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(2)飛び込み依頼

「アーネット。歩きながら新聞読むクセ、直した方がいいわよ」

 巻毛の金髪をボブカットにした女性が、厚い本を片手にデスク越しにたしなめた。

 ここはメイズラント警視庁、本庁地下にある魔法犯罪特別捜査課のオフィスである。


 本日は少年刑事アドニス・ブルーウィンド巡査が非番のため、アーネット・レッドフィールド巡査部長とナタリー・イエローライト巡査だけの勤務態勢となっていた。

 アーネットは言われるままに、仕方なさそうにデスクに座ると社会面を開く。

「たまには本でも読んだら?こういう暇な時こそ」

 ナタリーの提案に、アーネットは首を横に振った。

「読まないわけじゃないんだが、今は気分的に読まない時期なんだ」

「あっそ」

「で、何を読んでるんだ」

 そう言われてナタリーは、ふた昔くらい前に流行ったような装丁の本の表紙を見せた。"メイズラント前史"とある。

「古代史に興味を持ち出したのか」

「ブルーがこの間、"古い時代の魔法"って言ってたでしょ。そういうの、古代史にも記録がないのかなと思って」

 こんな調子で、ナタリーは基本的に情報オタクである。何か気になれば、調べないと気が済まないのだった。

「そういえば、そのブルーはあの探偵少女とデートだったな」

 アーネットが新聞を閉じて言った。

「あの子、やたらブルーに接近してるけど、何なんだろうな」

「まあ、不思議といえば不思議な子だけれど」

「なぜか行動に違和感を感じさせないんだよな」

 今どこらへんを歩いているのだろう、とアーネットは思った。自分がブルーくらいの頃は、どんなデートコースだっただろう。そもそもあの頃、女の子とデートなど何回したのか、あまり記憶がない。


 事件もなく、特に上に提出する物もない魔法捜査課は、時計の音とナタリーがページをめくる音だけが聴こえ、時間が過ぎて行った。




 リンドン市内、テレーズ川を越えて南の商店街を、ジリアンとブルーは歩いていた。空気がきれいな日のせいか、人出もいつになく多い。

 いざ二人で外出してみると、行き当たりばったりのデートというのもなかなかリスキーだな、と考えているのが互いにわかった。

『大雑把にでもコースは考えておく方がいいぞ』

 昨夜、退勤前にアーネットから言われたのをブルーは思い出していた。

「なるほど」

 ブルーがボソリと言ったのを、ジリアンは聞き逃さなかった。

「なにが?」

「何でもない」

「なにそれ、カミーユみたい」

 ジリアンは笑う。どこらへんがカミーユみたいなのか、ブルーには知りようがなかった。

「ねえ、アドニス君て休日はどうやって過ごしてるの?」

 ありがちな質問ではあるが、ブルーは返答に窮した。とりあえず、当たり障りのない解答をひねり出す。

「どうって…最近は本を読んでる事が多いかな」

「へー。アドニス君らしいね。何の本?」

「エルロック・ギョームズとか」

「推理小説か。休みの日まで犯罪捜査?」

 ジリアンは笑う。言われて見ればそうだが、仕事と小説はまた違うのだった。

「あとは、セルピーヌ・アレンも全巻持ってるよ」

「同じ系統じゃん」

 その台詞が、読書好きのブルーの何かを刺激した。

「いやいや、微妙に違うんだよ。セルピーヌ・アレンは推理の要素もあるけど、怪盗でありアウトローであるアレンの冒険を描いた…」

「あっ、ストップ!アドニス君、いま料理の話が止まらなくなる時のカミーユと同じ目になってる!」

「どういう目なのさ!」

 ジリアンは、何かをブルーに感じ取ったらしかった。

「語りたい人特有の空気がある!カミーユと親戚なんじゃないの?」

「料理の話が止まらないって、どういう事なのかそっちの方が気になるな」

「機関銃だよ、ほとんど。プロンス人は、政治問題より食べ物に熱中する。お金に困ってても同情しないけど、食事に困ってると我が事のように親身になるって話、カミーユと長年一緒にいて、ホントだなって思ったよ」

