

「あの上をぶっ飛ばせば通れるかも知れない」

「やる?」

 ジリアンが杖を構える。

「二人がかりなら、少しパワーを抑えても通れる分の隙間は作れるかも」

「そうだね」

 ブルーも杖を突き出して、気流が見える箇所に向ける。

「ライトニング、僕らに魔力を貸す事はできる?」

 ブルーが訊ねると、ライトニングも力強く応えた。

「ワン!」

「魔力っていうものを理解してるんだな、こいつは」

 ブルーとジリアンは、天井と土砂の境目部分に焦点を定めて杖に魔力を集中させた。その背後で、ライトニングが二人の魔力をバックアップする。ライトニングから供給される強大な魔力に、二人は驚愕を禁じ得なかった。

「この魔力って…」

 ジリアンは、今まで感じた事のない強烈な魔力のバックアップに、自分たちの魔力は必要ないのでは、という気持ちさえ覚えた。

「行くよ、ジリアン!」

「ええ!」

 二人の魔力が、水色とピンクのマーブル模様のオーラを形成する。それは太い一筋のエネルギーの奔流となって、土砂の頂点を直撃した。

 その時、ブルーは少しだけ嫌な予感を感じたが、そのまま押し切る事にした。


 ドカン、と盛大な破壊音を通路に響かせて、土砂の上部には人が通れるくらいのトンネルが開けられたのだった。


「おー、我ながらなかなかの威力だね」

 土砂の斜面を登り、開けた横穴を覗いたジリアンが得意げに言った。杖の照明を向けると、どうやら向こうまで貫通できたようである。その横穴の長さはゆうに3メートルはあった。

「湿ってるね、この土砂」

 ブルーも斜面を登りながら、土に手を触れてみた。確かに湿っている。

「つまりこれは、雨で上から流れてきてるってことだ」

「どこかに隙間がある?」

 期待を込めてジリアンが石組みの隙間を見る。しかし、パッと見た程度でそうそう期待どおりのものはなかった。

「とりあえず、この土砂の向こうを確認してみよう」

 ブルーが言うと、ジリアンは「わかった」と返して、一足先に開けた横穴を向こう側に抜けた。


「どう?」

 背後からブルーが訊ねる。

「アドニス君、なんだか」

 妙なところでジリアンは言葉を切った。

「なんだか、何?」

「うん、なんだか嫌な予感がする」

 どういう意味だろう、とブルーは思った。しかし、ブルー自身もつい今しがた、そんな気持ちになったのだ。何かあるのだろうか。そういえばこの間、ジリアンは「あたしのカンは当たる」とか言ってたような気がする。

 ブルーは急いで横穴を抜けた。ライトニングもそれに続く。 

「おわっ」

 湿って崩れやすい斜面を、滑るようにブルーは降りた。


 土砂の向こう側は、広い空間だった。どうやら、その空間と通路の継ぎ目の石組みが乱雑すぎるせいで、遺跡の上の土が雨で流れ出てきているのが、通路が塞がった原因らしい。

「広いね」

 話し声の響きが奥に吸い込まれて行く様子から、相当な広さがあるようだ。魔法の杖の照明が、天井に届いていない。

 手を叩いてみると、かなり遠くで反響が聴こえる。ちょっとした劇場くらいありそうだ。

「どうする?」

 ジリアンが、いったん立ち止まってブルーの意見を求めた。

「真っ直ぐに突っ切る?それとも、壁伝いに行く?」

 ジリアンが言っている事の意味は、ブルーにもわかった。嫌な予感がする。


 嫌な予感しかしない。


「壁伝いに行こう。右からだ」

 ブルーは慎重に、広い空間を右側の壁に沿って進む事にした。

 およそ20mも進んだだろうか。ここでブルーとジリアンは、ちょっとした絶望を味わう事になった。またしても土砂が流れ出てきており、そのせいで据え付けが甘かったらしい巨大なブロックがいくつも、前方を塞いでいたのだ。

「施工不良だろ、この遺跡」

 どこに届け出ればいいのかわからないが、とりあえずブルーは悪態をついてみた。乗り越えるのも一苦労なので、左に迂回する以外にない。二人は仕方なく、ライトニングと共に切り石や土砂を避けて移動した。

 迂回距離は予想以上に長くなり、結局は空間の内側に向かって歩く事になった。足元をよく見ると、細かい砂や泥が流れてきている。しかし水が溜まっている様子もないので、床の石組みの隙間から、地下に流れ落ちているらしかった。


 ようやく土砂を足で越えられそうな所まで移動したところで、ブルーたちの目に、異様なシルエットが飛び込んできた。


 それは、空間のど真ん中に仁王立ちする、高さが二階建ての小屋くらいはある何かだった。


 ブルーには、どう形容すればいいのかわからなかった。「人」 の形であるらしい事はわかった。だが、とてつもなく太った人間を横に拡げて鎧を着せた、と言えばいいだろうか。身長より幅の方が大きい。

 その鎧は幅があるせいで鈍重に見えるが、角ばったデザインは、さきほどブルーたちに襲いかかってきた、あの人形とよく似ていた。頭部は異なり、丸いボウルを伏せたような形状で、やはり真ん中には真っ赤な宝石の巨大な目が埋まっている。

