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アホコメディー

プリンの正しい食べ方

作者: 歯車えい

「ここにプリンがあります」


 テーブルに乗ったプリンを示しながら女が言う。


「このプリンの正しい食べ方を考えて下さい」


 日本語的に言っていることは理解出来るが、意味が分からない――などと考えるのは、無粋というものだ。

 何となればこれは哲学、或いは禅問答のようなものなのだから。

 女がサンタクロースの仮装をしているからと言って、決してふざけている訳ではない。

 大真面目だ。

 自然、答える方も真剣にならざるを得ない。


 一人の少年が手を挙げ前に進み出る。こちらはトナカイの格好をしていた。


「実食して宜しいか」


 女に否やはなかった。

 少年はどこからともなくスプーンを取り出すと、ひと匙掬っては口に入れ、またひと匙掬ってはゆっくりと舌の上で転がし、嚥下する。

 あっという間に平らげてしまうと、女にお辞儀をして講評を願い出る。


「七十二点」


「ありがとうございます」


 高得点なのかそうでないのか分からないが、取り敢えずそう返して少年は自席に戻ってゆく。「どうだった」と隣席の者が訊く。「プッチン系なのか、なめらか系なのか。でなければオーソドックスなカスタードプリンだったのか」


 訊かれて少年は居並ぶ一同を見回すと、


「牛乳でした」


 衝撃が走る。


「まさか」

「そんな事があっていいのか」

「あの見た目なのに……」


 確かにパッと見では、黄色いプリンに焦げ茶色のカラメルソースがかかった、至って尋常な色をしていた。牛乳プリンの多くがそうあるような、白色ではない。


 そこで新たに一人、老紳士が腰を上げて、女の前に進み出る。卓の上にはいつの間にやら、新たにプリンが置かれていた。

 老紳士は器を手に取ると、おもむろに何か細いものをそれに押し当てる。


「……ほう」

「そう来ましたか……」


 プリンに向かって垂直に、ストローが突き立てられる。そうしてひと息に――


 ジュルジュルジュルッ!!


 老紳士のテクニックもあるのだろう、プリンは綺麗に中心から陥没してゆき、美しいカルデラを形成する。そうして忽ち雪解けのように崩れて、途中で一度咽せながらも、やがて器の底に描かれた花の絵が現れる。春の訪れを現出せしめたのだった。


「芸術点が高いわね」


 そう言うとサンタ女はゆっくりと、深い頷きを返す。対する老紳士は咽せてしまったのが納得いかなかったのだろう、「失礼致しました」と背を丸めながら帰ってくる。

 それだけでなく、何か得心がいかなかったのだろうか、「あれは……いやしかし……」と怪訝な表情を浮かべながらも、沈思するように深く思いを巡らし始めた。


 と、いつの間にか卓の前には黒髪を長く伸ばした女子高生が立っていた。彼女は手を身体の前に組み、新たなプリンを前に一度それを()めつけると、豹変したように激しい動作で器を操り本体だけを宙に放り上げる。

 あっ、と思った次の瞬間、カシャリとそれが彼女の手の中――カクテルシェイカーに収められ、猛烈な勢いで掻き混ぜられ始めた。

 十五秒後、彼女はピタリと動きを止めると、


「いただきます」


 そう厳かに宣言してから真上を向き、ゆっくりとシェイカーをずらし始める。

 ドロドロと半液体状になったソレは、違わず彼女の口の中へと流れ落ちてゆく。ぐちゃぐちゃにされたゼリーのようだ。

 サンタ女がおみくじを彼女に渡す。女子高生はそれを開くと、ひと言、


「大吉」


 内容を確認しながら戻ってゆき、自席に着くとさらにぽつりと、


「『待ち人』は……『焦るなじっくり攻め落とせ』ですか」


 何か今後の指針を得たのだろうか、満足そうな顔を浮かべていた。


「手強いな……」

「難題だ」

「……君、次どうだい」


 水を向けられたサラリーマンは、目元に濃いクマを浮かべていた。疲れを露わに、彼はふらりと立ち上がり、プリンを一瞥すると――


「これはプリンですか?」


 そんな事を宣った。

 室内は俄かに騒然とした。「サンタを疑うなんて」――と。

 しかし次の瞬間、女サンタは平然と、


「寒天かもしれません」


 一同が覚えたのは、恐らく戦慄というものであろう。プリンの作成に寒天が使われるのは、決して珍しい事ではない。

 だが彼女の口ぶりは、まるでそこに置いてあるそれが、百パーセント(・・・・・・)寒天であるかのようだった。

 クマの濃いサラリーマンは、そのプリンだか何だか分からない代物を手に取ると、電子レンジで加熱し始める。「成程、茶碗蒸しか」と誰かの呟きが漏れたと思ったら、今度はそれを取り出し、氷水の中に突っ込む。

 困惑の眼差しが男に向けられる。一体何がしたいのだろう、と。暫くすると、「ああぁ……」と呻き声を上げ始める。そのまま頭を抱えると、


「……プリンの気持ちが、分からなぁい……」


 そう言って膝から崩れ落ちると、大粒の涙を流し始めた。トナカイの少年始め、周りの者はおろおろとするばかりで、どうすれば良いか分からない。

 すると男は何かを悟ったのか、ふと顔を上げると、


「――プリンの気持ちが分からなければ」


 それだけ言うと、コンテンポラリーダンスのような動きをしながら、自らが(・・・)プリンになっていく。

 そうして変貌したそれがサンタ女の目の前に鎮座し、彼女はパクリとひと口食べる。


「これで気持ちが分かったかな?」


 そう返す彼女の表情は慈愛に満ちている。クマのサラリーマンも、きっと満たされたことだろう。

 しかし聖母のような表情を浮かべていたのはそこまでだった。彼女は突如烈火の如く怒り狂い始めて、


「この瀆神者どもめ! タダではすまさんぞ!」


 扉の向こうからフラフープ大のドーナツが何個も現れ、室内にいる一同を連行していく。後に残されたのは、サンタ女と、最初のトナカイの少年だけになった。少年が訊く。


「正しい食べ方、って何か意味があったんですか?」


 彼女は「ハハッ」とそれに笑うと、


「意味があるとかないとか、そういう事はどうでもいいじゃないですか」


 そう言いながら、トナカイのコスプレをした少年に跨り、ふわりと宙に消えてゆく。

 伽藍堂になった室内が徐々にカスタードプリンの色に満たされ、壁面から焦げ茶のソースが垂れてきて――



 ――――――



「……で、昼寝から覚めたら冷蔵庫のプリンがなくなってたんだけど、どう思う?」


「きっと昨日あんたが食ったんだよ」


 黒スーツにサングラスをした姉に、小学生の弟が不遜な物言いでそう返し。

 それでいて口の端にはべっとりと焦げ茶色のソースがついているのだった。

 食べ物の恨みって怖いですよね。

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