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(5)銃弾

 ブルーの問いに、自称記者カトリーン・エスターはわずかに沈黙をはさんで答えた。

「なるほど。噂に違わぬ推理力というわけね。師匠のレッドフィールド巡査部長の、薫陶のたまもの、というところかしら」

 ここでアーネットの名を出されたのがブルーには少々面白くなかったらしく、ほんの少しだけ眉間にシワが寄る。カトリーンは意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「けれど、半分だけ正解ね」

「半分、ってどういう事さ。探偵は探偵だろ」

 ブルーが憮然としているところへ、ナタリーが口をはさんだ。

「じゃあ仮に探偵だとして、あなたの依頼人は誰?」

 これは目茶苦茶な質問である。探偵が、必要な場合を除いて依頼者を明かすわけがない。だが、それが揺さぶりをかける目的だとわかり切ったうえで、カトリーンもしれっと答えた。

「それは答える事ができないわね」

「そう。なら、探偵である事を否定しないのは何故?」

 ナタリーも食い下がる。この、不審で図々しい自称探偵の正体を暴こうという警察官としての使命感よりは、待機命令の退屈しのぎの意味合いもないではなかった。

「なるほど。もと情報局員、ナタリー・イエローライト巡査。細かい点を突いてくるわね」

「違うでしょ。あなたは意図的に自分の情報を小出しにして、私達を引き込もうとしている。私はそれに乗せられてやってるだけよ」

 ナタリーはチラリと時計を見た。そろそろオフィスに戻る時間だ。

「悪いけど、そろそろ戻らなくてはならないわ。じゃあね、探偵さん」

「あっ、ちょっと」

 ナタリーが立ち上がってボーイに会計の合図をすると、ブルーもそれに続く。カトリーンも慌てて自分のぶんを飲み干すと、紙幣をチップ込みだとボーイに押し付けて魔法捜査課の二人のあとを追った。


「まさかオフィスまでついて来るとは思わなかったわ」

 ナタリーは、魔法捜査課オフィスの古びた応接用テーブルに座るカトリーン・エスター記者もとい、"自称探偵"カトリーンを睨んだ。アーネットは最初は誰だと訊ねたが、怪訝そうに一瞥をくれたのち、さっさと昼食を取りに出て行ってしまう。

 魔法捜査課のオフィスは、もう十何年も前に取り壊された旧庁舎の跡地の地下室という特殊な場所にあり、新庁舎からもやや離れているため、部外者が出入りしても誰も気付かない。事実上、ほとんど私立探偵社である。

「さきほど出て行かれたのがレッドフィールド巡査部長ですか」

「ええ」

「不審な部外者が入って来たのに、無視してランチとはずいぶん余裕ですね」

「ここにいるとね、勝手にやってくる部外者なんて珍しくもないの」

 ナタリーは自分のデスクにつくと、行儀悪く脚を組んだ。ふだんナタリーから行儀についてあれこれ言われるブルーは、横目に睨んだあとペーパーバックの小説を伏せてカトリーンを向いた。

「お姉さんの身元はこのさい置いておくとして、一体何が目的なわけ?新聞記者が特ダネを狙って付きまとう、っていう方がまだ自然だけど」

 ブルーの追及に、ナタリーも続く。

「そうね。さっきも訊いたけどかりに探偵だとして、依頼人はどこの誰なのか。なぜ、ミーガン議員狙撃事件の捜査に首を突っ込むのか。そして」

 ナタリーは、人差し指を立てて含みを持たせるように言った。

「こっそり尾行でもしておけばいいのに、なぜ待機命令中の私達に、わざわざ正体がバレるリスクを冒して近付いてきたのか」

 ナタリーの疑問はすでにブルーも同じだったようで、わざとらしく立ち上がると片手をデスクについてカトリーンに迫った。

「まさか犯行に関わってる、っていう事はないよね。探偵を装って捜査をかく乱する役、とか」

「いやいや」

 それはない、とカトリーンは苦笑した。

「犯人がわざわざ怪しまれるような行動は取らないわよ。仮に私が狙撃犯本人、あるいは共犯者だとして、身分を偽って捜査本部の記者会見に出たり、あなた達に近寄ったりして、何のメリットがあるって言うの。目的を果たしたら、さっさと逃げるわ」

「うん。犯行に関わってはいないだろうね。でも、だからこそ、お姉さんが新聞記者であろうと探偵であろうと、待機任務中の魔法捜査課に近寄るという行為がなおさら不可解なんだ」

 ブルーは、カトリーンを指差して言った。

「しかも、お姉さんの会話は要領を得ない。取り留めのない婉曲なごまかし、冗長で回りくどい会話に終始している。僕には、お姉さんが何かを待っているような気がしてならない」

