【三日目】
その日の朝は前日より涼しく、開けた窓から入り込む風が肌寒く感じられるほどだった。ジリアンが目覚めた時には、カミーユはすでに起きており、キッチンに降りるとカフェオレの香りが漂ってきた。
「おはようございます」
カミーユの調子は休暇中も、あまり変わらない。普段から、規律正しいのか緩いのか掴みどころがない人物だ。ジリアンの足音で目が覚めたのか、眠い目をしながらミランダも降りてきた。
食の国プロンスも、朝食は簡素なものだとジリアンもミランダもようやく理解してきた。クロワッサンというパイ生地をひねったようなパンかトーストに卵、あればフルーツに、たっぷりのカフェオレ。リンドンではもっぱら紅茶のところ、こっちに来るとコーヒーが多い。
「カミーユもリンドンにいる時は紅茶だよね。郷に入っては郷に従え、ってやつ?」
「そんなところです。その土地の気に、身体を合わせる必要もありますから」
「土地の気?」
また妙なワードが飛び出した。ミランダは気にも留めず黙々とトーストをかじっている。
カミーユによると、魔女が用いる魔法の源泉であるレイライン、大地のエネルギー流は、その土地によって『波動パターン』が違うのだという。その土地ごとの波動に合わせて、魔女自身の波動を合わせないと、魔力は正しく引き出せないのだそうだ。
「じゃあ、この土地の波動はリンドンと違うの?」
「リンドンは人も建物も交通も入り乱れていて、すでに自然なレイラインはありません。あの都市で魔法を使うには、文明の活動で変質した波長に合わせる必要があるのです」
「そこまで考えたことなかったな」
「そろそろ、あなたも学んで良い頃ですね。自然と魔女の関わりとか、魔女の歴史だとかについて」
そう言われて、ジリアンは思い出したように訊ねた。
「ねえ、教会とかで神父さまが子供に読み聞かせる、洪水の伝説あるじゃない。あれって、魔女的にはどう伝わってるの?」
その問いに、カミーユの眉がわずかに動いた。ミランダが、たしなめるようにジリアンを見るが、ジリアンは構わず続ける。
「大昔に大洪水があったけど、ひとりの賢人に神様がそれを前もって伝えて、巨大な方舟を造って難を逃れた、っていう。魔女も人間である以上、歴史と無関係なはずないよね。私達と違う伝承が伝わってたりする?」
それは、森で出会ったマチュー老人が、天使から伝えられた古代の出来事についての問いだった。マチューのことはもちろん、その話の内容も伏せているが、誰でも聞いた事がある伝承という切り口でなら、何か情報が引き出せないかと思ったのだ。
「あの洪水伝承は世界各地、土地によって様々な形で伝わっています」
「たとえば?」
「メイズラントの西の大陸の古い部族の伝承では、やはり洪水の到来を神が伝えるのですが、それは賢人ではなく、兄妹なのです。兄と妹が葦の舟で難をのがれ、その後夫婦となって、のちの人類の祖となる、という内容です」
「もろに近親婚じゃん。賢人も、方舟も無しか」
「ですが、神から前もって警告される点は共通しています。魔女に伝わる伝承も、土地やコミュニティごとに異なりますが」
「その点は共通してる?」
ジリアンの問いに答えたのは、トーストを片付けたミランダだった。ナプキンで口もとを拭うと、ボウル状のカップに指をかけて語り始めた。
「私が学んでいるのは初歩的なものですが、メイズラントがある島の中でさえ、コミュニティによって細部は異なります。神が遣わした巨大な魚に導かれて一組の夫婦が助かった、とか。警告したのがその魚自身だとか」
「そっか、ミランダは正規の魔女だものね。それなりには知ってるんだ」
