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(17)ダメージ・リミテーション

 ブルーがいつになく深刻な顔をしているので、カトリーンは何気なく訊ねた。

「何か心配?」

「うん。このままでいいのかな、って」

「このまま、って?」

 カトリーンの問いに、ブルーはその目を見据えて言った。

「このままじゃ、さらに被害者が出るかも知れない。理由はまだ判明してないけど、もと第7歩兵連隊の人達が次々に狙撃されているのは明らかだ」

「だから、彼らも含めて市民は家から出るな、って通達したんでしょ」

 もと第7歩兵連隊所属で、存命の人間はおよそ600名ほどいる。軍に残った者、ほかの機関に異動した者、退役して一般市民に戻った者、遠い故郷に帰った者、さまざまだ。その一人ひとりに連絡して廻れるわけもないので、警察は市民全てにまとめて通達を出したのだ。だが、とブルーは言った。

「そもそも犯人が、どういう基準で標的にする隊員を決めているのかもわからない。それに、例の故人のオズワルド・マッソン謀殺説が間違いだったとすれば、じゃあ犯人はいったい、何の恨みがあって殺人を続けるのか、っていう話になるよね」

「うーん」

 ブルーが思ったより理論立てて推理を展開できている事に、カトリーンは正直驚いていた。11歳で大学を出たという話は聞いているが、話をしている限りでは、多少生意気だが普通の少年だと思っていたのだ。

 それに対抗意識を燃やしたわけでもないが、カトリーンもいちおう年上の人間として、意見をしないわけにもいかなかった。

「恨みなんて、それほどバラエティーがあるわけじゃないよ。まして人を何人も殺すほどの恨みはね」

「…それはそうだけど」

「貸したフィッシュ・アンド・チップスの代金を返してもらえないからって、何人も殺す必要はないでしょ。けれど、例えば恋人を殺されたというなら話は違ってくる」

「…部隊に婚約者でもいたとか?赤毛の女の人に」

「話のレベルとしてはそういう事。まあ、あの女の人の若さじゃモーラス戦争終結時、生まれてるかどうかってとこだから、恋人説はないな」

 そこまで言って、カトリーンとブルーはわずかな沈黙のあと、ハッとして互いの目を見た。ふたりはその瞬間、おそらくアーネットが辿り着いたであろう結論を、同時に理解したのだ。


 それ以外あり得ない。


 そして、それを裏付けるであろう情報を、いまナタリーが探しているのだ。だが、それについて考察を深める時間は与えてもらえなかった。蹄の音が近付いてきたかと思うと、いななきと共に急停止した馬上から、制服警官が叫んだ。

「狙撃が再び発生しました!」

 ふたりの背筋に戦慄が走る。慌ててアーネットの姿を探すと、すでに走り出していたので、慌ててそのあとを全力で追いかけた。


 狙撃の被害者は、あろうことか市街地の緊急警備を指揮している、歩兵小隊の隊長だった。部下からの報告を受けていたところを、音もなく飛来した銃弾で心臓を撃ち抜かれたという。

 街を守るべき歩兵隊の指揮官が撃たれた、という事実は大きかった。しかも、音もなく銃弾が飛来するなどあり得ない。仮に500メートル離れていたとしても、この厳戒態勢で市内が静まり返った中、ライフルの発射音が聴こえないはずはない。

 しかし、警官隊が街をくまなく見回っても、狙撃犯は影も形も見えない。隊員の中には、次は自分ではないかと不安にかられ、逃げ出す者さえ出る始末だった。だが、もはやアーネットは動じる様子を見せなかった。

「ブルー!」

 振り向くと、アーネットは叫ぶように言った。ブルーは緊張して直立する。

「お前はカトリーンと、この魔法の謎を解き明かす事だけに専念しろ。現場を離れても構わん。捜査は俺達に任せておけ」

「でっ、でも…」

「この状況じゃ、誰が現場にいても同じ事だ。放っておいても被害者は増えるだろう。それを最小限に食い止めるために、お前がこの、姿なき狙撃犯の謎を解き明かすんだ」

 任せたぞ、とアーネットは警官隊とともに、現場の処理にあたった。ブルーは、任されたという気持ちと、丸投げされたという気持ちを半々に抱えたまま、言われた以上はそれをやる以外ない、とカトリーンを振り向いた。

「カトリーン、力を貸して」

「任せといて」

 ふたりはパチンと手を合わせ、北と南の奇妙な魔導師コンビがにわかに結成されたのだった。


「とは言ってもな」

 現場から離れた縁石に腰を下ろし、ブルーとカトリーンは改めて、一連の狙撃の謎を振り返ってみる。

 狙撃犯かも知れない不審な人物は、今のところ2人いる。そのうち1人はギュンター商会ビルで目撃証言がある、角袖の外套をまとった人物だ。同ビルは一件目の狙撃ポイントとされ、実際に薬莢が屋上から発見されている。

