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(7)黒い森

 ナタリーの指摘に、カトリーンは観念したように共用テーブルに座ると、降参の手ぶりをして見せた。

「参ったわ。さすが、噂の魔法捜査課というところね。推理能力が冴えてる、とは聞いていたけれど」

「ちょっと待って。私達の事、魔女にどれくらい知れ渡っているというの」

 ナタリーは訝しげにカトリーンを見る。なんだか、話が若干違う方向に向き始めた。今は事件と、それに関連してカトリーン自身の疑問について追求している場面のはずだ。カトリーンは答えた。

「それは今、喫緊の問題じゃないわね。私の事を知りたいんでしょ」

 いっとき動揺を見せたカトリーンだったが、すぐにまた元の態度に戻ったように見えた。ただ、素性を偽っていた当初よりはいくぶん落ち着いている。

「いいわ。話せる範囲内でだけど、話してあげる」


 カトリーンによると、カトリーン・エスターとは探偵として活動するための仮の名で、本当の名はまだ明かせない、という。

 ブルーの推測どおり、彼女は魔女と関わりがあるらしかった。だが、メイズラントの魔女組織とは別系統の北方のコミュニティの所属で、ブルーの師テマ・エクストリームやカミーユ・モリゾの存在は知っているが、面識も間接的な関わりもないという。

「と、所属について話せるのはここまで。上の魔女の名前だとか、コミュニティの所在地についてはまだ明かせない」

「なんだか、そのうち明かすみたいな言い方だな」

 アーネットは壁にもたれ、腕を組んで言った。カトリーンは答える。

「今後の展開しだいではね」

「じゃあ、細かい話は飛ばしてずばり訊くぞ。今回のロブ・ミーガン議員射殺事件、これに魔法が関連していると、お前さんの上の魔女連中とやらは踏んでいる。そういう理解でいいんだな」

「ものすごく大雑把に言うとね」

「その根拠は?」

 すると、カトリーンは手近な雑紙を失敬し、ペンを走らせた。描かれたのは、だいぶ簡略化した連合王国の島の地図だった。メイズラントは右下、南東の地域である。

「あたしの出身はエディントンだけど、いま住んでるのはベイルランド。あなた達は魔女コミュニティがエディントンにあると推測したようだけど、そこは訂正するわね。私が所属する魔女コミュニティはベイルランド」

 カトリーンは、北西から北東に移動した様子をペン先で示した。魔法捜査課の三人は黙って頷く。

「その、故郷エディントンとベイルランドの境目の北部にある山地。ここ、何があるか、君なら知ってるよね」

 カトリーンは、ペンをブルーに向けた。ブルーは雑紙の地図を睨んで答える。

「…”黒い森”」

「正解」

 カトリーンは特に感心するふうもなく、淡々と答える。ナタリーとアーネットは首を傾げた。

「黒い森って、なに」

 ナタリーの問いに、ブルーは少しだけ険しい表情を見せる。

「ダララント山地の麓に広がる森。年間を通して気温は低く、周辺の土地は作物も育たない。とりたてて資源があるわけでもない、奇特な登山家か、自殺願望がある人間以外は寄り付かない土地だよ」

 実際そこに調査に行くと、向こう見ずな登山家が猛獣に食われたらしい遺体が見られる、とブルーは言った。アーネットは肩をすくめる。

「デートコースにはお勧めできそうにないが、その土地がどうしたっていうんだ」

「世の中には、そういう場所に好んで住む種類の人間がいる。要するに、”魔女”がね」

「なに?」

 アーネットが訝しむと、ブルーは言った。

「魔女はたいがい、人里を離れた場所に住む。まあそれには歴史的な理由があるんだけど、それは話が長くなるから置いておく。いま言ったダララント山地の森も、古来から魔女が住む土地だ。ただし、魔法の系統は僕らの用いるものと大きく異なる」

「それって…」

 ナタリーは、ひとつの事件を思い出してブルーを見た。ブルーも察したように頷く。

「以前、指輪が盗まれた事件があったよね。あのとき、指輪に施されていた呪詛魔法。ああいった種類の魔法、いわゆる”黒魔法”の源流が、その”黒い森”にはあるとされてるんだ。テマ先生なら、たぶん詳しく知っているだろうけどね」