「正規の魔女にも階級があります。大まかには魔女のコミュニティに属し、サポートを受けると同時に戒律に従う義務を負う、という事ですが。実質的には最下級の私と、カミーユ級の魔女とでは、知識量も雲泥の差でしょう」
それは、ミランダなりにかまをかけた言動だったかも知れない。マチュー老人から教わった情報に繋がる何かを、カミーユから引き出せないかと考えたのだ。だが、カミーユの反応はいつも通り、嘘は言わないが煙にまくようなものだった。
「残念ながら、いまあなた方に教えてあげられるような情報はありません」
その言葉の選び方に何かある、とジリアンもミランダも同時に思った。知らない、とは一言も言っていないのだ。だが、とカミーユは言った。
「誰であろうと、自ら探求し、知識を獲得することは自由です。ミランダ、魔女の契約を交わした時に言われましたね。人の自由を阻むことなかれ。魔女が阻むものは唯一、自由を阻もうとする者の自由である、その神聖なる矛盾のあいだに真実を追求せよ、と」
なるほど、と聞いていたジリアンは思った。神聖なる矛盾。
「もしこの土地で何かを得られるのなら、あなた達はこの休暇のなかで、ひとつ成長できることでしょう。自然が織り成す美の中に、偉大なる真実があります。魔法とは、自然と知恵の交わるところに生まれる秘儀です」
カミーユの眼はいつになく真剣だった。まるでジリアン達が今、この土地で何に出会ったのか、全て知っているかのようにジリアンには思えた。
◇
その日はカミーユが言ったとおり涼しく、暑さのピークはこの1週間くらいを境に過ぎるだろう、という話だった。前日よりは軽い足取りで、ジリアンとミランダはマチュー老人と出会った森の入り口に向かう。マチューに言われたとおり、ヘビ対策で足もとは頑丈な登山用ブーツを履いてきた。先に到着していたジネット、フェリシテ、メラニーからは、例によって遅い、と言われた。
「よし、あとは熊が出ないことを祈るんだな」
完全武装のマチュー老人がニヤリと笑うと、5人の少女は震え上がった。ただし、ジリアンとミランダのそれはパフォーマンスである。この土地のレイラインは強烈で、気力が続く限りはいくらでも魔法を放てる。熊の10頭くらい、魔女ふたりにかかれば雑作もない。
マチュー老人は歩きながらも、キノコや山菜を採集するのに余念がない。やはり半分くらいは食べられるのかどうか疑わしい見た目である。
「動物は狩ったりしないの?」
ジリアンが訊ねると、マチューは小さく頷いた。
「体力はまだあるつもりだが、狩猟は機敏さが肝心だ。もう引退だよ」
それに、とマチューは寂しげな顔をした。
「まあ今までさんざん山羊や鹿を撃っておいて、偽善かもしれんが。動物を撃つのが可哀想になってきてな。鹿の、無垢な瞳を間近で見たことがあるか。情が湧いたら、狩猟は引退だよ。情を捨てなきゃ、やっていけん仕事だ」
テーブルに出てきた肉を食べるだけの少女たちには、何とも重い話だ。マチューが何歳なのかは知らないが、60代半ばは過ぎているだろう。若い頃戦争に行って、退役ののちどんな人生を歩んできたのか、まだ10代そこらの少女にはわからない。
マチューの話を聞きながら、一行はかすかに水の音がする、わずかに開けた一帯に出た。岩場から湧き水が流れ出して、小さな沢になっている。透明な水だ。
「もう少しだ。ここでひと休みしよう」
「ずいぶん奥まった所なのね」
ジリアンが訊ねると、マチューは水筒に水を汲みながら、木漏れ日が差し込む森を見上げた。
「ここいらは、ガキの頃からの俺たちの縄張りだ。もう、俺以外はみんな戦争で、あの世に行っちまったがな」
内容に反して晴れ渡ったような笑顔で語るのを、少女たちは不思議に思った。友達がいなくなったのは、淋しい事ではないのか。あるいは、淋しさを笑顔で隠しているのかも知れない、とジリアンは思い、何も言う事はできなかった。