 カミーユは、ブルーから見ると何となくおっとりした人に見える。二言三言会話しただけだが、それこそ想像がつかなかった。

「ジリアン、料理できるの?」

「できるよ。カミーユから習ったせいで、プロンス式のメニューばっかり覚えたけど」

 まだ人生経験がそこまでないので、プロンス式のメニューというのがまだピンとこない。そこから、メイズラントの料理がどうして不味くなったのか

、という話をカミーユの研究も踏まえつつ、歩きながら二人は討論したのだった。


「あっ、なんか飲もうか」

 小さな広場にいくつか屋台があり、その中にコーヒー屋台があるのをジリアンが見付けた。

「コーヒー二つくださいな」

 屋台の太ったおじさんにジリアンは声をかけた。

「お嬢ちゃん、弟さんかい」

「違うんだなー。カレシ」

「そいつはよかった」

 ブリキのカップを二つ手渡すと、おじさんは

「もうそのカップも傷んできたから、そのまま持って行っていいよ」

 と言った。

「いいの?ありがとう」

「デートだろ、いいってことよ。それより、行く所決まってるのか」

 コーヒー屋台のおじさんは、二人の図星を突いてきた。目下の問題である。

「決まってないなら、この向こうにある駅から出てる汽車で行ける、ガラス張りの水晶庭園ってのがあるぜ。今日は天気もいいし、混み合ってるかも知れないけどな。入園料はそんな高くないはずだ」

「へえー」

 ジリアンはブルーにカップを手渡しつつ、

「行ってみよっか」

 と提案する。ブルーとしては、とりあえず行く所が決まっただけでもありがたかった。

「いいんじゃない?行ってみようよ」

「よし、決定!おじさん、ありがとねー」

 気前のいい屋台のおじさんに手を振って、二人はその水晶庭園という観光スポットを訪れる事にした。


 駅に向かい街道をしばらく歩いていると、微妙に困った事が起きた。屋台のおじさんが好意でくれたブリキのカップが邪魔なのである。

「どうしよう」

 ブルーは傷んだブリキのカップを睨んだ。

「今流行りの紙コップにすればいいのにね」とジリアン。

「ああ、大陸からきたやつ?」

「向こうで、感染症対策で開発されたらしいよね」

「へー、そうなんだ」

 雑学を語りつつ、ジリアンは魔法の杖を取り出して短い呪文を詠唱した。2つのブリキのカップはそれぞれ蝶の姿のオブジェに変化し、パタパタと飛んでガス燈の装飾になってしまった。

「かわいいでしょ」

「いいのかな」

「今日の記念よ」

 公共物を壊すな、とは常日頃アーネットから言われているが、何か付け加えるのも刑法では公共物損壊に含まれる。これはだいぶ程度は低いが、魔法を使用した公共物損壊の現行犯であり、要するに魔法犯罪である。

「いいっていいって」

 いいんだろうかと思いつつ、勝手に初デートの記念碑にされたガス燈をそのままに、ブルーはジリアンとその場を通り過ぎた。


 駅に着くと、天気がいいせいかやはり人で混み合っていた。汽車の席は最低クラスの三等客車ですら埋まっており、結局立ったまま乗る羽目になったので、二人はポールにしがみついて、4kmばかりの距離を手を握り合いながら揺れに耐えたのだった。



 汽車を降りて歩くこと5分ほどの所に水晶庭園はあった。水晶というのは単なる通称で、実際は鉄骨とガラスでできた巨大な建造物である。三十数年前、国際的な科学万博がメイズラントで開催された中の目玉展示のひとつであった。