 そのブルーの指摘に、カトリーンは初めて、わずかに硬直した表情を見せた。

「…何を待っているというのかしら」

「難しい話じゃないさ。お姉さんは今回の事件が魔法犯罪、あるいは何がしかの超常的な事件だという、確信に基づいて僕らに接近した。それ以外に、魔法捜査課に近寄ってくる理由はない」

 一回り以上年下の少年に見下ろされながら、カトリーンは神妙な顔をした。その様子にナタリーも、ブルーの指摘はどうやら正鵠を射ていたらしいと思った。

「なるほどね。そういえばエスターさん、あなたさっき、犯人でも共犯者でもない、とは言ったけど、事件に関りがない、とは言っていなかったわね」

 ナタリーの指摘にカトリーンが明らかに少し渋い表情を浮かべたその時だった。地下の廊下に足音を盛大に響かせて、さっき出たばかりのアーネットが戻ってきた。年季の入ったドアをガチャリと開け、アーネットは慌てた様子でナタリーとブルーに声を荒げた。

「起きちまったぞ、二人目だ!」

 二人目。その報告に、ブルーとナタリーは戦慄した。不審な部外者カトリーンがいるのも構わず、ブルーは確認した。

「狙撃ってこと?」

「そうだ」

「被害者は?」

「重犯罪課の奴からチラリと聞いただけだがな。どうやら、陸軍のお偉方の誰からしい」

 ブルーとナタリーは顔を見合わせた。ナタリーが当然の質問を投げかける。

「同一犯?」

「この状況だと、そう考えるのが自然だろうな。もっとも待機任務中である以上、こっちは重犯罪課からの報告を待つ以外ない」

 アーネットは買い込んできたフィッシュアンドチップスの袋を、手近なデスクにドンと置いて腕組みした。どうやら、戻って来る途中で重犯罪課の誰かから訊いた情報、ということらしい。

「さすがのアーネットも、今回はそうそう勝手には動かないのね」

「昨日は勤務終了後、それも一次現場検証が終わったところに顔を出しただけだからな。さすがに、被害者が倒れたままの現場に待機命令を破って行くわけにはいかん」

 そうは言うものの、アーネットの顔には「行きたい」と書かれているのが見て取れた。だが、まだオハラ警視監からの出動命令はない。例外をのぞいて、魔法犯罪の疑いが濃厚でない限り、魔法捜査課に声がかかる事はないからだ。

「ヘタしたら今回、オフィスで待機するだけで終わるかも知れんな」

 自嘲ぎみにアーネットは、冷めかけたポテトをつまんで口に放り込んだ。

「ところで今さらだが、そっちのお嬢さんはどちらさんだ」

 デスクに腰掛けて、アーネットはカトリーンを見た。かいつまんでナタリーから説明を受けると、どこで穫れたものやら不明な魚のフライをかじる。塩味だけの、美味くも不味くもない相変わらずの味だ。

「身元を明かさない自称探偵ね。そういうの、 ”不審者”っていうんだけどな」

「否定はしません」

 しれっとカトリーンは言った。アーネットも全く動じない。

「ふむ」

 食べる手を休め、アーネットは腕を組んで少し考え込む。ブルーもナタリーも、また何か不良刑事が良からぬことを企てているのではないか、と白い目を向けた。

「よし、わかった」

 何がだ、とブルーとナタリーは訝しんだが、アーネットはあっけらかんと言った。

「信用してやろう。ここに出入りしてもいい」

「ちょっと、アーネット」

 何を考えてるんだ、とナタリーは眉をひそめる。だが、アーネットの次の行動と提案は若干の予想を超えていた。アーネットはおもむろに財布から紙幣を3枚取り出すと、カトリーンに突き出した。

「カトリーン・エスター、ここへの出入りを許可する代わりに 、外で情報を集める役を頼みたい」

 これはチップだ、とアーネットは言った。 



 メイズラント国防省とテレーズ川をはさんだ場所にある公園の一帯が、警察や官公庁職員、そして夥しい野次馬で騒然となっていた。ふだんは一般開放されている並木道は全て警官隊によって封鎖され、軍や政府関係者、そしてデイモン・アストンマーティン警部率いる重犯罪課が出入りする、ものものしい雰囲気に包まれていた。

 生け垣で仕切られたガーデンテーブルがある空間で、白い鉄製のチェアーとともに芝生に倒れ込んでいる遺体の主は、陸軍参謀次長エドアルド・フォーク氏だった。深緑の軍服に提げられた階級章ごと心臓を打ち抜かれ、口に含んだ紅茶を鮮血とともに吐き散らしながら事切れたという。

「目撃者はここにいる3名で間違いありませんな」

 デイモン警部は、中将とともにテーブルを囲んでいた3人に何ら臆する様子も見せず訊ねた。警部の後ろに控える2名の若い刑事たちは年季が足らないゆえか、ドーソン陸軍参謀総長、ヒックス海軍参謀総長、そして ”悪名高き ”リンドン警視庁総監ことジェイムズ・オドンネルという大物を前に、脚が竦みかけている。しかしデイモン警部は、記者会見で新聞記者を相手にするのとさして変わらない調子で訊ねた。

