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【二日目】

 前日の夕食は、麓の村で例のブドウ畑の耕作を担うという老人や、何人かの職人夫婦の集まりに招かれた。とにかくジリアンとミランダにとっては、これほど食に情熱を燃やす人々がいる、という事実と、供されたメニューの味わいと、その量に驚かされた。

 朝早くにジネット達と会う約束だったが、さんざん食べたあとベッドに入り、海の底ほども深い眠りに落ちていた二人は、カミーユが施してくれた覚醒魔法に頼らなくては、朝の5時に起床している事はなかっただろう。


 

 日中の暑さが嘘に思えるほど清々しく、朝靄がようやく晴れてきた坂道を登ると、元気な少女三人組は、すでに待ち合わせの三叉路のど真ん中で、小石を投げてはジャンプしたり、なんだかよくわからないゲームに興じていた。ジリアン達に気付くと、メラニーとフェリシテは、「遅い」と盛大なジェスチャーを交えてアピールする。

「ずいぶん眠そうね!」

「歳を取るとこうなるのかしら」

 まだ十代で年寄り認定されたジリアンとミランダは、不服そうに互いを見たあと少女三人組に向き直った。ジリアンはひとつ咳払いして、最年長のジネットに訊ねる。

「それで、くだんの天使が現れたという森はどっち?」

「向こうよ。あの、小高い山が見えるでしょ。あそこの麓」

 北西に見える、やや傾いだ台形の山というか丘を、昨日と変わってストレートヘアーにしたジネットは指した。気のせいか、ジリアンのスタイリングに似ている。


 まだ朝早いので空気はいくらか冷たく、道路わきの草花は梅雨に朝日を煌めかせていた。

「わあ、ゼラニウムがこんなに」

 ジリアンは、大きなピンクの花弁が一面に広がる光景に感嘆の声をあげた。そのずっと奥には、ここまで何度も目にしてきた、自生するラベンダーが見える。

「すごいわね。こんな花が当たり前のような風景の中で暮らしてるなんて」

「メイズラントに花はないの?」

 メラニーが、怪訝そうにたずねた。ジリアンはミランダと顔を見合わせて苦笑する。

「私たちが暮らすリンドンは、石畳とスモッグの街だからね。市のずっと外まで出ないと、こんな自然の景色は見られないの」

「それでなくてもメイズラントは曇りや雨の日が多くて、こんなふうに晴れた日は貴重なんです」

 もう、はるか昔の事のようにも思えるリンドン市内での生活を、ふたりは自然の花畑の向こうに思い浮かべた。けたたましい蒸気機関車、行き交う馬車、石畳のわきに落ちている馬糞と、しかめっ面でそれを避ける人々の喧噪。もう、この国に引っ越そうかという話を冗談半分、本気半分で夕べ、ふたりはテーブルをはさんで交わしたのだった。

「ふうん。とても進んだ都会だって聞いているけれど」

 ジネットは、少しばかり憧れを否定されたのが面白くなさそうに言った。そこでジリアンは、ファッションや芸術、娯楽、あるいは本の出版など、都会ならではの発展している様子を、多少誇張しつつ説明してあげた。

「オペラ!わたし、一度オペラというのを観てみたいの!」

 手を組んで目を輝かせるジネットに、ジリアンはどう説明するべきか悩んだ。なぜかと言うと、カミーユに連れて行ってもらったオペラが、たまたまなのかどうか、話の筋から何から何まで俗っぽく、最低だったからである。カミーユのひねくれた性格からして、わざと最低の作品を観せたのではないか、とミランダも訝っていたが、ジネットの手前なので、素敵な公演だった、と述べておいた。


 そんな取り留めのない話をしているうち、一行は山の斜面の手前に辿り着いた。けっこうな角度の斜面に広葉樹が生い茂っている。

「あそこ!」

 フェリシテは、左手の森と正面の斜面がL字になっている、草地の隅を差した。

「あそこに天使が現れたの!」

 うんうん、と他の二人も同調する。ジリアンとミランダは、ともかく近寄ってみる事にした。

 まだ朝露が残る草むらを抜けると、森の木陰からひんやりとした微風が漂ってきた。手付かずの自然の森のようで、鬱蒼とした雰囲気は幽霊が出てきても不思議はない、と思わせる。

