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(4)闇よりの呼び声

 突如現れて遺跡の奥に入り込んでしまった、黒と銀の毛並みを持つ犬ライトニングを追ってジリアンとブルーは遺跡の奥に突入した。

 いちおう観光遺跡なので中はきれいに整えられており、「順路」と書かれた案内板まで掲げてあるので、とりあえず人間が迷う事はなさそうである。

「あっちだ」

 定期的にライトニングは吠えるので、行った先はすぐにわかった。パンフレットにある通り内部は枝分かれしている。

 そもそも電灯が設置されているのに灯されていないのは、もうすでに観光地としての旬を過ぎているという事なのだろう。じき、パンフレットからも削除されるのに違いない。


「おーい、ライトニング!」

 昔から飼っている犬を呼ぶかのように、ブルーは暗闇の奥に叫んだ。ワン、ワンと吠えるライトニングの声が、石と土の通路に鈍い共鳴を起こす。

 ライトニングの声はだんだん近付いてきた。

「ワン!グルルルル」

 今度は、何かを訴えるように唸り始める。

「止まったみたい」

 ジリアンは、ライトニングがどこかで立ち止まっているらしいと見て歩速を上げた。

「いた!」

 ライトニングは、行き止まりの少し歪んだ円形の空間の真ん中で、二人が来るのを待っていたかのように、しゃんと座っていた。

「どうしたのさ、ライトニング」

 ブルーは駆け寄り、頭を撫でる。すると、頭をすり寄せてきたのち、地面に顔を近付けて、前足でそこを引っかき始めた。

「何してんだ?」

 ブルーも一緒に屈んで、その地面を眺める。

「掘れって言ってるんじゃない?」

 ジリアンは笑いながら言った。

「ご冗談。ここ、下は石だよ」

「あ、ホントだ」

 ブルーに言われて気付いたジリアンが、部屋の床全体を見渡す。表面に薄く土が被さっているが、その下は全面が真っ平らな石の床である。

「妙だな」

 ブルーが、事件の捜査中のような表情で思案した。

「何が?」

「この床だよ。壁や天井は凸凹した切り出しの石なのに、床だけがまるで教会の聖堂みたいに、真っ平らに磨かれてる」

 言われてみればそうだ、とジリアンも思った。

「まるで、床だけが違う遺跡のようだ」

 そうブルーが言うと、ライトニングが

「ワン!」

 と一つだけ吠えた。

「正解だ、って言ってるみたい」

 ジリアンが不思議そうな表情で言う。

「そんなわけないでしょ。さあ、戻ろうライトニング」

 すでに飼い主じみてきているブルーがライトニングの首を撫でる。しかしライトニングは頑として動かない。

「お前ね」

 そう言ってブルーがライトニングの目を覗き込んだ時だった。ブルーは、かすかに何かを感じた。

「ん?」

 ジリアンも、ブルーの様子に気付いた。

「どうしたの?」

「何か、ライトニングから魔力みたいな波動を感じる」

 ブルーの表情はごく真面目なものだったが、ジリアンは小さく笑った。

「まさか」

「ジリアンならわかるはずだよ」

 そんな馬鹿な、と思いながらジリアンもライトニングに神経を集中させる。そして、ハッと気付いた様子でブルーを振り返った。

「ホントだ」

「動物から魔力を感じるなんて、理由は二つに一つだ。ひとつは、『もともと普通ではない魔の獣』…」

「もうひとつは?」

 ジリアンが訊ねると、ブルーは神妙な顔でライトニングの目を見ながら言った。


「『使い魔』だ」


 