「ここの水は軟水だ。そのまま飲んでも何ともない」
そう言ってマチューは、全員の水筒に水を汲んでくれた。岩から湧き出す清水は冷たく、身体に染み渡るようだった。
沢から150メートルも歩いただろうか。マチューは、山の斜面を背に立つ巨大な太い木の幹を、それにも負けない太い手でバンと叩いた。
「この木の下に、天使が現れたんだ!」
まるで、さあ出てこい、とでも呼びかけるようにマチューは、森全体に野太い声を響かせた。驚いた小鳥たちが飛び立つ。しかし、あいにく天使は影も形も現れなかった。
「やれやれ。引っ越したかな」
「どの位置に立っていたの?」
ジネットが訊ねると、マチューは幹の正面に、わざとらしく両腕を羽根のように広げて立ってみせた。
「フェリシテだったか。お前さんが立ってるあたりに、俺はいたんだ」
「メラニーだよ!」
名前を間違えられたメラニーは、ポニーテールを揺らして訂正を求めた。マチューは構わず話を続ける。
「今来た道を辿って、俺はひとりでやって来た。感傷的だとからかわれるのが嫌でな」
何日か後には生死をかけた戦地に赴くっていうのに、人間の感情ってのは不思議なもんだ、とマチュー老人は言った。
「始めは、単に木漏れ日が幹に反射してるんだと思ったよ。ところがよく見ると、そこに黄水晶をとかしたような金髪の、女の人が立っていた。北方の巨人などと渾名されていた、当時の俺よりも背が高くてな。そしてよく見ると真っ白な、巨大な羽根がついている。そりゃあ美しい光景だった。息をのむとは、あの事だ」
マチューの眼が、遠い過去を見ているのが5人の少女にもわかった。
「まあわかると思うが、驚きと、その美しさに、声も出せなくてな。呆然と、天使の青い目を見つめていたよ。そしたら、天使は語り始めたんだ。口も動いていないのに、聴こえてくるんだよ、天使の声は」
「口が?」
ジリアンは、となりのミランダと目を合わせた。ミランダも、理解できない様子だった。
「ああ。あれはどういう体験なんだろうな
。頭の中というか、何というか…おれ自身に直接、意思が伝わってくるような感覚だ」
マチューが語った内容は、前日語ったものの繰り返しではあったが、やはり驚くべき内容だった。マチューが戦地に赴いて、やがて帰ってくる事を、その年齢まで予言したというのだから。
そして、やはり天使から告げられた『最後の預言』だけは、教える事はできないのだ、という。
「けち!」
フェリシテとメラニーは口を揃えたが、マチューは頑なに口を閉ざした。ミランダは、3人の少女に諭すように言った。
「マチューは、教えられる限りのことを教えてくれたんです。それに、もしあなた達の前に天使が現れて、同じように大切な何かを伝えられたら、どうしますか?」
ミランダの問いに、ジネット達は答える事ができなかった。マチューは笑う。
「きっとまた、天使はお前さんたちの前に現れる。そうでなきゃ、俺と偶然この森で会ったりはしなかっただろう。あるいは、たぶん今こうして歩き回っている事に、何か意味があるのかも知れん」
何なんだそれは、と少女達は一様に抗議したが、やがてミランダとジリアンが落ち着き払っている様子を、見習う事にしてくれたようだった。
「そもそも、天使を見たっていうのはマチューさんだけなの?」
ジリアンが訊ねると、マチューは腕を組んで首をひねった。
「幽霊を見たなんて民話じみた話は、若い頃に村の婆さまだとかから聞いているがな。天使に会ったなんて話は、聞いたことがない」
「でも、あなたみたいに天使に出会って、同じように誰にも話すな、と言われている人がいたら?」
「なるほど」