「どのへん?」

 ジリアンが訊ねると、ジネット達が一斉に、ひとつの木の手前の茂みを指した。ジリアンとミランダは、慎重にその場所に近付くと、その様子を観察する。

「人が立ち入った形跡はないわね」

「ジリアン、現場検証モードになってます」

 天使も現役の探偵にかかると、すでに容疑者扱いである。ジリアンは続けた。

「どっちを向いて立ってたの?」

「いま私がいる方!」

 ジネットが手を挙げた。ジリアンはさらに訊ねる。

「身長はどれくらい?」

「ジリアンよりちょっと高いかも」

「顔立ちは?」

 もう完全に不審者の目撃情報である。少女3人組からの情報をまとめると、山の麓に現れたという天使の外見的特徴は、次のようなものだった。


・白い肌でほっそりとした顔立ち、青い瞳の女性

・流れるような長く真っ直ぐな金髪

・白鳥のような白い翼が背中にあった

・身長は165から170cm、翼を含めると180cm以上

・年齢は10代後半から20代前半

・白い袖なしのゆったりとしたワンピース


「こんなところかしら」

 手帳にまとめた目撃情報を読み返しつつ、ジリアンは顎に指をあてて考えた。

「その天使は、何か話したりした?」

「いいえ。霧みたいに現れて、どれくらいの時間かしら。せいぜい十数秒だと思うけど、私達に向かって微笑んで、またスーッと消えて行ったの」

 ジネットは茂みの前に立ち、両手を拡げるポーズをしてみせた。たぶん、そんな姿勢で立っていたのだろう。

「何者かしらね」

「まあ、ふつうの人間でないのは間違いないでしょうけど」

 もう完全に探偵モードのジリアンとミランダを、少女3人組は呆気に取られたように見た。ジネットが訊ねる。

「私達がウソ言ってるとは思わないの?」

「うーん。天使かどうかはともかく、あなた達が何者かに遭ったのは間違いなさそう。探偵やってると、そういうのは聞き込みの感触でわかる」

「ホントに探偵さんなの!?」

 まさかここにきて、こっちが疑われていたとは思わなかったジリアンとミランダは苦笑する。

「本当よ。まあ、天使の捜索は初めてだけど」

「幽霊ならありますけどね」

 ミランダの何気ない返しに、3人の少女はとたんに色めき立った。

「幽霊!?」

 メラニーが、ポニーテールを揺らしてミランダに迫る。ミランダは、迂闊だった自分を呪った。ジリアンが目を細める。

「あんたって落ち着いてるわりに、ポロッといらない事言うわよね」

「聞かなかった事にしてください」

 ミランダの嘆願も、好奇心旺盛な少女達には受諾してもらえなかった。

「幽霊を見たの!?」

「わたし本で読んだ!リンドンの古いお城って幽霊が出るんでしょ!?」

「どんなの!?女の人!?」

 今度はこっちが質問される側になってしまう。ある事ない事適当に答えながら、天使の話はどこに行ったんだ、とジリアンは心でぼやいた。

 すると、ジリアンはふと何かに気付いて、周囲の様子をうかがいつつ人差し指を立てた。

「しっ。何かいる」

 突然神妙な顔を見せたので、少女達は黙り込む。ジリアンは、森の奥に耳をすませた。すると、足音がこちらに近付いてくるのに全員が気付いた。

「天使!?」

 フェリシテは目を輝かせたが、ジリアンとミランダは魔法の杖を抜き放ち、少女達を守るように立った。ミランダが左手で、腰を低くするように指示する。

「茂みに隠れてください」

「この足音からして、成人男性ね。年配の」

 なにやらジリアンの警戒する口調から、いっきにものものしい雰囲気になってしまった。少女たちは茂みの陰に隠れて息をひそめ、ジリアン達も身を低くして、近づいてくる足音に神経を研ぎ澄ました。もっとも、魔法の達人であるジリアンとミランダにしてみれば、暴漢が100人束になってこようとも、どちらか一人いれば事足りるのだが。