 スウォード通りのベーカリーの二階、もと占い館の一室でカミーユは一人、水晶で出来た見事な出来映えのドクロの頭頂部を睨んでいた。窓の外は沛然たる豪雨である。

 ドクロの頭頂部は、透明な状態から徐々に、紅茶に入れたミルクのように白いベールがかかって行った。そのベールの中を、雷光のように水晶のクラックが走っている。

「雨雲は雷光を誘う。雷光は大地を穿つか、大木を切り裂くか、闇に迷う旅人の道を照らすか」

 カミーユはテーブルの上で、22枚のタロットカードをシャッフルした。それは渦が収まるようにひとつの束に戻り、二つの束にカットされ、下にあった束が上になるように再び重ね合わされた。

 その束の上から7、8枚目を十字型に交差させて置くと、9、10、11、12枚目をその周囲に十字の形を描くように置く。さらに残った束の上から7、8、9、10枚目を、十字に展開したカードの右となりに縦に4枚並べた。

 右上の最後のカードを残して全てのカードを開くと、カミーユは目を見開いて息を飲んだ。

「星が交わる…彗星が落ちる…塔が崩れる…」

 バン、とテーブルに両手を置いて椅子から立ち上がると、カミーユは窓の外を覆う黒い雲を睨んだ。

「その結末は、まだ誰にもわからない…わからなくとも人は答えを見つけなくてはならない」

 ゆっくりと、白く細い指が最後のカードをめくる。そのカードを見て、カミーユは安堵とも恐怖ともつかない笑みを見せると、ふうと溜息をついて、一人誰もいない部屋で笑い始めた。

「ほほほほほほほ」

 雷光が窓を照らし、カミーユのシルエットが一瞬、壁に投影された。



 

