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(7)人形

「あの石像の魔女、ご先祖様って言ってたよね、アドニス君」

 先がわからない無造作な切り石の迷宮を進みながら、ジリアンは先刻ブルーが言っていた事を思い出した。

「やっぱり顔が似てるから?」

「うん…それもあるけど」

 ブルーは、遠くを見るような目で言った。

「僕は、物心ついた頃から魔法を習わされてきた。最初は祖母や母親から基礎を学んで、6歳からは今の先生についてもらうようになった」

「英才教育だ」

「まあ、ざっくり言うとね。そして、その過程で『魔女』の存在と歴史について学んできた」

 


 ブルーが、母親や師から教わった魔女についての知識は、次のようなものだった。


 史料が確認できる意味での歴史が始まる前、つまり有史前のはるかな時代、”魔女”と呼ばれる存在がいた。彼女らは、いつどこから現れたのか、全くわかっていない。

 だが、一部の学者たちによる熱心な発掘・研究のすえ、島国の各地に残る由来不明の巨石遺構などは、彼女らが関与し造られた、という研究の基礎が形成された。魔法の実在については否定的な研究者も、魔女と呼ばれる存在がいた事についてはほとんどが同意していた。それは、4千年前とも、5千8百年前とも、過激な説によっては1万2千年前の出来事だったとも言われている。ハッキリしているのは、約1400~1500年前に最初の大王が島国を統一し、メイズラント王国の基礎となる統治機構が出現した頃には、すでに魔女は「ほぼ」姿を消していた、という事実である。

 実際のところ、その後も数は少ないものの魔女は存在していた。ただし、決して社会の表には出て来ず、正史には記録されているものの、あくまでも祭祀的な存在だとして扱われてきた。

 

 正史と事実の異なる点は、「魔法が真実の存在であるか否か」という点である。ブルーのような家系では、現実に魔法が伝承されているために、歴然とした事実だった。

 そして、魔法が事実であるという前提のうえで、魔女の他にもうひとつ重要な存在がある。


 それが、「教会」であった。


 メイズラント王国は現在、「グレスト教」と呼ばれる宗教が建前上の国教として認定されているが、実はそれ以外の宗教も存在を許容されている、多宗教国家である。そのため、誰かが「教会」と言う時にはどの宗教の教会なのかわからない場合もある。

 その数ある宗教の中で、国教であるグレスト教と並んで権威を保ち続けている宗教がある。それが、「ルネス教」という古来からの土着の宗教である。


 ルネス教会は魔法を伝承する事で、王家や他の教会から認知されている。魔法の存在は公式には認められていないが、王族や貴族、宗教関係者にとっては公然の事実である。そして、ルネス教に伝わる魔法は、元を辿ると古代の「魔女」に行き着く、とされているのだ。



「ルネス教会に伝わる魔法の大元は、魔女から伝承されたものだ」

 ブルーは歩きながら言った。

「それが正式な伝承であったのか、イレギュラーだったのかはわからない。何であるにせよ、兎にも角にもルネス教会のバックアップによって、現代まで魔法が伝承されてきた。それは事実だ。僕の先生のような、ルネス教会と関係ない魔女も存在するけどね」

「ちょっと待って。そういえば、アドニス君の先生も魔女なの?」

 ジリアンは、当初から気になっていた事をこの機会に訊ねた。

「そうだよ。何歳なのかわかんないけどね。会った時から8年近く経ってるけど、老ける気配がない。ついでに言うと、母親も僕と同じ先生から魔法を学んでいる」

 何となく、自分の師匠カミーユに通じるものがあるとジリアンは思った。何者なのだろう。


「ルネス教会については、謎も多いから今は深入りしない。今気になっているのは、やはりさっき見た、僕の母そっくりの魔女の石像だ」

 ブルーは言った。二人はつい先刻、おそらく魔法によって転移してくる前の空間にあった、魔女の石像を思い出していた。

「実は、最近ある貴族から僕の家系の事を指摘されて、母や先生に無断でこっそり調べてみたんだ。そして、少なくとも500年くらい前まで遡る魔女の家系である事を知った。さらに年代はハッキリしないけれど、ある時点からルネス教会の庇護のもと、表向きには神官の一族として魔法を伝承してきた事もね。僕の推理が当たっていれば、君の先生のカミーユ・モリゾ氏はその事を知っているんじゃないか」