 足音は明らかに、こちらに向かっていた。5人が会話していたので聞こえたのだろう。そこで、足音と同時に何やら、鈴の音が鳴っているのに気が付いた。ジリアンがもしやと思った時、野太い声が木々の間から聞こえてきた。

「そこに誰かいるのか。このへんは熊が出るから、素人はさっさと帰れ」

 声の主はなんだかぶっきらぼうなトーンで、姿も見えないこちらに向かって注意喚起してきた。

「猟師かな」

「猟師なら鈴はつけないと思います。獲物に気付かれるので」

「じゃあ、なに?」

 ともかく、とくだん不審な人間ではなさそうなので、ジリアンは立ち上がった。すると、木の奥からなんだか大きな籠を提げた、小柄だが浅黒く筋肉質な老人が現れた。

「なんだ、女の子か。さっさと帰れ、熊の餌になるぞ」

 目にするなり帰れ帰れと言われて、ジリアンは軽い憤慨を覚えた。

「お爺さんも同じでしょ、それは」

「ふん。こんな年寄りと、お前さんらのような若い娘、熊だったらどっちを先に食うかはわかりきってるだろうよ」

 鈴を鳴らして現れた老人は、皮の頑丈なブーツに、しっかりした生地のベスト、ハンチング帽という姿だった。髪は真っ白で、60代後半といったところだ。訛りがジネット達と同じなので、地元の人間らしい。銃は提げておらず、腰にナイフや鎌を装備していた。

「なにか採ってたの?」

 いつのまにか茂みから顔を出していた、メラニーが訊ねた。すると、老人は一瞬しぶい表情を見せつつ、仕方ない、と籠の中身を5人の少女に見せてくれた。

「ほれ」

「…何ですか、これは」

 ミランダは、怪訝そうに籠の中に詰まったものを見た。赤や黄色や茶色、灰色と様々な、いちおう植物らしき何かだ。すると、ジリアンが目を輝かせた。

「あっ、これきのう図鑑で見た!キノコでしょ、食用の!」

「食用!?」

 珍しくミランダが、信じられないといった声をあげる。何しろそこにあるのは、なんだか赤いインクで染めた紙をぐしゃぐしゃに丸めたような、あるいは干からびたパウンドケーキのような、または河原の丸石をかち割ったような、およそ食べられるとは思えない代物ばかりだからである。

「よく知ってるな。そうだ、これは全部食える」

「なめた瞬間、毒にやられそうですけど」

「若い世代になると、食えるキノコも知らんのか。嘆かわしい」

 心底あきれた様子で、老人はその場に座り込むと、ひとつひとつ解説を始めた。ガサガサのキノコはアミガサタケというらしい。パウンドケーキが干からびたのは、セップタケ。それぞれ香りが違う。どれもこれも、リンドンでは見たこともない。

「この森でないと採れないの?」

 ジリアンが訊ねると、老人は声をひそめ、周りに誰もいないというのに、全員に近づくように示した。

「この森は穴場だ。この時期のな。俺しか知らん」

「教えちゃってるじゃない」

 ジリアンのツッコミに、老人は皮肉たっぷりに笑った。

「わしも老い先がどれほどあるかわからんし、これも何かの縁か。お前さん達だけに教えてやる。キノコの時期は主に晩秋だが、この森は初夏から夏にかけて、珍しいキノコが採れるんだ。その中でも」

 老人は、それだけ別にガラス容器に詰めてあった、小さな黒いかたまりの群れを見せてくれた。ガラスのふたを開けた瞬間、鮮烈な香気が鼻に突き抜ける。

「すごい」

「ひょっとしてトリュフ?これ」

 ジリアンが訊ねると、老人は人懐っこい笑顔を見せた。

「そうだ。夏トリュフ、これは珍しい、貴重な品だ。こいつをオムレツに入れて食べると、天にも昇るかと思える、至上の味わいになる。この時期しか味わえん」

 その語り口に、ジリアンもミランダも、料理について語りだすと止まらないカミーユを思い出した。どうやらプロンス人の気質らしい。


 そのあと、老人は朝食にジリアン達を同席させてくれた。といっても、採れたキノコはおあずけで、主役はバゲットだった。木や草がないところで火を起こすと、老人はバッグからチーズの塊を取り出し、串を刺してバゲットといっしょに火で炙った。

