その5 スキル:五感強化
僕は不思議な力――多分【能力】――で薬草の(僕にとっては魔力草の)生えている場所が分かるようになった。
それからは順調だった。
薬草は見つかり辛い岩の陰や、朽木のうろなんかに生えていた。
ミラが言うにはここは街道に近い森の浅い場所で、見つかり易い薬草は既に他の冒険者が採って行った後なんだろう、との事だ。
「じゃあ僕達はツイてたね」
「ディルの【スキル】は凄い。これだけでも十分に冒険者としてやっていける」
「そ、そうかな? だったら嬉しいんだけど」
僕は人から褒められて、心が何だかソワソワしてしまった。
ミラは両サイドに結んだ紺色の髪を揺らしながら、ホクホク顔で歩いている。
「あ、ミラ。行き過ぎ。戻って戻って。そうそう、そこの倒木の裏」
ミラは今や手慣れた手つきで薬草を摘むと、背中の袋に詰め込んだ。
「次は――あっ、ゴメン。急に頭痛が・・・」
頭に痺れるような痛みが走ると共に、さっきまで目に見えていた「魔力草」の文字がフッと消えた。
「えっ?! 何で?! さっきまで見えてた文字が消えた!」
突然の出来事に慌てる僕。
しかしミラは何か心当たりがあったのか、納得顔でうんうんと頷いていた。
「多分、魔力切れ。ディルのは【アクティブスキル】だったんだと思う」
「【アクティブスキル】?」
ミラの説明によると、【スキル】には、本人が意識しなくても常に使用されている【パッシブスキル】と、普段は使われていなくても「使おう」と意識すると使える【アクティブスキル】の二種類があるそうだ。
【アクティブスキル】を使う時には使用者の”魔力”を消費するらしい。
ちなみにミラの【スキル】”金剛力”や、僕の”剣術の才能”は常時使用型の【パッシブスキル】だ。
ミラの予想では、さっきまで僕が薬草を探すのに使っていた【スキル】はおそらく【アクティブスキル】で、僕は無意識に魔力を使っていたのではないか。との事だ。
「ええっ? じゃあもう使えなくなっちゃったわけ?」
「魔力はそのうち回復する。そしたらまた使えるようになる」
僕はホッと胸をなでおろした。
せっかく便利な力が手に入ったのに、もう使えなくなってしまったのかと心配したのだ。
ミラは大きく膨らんだ袋を背負い直した。
ついつい宝探し感覚で集めちゃったけど、もうかれこれ百本以上は集まったんじゃないだろうか?
「これだけあれば十分。森を出てブラッケンの町を目指そう」
ブラッケンの町! 冒険者の町と呼ばれている町だ!
ミラの旅の目的地であり、今では僕の目的地でもある。
「ほ、本当に大丈夫? 魔力っていうのがそのうちに回復するのなら、少し待ってくれればまた薬草を見付けられるようになるけど?」
ミラはフルフルとかぶりを振った。
「日が落ちる前に町に到着したい」
ミラはそう言うと脇目もふらずに歩き始めた。
「森の出口が分かるの?」
「何となく?」
ええっ? そんな理由? 随分と自信満々に歩いていたから、知っているものだとばかり思ってた。
「大丈夫。私の勘は良く当たる」
「そんな言葉で大丈夫なんて思えないよ!」
僕は急に不安になって慌てて周囲を見回した。
緑の多い、色彩豊かな森だ。ずっと見慣れている灰色の森と違って、けばけばしくてどうにも落ち着かない。
僕は森の切れ目が見つからないか、何か聞きなれない音が聞こえないか、注意深く辺りを伺った。
その時、フッと違和感を感じた。
何と言えばいいんだろう? 意識が外向きに広がったというか、周囲に対する理解が深まったというか。
とにかくそんな不思議な感覚だ。
僕は今までは遠すぎて良く見えなかった物の形が手に取るように分かるようになり、今までは雑音としてしか聞こえなかった音が、種類ごとに細かく聞き分けられるようになっていた。
これも【アクティブスキル】の一種だったんだろうか?