 もう1人はむろん、いま追っている赤毛の女だ。記憶を失っていたあの女が病室を抜け出した直後に、狙撃は前よりも早いペースで再び連続して発生した。

「そう考えると、やっぱりこの女が狙撃犯と考えるほかないんだけど」

 ブルーは、人相書きを睨んで唸った。

「つまり、この女は魔女って事なのかな」

「少なくとも私が所属してた魔女コミュニティに、こんな人はいなかったと思う。だからこの人は外部の人間」

 すでに魔女コミュニティを過去形で語っているあたり、もう”辞職”する肚を決めているようである。

「そもそもアーネットの推測どおり、その魔女コミュニティから規則違反者が出たとすれば、カトリーンはその魔女の名前は知ってるの?つまり、この赤毛の女に何らかの魔法を授けた魔女、ってことだけど」

「うーん。全員が全員、面識があるわけでもないしな。私はほとんど関わりがなかった魔女だね、たぶん」

「その魔女ってどうなったんだろう?魔女コミュニティに、逮捕っていうか拘留みたいなの、あるの?」

 問われたカトリーンは、渋い顔で頷いた。

「私は主に口頭注意とか、ちっちゃい罰を受けてただけだからわかんないけど、懺悔室と、牢はあるって聞いてる」

 つまり、カトリーンがやらかしてきた問題というのは、どちらかというと悪戯レベルの話なのか。それもそれで、若いとはいえ大人としてどうなのか、とブルーは白い目を向けた。

「まあ今は、そいつに関しては調べるだけ無駄よ。それより、あの赤毛の人が犯人なら、どうやって止められるのか。それを考えないと」

「けど、ついに姿まで現さなくなったよ。そんなやつ、どうやって見つければいいのさ」

 ここにきてブルーも、自分の魔法の知識の限界を自覚せざるを得なかった。いったい、どういう魔法で犯人は狙撃しているのか。なぜ、銃声が聴こえないのか。なぜ、弾丸や薬莢だけは現場に残されているのか。

 そのときブルーは、ふとある事を思い出して虚空を見つめた。カトリーンは訊ねる。

「どうしたの?」

「…戻ろう」

「え?」

 ブルーは、杖を取り出すと、自分とカトリーンの脚に強化魔法をかけた。そして、険しい表情のまま、来たルートを逆方向に、ヒョウかチーターか、というほどの速さで駆け出す。

「あっ、ちょっと!うわわわっ!」

 肉体強化魔法を普段あまり用いないカトリーンは、その感覚に慣れるのに手こずりつつ、必死でブルーの後を追う。厳戒態勢で人のいない街を駆け抜けるのは、不謹慎ながら爽快だな、とカトリーンは思ってしまった。

 途中すれ違った1台の自動車に、なんだか見知った顔の人物が乗っていたような気がしたが、建物や柱に激突しないよう注意を払うのに手一杯だった。


 ◇ ◇ ◇


 そのころ、魔法捜査課が待機任務を無視して勝手に現場入りした事がどこからかバレて、ジェームズ・オドンネル警視総監が直々にオハラ警視監の執務室まで怒鳴り込むという一幕がみられた。

「どういうことだね!私は彼らを、緊急事態のため本庁に留め置くよう言ったはずだ!」

 やや多めに皮下脂肪が詰まった身体を揺すって、オドンネル警視総監は不満を露わにした。オハラ警視監は、聴こえないくらい小さなため息をついて立ち上がると、脇に控えていた書記に退出を促した。

 書記が退出すると、警視監は窓の外が見えるように立ち、静かに言った。

「今現在、4名の死者が出ています。これは私の認識では、非常時と判断して差し支えないと思われます」

「ぬっ…」

「それとも非常時とは、特定の誰かの身に危険が及んだ時を指しているのでしょうかな」

 その尊大な態度に激昂するかと見えた警視総監は、こめかみと拳を震わせながら、抗議の視線を送った。オハラ警視監は、警視庁の最高権力者に向かって、なにひとつ臆することなく言い放つ。

「魔法犯罪特別捜査課の活動の責任は、私が負います。今こうして魔法犯罪の脅威に国が晒されている時、彼らの力に頼らずして誰を頼るのか、お聞かせ願いたい」

「ええい、もういい!」

 それだけ吐き捨てると、警視総監は一切の反論もできないまま、床を鳴らして警視監の執務室をあとにした。恐る恐る戻ってきた若い書記に、オハラ警視監は皮肉な笑みを浮かべて訊ねる。

「人間の度量と皮下脂肪の量は反比例する事がままある、という学説をいま思いついたのだが、学界に発表するために文章をまとめてもらえるかな」

 書記は冷ややかな視線を向け、ご自分でお書きください、とだけ答えた。


 ◇ ◇ ◇


 そのころ、重犯罪課のカッター班は、ディアス・ミンターがチェザー市郊外の”幽霊屋敷”と呼ばれる、没落した貴族の半壊して放置されている城に逃げ込んだ、との情報を得て、市警と協力して包囲網を形成していた。