 それは、ワーロック伯爵デニス・オールドリッチ氏の先祖が、さる聖人から賜ったとされる水晶の指輪の事だった。盗み出した医師は指輪に施されていたと思われる魔法の影響で、実際に命を落としかけたのだ。

「黒い森、と呼ばれる由来は、まさにその黒魔法の源流があるからだと言われてる」

「お見事。さすがは噂のテマ・エクストリームのお弟子さんね」

 黙っていたカトリーンは小さく拍手してみせたが、表情はごく真剣だった。

「いま、ブルーが言ったとおり。ことわっておくけど、私のコミュニティはその黒い森の魔女とは、直接的な関わりはないけどね」

「待ってくれ。今回の事件とその黒い森とやらが、どう関わってくるんだ」

 アーネットの問いに、カトリーンはしばし腕組みして考え込んだあと、「仕方ない」と呟いて口を開いた。

「ベイルランドやエディントンの事件までは、さすがにそちらも把握してないでしょうけど。実はつい最近そのベイルランドで、今回リンドンで起きた二件の狙撃事件と、極めてよく似た事件が起きているの」

「なんだって?」

 訝るアーネットに、カトリーンは一枚の新聞記事の切り抜きを提示した。それはロブ・ミーガン議員が狙撃されるよりも十日ばかり前の日付の記事だった。アーネットは拝借すると、全員に聞こえるように読み上げた。



【ライミル村で二件の不審な狙撃事件、目撃者なし】

 二四日未明、ライミル村のカフェとレストランそれぞれ(店名は店の希望により伏す)で、一件ずつの狙撃事件が発生した。殺害されたのはカフェで食事中の男性D氏・57歳、レストランで食事中の男性S氏・49歳。いずれも白昼で、銃声も聞こえず窓越しに突然頭部を撃たれ、即死だったという。周囲には他の客や店員がいたにもかかわらず、銃弾は被害者だけを正確に撃ち抜き、他の人間への被害がなかったことから、特定の人物を狙った犯行である事は間違いない、と地元当局はみている。調べによると使用されたのは、いずれも専用に改修された長距離狙撃銃の弾丸だった。銃声が聴こえた村民がいなかった点から、かなりの遠距離からの狙撃と見られ、警察では不審な人物の目撃情報などがないか、目下捜査中とのこと。



 読み終えたアーネットは、ナタリー、ブルーの反応をうかがった。ふたりとも神妙な顔をしている。

「似すぎてるね」

 ブルーも腕を組んで、いよいよ深刻な表情で考え込む。ノリが軽いように見えて、じつのところ正義感は強い少年である。

「だいぶ距離は離れてるけど、あまりにも手口が酷似している。それと同様の事件が二週間以内にメイズラントで起きたということは…」

「同一犯がその、ライミルという村で犯行を行ったのち、理由は不明だけどメイズラントのリンドン市内まで移動して、再び犯行に及んだ。仮にそう推測するとして…ベイルランドからリンドンまでの移動時間は?」

 ナタリーはアーネットをちらりと見た。アーネットは斜め上を見ながら頭の中で、ざっくりと移動時間を計算する。

「リンドンから西のドリストルまで、乗り合い馬車で最短一日で着いたって知り合いが言ってたからな。まあ、ふつうの移動速度でベイルランドからここまで、四日もみればお釣りがくるんじゃないか」