 分厚く鋭いナイフでチーズの端を切ると、中からどろりと溶けたチーズが流れ出る。老人は切ったバゲットにそれを垂らすと、ジリアン達に振る舞ってくれた。

「おいしい!」

 ジリアンは、そのシンプルな香りと味に感激して、となりのミランダを見た。ミランダも目を瞠っている。単純極まる食べ方なのに、リンドンでは味わった事がない。

「こんな食べ方は、カフェやレストランじゃ味わえないからな。俺たちのように、森や山を歩く人間だけが知っている味さ」

「ふうん。お爺さん、昔からこの森に来てるの?」

「この森は秘密の縄張りだ。というより、お前さんらの方が不思議だよ。こんな、俺のように知っている人間ならともかく、知らん人間にとっては何もない森で、女の子が5人して朝早くから何してるんだ」

 そう訊ねられて、5人はバゲットを喉に詰まらせかけた。どうしたものか。ジリアン達は、ジネット達3人組を見た。すると、ジネットが3人を代表して言った。

「笑わないで聞いてくれる?」

 その真剣な表情に、老人もまた真面目な顔で答えた。

「笑わんとも」

「私たち3人、ここでこの間、天使を見たの」

 その告白に、やっぱり笑われるだろうかと身構えたジネット達だったが、老人は決してそんな事はしなかった。老人は突然目を見開いて、やや興奮して逆に訊ねた。

「そっ、その天使は、白い羽根に長い金髪の天使か?」

 その問いに、5人の少女は仰天して背筋を伸ばした。

「なんで知ってるの!?」

 ジネットが叫ぶと、老人は「しっ」と指を立てて、周りをうかがうように声を潜めた。並びの悪い歯をのぞかせてニヤリと笑うと、老人は静かに言った。

「俺も若い頃、一度だけ会ったからさ」


 老人は、名をマチューと言った。17歳までは近くの村で、農作業の手伝いだのをしていたが、18歳になってすぐ、兵役で土地を離れる事になった。

「辛かったさ。慣れ親しんだ土地を離れて、知りもしない土地で、訓練のあとは人殺しに参加せにゃならんのだからな」

 それは取りも直さず、現にここにいるマチュー老人が、戦火をくぐり抜けて生還した事を意味する。その詳細についてマチューが語る事はなかったが、遠い目がその過去を見ている事がわかった。

「あと3日で出立という時、俺はこの慣れ親しんだ森の木の枝を、お守りに持って行こうと思ってな。ある日の朝、ひとりでやって来た。その時に、そいつは現れたんだ」

 驚いて声も出なかったよ、とマチューは言った。その時現れたのはジネット達とは違う場所で、もっと森の中の、木漏れ日が差し込む場所だったという。現れ方もジネット達が見た時とまったく同じだったらしい。だが、ひとつだけ、決定的かつ驚くべき違いがあった。

「どうしたものかな。うん、そうだな。ここで、お前たちに会ったということは、もう話していい、という事かも知れん」

「なにが?」

 フェリシテが訊ねると、マチュー老人はブーツの厚い底で焚火を入念に消して、また周囲を伺うように息を潜めて言った。

「俺はその天使から、ある話を聞かされたんだ」

「声を聴いたの!?」

 メラニーが大きな声を出すと、全員が指を立てて、メラニーは慌てて口を押さえた。マチューは頷く。

「ああ。天使はまず、こう前置きした。今から話す事は、”その時”が来た、とわかる時まで、絶対に誰にも話すな、と」

 そう言われると、背筋がゾクゾクするのをジリアン達は感じた。いったい何を聞かされたというのか。マチューはひとつ頷くと、意を決したように語り始めた。

「天使が語ったのは、はるか昔、何千年よりもさらに昔の出来事についてだった」


 マチューに天使が語ったところによると、今から12000年以上前、とてつもない大洪水が世界を襲った。天上の神々が、戦いに明け暮れる人間達の愚かさに呆れ果てて、洪水で全てを洗い流そうとしたのだという。