不思議な感覚は頭痛と同時に消えた。
どうやら僕は少しだけ回復した魔力を使って、無意識に何だか知らない【アクティブスキル】を使ったようだ。
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後日判明するが、この時、僕が無意識に使用したのは”五感強化”という【アクティブスキル】だった。
これは目や耳といった感覚器官を一時的に強化する【スキル】である。
そして僕の考えた通り、発動した【スキル】は、僅かに回復していた魔力を使い切った途端、使用不可能になってしまったのだ。
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おっと、今はそんな事を考えている場合じゃない。
僕は慌ててミラを止めた。
「ミラ! 待って! このまま進んじゃダメだ! この先にモンスターがいる!」
「?!」
驚いて立ち止まるミラ。
そう。僕は感覚が研ぎ澄まされたあの一瞬の間に、進行方向に邪悪な違和感を――モンスターの気配を感じ取っていたのだ。
ミラが僕に振り返った。
「モンスター? 見付けたの?」
「うん。さっきとは多分、別の【アクティブスキル】だと思うんだけど、それに反応があったんだ」
今の感覚はまだ覚えている。もう少し時間が経って魔力が回復したら、もう一度使って、モンスターの詳しい場所を突き止める事が出来ると思う。
問題は多分、その時間が残されていないって事だ。
「モンスターは二匹。もうすぐここに来ると思う」
「うそ! 森のこんなに浅い場所なのに?!」
そう。モンスターはゆっくりとだがこっちに向かって来ていたのだ。
一瞬だったのでどんなヤツかまでは分からなかった。
ただ、こちらを警戒している様子は無かったので、まだ気付かれてはいないと思う。多分。
ミラはうろたえた様子で周囲を見回した。
無数の木立と生い茂った茂みに遮られて、人間の目では少し先までしか見渡せない。
僕は申し訳なさで一杯になりながら謝った。
「ゴメン。僕も一緒に戦えればいいんだけど、自分では動く事も出来ないんだ。ミラ一人に戦わせてしまう事になる」
僕は申し訳なさと悔しさで彼女の顔が見られなかった。
女神アテロード様に頂いた【パッシブスキル】”剣術の才能”。しかし、せっかくの才能も、剣を振るどころか身動き一つ出来ない今の体では宝の持ち腐れでしかない。
でも――
「でも、モンスターを引き付ける役目くらいは出来ると思う。ミラは僕をここに置いて逃げてくれ。動くことは出来ないけど、せめて大声で叫んで、少しでもモンスターの注意を引きつけるようにするよ」
そう。相手がどんなモンスターか分からないけど、小さな女の子一人で戦わせる訳にはいかない。
それに僕は高レベルの巨人モンスターにぺしゃんこにされても死ななかったんだ。そこらのモンスターの攻撃程度ならきっと耐えきれるに違いない。・・・耐えられるといいな。
い、いや、耐えきってみせる。
「だからミラはモンスターが立ち去った後に、拾いに来てくれないかな? 僕ならきっと大丈夫だから」
「うううっ」
それでもミラはまだ決心が付かない様子だった。
僕と森の中を(モンスターが近付いて来ている方向を)何度も見比べている。
「今から逃げれば・・・」
「ダメだよ。きっとモンスターの方が足が速い。それに僕の体は目立ちすぎる。僕を担いで逃げ切るのは無理だよ」
実は逃げるという選択は最初に考えた。
けど、モンスターの位置が近すぎたのだ。
こんな巨大なこん棒が森の中をヒョコヒョコ動いていたら、ここに何かいますよと大声でふれ回っているのと変わらないだろう。
「ううっ・・・」
ミラはこん棒の握りをギュッと握りしめた。
「――ダメ。逃げない」
「ミラ! 相手はモンスターなんだよ?! 君、モンスターと戦った事あるの?!」
「ない。けど、冒険者はモンスターと戦うもの」
それは・・・そうかもしれないけど、いくら冒険者でも一人でモンスターと戦ったりはしないはずだ。
冒険者はパーティーと呼ばれる仲間達と協力して戦うのだ。
「モンスターは二匹。私達も二人。だったら条件は一緒」
「一緒じゃないよ! 僕は戦えないんだから、こっちは君一人なんだ!」
まさかミラがモンスターとの戦いを選ぶとは思わなかった。
何か彼女なりに引けない理由があるのかもしれないが、こればかりはムチャと言うしかない。
なぜなら彼女は防具どころか、武器すら持っていないのだ。
――あ、いや、僕があるって言えばあるんだけど。
「ミラ!」
僕はもう一度彼女を説得しようとしたが、ここで時間切れだ。
ガサリ
目の前の藪が大きく揺れると共に、大きな獣が姿を現したのだった。
次回「初めての戦い」