「つまり、十日もあれば…」

「ライミル村で狙撃を行ったのち、逃走もかねてリンドンに移動して、狙撃の準備を整えて犯行に及ぶ。まあ、一週間もあれば十分だな。辻褄は合う」

 だが、とアーネットは言った。

「カトリーン、お前さんそんな情報をどうして今まで隠していた?極めて重要な情報だろう。この事件が魔法犯罪であるかどうかに関係なく、だ」

「わからない?」

「…何か正当な理由があるのか」

 アーネットが尋ねると、カトリーンに代わってブルーが答えた。

「”魔女の制約”でしょ。魔女は極力、人類社会に関わってはならない」

「そのとおり。よく知ってるわね」

「けれど、犯罪に魔法が使われた可能性がある場合、それを完全に放置する事もできない。素性を偽って調査していたのは、そのためだよね」

 まったくその通り、とカトリーンはうなずいた。

「本当は、魔法捜査課にも最初から相談するつもりではいたの。けれど、実はベイルランドの魔女コミュニティには、メイズラントの魔女が魔法捜査課の立ち上げに協力した事について、快く思っていない連中も多くてね。私は師匠が中立的な立場の魔女だし、まあ言ってしまえば下っ端だから、調査に派遣するのに都合が良かったっていうわけ」

「カトリーンは魔女なの?」

「うん。魔法も使えるよ。といっても、君たちとはやっぱり系統が若干違うんだけどね」

 カトリーンは、手のひらをテーブルに向けたまま、妙に低いハミングのような詠唱を開始した。すると、テーブルはふわりとガス風船のように浮き上がり、カトリーンはそれを手で押さえた。ブルーが、驚いたように尋ねる。

「発動体は使わないの?」

「ふだんは使うよ。けど、発動体なしでもいくつか使える魔法がある。なるほど、まだそこまではテマ・エクストリームも教えてはいなかったのね」

 そう言われて、ブルーは少しむくれたような顔を見せる。まだ少年とはいえ、魔導師としてそれなりに自負があったので、自分がまだ知らない魔法を見せられるのは面白くないらしかった。

「話を戻すけど、ベイルランドでの事件をそっちが知らなかった件については、私に責任はない。よその事件に目を光らせていない、メイズラント警視庁の落ち度と言う事もできる」

「開き直ったな」

 アーネットは眉間にシワを寄せて、椅子に座ると新聞記事の切り抜きを突き返した。

「それで、その件と”黒い森”が、どう関係してくる?」

「実はね、事件と前後して、不審な人物が黒い森に出入りしているのを、目撃した情報があるの」

「なんだと」

 魔法捜査家の面々は、ふたたび顔を見合わせた。カトリーンは続ける。

「といっても、どんな人間だったのかまでは不明なんだけどね。黒い森は今でも、魔女が住んでいる。そこに向かった人間の目撃情報と前後して、今回の狙撃事件が起きている。これ、偶然だと思う?」

「つまり、君が所属するコミュニティでは、偶然ではないと判断した、という事だな」

 カトリーンはうなずいた。

「そう。そして、黒い森の魔女は、もとを辿れば私達ベイルランドの魔女とも繋がる。進展によっては、私達のコミュニティにまで疑いの目がかけられる可能性も出てくる。実は、それを避けたいっていう本音もあって、私が調査に派遣されたんだ」

 それを聞いて、アーネットもナタリーも「まあそうだろうな」という顔をした。警察だろうが魔女だろうが、面子を保つという組織の本能、優先事項からは逃れられないらしい。だが、もし犯人が魔女と接触した、あるいは自身が魔女か魔導師だったというのであれば、魔法犯罪の可能性はいよいよ色濃くなる。アーネットは小さくため息をつくと、カトリーンに向き直った。

「なるほど、君の言うところはわかった。確かにそれは有益な情報だ。俺たちから積極的に協力を求める限りにおいては、魔女も協力してはくれるんだよな」

「もちろん。制限はあるけどね」

「じゃあ君は明日、ナタリーから預かった銃弾についての調査依頼を、ナタリーが言う人物に渡して欲しい。それと、デイモン警部は”ダニーボーイ”で夕食を取る、と言ったんだな」