「…と、パンフレットには書いてある」

 ブルーは、駅に置いてあった観光ガイドを読みながら目の前にあるガラス張りの巨大な温室を見上げた。高さ約40m、幅120m、奥行きはなんと500mを越える。温室効果を利用して、屋外では生育できないような植物が植えられていた。中は人でごった返しているが、これでもブームには陰りが見えてきたらしい。

「あれ、本物なの?」

 ジリアンが指差したのは、水晶庭園の正面の噴水の横に控えた、人面のライオンの彫像である。南東の大陸オアフカの、エディプリアという国の有名な神話の生き物だ。ブルーはパンフレットを調べた。

「ええとね…あれはレプリカだ」

「なーんだ」

 二人はようやく入場者の列が進んだので、入場料を払って庭園の中に入った。ガラス張りの建物は巨大な庭園の中にあり、外には様々な屋台も見える。さらにパンフレットによると、庭園のすぐ西側には古代の地下遺跡もあるという。

「古代地下遺跡?」

 ジリアンが反応する。なんだかそっちも面白そうだ、と二人は思った。ふだん魔法を研究している身なので、古代と名のつくものには基本的に関心があるのだ。

「ここ見たらそっちにも行ってみようよ」

「いいね」

 ブルーがだんだん楽しそうになっているのを、ジリアンは目を細めて見ていた。


 水晶庭園の内部はやはり、外に比べて熱気があった。天井が高いとはいえ、温室は温室である。南方の変わった草木が植えられた中心には、オアフカ大陸から運んできたという古代の王の巨大な彫像が鎮座していた。

「暑いね」

 ブルーはジリアンを見たが、ジリアンはそうでもなさそうだった。

「あたし暑さには比較的強いんだ」

「僕はダメだ。反則だけど」

 ブルーはこっそり魔法の杖を握って、自分の周囲の気温を下げる魔法を唱えた。

「ふう」

 ブルーはようやく一息ついて、呼吸を整えた。

「さすがだなあ。息するみたいに魔法を使えるもんね」

 ジリアンは、ブルーへの感嘆を隠さない。これは会った時から変わってないな、とブルーは思った。押しも我も強いのだが、素直なところは素直なのである。


『お前は魔法が使えるのか』


「え?」

 突然聞こえた声に、ブルーとジリアン顔を見合わせた。男性の声だった。

「?」

 周囲を見回してみる。が、それらしい男性は見当たらない。


『まだ魔術師がいたのか。これは驚いた』


 はっきりした男性の声だ。しかし、声はすれども姿は見えない。ジリアンとブルーは、暑さで互いに頭がやられたのかと思い始めた。


『どこを見ている。上を見よ』


「え?」

 二人は、その声に従って恐る恐る顔を上げた。そこにあったのは、オアフカ大陸の古代の彫像であった。

「こいつか!?」

 ブルーはその彫像の威厳ある顔を見て、思わずのけぞった。


『こいつ、とは何事だ。無礼であるな』


「さっきから喋ってたの、あなた?」

 今度はジリアンが問い掛けた。

「これ、魔法の思念通話だね」

『いかにも。お前たちは聞く事しかできぬようだな』

「あなたは誰?古代の王様の霊?」

『そうだとも言える。そうでないとも言える』

 彫像の回答は要領を得ないものだった。

『私は200年と少し前、お前たちの祖先の船によってこの地に連れてこられた。30年ばかり前までは外にいたが、今はこの建物に閉じ込められている』

「軍隊が戦争の勝利の記念に持ってきたってことか」

 ようやく状況を理解したらしいブルーが言った。

『さようだ。私の時代より4000年近くが経過しているが、まだ戦争は無くなっておらんようだな。いや、この先100年経っても戦乱はこの星から無くならないだろう』

 古代の王は、嘆きとも呆れともとれる声色でジリアンとブルーの精神に訴えてきた。

「ねえ、いま『この星』って言ったよね」

 ブルーは、古代の王に向かって取り調べのように問い掛けた。

「僕らの文明が、この大地が丸い『星』だと知ったのはほんの300年少し前の話だ。あなたがいたらしい4000年前の文明は、僕らの記録ではそんな知識は持ち合わせていなかった事になっている」