マチューは頷いた。少なくともここに、人数でいえば4人の、天使を見た人間がいる。しかも、同じ森で。この森に出入りしているのが、マチューひとりだけという事もあり得ない。
「村で聞き込みすれば、面白い情報が得られるかもよ」
「まるで探偵だな」
マチューは笑うが、ジリアンとミランダはギクリとした。何せふたりは正真正銘、メイズラント共和国の正式な資格を保有する探偵だからである。それを知っているジネット達は、黙ってくれているようだった。みんな何かしら隠し事がある。隠していたからどうだ、という話だが。マチューは大きく頷くと、ジネット達を見た。
「よしわかった。村の年寄り連中に、話を聞いてみるといい」
◇
マチューが「物知りだが偏屈で、俺はちょいと苦手な婆さんでな」と紹介してくれたのは、シルド村の北の外れに小さな店をかまえる、アギャットという薬屋の老婆だった。
「もう何年も会ってない、と言ってましたが、案内もしてくれないあたり、本当に苦手な人物のようですね」
土地勘もないのでジネット達の後ろを歩きながら、ミランダは何度見ても美しい、斜面に連なるようにできた石造りの村を眺めた。
「あそこだよ!アギャット婆さんの薬屋!」
フェリシテが指差す先には、村と微妙に距離を隔てるような位置にひっそりと建つ、緑色の屋根の家があった。ほとんど気付かないような小さな看板がドアにかけられており、プロンス語で素っ気なく『薬』とだけ、神経質そうな筆跡で書かれている。
年季の入ったドアを開けると、乾いた植物の匂いと、乾燥した空気が鼻をついた。どういう換気になっているのか、ともすれば肌寒いくらいだ。中は薄暗く、紫の壁紙と、東洋ふうの調度品が見える。乾いた何だかわからない葉や茎、枝が紐で縛って下げられ、瓶詰めにされた何かの種や実、液体などがひしめいていた。
「ごめんくださーい」
勝手知ったる様子で、ジネットが声をかけた。だが、返ってきたのは予想外の、老婆というにはまだ若い女性の声だった。
「何かお探し…?」
その、半分寝ているような声の主は、カウンターの奥から這い出るように現れた。本当に寝ていたのではないかと思えるその40代くらいに見える女性は、やや草臥れた長い金髪の下にのぞく、痩せた顔と目尻の垂れた目で、5人の少女達を見た。
「…ずいぶん若いお客さんね」
「アギャットお婆さんは?」
ジネットが訊ねる。すると、女性は少し考える様子を見せて、顎で見せの奥を示した。
「婆さまなら、もう奧に引っ込んでるわよ。薬が欲しいなら、どうぞ」
どうやら、アギャットという老婆はすでに薬屋を引退したらしかった。この女性はミラベルといい、アギャットの孫娘だという。そのアギャットの話を聞きたいのだと説明すると、低血圧そうな仕草で奥にいったん引っ込んで、また戻ってきた。
「いいわよ。けど、耳が少し遠いからね。ボケてはいないけど」
「ありがとうございます」
礼を言って奥に行こうとするジリアンを、ミラベルはふいに引き留めて質問した。
「ねえ、あなた。名前は?」
「…はい?」
ジリアンです、と答えると、ミラベルは手もとの机の抽斗に指をかけ、わかったわ、とだけ言った。
店と同じく薄暗い家に入ると、家の壁と同じような暗い色合いの上着を羽織った、灰色の髪の老婆がテーブルで、緑色のお茶を飲んでいた。御年93歳だという、アギャット婆だ。ジネットは面識があるらしく、近寄って声をかけた。
「お婆ちゃん、元気?」
「誰だったかね。ああ、アンドレのとこの孫か」
どうやら、アギャット婆はジネットの祖父の名前で彼女を認識しているらしい。狭いとも言えない村だが、家単位で個人を識別するのは、大きな都会とは違うなとジリアンは思った。
「何の用だい」
その神経質そうな声色だけで、マチューが来るのを拒んだ理由がわかった。だが