「マジか」

 ブルーはジリアンと顔を見合わせて、無言で魔法の照明を弱めた。ライトニングにも、指を立てて静かにするよう促す。了解したのかどうか、ライトニングは尻尾を一回ブルンと振った。

 ブルーは、音を立てないようにその巨大な異形の横を通り抜けた。まさかそれはないだろう、そうであって欲しい、と思いながら。それはジリアンも同じだった。


 その巨大な「人形」の横を、二人と一匹はどうにかやりすごせたようだった。あるいは、杞憂だったのかも知れない。わけのわからない幾何学模様も床面には浮かんでこないし、赤い目が光る様子もない。

 ゆっくりと空間の奥に進むと、壁面が見えてきた。そして、その壁面の手前の床には、ここまでの床や壁、天井とは異なるものが埋まっているのが見えた。

「ジリアン」

 ブルーは、それを照明で照らした。ジリアンは、あっと小さく驚く。

 それは直径4メートルほどの、円形の白い真っ平らな床面だった。材質は、先程見た魔女の石像があった空間の床に酷似している。というより、同一のものであろうと思われた。

「これは当たりかな?」

 ブルーは試しに、その床に魔法でチェックを入れてみた。すると、最初に転移魔法が仕掛けてあった床と、同じ反応がある。

「当たりだな。これにも転移魔法が効いているらしい。魔力は生きてる」

「本当!?」

 ジリアンは喜びの表情を見せたが、すぐに難しい表情に戻った。

「でも、脱出できるとは限らないんじゃない?また変なところに飛ばされる可能性もあるよ」

「じゃあ、やめる?」

 ブルーは言ってみたが、ジリアンは首を横に振った。

「戻れる可能性があるなら、使わない手はないか」

「決まりだ」

 ブルーは円の中央に立って、魔法の杖を掲げ短い呪文を詠唱した。すると、円の床に黄緑色の幾何学模様が浮かぶ。

「ジリアン、ライトニング、円の中に入って」

 言われるままに、全員が円の中に入る。


 ブルーが、それを確認して転移魔法を発動させる呪文を唱え始めた、その時だった。


 白い円に浮かんだ幾何学模様は一瞬にして消え去り、逆に石組みの空間全体に、先ほどと同じように幾何学模様が浮かび上がったのだった。

「げっ!」

 ジリアンはぎくりとして一瞬立ちすくむ。ブルーは身構えながらも、立ち位置を維持した。

「落ち着け!無理やりにでも発動させる!」

 悪い予感が半分的中している状況で、ブルーは精一杯冷静さを保って、杖を高く掲げた。


「”アドニス・ブルーウィンドが命じる!我らを出口へと導け!”」


 一瞬、杖から光が弾けて白い円に広がった。


 が、魔法は発動する気配も見せなかった。

「なんでだよ!」

「アドニス君、あれ!」

「え?」

 ジリアンが指差す先をブルーは見た。それは予想していたというより、予想したくなかったというべき現実だった。

 空間の真ん中に王立ちしていた、人形と呼ぶには若干サイズが大きすぎるが、便宜上”人形”と呼ぶしかなさそうな謎の巨大像の目が、赤く輝き始めたのである。

「ま、まさか…」

「構えて!!」

 ジリアンが言い終わるか終わらないかのうちに、その像の関節がビキビキと軋み音を立てて動き始めた。

「動き出す前に頭を撃ち抜くんだ!!」

 ジリアンの合図で、ブルーは杖に魔力を集中した。

「一撃で決めるよ、アドニス君!」

「オッケー!」

 人形の足に力が入る。さきほどの小さな人形に較べると、動きは鈍いようだった。その隙を突いて、ブルーとジリアンの衝撃魔法が炸裂した。

「いけーっ!!」

 二人の杖から発射された衝撃波は空気の振動の砲弾となって、人形の頭部を正確に直撃した。衝撃魔法が弾け、空間に全身が足元から震えるほどの振動が拡がる。壁から流れ出していた土砂が、その余波でさらに崩れ始めた。

 魔法の直撃を受けた人形は頭部からもうもうと煙を上げて、後ろに向かってよろめいていた。

「やった!」

 ジリアンがその様子を見て、拳を握って勝ち誇った。

 しかし、ブルーは冷静だった。

「ジリアン、避けろ!」

「え?」

「早く!!」

 ブルーがジリアンを突き飛ばして、自身も一緒にその場から飛び退った。ライトニングもブルーに続く。そこへ、巨大な人形の馬車の荷台ほどもある腕が振り下ろされた。人形は、まったくダメージを負っていなかったのだ。

 腕の一撃は、地面に巨大なクレーターを形成して、岩を砕いて破片や土を撒き散らした。

「きゃああ!!」

「うわあっ!!」

 だいぶ距離を取ったブルーとジリアンだったが、飛んできた小さい石の破片を腕や足に受けてしまった。幸いダメージはさほどではなかったが、バランスを崩すには十分だった。二人はその場に転がり、次の攻撃に対する態勢が整っていなかった。

 

 人形の両腕が、その左右にいたブルーとジリアン両方に対して振り下ろされた。

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