 そう言われて、ジリアンはギクリとして唾を飲み込んだ。

「うっ」

「けれど、わざわざ近付いてくるという事は、逆にそれ以上の事は知らないという事かも知れない」

 ブルーの言う通りだった。ジリアンは観念したように、ぽつぽつと語り出した。

「降参。その通りよ。カミーユは、あなたの血統と、そしてそれ以上にあなた個人に関心があるの」

「関心を持つ理由は?」

「理由は二つ。魔女として、魔法の秩序を守るという側面からの関心。もうひとつは、単純に魔女としての好奇心らしいわ。なぜって、あなたの家系の歴史は謎に包まれているもの。カミーユが調べてもわからないほどに」

 ブルーは小さく頷いた。

「そう。僕はそもそも謎がある事自体、つい最近まで知らなかった。親や先生が、家系について詳しく説明してくれなかった理由もね。単に、魔法を伝承しているひとつの家系だと思っていた。なぜなら、そういう家系は表には出ないけれど、他にも存在するからだ」


 ブルーの説明によると、メイズラントやその周辺国のごく一部には、細々と魔法を伝承している家系がごくわずかに存在する。だがその伝承内容は家によってバラバラで、中には大道芸レベルの魔法を無形文化財のように伝承しているだけの家もあるという。

「魔女は基本的に表に出て来ない。だから、僕の家みたいに本格的な魔法を伝承している家系が、他にも存在する可能性はある。ジリアン、君の探偵社にもう一人、魔女がいるって言ってたね。ひょっとして、その人もそういう”家系”なんじゃないの?」

 ジリアンは頷いた。

「私も詳しくは知らないけど、魔女の家系だそうよ。でも、カミーユに師事する前までは、ごくごく基礎的な魔法しか習得してなかったらしいわ」

「なるほど」

 話を聞く限りでは、その魔女もそれなりの実力を有しているという事らしい。だが、その家系がどういったレベルで伝承しているのかはわからない、との事だった。

「色々な形で、細々とだけど魔法は伝えられているって事だ。科学が発展してきた歴史の陰でね」

 そう語るブルーの口元は、なぜか少し笑っていた。


「そして確実にわかった事がひとつある。それは、僕の家系のレベルほどまで魔法に精通した一族は、少なくとも僕の家以外は今のところ確認できない、という事だ」


 ブルーの表情は真剣なものだった。ジリアンは黙って聞いていた。

「そもそも、これだけ科学が発展してきたのに、本格的に魔法を伝承する必要があるのか、という疑問は僕自身ある。火を起こすのに習得が困難な魔法を何年もかけて学ぶヒマがあったら、タバコ屋に駆け込んでマッチを買う方が早い。それなのに、僕の一族は代々、そんな魔法何に使うんだ、というレベルの魔法を伝承している」

 それはジリアンも時々考える疑問ではあった。魔法は伝承が難しい。少なくとも、自動車の運転を覚える方がはるかに簡単である。

「でも、さっきあの石像に触れた時、意志みたいなものを感じたんだ」

「え?」

「あの魔女は、何らかの目的のために、魔法の伝承を望んでいた。それと、石化して眠りにつく事がどう繋がるのかはわからない。でも、あれが僕の遠いご先祖様だとすれば、今こうして僕にまで魔法が伝承されている事の、ひとつの説明にはなる」

 そこでブルーは立ち止った。

「思い返してみれば、今日は結局この遺跡まで、何者かに誘い込まれた気がする。そうじゃない?ジリアン」

 そう言われて、ジリアンは今日の出来事を振り返ってみた。どこに行こうかと悩んでいると、コーヒー屋台の主人が水晶庭園を紹介した。そこで古代の王だという謎の存在と会話し、ひったくりに遭った夫人を助けた流れで、最終的に自分達の好奇心によって遺跡までやってきた。

「そこでこのライトニングが現れて、ライトニングを追いかけた結果、今こうして真っ暗な迷宮にいる、と」

 自分でそう言って、ジリアンは背筋が寒くなる思いがした。そもそも自分がブルーをデートに誘った事まで含めると、自分までもがひとつのシナリオの役者だったのではないか、とさえ思えてくる。