「ディアス・ミンター!いるのなら出て来い!聞きたい事がある!」

 どこから調達してきたのか不明だが真ちゅう製の巨大な拡声器、スピーキング・トランペットを通して、カッターの髪型とあいまって癖のある声が、苔と雑草に覆われた、よく言えば古色蒼然たる古城に響き渡った。

「くそっ、ミンターめ。うまい所に逃げ込みやがった」

「どうします。突入しますか。べつに人質がいるわけでもなし」

 ジャックは案外せっかちな性格なのか、いつでも先陣切って突っ込みます、という態勢だった。カッターはジロリと横目に見る。

「あの古城はな。中がどうなってるかわからないんだ」

「どういう事です」

「大昔の自治体が、解体するのしないのと揉めた挙げ句、有耶無耶になって放置され、今や浮浪者さえ住まない、野鳥とネズミと毒虫の天国だ。地縛霊さえ引っ越した、と言われる優良物件だよ。ネズミの病原菌をもらいたいなら、行って来い」

 そう聞かされたジャックは身震いした。地元の市警たちはよく知っているのか、あそこに行かなきゃいけないのか、という顔をしている。

「だが、全ての出入り口を封鎖して、ミンターが音を上げて出てくるのを待つという方法もある。さもなきゃ盛大に煙を焚いて、城の殺菌ついでに奴をいぶり出すか」

 どうも口調が冗談に思えないカッターの呟きに、背後から「ばかもの」という声がした。

「追跡対象を蒸し殺す気か。昔のお前とレッドフィールドならやりかねん」

「警部?」

 カッターは目を丸くして驚いていた。なぜ、デイモン警部がここに到着するのか。だが、警部の答えはしごく当然のものだった。

「ディアス・ミンターを追っているゲイリー・マッソンを追跡すれば、自然にミンターのもとにたどり着く。わかり切った話だ。まあ、確保が間に合わなかった言い訳だがな」

「ちょっと待ってください。じゃあマッソンはいま、どこにいるんです」

「このチェザー市に入った事はわかっている。そこで足取りが途絶えた」

 警部は忌々しげに首を振った。

「意外に小賢しい男なのかも知れん。さもなければ、土地勘があるのかもな」

「まさか。リンドン市の人間が」

「わからんぞ。そもそも、ディアス・ミンターがなぜこのチェザーを逃亡ルートに選んだのか。何らかの土地勘があっての事かも知れん」

 本当にそうだろうか、警部もたまにいい加減な事を言うからな、とカッターは口には出さなかったが、いちおう進言はする事にした。

「最悪、俺たちは突入しますよ。毒虫にたかられながら出てくると思いますが」

「わかった。わしらは姿を消したマッソンをもう一度探ってみる。ここは任せた」

 そう言うと、警部はさっさと部下を引き連れて、チェザー市内に姿を消した。カッターは、少しは引き留めて欲しかったなと思いつつ、土と草に覆われた古城を睨んだ。もし中にディアス・ミンターが逃げ込んだなら、もうネズミの糞の匂いで息絶えているのではないだろうか、という不安がよぎった。


 ◇ ◇ ◇


 リンドン市内では、いよいよ冗談では済まされない事態になっていた。またしても次の狙撃が発生したのだ。もう、陣頭指揮を執るアーネットも手に負えない状況である。すでに、狙撃を防ぐことは不可能だという諦観さえ漂い始めた。

 だがそこで、魔法の杖が鳴動し、黄金色に明滅を始めた。待ちかねたとばかりに杖を耳に当てる。

「ナタリーか」

『アーネット、今どこ?』

「レンフォールト公園だ。とうとう5件目が発生しやがった」

 そう吐き捨てたが、ナタリーは努めて気丈に振る舞ってくれた。

『お待ちかねのものが手に入ったわ。いま、複製を印刷して警察の自動車でそっちに向かってる』

「そうか。目は通したんだな」

『ええ。あなたの予想通りの名前があったわ』

 それは、アーネットにとって純粋な朗報ではなかった。なぜなら、それがわかったところで、狙撃を止める役には立たないからだ。だが、ひとりの警察官として、たとえ被害者が何人にのぼろうとも、その情報は必要なものだった。

「ナタリー、合流したらそのまま、俺も同乗する。チェザー市にいるカッター達の所へ行くぞ」

『なんですって?』

「君が探してくれた情報が、全てを明らかにする鍵だ」

 警察官として、やるべき事を全うする。いまのアーネットにあるのは、それだけだった。アーネットはブルーとカトリーンが魔法の謎を解き、狙撃を阻止してくれる事を信じて、ナタリーの到着を待った。

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