「使い魔ですって?」

 ジリアンはライトニングを見ながら訊ねた。

「驚く事はないよ。僕の先生も使い魔を持っている。大きな鷲のね。カミーユにもいるはずだ」

「いるのかなあ。そんなの見た事ないよ」

「いいや、魔女であるならほぼ必ずいるはずだ。といっても、必ずしも常に誰彼問わず姿を見せるとは限らない。必要な時だけ呼び出されている場合もある」

 それは魔女しだいだ、とブルーは言った。

「使い魔の仕事は文字通り、魔女の使いだ。もし、このライトニングが…」

 そこまで言って、ブルーは首を傾げた。

「おかしいな。誰かの使い魔が、他人に名前を決めさせるなんて事がある筈がない。使い魔の名前は、使い魔自身が名乗るか、主が決める以外にあり得ない」

「じゃあ、ライトニングはブルーの使い魔って事じゃないの?」

 ジリアンは適当に言ってみたが、ブルーの意見は違った。

「…たまたま、適当に呼んだ名前にライトニングが調子を合わせただけだと思う。ライトニング、お前にはどこかにご主人様がいるんだろう?」

 ブルーはライトニングに訊ねる。人間の言葉が返ってくるとは思ってはいないが、何らかの反応は期待していた。しかし、ライトニングはうんともすんとも言わない。

「いないっぽいよ」

「じゃあ何か、お前は僕の使い魔になるために現れたっていうのか」

 ブルーが訊ねると、ライトニングは食い気味に吠えた。

「ワン!」

 そんな馬鹿な、とブルーはジリアンを見る。

「ほら、ごらんなさい。この子、あなたの使い魔なのよ」

「呼んだ覚えもないし、そもそも僕のレベルで使い魔なんてまだ早い」

「そんな事言ったら、あたしなんて一生使い魔持てる気がしないわ」

 天才の謙遜は時に人を奈落に突き落とす、という事がわかっていない少年を睨みながらジリアンは言った。

「うーん。まあ、こいつが誰の使い魔かっていう話は後回しにするとしても、本当に使い魔であるなら、何の理由もなく人に関わって来るという事はないはずだ」

 ブルーは立ち上がり、腕組みしてライトニングの様子を観察した。

「一連の行動からして、こいつは僕らをこの部屋に招き寄せる目的があった、としか考えられない」

「何のために?」

 当然の質問をジリアンは投げかける。この、遺跡の奥にある無味乾燥な円形の小さな部屋に、何の目的があるというのか。

 その時ジリアンは、先刻引ったくりに遭った中年の婦人の言葉を思い出した。

「そういえば、この遺跡では人が行方不明になるって言ってたよね、あのおばさん」

 ジリアンが言い終わるか終わらないかのうちに、ライトニングはジリアンに向かって連続で吠え始めた。

「ワン!ワン!ワン!」

「うおっ」

 いよいよ噛み付いてくるつもりか、と身構えるジリアンだったが、明らかに何かを訴えているその様子を見て、ジリアンもブルーも何となく得心が行った。

「そうか、お前はこの遺跡で僕らに何かを探して欲しいんだ。そうだね」

「ワォン!」

 吠え方が今までと違う。そして、明らかに人語を理解しているらしい事が伺えた。

「マジか」

 さすがのブルーも驚きを隠せない。

「ライトニング、その探して欲しい何かっていうのは、人か?」

 ライトニングは何も言わない。

「じゃあ、なにかの品物か?」

 これも何も反応がなかった。

「何なんだ。人でも品物でもないとなると」

「魂とか」

 ジリアンがボソリと言うと、ライトニングは再びジリアンにすり寄って、今度は何かを懇願するように鳴き始めた。

「なんか哀れっぽく鳴き始めたわよ」

 よしよし、と頭をなでてやると、再び先ほどの床面をじっと睨み始めるのだった。

「まるで、この下に行ってくれって言ってるみたいだ」

 ブルーは杖の灯りを消して、ジリアンに言った。

「ジリアン、照明係は君に任せた」

「何するの?」

「調べてみる」

 ブルーが短い呪文を詠唱すると、杖の先から黄緑色の光が縦横無尽に飛び交って部屋を満たした。

「何をしているの?」

「この部屋には何かがある。それを調べる」

 何か、とは何だろう、とジリアンは思った。

「魔法に関する何かってこと?」

「そう。ライトニングが使い魔であるなら、魔法に関係のない事で僕らに近付いてくるとは思えないんだ」

 ブルーがそう言い終わったところで、ちょうどライトニングがいる部屋の中央の床面に強烈な発光が起きた。

「ここだ!ここに何かがある」

 ブルーはいったん魔法を解除し、杖をその場所に向ける。

「魔法の仕掛けか何かがあるんだろうか」

 試しに、魔法の仕掛けを起動させる汎用的な呪文を唱えてみる。しかし、何も起きない。

「うーん」

 ブルーは首をひねる。

「ここに、何かがあるのは間違いない。それは確かなんだけど」

「さすがのアドニス・ブルーウィンドもお手上げ?」

 ジリアンがそう言った時、かすかに床面が淡く光った。

「え?」

 二人は顔を見合わせて訝しんだ。

「なんだ?」

「今、アドニス君のフルネームを言ったよね、あたし」