 その時、なぜか二人の脳裏に同時に浮かんだのは、この国の名前だった。


 メイズラント。


 迷宮の地。


 なぜ、この国はそんな名前になったのだろう。



 そんな事を考え、二人が視線を合わせた、その時だった。何か通路の奥で、ゴロッ、という固く鈍い音がした。

「なんだ?」

 ブルーは迷宮の奥を睨んだ。

「何か、岩が崩れたみたいな音だったわね」

「行ってみよう。ジリアン、杖を構えておいて」

 ブルーがライトニングとともに先行し、その後ろでジリアンが、いつでも魔法を発動できるようにスタンバイした。


 妙に曲がりくねった通路を歩くと、開けた空間に出た。まるで、さっきの石像があった空間のような広さである。

「広いな」

「アドニス君、気をつけて」

 二人と一匹は、ゆっくりと進んだ。空間が広いせいで、魔法の照明も範囲が限定される。

 中心なのかはわからないが、やがて何かが見えてきた。

「これは!」

 ブルーは声を上げた。それは、だいぶ作りが雑ではあるが、さきほど見た魔女の石像が眠る柱とそっくりの、石の柱であった。乱雑に彫られており、太さは先ほどの倍以上ある。

「なにこれ」

 近づこうとしたジリアンを、ブルーが止めた。ライトニングが、低い声で唸り始める。

「な、なに?」

「地面を見て」

 言われるままにジリアンが地面を見ると、人の胴体くらいある岩が落ちていた。たった今割れたように見える。

「何かある」

 ブルーは、照明をゆっくりと柱の上に向けた。柱の中央には、さきほどと同じような切り欠きがある。柱が太いので、切り欠きも幅と高さ、奥行きがさっきの倍以上あった。

「まるで、さっきの空間を下手くそに模倣したみたいな場所だな」

 そう言いながら切り欠きの中を見て、ブルーとジリアンはハッと息を飲んだ。


「なんだ、これは?」


 ブルーは、切り欠きの中にあるものを凝視した。それは、何とも形容のしがたいものであった。

「何あれ…人形?」

 ジリアンも、それをまじまじと見る。


 それは、人の形をしていたが、人ではない何かだった。

 胴体に頭と四肢があるのは人と同じである。しかし、妙に角ばった全身鎧のような形状で、材質は金属にも石にも見える。頭部は異様に小さく四角い。顔はなく、かわりに丸く大きなガラスのような、巨大な赤い目がひとつだけついている。腰や手足は異様に細く、両手の四角く細長い指は3本ずつしかなかった。姿勢はなんとなく猿のようで、今にも前に向かって飛び出してきそうに見える。

「不気味」

 ジリアンは正直な感想を言った。ブルーも全く同じ感想である。ライトニングは相変わらず、グルルルと低く唸り続けている。

「何なの、これ。気味が悪いわ、無視して進みましょう」

「う、うん…」


 その柱を避けるように、恐る恐る二人が通り過ぎようとした、その時だった。


 部屋全体の床や壁面に、幾何学模様のような光が無数に走り、”人形”の目が真っ赤に輝いた。


「なに!?」

 ブルーは叫んだ。ライトニングが吠える。

「ワン!ワン!!グルルルル」

 次の瞬間、信じられない事が起きた。その人形が一瞬、きしむような音を立てて動き出したかと思うと、信じられないスピードで、ブルー達に飛び掛かってきたのだ。

「うわっ!!」

 驚きで照明魔法を解除するのが遅れたブルーだったが、一瞬早くジリアンが杖から衝撃波を放って、その人形としか形容できない『何か』を吹き飛ばした。

「アドニス君!」

「だ、大丈夫!」

「来るよ!」

 ジリアンは再び杖を構える。ブルーもまた照明魔法を解除してジリアンの隣についた。


 人形は、ジリアンの魔法で壁に思い切り叩きつけられたが、よろめいたのは一瞬で、すぐに姿勢を立て直して、再びブルーに向かって突進してきた。

「なんだ、こいつ!?」

「アドニス君!」

 今度はブルーが杖から魔法を放つ。雷光のようなものが飛び出し、人形の胴体をもろに直撃した。人形は吹き飛び、壁に盛大に叩きつけられる。そのショックで、壁や天井の一部が崩落した。