「フォーク参謀次長が狙撃された時、皆さんそれぞれ、どの席についておいででしたか」

 いち警部の立場にありながら、軍や警察組織の最上層部の3名を前にして物怖じする様子も見せないデイモンに、壮年の偉丈夫ドーソン氏はやや面食らいつつ答えた。警部の ”上司 ”にあたるオドンネル警視総監はビクビクしながら陸軍参謀、海軍参謀が機嫌を損ねていないか確認し、その小物ぶりを遺憾なく発揮した。

「う、うむ。私はこの、北側のチェアーに座っていた」

 そう答えるドーソン氏に続いて、海軍参謀ヒックス氏も答える。頬骨が目立つ険しい顔立ちが、ドーソンとはまた異なる静かな威厳を感じさせた。

「私は西側だ。フォーク参謀次長の向かい」

「なるほど。では警視総監は南側と。おい」

 警部は後ろに控えた頼りない若手刑事たちに、克明にメモを取るよう指示すると、周囲で現場検証にあたる捜査員たちに目を配りつつ、 被害者と同席していた3人に改めて質問した。

「フォーク氏は撃たれたその瞬間、ヒックス参謀総長の方向…つまり西側を向いていた事に間違いありませんか」

「間違いない。ちょうど私が話をしていた時なので、顔も私の方を向いていた」

「なるほど。つまり、銃弾はヒックス参謀総長の右肩を越えるように飛来して、フォーク参謀次長の胸を射貫いた事になる…たいへん申し訳ありませんが、ヒックス参謀次長。その時と同じように、着席していただけますか」

 すると、それまで黙っていたオドンネル警視総監が、その丸い顔の血相を変えてデイモン警部に怒鳴った。

「貴様、いち警部でありながら、軍の参謀総長に向かって !立場をわきまえろ !」

「失礼ながら、本官はこの殺人事件の現場の捜査を監督・指揮するよう仰せつかりました。むろん本官も最大限、礼節を守る事には努めますが、一刻も早く狙撃犯を逮捕し、国家の重鎮たる方々の身の安全を守る事が、本官の義務であると心得ております。この周囲は多数の警官隊が盾となっております。お三方には速やかに安全な場所へ移動していただきたい所ですが、いましばらく現場の確認にご協力願いたい」

 警視総監など”ただの上司”にすぎない、といった態度でデイモン警部はそう言ってのけた。すると、ヒックス参謀総長はその険しい顔立ちにわずかに笑みを浮かべ、無言でチェアーを引いて着席した。

「これでいいかね、デイモン警部」

 参謀総長はあえて、リンドン市内で親しみを込めて呼ばれる愛称を用いて訊ねた。警部は手近な捜査員に指示して、狙撃されたフォーク参謀次長と背丈が似た捜査員を座らせ、狙撃時の位置関係の再現をこころみた。周囲の生け垣とヒックス参謀総長、被害者の位置関係を目視で確認しつつ、捜査員に訊ねる。

「銃弾は前回と同じか」

「おそらく同じものです。間違いありません。」

 すると、興味深そうにドーソン陸軍参謀総長が身を乗り出した。

「その弾丸はまだここにあるか」

「えっ?あっ、お待ちください。おい !」

  捜査員は、生け垣の向こうにいる同僚に叫んだ。

「銃弾を確認したい。まだ鑑識には回してないな?」

 捜査員は生け垣越しに受け取った鑑識に回すための小箱から、太めの円錐状の銃弾を取り出してテーブルに置いた。つい先刻、倒れている被害者フォーク参謀次長の心臓を貫いた銃弾である。

 それを見て、まずドーソン氏は首を傾げた。

「これはちょっと、あり得ないな」

 そのドーソン氏の言葉に、座ったままのヒックス氏も頷いた。

「うむ。あり得ない」

「何がですか」

 デイモン警部は、その二人の軍人の意見を聴き洩らすまいと訊ねた。すると、ヒックス参謀総長はその銃弾を持ち上げてこう言った。

「これは軍用の狙撃銃の銃弾だ。それは間違いない。だが、あり得ないのだ」

「外部に持ち出せるはずがない、という意味ですか」

「いや、違う。もっと根本的な問題だ」

 二人の参謀総長は一瞬目を合わせ、今度はドーソン氏が言った。

「警察はどうだか知らないが、軍でその18.5ミリの銃弾が採用されていたのは、陸軍であれ海軍であれ、今から30年ほど前までだ。現在の主な狙撃銃の弾丸は12.7ミリ。18.5ミリ弾は重く扱いづらいため、すでに製造もされていないのではないかな」

 現代でこの弾丸を必要とするのは博物館くらいだろう、とドーソン氏は言った。

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