 だが、神々の中から、極秘に人間を救おうと考える7人の神が現れた。その中の一人がこの土地のごく一部の人間に、高い土地の岩盤に住み家を掘って整えよ、そして重要な農作物の種子を運び込み、洪水と、そのあとに訪れる極寒の世界を生き延びるように、と指示したという。

 ここまでは、プロンスやメイズラント、あるいは周辺の国々で子供の頃から教わる、洪水伝説と大して変わらない。神様が7人もいるのと、箱舟が岩山に変わった点を除けば。だが、そのあとに続く話は、ジリアンとミランダにも衝撃をもたらした。

 天使は、マチューが戦争を生き残れること、その戦争は4年続くこと、そして遠く離れた土地で結婚し、43歳まで、この土地に帰っては来られないことを告げ、事実その通りになったのだという。43歳の時、マチューは遠く離れた土地で妻に先立たれ、子供もおらず、心を癒すためにこのプロンスに帰ってきたのは、44歳になって間もなくの事だった。

 そんな個人的なことを告げたあと、天使はさらに恐るべき内容をマチューに告げた。だが、これに関してだけは、直接話す事はできないという。


「なんで?」

 ジリアンは率直に訊ねた。ここまで話を盛り上げておいて、話してくれないとは何事か。もう、少女たちの好奇心は膨れ上がっているのに。マチューは白髪でボサボサの頭をかいた。

「内容が内容だけにな」

「それ、例えば私たちにも関わってきたりしますか?」

 ミランダの質問は、いくらか核心を突いていたようで、マチューは目を見開いた。ミランダはさらに畳みかける。

「つまり、マチューさん。あなたは、天使から”預言”を授かった、という事ですか」

 預言。その言葉に、ジネット達は色めき立った。

「預言!?」

「預言!」

「すごい!ねえねえ、何て言ったの!?天使は!」

 10歳かそこらの少女たちは遠慮など知った事ではない。身を乗り出し、マチューの肩や腕を揺さぶって、その衝撃の内容を聞き出そうとした。だが、マチューはフェリシテとメラニーを優しく押しのけて、諭すように言った。

「俺が話せるのはここまでだ」

「どうして!」

 フェリシテが食い下がる。マチューは言った。

「天使は俺に言ったんだ。この最後の情報だけは、”その時”が来たとしても、決して話してはならない。もし話せば、世の中が大混乱に陥ってしまう、ってな」

 それは、そのこと自体が何やら薄ら寒いものを伝える内容だった。社会に混乱をきたすほどの情報とは、いったい何なのか。ジリアンが訊ねる。

「じゃあ、いったい何のために天使はあなたに話したの?伝えちゃいけないことを話しても、なんの意味もないじゃない」

「確かにそうだ。だが、お嬢ちゃん。こう考えることはできないか」

「え?」

「俺が預言を授かったという事実、それをお嬢ちゃん達はここで知ったんだ。そして、そっちの小さい子たちは、俺と同じく天使に会った。つまり、天使がお嬢ちゃんたちを導いているのかも知れない。俺はそんな気がする」

 なんだか回りくどいなとジリアンは思ったが、こうして老人が頑なに話そうとしないからには、それはとんでもない情報なのかも知れない。マチューは言った。

「うん、そうだな。話す事はできないが、君たち自身で、天使の謎を追ってみたらどうだ。手始めに、俺が天使に会った場所を教えてやる。今日はもう暑くなるから、明日の早朝またここに来い」



 マチュー老人はせっかく採れたキノコを、ジリアン達に分けてくれた。長年誰にも話せなかったことを、聞いてもらえたお礼だという。ジリアンとミランダは、とりあえずマチューから聞いた話は誰にも話さない、という取り決めをジネット達と交わし、キノコを抱えて帰宅した。

 その日の午後も前日にならってたっぷりと昼寝をとり、夕食はカミーユが手ずから、トリュフ入りのオムレツを焼いてくれた。老人が言ったとおり、それは至上の味わいだった。

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