恐れも何もない少女は、一切怯むことなく、単刀直入に質問を投げかけた。
「ねえ、お婆ちゃんは天使に会ったこと、ある!?」
その問いに、アギャットはしばし黙り込んだ。耳が遠くて聞き取れなかったのかと思ったが、そうではなかった。眉間にしわを寄せ、目をむいて、「頭は大丈夫か」とでも言いたげに5人の少女を一瞥すると、今度は気の毒そうな視線を投げかけて、首を振りながら老婆は奥に引っ込んでしまった。
「完璧に変人だと思われてる」
店に戻りながらジリアンがつぶやいた。ジネット以下三名は、何の情報もなかった事に不服そうだ。
「これを何度も繰り返してたら、頭のおかしい外国の少女二人組、って噂になりそう」
「私、家にいますのでジリアンだけ動いていただけますか」
「あんたと私は一心同体の探偵でしょ」
「初めて聞きました」
不毛なやり取りをしつつ、カウンターに声をかけて通り過ぎようとすると、また眠そうな声でミラベルが声をかけてきた。
「ああ、ちょっと、待って待って」
カミーユのおっとり声とはベクトルが違う、文字通り気の抜けるような調子で、カウンターから動く様子は絶対に見せずにミラベルは言った。
「あなた。ジリアン、っていう子。ちょっと」
「…なんですか」
さっき、唐突に名前を尋ねられたことをジリアンは思い出した。ミラベルは、何やらカウンターの上に複雑な形で並べた、十数枚のカードに視線を向けながら、ジリアンに向かって言った。
「いえね。私、薬屋の手伝いのかたわら、占いもやってるの。東洋式と、西洋式のを混ぜて」
「占い?」
それは、ジリアンとミランダには興味深い話だった。なぜなら、彼女達の探偵社の上司であるカミーユ・モリゾもまた、超一級の占い師だからだ。
「ええ。ジリアン、あなたの顔の相がすごく興味深くてね。ちょっと占ってみたの。お代はいらないから、暇つぶしに付き合ってちょうだい」
少しばかり、声の調子がいい。どうやら、趣味には身が入るタイプのようだ。すると、少女三人組が話に乗ってきた。
「占い!?」
「ジリアンの?」
「いつ結婚するとか、そういうやつ!?」
もう、女の子にとって占いといえばそれである。ミラベルは、少しだけ笑みを浮かべてジリアンを見た。
わりかし歩きどおしで脚も疲れていたジリアン達は、休憩がてら椅子に座って、ミラベルの『趣味』に付き合うことにした。ミラベルは複雑に並べられたカードを見ながら、いきなり断定口調で言った。
「あなた、まだ付き合ってるとまでは行かないけど、年下の男の子がいるでしょ?」
その一言に、ジリアンは飛び上がりかけ、ミランダは少しばかり感心したように腕組みした。
「本当に!?」
「彼氏!?」
「名前は!?」
少女三人組は容赦無い。ジリアンはどちらかと言うと、冷や汗が流れるのを感じつつ、やや栗毛ぎみの金髪の、まだジリアンより少しだけ背が低い少年を思い出していた。
「ねえねえ、名前は!?」
フェリシテの追求に、ジリアンはたじろいだ。すると、ミランダがボソリと呟く。
「アドニス君の事でしょうか」
ふだんブルーと呼んでいる、アドニス・ブルーウィンド刑事の名に、ジリアンはいよいよ顔を赤くした。
「まっ、まだわかんないでしょ!適当言ってるだけかも知れないし」
「あのねえ、たぶんその子と、まあそうねえ、付き合う事にはなるんだろうけど」
そう言われて、ジリアンは赤い顔を引っ込めて、少しばかり憮然とした。まだ付き合っていない、と言われたのが癪にさわったのだ。ミラベルは遠慮なく続けた。
「その子、けっこう無自覚に女性を引き付ける所があるでしょ?あなたの他に、もう二人ばかり年上の女性の影と、年下の女性の影が見える」
「…なんですって」
ジリアンの目にわずかに怒気が宿るのを、ミラベルは見逃さない。
