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(14)エピローグ

 その後魔法捜査課の面々に、デイモン警部経由でマシュー・アボットが再びヘヴィーゲート監獄に収監された事が伝えられた。

「まあ、おそらく死刑だろうという話だ」

 警部は魔法捜査課の共用テーブルに座ってぽつりと言った。最近、だいぶこのオフィスに馴染んできた感もある。

「やむを得ないでしょうね」

 アーネットがため息混じりに言った。脱獄に加え怨恨で二名を殺害、もう一名を重症に追い込み、犯行のために警官4名を死傷させ、さらに銀行からの窃盗まで加わるのだ。

「こんな話を長々としても詮無いな。それでは、面倒な査問が始まるのでわしは行くよ。今回の件では、世話になったな」

「待ってください、その査問って」

 ナタリーが立ち上がって、部屋を出ようとする警部に訊ねる。

「ああ、君は気にせんでいい。許可したのはわしだ。それに、上の連中もわしが言えば引っ込むしかなかろう。心配いらんよ」

 そう言って、警部はパタンとドアを閉め、地下の廊下を戻って行った。

「あー」

 デスクに突っ伏してナタリーが呻いた。

「脱獄の情報を君が掴んだ件か」

 アーネットが、頭の後ろで手を組んで椅子にもたれながら言った。

 マシュー・アボットとエルマー・フラトンが脱獄した件は監獄側が隠蔽しており、おそらくは警視庁の上層部もそれを黙認していた筈である。それを勝手に暴いて、犯人確保のためよその市警にまで通達した事が、やはり問題になっていたのだ。

 デイモン警部はもともと魔法捜査課を捜査に引き入れたのは自分であり、ナタリーにも、情報を実際に掴んだ部局にも責任はない、と言っているが、それでもデイモン警部に何かあれば、とナタリーは考えてしまうのだった。

「気にするな、と言っても無理だろうが、俺も君に責任はないと思う。君が動いていなければ、奴を殺人の前に追い詰める事はできなかったかも知れないんだ」

 アーネットは立ち上がり、ナタリーの肩をポンと叩いて励ました。ナタリーは突っ伏したまま、

「ありがと」

 とだけ答えた。


「後味のいい事件なんてものはないが、今回もモヤモヤするな」

 アーネットは眉間にシワを寄せて目を閉じる。

「そうだね。元を辿れば、昔の人身売買とか、児童労働の話に行き着くわけだし」

 今13歳のブルーにとっては、そこそこリアルに聞こえる話である。少し生まれが違えば、自分の身に起きた話だったかも知れないのだ。

「そういえば、デイモン警部からチラリと聞いた話だがな。あの一命を取り留めた爺さん、下手すると逮捕されるかも知れんそうだ」

 アーネットがボソリと言って、他の二人が話に食い付いた。

「なんで?」

「看病してる医師たちに何気なく話した昔話が、どうも過去に児童が何人も行方不明になった未解決の事件と、時期や場所、状況が異様に符合しているらしくてな。人さらいに関わってた可能性があるみたいで、こっそり捜査が進められているって話だ」

「マジかよ」

 ブルーは呆れ顔で頬杖をつく。

「悪い事はするもんじゃないわね。年取ってから塀の中とか、ゾッとするわ」

「まあ、仮にあの爺さんが逮捕されたからって、今回の犯人の正当性が認められるわけじゃないがな」

 アーネットはそう言うと、胸糞悪い話はウンザリだと言わんばかりに頭を横に振った。

「結局今回も、背後には例の魔法のペンがあったわけだよね」

 ブルーは両手を組んで、二人の顔を見渡しながら言った。やはり、魔法犯罪の専門捜査課としては、最も気になる点だ。

「ああ。またしても、例のバイヤーがお出ましだ。商売熱心なことで」

 アーネットは冗談めかして言うが、顔は笑ってはいなかった。

「ひとつだけわかったのは、その、おそらくは『組織』の行動規範に、『正義』は存在しないという事だ。ブルーの推測が正しければ、奴らは犯罪を教唆して、それを自分たちの作った魔法の道具の実験台にしているんだからな」