「どういうこと?」

 その時なにか、背筋がゾクゾクして肌が粟立つのをブルーは感じた。

「僕の名前?」

「うん。ほら、言ってみなさいよ、試しに」

 ジリアンがそう言うので、ブルーは恐る恐る、ごく小さな声で呟いた。

「アドニス…ブルーウィンド」

 すると突然、床の中心から虹色の光が波紋上に光って部屋全体を満たして行った。ブルーは驚愕とともにそれを見つめていた。

「どういうこと?」

 さっきと同じ事を繰り返すブルーだったが、部屋を光が満たすだけでそれ以上の変化はない。何をどうすればいいのか、自分でもさっぱりわからなかった。

「どうすればいいの、これ」

「何か指示すればいいんじゃない?」

「何を?」

「パンフレットに書いてるんでしょ、この遺跡にはさらに奥があるって」

 ブルーは、さっき自分で読んだパンフレットの内容を思い出していた。しかし、これは何かが違うような気がする。

「な…なんかわかってきた」

 ブルーは、杖を真っ直ぐに床の中心に向けて叫んだ。


「アドニス・ブルーウィンドが命じる!我らのために扉を開けよ!!」


 瞬間、目の前で雷が落ちたかと思うような光が弾け、部屋を満たす。

「うわあっ!!」

「きゃああ!!」

 ブルーとジリアン、そしてライトニングの体は、光の中に消えて行くのだった。




「アーネット、面白い事が書いてるわ」

 ナタリーは『メイズラント前史』と題された本をめくりながら言った。ここはやはりメイズラント警視庁地下の、魔法捜査課オフィスである。

「この島国は、伝承によれば1万2千年くらい前まで、謎の文明が栄えていた痕跡があるんですって。その、わずかに発見された遺跡や遺物によると、現代の私たちがようやく発見した天文学や数学の知識を、すでに保有していた可能性もあるそうよ」

 そこまで言って、アーネットを見る。しかしアーネットは腕組みしつつ、後ろの壁に椅子ごともたれかかって寝ているのだった。

「これが現代文明人の姿ね」

 人類は本当に進歩しているのかしら、と呟いて紅茶を飲み干すと、魔法の杖でオフィスのドアにロックをかけ、結局ナタリーも机に伏せて眠り始めた。勤務時間終了まであと3時間少し、というところである。




「…君。アドニス君」

 ぼんやりする意識の中に、女の子の声がした。

「アドニス君、起きて」

「うーん」

「起きないとキスするぞ」

 そこでブルーはハッと覚醒した。

「うわあ!痴漢だ!!」

 ガバッと上半身を起こすと、隣にワインレッドの服を着て睨む少女がいた。

「誰が痴漢よ!」

「わあ、ジリアン!」

「全く、失礼しちゃうわね。あたし、そんな女の子に見える?」

 ブルーは、少なくとも僕に対しては未遂の前科があるのではないか、と言いたかったが、それもようやく冷静に周囲の状況を観察して浮かんだ疑問の前に消え去った。

「ここは一体…」

 起こした上半身と首をぐるりと回して、ブルーは今現在自分達がいる空間を確認した。

 そこは、明るい色の岩で作られた、四角い通路だった。よく見るとライトニングもジリアンの隣に控えている。

「どこだ?ここ」

「わからない」

 ジリアンは言った。今いるのは通路の突き当りのようで、反対側は数十m続いたところで左に折れるようだった。

「さっき、あの遺跡の奥にいて…」

「あなたが自分の名前で『扉を開けろ』って何かに命じたら、あたし達ここに飛ばされてたのよ」

「…魔法だな」

「魔法ね」

 魔法使い二名による結論だった。先刻起きた現象は、あの部屋に仕掛けられた魔法に間違いない。

「移動魔法?」とジリアン。

「そんな単純なものじゃないと思う」

「魔法の内容もそうだけど、あなたの名前に反応したってどういうこと?」

 ジリアンの疑問は、そっくりそのままブルーの疑問だった。

「…わからない」

「あなたに関係があるんじゃないの?この遺跡」

「そんな馬鹿な事、あるわけない」

 ブルーは半笑いで誤魔化そうとしたが、薄々自分でも「そうではない」と思わざるを得ない。あの床に仕掛けられた魔法は、間違いなくブルーに反応したのだ。

 その時、ブルーが思い出したのは、あの温室の巨大な彫像、古代の異国の王だという霊が言っていた言葉だった。


『少年。お前は己の血の意味をまだ知らぬようだ』


 あれはどういう意味だろう。

 いや、それ以前にも何か引っかかる事はあった。以前の事件で関わった上院議員のヘイウッド子爵グレン・ヘンフリーも、ワーロック伯爵デニス・オールドリッチ氏も、ブルーの血筋について何か知っている、あるいは聞き及んでいるような事を言っていたのだ。

 自分は一体、何者だというのか。ただ単に、少しばかり魔法に精通した血筋というだけの話ではなかったのだろうか。


 その疑問は当然ある。しかし、今現在のブルーにとっての大問題はそこではなかった。


「それはそれとして、ここ、どこなの?」

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