「そうねえ。けっこう色んな女性と、同時に関係を持つ事になるかも知れないわね、その子」
「具体的にはどういう人達と!?私の知ってる人!?」
カウンターに身を乗り出して迫ると、ミラベルは一瞬だけ、ミランダの方を見てすぐに目をそらした。だが、現役の探偵ジリアンはそれを見逃さない。
「いまミランダの顔を見たわね!」
今度はミランダに詰め寄ると、完全に尋問モードで声を荒げる。
「白状なさい!あなたアドニス君とどこまで行ってるの!」
「落ち着いてください。こんな胡散臭いおばさんの言う事、真に受けるんですか」
白い目を向けつつ、ミランダは言った。
「かまをかければ、誰でも出来る事です。身近に年下の男性がいるなんて、たいがいの人にあてはまる事でしょう。適当言ってるだけ、って言ったのはあなたですよ」
「もし当たってたら!?」
「さあ。知りません」
しれっと言ってのけたミランダと、詰め寄るジリアンにミラベルは言った。
「安心して、あなた達の仲が悪くなる事は、まずないわ。いいコンビ、友達だって、互いに思ってるでしょ?絆とか、信頼を暗示するカードが出てる」
「ほら」
たった今、胡散臭いと言ってのけた相手の占いに掌を返すミランダを、ジリアンは口をへの字に曲げて睨む。ジリアンの剣幕に気圧されて、三人の少女は黙っていた。
「うん。ただ、私が言いたいのは恋愛がらみの話じゃないの」
ミラベルは、一枚のカードに指を立てて言った。
「ジリアン、あなたを取り巻く人間関係…色んな人達がいると思うけど、近いうち、その関係性が、あなたを軸として大きく動く事になるかも知れない」
「…どういうこと?」
仁王立ちするように、ジリアンはミラベルに迫る。ミラベルは口調こそいくらかハッキリしてきたが、動作はやはり緩慢だった。
「悪い意味ではないわ。というより、もう一段次のレベルに進む、という事なのかしら、これは」
並べられたカードを見ながらミラベルは解説してくれるものの、占いの事は素人な少女たちには、何の事かさっぱりである。すると、ミラベルはジリアンとミランダが、硬直するような事を言った。
「ジリアンと、それからミランダと言ったかしら。あなた達二人、何か特別な事を、隠しているでしょう?」
「えっ!?」
今度はミランダも、顔には出さないが少しばかり動揺を見せる。
「あなた達二人に共通する、何か特別な、特技のようなものかしら。それが、先に言った事に繋がってくるように見えるんだけど」
すると、今度は少女達が二人に詰め寄ってきた。メラニーがミランダに顔を突き出す。
「なに!?何か隠してるの?実は魔法使いさんだったとか!」
何かどころではない、そのものズバリである。もちろん当てずっぽうに違いないが、図星は図星だ。ジリアンはミランダに目線を送ったが、ミランダは『任せます』と言外に視線をそっと外した。いいコンビ、友達、という占いはさっそく怪しくなってきた。
「うん、たっ、探偵としてのノウハウよ。そういうの、素人に教えちゃったら私達は商売あがったりでしょ」
まるっきりのウソではない。魔法犯罪の捜査には魔法も使う。その意味では、魔法も探偵のノウハウである。三人の少女は、なーんだ、つまんないの、と引き下がってくれたが、ミラベルは何となく見透かしたような視線を向けてくる。ほとんどカミーユだ。カミーユが化けているのではないか。
そのあと色々と村を回り、ジネットの家で昼食を強引に勧められた(やっぱり量が凄い)。そのあとはカミーユがいる家に戻ると、何となく昼寝と読書、散策で過ぎて行った。夜、先日より少しだけ過ごしやすい空気のなか眠りにつくと、ジリアンの夢にはリンドン警視庁の旧庁舎地下室オフィスで、カードゲームに興じる暇そうな刑事三人組が登場した。