「やばい!」

 咄嗟にブルーはジリアンを庇ったが、ブルー達がいるあたりは崩落の影響はないようだった。

「くそ…奴を攻撃するのはいいが、うっかりすると生き埋めになっちまう」

「でも、ダメージあったみたいよ、ほら!」

 ジリアンが指差す。人形は確かに、装甲の一部がひび割れてよろめいていた。

「今のうちに逃げるぞ!」

 ブルーは、ジリアンとライトニングを先に進むよう急かした。しかし、二人は大変な事に気付く。ジリアンは叫んだ。

「アドニス君、この部屋、行き止まりだよ!」

「なんだって!?」

 最悪の展開だった。部屋の出入り口は一つしかなかったのだ。出入り口と反対側に来てしまったために、脱出するには再びあの人形と対峙しなくてはならない。

「くそっ!」

「倒すしかないって事か」

 ジリアンは、杖を構えて呪文を詠唱し始めた。

「??ちょっと、その魔法は…」

「これが、あたし流」

 ジリアンの杖から真っ赤な光が飛び出し、ジリアンの全身に飛び込んで弾けた。

「援護して!」

 言ったが早いかジリアンは杖を腰のホルダーに仕舞うと、拳を構えて人形に突進したのだった。

「ジリアン!!」

 人形は、ジリアンを認識すると飛び掛かっていった。長い腕がジリアンの首めがけて振り下ろされる。

 しかし。

「おりゃーっ!」

 ジリアンは、目で追えないほどのスピードで、その腕に向かって回し蹴りを放った。人形の腕は大きく弾かれ、バランスを崩してその場に派手に倒れる。その機を逃さないように、ジリアンは踵を落とすように蹴りを入れた。バキッ、と鈍い音を立てて、人形の背中の装甲にヒビが入る。

「すっげぇ…」

 その様子に、ブルーは驚愕するしかなかった。ジリアンが使ったのは、物体の耐久力を高める魔法である。自らの肉体の耐久力を高め、徒手空拳で戦おうというのだ。魔法をこんな風に使う人間には、ブルーは今まで出会った事がなかった。そういえば、もともと貧民街でケンカをしていた、とジリアンが言っていたのをブルーは思い出していた。

 しかし、人形はすぐに立ち上がってジリアンに襲いかかった。

「きゃあ!」

「ジリアン!」

 危うい一瞬を突いて、飛び出したひとつの影があった。

「ガゥウッ!!」

 それは、ライトニングだった。ライトニングの全身は白いオーラのようなものが立ち上っており、その鋭利な爪で人形の腕を切り裂いた。装甲に深い爪痕が刻まれる。

「これが、ライトニングの力なのか…」

 ブルーは、改めてライトニングがただの犬ではなく、魔狼犬ライトニングである事を確信した。

 しかし人形は一切怯む様子がなかった。感情らしいものがないように見受けられる。

「こいつ、まさか…」

「ブルー、行ったよ!」

 ジリアンが叫ぶ。人形は、今度はブルーに狙いを定めて突進してきた。

「この!」

 ブルーも負けじと魔法を放つ。地面の岩が立ち上がり、無数の矢となって人形に襲いかかった。人形は上方に打ち上げられる。ライトニングにダメージを負った腕は、岩の直撃で砕けてしまった。

「せいやーっ!!」

 すかさずジリアンが飛び蹴りを食らわせ、もう片方の腕も根本から叩き折る。追い打ちで、ライトニングが首に噛みついた。バキバキと嫌な音を立てて、細い首にヒビが入る。

「ようし、ライトニング、どいて!」

 ブルーが命じると、ライトニングは飛びのいた。人形はフラフラになってよろめいている。

「僕のカンが正しければ…」

 まるで拳銃を構えるように、ブルーは杖を人形に向けて突き出した。人形の赤い目がブルーを捉える。

 その目が赤く不気味に発光した、その瞬間だった。

「射貫け!」

 ブルーが叫ぶと、杖から眩い一筋の閃光が走って、人形の真っ赤に光る目を貫いた。


 人形の目は輝きを失い、次の瞬間、全身から力が抜けたように、その場に崩れ落ちたのだった。


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