 それはつまり、実験の過程で社会に混乱がもたらされても、全く意に介していないという事でもある。

「何か"名称"が必要だな。犯罪組織として、認識しやすい」

 アーネットはブルーを見る。

「そういうの、お前得意そうじゃないか」

「何でさ」

「子供の方がストレートで容赦のないネーミングができそうな気がする」

 そう言われると、がぜん頭をひねり始めるのがやはり13歳であった。

「真っ黒軍団」

「却下。次」

「万年筆研究会」

「いいぞ、その線だ」

 どの線よ、とナタリーは呆れて紅茶を淹れるために立ち上がった。


 すると、またしても廊下からドタバタと、つい昨日聴いたばかりの足音が聴こえてきた。

「げっ!」

 ブルーが隠れる暇もなく、ドアがバンと開けられる。

「ごきげんよう!」

 警視庁の部署に我が物顔で入ってくるその人物は他に誰あろう、ここ最近ほぼ魔法捜査課の常連と化している、魔女探偵ジリアン・アームストロング15歳であった。同じパターンで来るなよ、と心でぼやく。

「よう」

「元気?」

 アーネットとナタリーは朗らかに挨拶を交わしたが、つい昨日会ったばかりだろ、とブルーは心の中でツッコミを入れる。

「元気だよ!今日はちょっとばかり入り用で来たんだ」

 ブルーには嫌な予感しかしない。ジリアンは、サッと魔法の杖を取り出した。


「これはこの間、追跡調査中に魔法で記録した音声です」

 そう言ってジリアンは、短い呪文を唱えて壁を杖でコンと叩いた。壁には円形の紋様が広がり、話し声が聞こえてきた。


『なるほどね、って思ったよ。そんなものが存在してるとはね』

 壁から聴こえてきたのは、ジリアンの声だった。

『こ、こ、これ黙っててくれる?』

 続いて聴こえたのはブルーの声である。それを聴いたブルーはビクリと背筋を伸ばした。

 引き続き、魔法で記録された会話が聴こえてくる。

『どうしようかなー。じゃあ、あたしと今度デートしてくれる?』

 と、ジリアンの声。続いて、それに対するブルーの返答が聴こえた。


『何でもします!』


 ここでジリアンは再生を止め、ニンマリとブルーを見る。

「何録音してんだー!!」ブルーは叫ぶ。

「脅迫に使えるかなと思って」

 警察署に来て堂々と脅迫行為を宣言するのもどうかと思ったアーネットだが、無言でナタリーと紅茶を飲みながら、十代の少年少女の喜劇を眺めていた。

「そういうわけで、明日休みだよね?お姉さんとデートしよう」

「ちょっと何言ってるかわからない」


『どうしようかなー。じゃあ、あたしと今度デートしてくれる?』

『何でもします!』


 ジリアンは再び同じ箇所を再生する。

「あー、これはダメだな」

「口頭での契約が成立してるわね」

 大人組は契約の正当性を擁護するが、ブルー被告は反論した。

「魔法による音声の捏造の疑いがある!こんなもの証拠として認められない!」

「意外に見苦しいわね。おとなしく刑に服したら?」

 ジリアンはブルーに詰め寄る。

「ブルー、獄中の差し入れだ。楽しんでこい」

 アーネットは財布から紙幣を取り出し、ブルーに手渡す。こういう所は太っ腹である。

「いらないよ!それより断り方を教えて!」

「バカね。女の子の誘いの断り方なんて、アーネットが知ってるわけないじゃない」

 ナタリーはアーネットを細い目で睨みながら言う。ブルーの必死の抗議も、裁判官は聞き入れる様子がないらしい。ジリアンは勝ち誇ったようにブルーの目を見る。

「以上、確かに申し渡した。追って連絡する」

 何の果たし状だよ、とブルーがツッコミを入れる間もなく、ジリアンはドタバタと再び地下の廊下を戻って行った。

「大変なヤツに目をつけられた」

 額に汗を浮かべてデスクに手をつくブルーに、ナタリーが小さく咳払いをした。

「ねえ、ブルー。正直におっしゃい。あなた、あの子の事嫌いじゃないでしょ」

 わずかな沈黙ののち、ブルーの顔が紅潮するのを大人組は確認した。

「ももも黙秘権を行使します」

「ブー。認められません」

 答えなさい、と20代女性に迫られ、人権を一方的に剥奪された少年は後ずさる。30代男性は

「報告書はきちんと提出しろよ」

 と言い残して、何の用があるのかドアを出て行ってしまった。何を書けというのか。

「どうなの?ほら答えなさい」

「厄日だ!」

「こらっ、待て!」

 ブルーはドアを出て脱走し、ナタリーが後を追う。結局アーネットに追い付くと、三人はそのまま外に出てしまった。



 空気はすでに、初夏の香りが漂っている。事件のあとの陰鬱な気分を晴らしてくれるような、青い空だった。


 今度はどんな出来事が待っているだろう。奇怪な事件はメイズラント警視庁、魔法犯罪特別捜査課まで。



(煙突掃除夫殺人事件/完)

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