 カトリーンがうなずくと、アーネットは顎に指をあてて少し思案した。

「よし、俺も同席する。じかに会わないと、まとまった情報交換にならない」

「僕は?」

 ブルーが自分を指さして訊くと、アーネットは細い目を向けて言った。

「子供はさっさと定時で帰って、早く寝ろ。もし本格的に魔法が必要になった時、お前が寝不足じゃ話にならない」

 子供扱いされたのが面白くないのか、ブルーは口をへの字に曲げて息巻いてみせた。ナタリーが笑う。その様子を、カトリーンはじっと観察していた。



 レストラン”ダニーボーイ”は、比較的新しく料理もそこそこの味で評判だった。雰囲気はパブに近く、店内は客のざわめきに満ちている。

「警部は静かな店が好きなのに、わざわざ賑やかな店を選ぶとはね」

 豆のスープを口に運びながら、アーネットは同席するデイモン警部に薄笑いを見せた。警部が、話を周囲に聞かれないためにあえて騒々しい店を選んだ事をアーネットは知っていた。

「それで、捜査の進展はどうなんです」

「進んでいる、と言いたいところだがな。現時点では正直、犯人に結びつくような情報はないな」

「殺された2名の共通点とかは?」

 アーネットの問いに、警部はポークステーキを切る手を止めて答えた。

「方や上院議員、方や陸軍参謀次長。少なくとも今のところ、同一犯に狙われたという説を裏付けるような、接点らしい接点はないな。だが」

 警部は、じろりとカトリーンを見た。カトリーンは何食わぬ顔で、スコッチ・エッグを口に放り込む。

「新聞記者のお嬢さんが持ち込んだ情報は重要だ。極めてよく似た事件が、ベイルランドで起きていたという事はな」

「何か見えて来ました?」

 まったく悪びれる様子がないカトリーンに、警部はかぶりを振って肩の力を抜いた。

「まあいい。確かに、お前さんの言うとおりだ。よその事とはいえ、情報収集ができていないのは我々警察の落ち度だ」

「そこまで責任を感じる事もないんじゃないですか。そもそも、いまだに大昔のいがみ合いを引きずって情報の共有さえできない、メイズラントとベイルランドの統治者どうしにこそ責任はあるでしょう。同じ島国の、同じ祖先を持つ連合王国の二国が、手を取りあう事さえできていないなんてね」

 カトリーンの政治演説は、給仕がコーヒーカップを盛大に床に叩きつけた音で中断させられた。アーネットが渋い笑みを浮かべる。

「ふざけた奴かと思ってたが、まともな事も言うんだな」

「だいぶ失礼ですけど、聞かなかったことにしてあげます」

「まあ、あんたの言うとおりだ。国ってやつは戦争を手放せない。戦争をやめるにはどうすればいいか?やめればいい。ただそれだけの事だ。なぜ戦争はなくならないか?戦争をやめないからだ。人間は実は戦争が、人殺しが好きなんじゃないかと、俺は最近本気で思い始めたよ」

 グラスのビールをあおりながらシニカルな笑みを浮かべるアーネットを、あまり感心しない様子でデイモン警部は横目に見た。

「まあ、趣味だろうと怨恨だろうと政策だろうと、人殺しが迷惑なのは変わりないがな。レッドフィールド、どう見る。その、ベイルランドの事件。こっちの事件と同一犯だと思うか」

「可能性は高いかも知れませんが、当然ながら裏を取る必要はありますね」

「そうだな」

 警部は腕組みして唸った。

「仮にベイルランドとリンドン、ふたつの場所で起きた事件が同一犯によるものだとすると、被害者に何らかの共通点がなくてはならない。趣味の人殺しではない。明らかに、何らかの計画性がある」

「けど、向こうで殺されたのは靴職人と石工ですよ。こっちは上院議員と陸軍参謀次長。どう考えても接点はなさそうですが」

 アーネットの指摘に、警部は首をひねる。ポークステーキが冷めかけているのに気づくと、再びナイフを入れた。

「その、黒い森とやらで目撃された人物も気になるな。事件と前後して目撃されている、という」

「確かにそうなんですがね。逆にそれが、話をややこしくしてくるんです。一般人と政治・軍事の重役の殺害に、魔女がどう関わってくるのか」

 点と点が線で結ばれる事を期待していたものの、いっこうに線が引かれる気配はない。レストランのざわめきに囲まれつつ、結局その夜は食後のコーヒーが空になると同時に、お開きになったのだった。


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