『それはお前たちが知らないだけだ。あるいは、間違っているだけだ。我々の文明はお前たちが思っているより、高度な知識を保有していた。自分達より古い時代の人間が、ものを知らないと思うのは計り知れない傲慢だ』


 まさか温室の中で、古代の王の霊から講義を受けるとは夢にも思わなかったジリアンとブルーだったが、これは魔法使いとしては非常に興味深い出来事である。帰ってカミーユに報せなくては、とジリアンが思った時だった。

『今お前が思い浮かべた女に私が会う必要はない。その女は、お前たちよりはるかに正確に、私がいた時代を理解している』

「やばいわ。この人あたしの心の中読んでる」

『なるほど。我がこの地に連れて来られたのは、お前たちに出会うためだったらしいな』

 古代の王は、ようやく納得した、というふうな口調で言った。

『少年。お前は己の血の意味をまだ知らぬようだ』

 突然そう言われて、ブルーは何のことかと首をひねった。

『いずれわかる時が来る。今は知らなくていい。いや、今知らない事に意味がある』

「どういう意味?」

『知るという事は、鉢植えの異国の草木を運び入れる事ではない。その草木を見るために、遥かな土地へ赴く旅路を体験するという事だ。お前自身でその過程を追及せよ』

「僕の先生みたいな事言うなあ」

 ブルーは、皮肉抜きでそう思っていた。ブルーの師が本当に言いそうな事だったからだ。

「その命令を言うために話しかけてきたの?」

『私は命令はしない。だが、頼みはある』

「頼み?」

 ジリアンとブルーは、目線を合わせて首を傾げた。

「何かして欲しいの?」


『この小屋はあと40年、50年の間に燃えてなくなる。私を運び出してほしい』


「はい!?」

 ブルーは呆れたように言った。

「無理だって。おじさん、けっこう重いよね」


『無礼者め。そのような意味ではない。お前たちの手で、私の魂を運び出して欲しいのだ』

「どうやって!?」

『わかっている。今のお前たちには無理だろう。魂の本質、お前たちが魔法と呼ぶ摂理とのつながりについて、まだまだお前たちは知らない』

 知らない、知らないと続けざまに言われて、さすがにブルーは多少の不満の色を見せ始めた。

「あのさ。これでも魔法の腕前はなかなかのもんだって自負はあるんだけど」

『もちろんだ。お前は優れた魔術師だ。そして、これからさらに成長するだろう。だが、優れていようとも、まだ知らないものは知らないのだ。だから、今すぐにどうこうして欲しい、などと言うつもりはない』

 その語り方はまるで生きている人間のようだ、とジリアンは思った。すると、またしてもそれを読み取ったかのように古代の王は語った。

『お前たちは死と生が断絶だと思っている。まずその誤りを正す事から始めよ。お前たち二人、それぞれの師に問うがよい。魂とは何か、と。そして、十分に学んだと思える時が来たら、またここを訪れるがよい』

「それは、お願いなのね?命令ではなく」

『そうだ。だから、断る事もできる。無視する事もできる。他の人間に任せる事もできる。お前たちの自由だ。だが、希望はある。私はお前たちに頼みたい』

 なぜだろう、と二人は思ったが、これについては古代の王は答えなかった。ジリアンとブルーは、目線で会話して小さく頷き合った。ブルーが答える。

「わかった。どこまで学べるかわからないけど、やるだけやってみるよ。そしたら、またここに来る」

『ありがとう。感謝する』

「王様、名前を教えてよ。名前を知らないと不便だからさ。僕はアドニス・ブルーウィンド。こっちはジリアン・アームストロングだ」

 少しの間を置いて、古代の王の霊は答えた。


『我が名はジェヌセレト。お前たちの記録ではジェヌセレトⅠ世として伝えられているようだ』

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