その4 スキル:鑑定
僕はミラのお弁当を分けて貰った。
僕にとっては実に一週間ぶりの水以外の食べ物だ!
水は食べ物じゃないって? そういやそうか。
メニューは芋と麦、それと色々な穀類を混ぜてお団子にした物を、平たく潰して焼いたものだった。
ちなみに僕は動けないから、彼女に「あ~ん」をして貰っている。
ちょっと恥ずかしかったけど、背に腹は代えられない。
そして一週間ぶりの食事は、思わず涙が出そうになる程美味しかった。
「美味しい! 本当に美味しいよ! ありがとうミラ!」
僕はホクホク顔で頬張った。ミラは何故か申し訳なさそうにしている。
「こんなものしかないんだけど・・・」
「何を言ってるんだよ。すっごく美味しいよ!」
ミラは半信半疑で自分の分を一口食べた。
「うえっ。・・・これもいる?」
「えっ?! いいの?! もちろん欲しいよ!」
ここにいるのは女神様か?! 女神ミラ様なのか?!
結局ミラが食べたのはその一口だけだった。残りのお団子は全部僕のお腹に収まったのだった。
美味しい食事を終えると、僕達は森の中に移動する事になった。
「さっきのご飯は本当に美味しかったよ。どうもありがとう、ミラ」
「もういい。しつこい」
ミラは僕を担いだままでぶっきらぼうに答えた。
後で知った話だけど、あのお弁当はミラが自分で作ったものだったんだそうだ。
母親が作っていた料理を見よう見まねで作ったはいいけど、どうやら彼女の口には合わなかったらしい。
そうだったのか。僕にとっては凄く美味しかったんだけど。何となくドロテアお婆ちゃんが作ってくれた料理を思い出す味だったよ。
お婆ちゃんの料理に文句を言う訳じゃないけど、中までちゃんと火が通ってなかったり、外が焦げて炭みたいになっている所は苦手だったのだ。
その点、ミラの作った料理にはちゃんと火が通っていたからね。
僕はそう言ってミラの料理の腕前を絶賛したのだが、何故か彼女にへそを曲げられてしまったのだった。
ちなみに僕達はどこに向かっているのだろうか?
実はそれはミラが森の中で僕を発見した理由にも関わって来る。
彼女はお金が無かったのだ。
ええと・・・
「お金って何?」
「町で生活するのには必要なもの。私も村では物々交換だったけど、町ではそうはいかない」
「そ、そうなんだ。だったらどこかでそれを手に入れないといけないね」
「そう。だからそのために街道を離れて森に入った」
恥ずかしながら、僕はお金という言葉自体を始めて知った。
なにせお金どころか、村では当たり前だったという物々交換だってした事が無いのだ。
森の中では僕とお婆ちゃんしかいなかったから、当然と言えば当然なんだけど。
「森の中で素材を集めて、冒険者ギルドでお金に換える」
ミラが言うには、冒険者ギルドでは森でしか取れない素材――木の実や特別な野草、それにモンスターなんかの爪や毛皮――をお金に換えてくれるらしい。
それを”買い取り”と言うそうだ。
冒険者は森に入って素材を集め、ギルドに”買い取り”をして貰ってお金を手に入れ、そのお金で装備を整えたり生活をしたりしているんだそうだ。
なんだかまどろこしい方法にも思えるけど、町ではみんなそうしているのなら仕方がない。
「へ、へえ、そうなんだ」
「こんな事は冒険者なら常識」
うぐっ。僕は自分よりも小さな女の子に、世間知らずと言われたような気がしてショックを受けた。
――いや、実際に僕は何も知らない。知っているのはずっとお婆ちゃんと一緒に住んでいた森の中の家と、その周囲の狭い範囲だけだ。
こんな事で、十五歳になった。大人になった。などと浮かれていた自分が恥ずかしくなって来る。
僕は大人どころか、村では子供が知っている事ですら何一つ知らないんだ。
いや。恥ずかしがっている場合じゃない。今からだって学ばないと。
僕はもう、お婆ちゃんの家にいた時の僕じゃない。
知らない世界に放り出されて、たった一人で生きて行かなきゃいけなくなったんだ。
何も知らなくてショックを受けるとか、恥ずかしいとか、贅沢な事を言っている場合じゃない。
それに、幸いな事に、こうして僕はミラと出会えた。
知らないのは恥ずかしい事じゃない。知るチャンスが手に入ったと思えばいいんだ。
僕はもっと色々な事を知ろう。そのためにも、もっともっとミラから教わらないと。
「それはそうと、ミラは今、一体何を探しているんだい?」
分からない事はどんどん聞いて行こう。僕は早速ミラに尋ねてみた。
木の実を探しているにしては、さっきからずっと地面を見ている気がしていたのだ。
「地面に落ちているような木の実は熟れ過ぎていて食べられないよ。もっと上を探さないと」
「私の探しているのは木の実じゃない。薬草」
ミラが探していたのは、この森にしか生えない薬草らしい。
後で知ったことだけど、薬草の正式名称は”魔力草”。冒険者が単に”薬草”と呼ぶ時は、大体がこの”魔力草”の事を言うんだそうだ。
魔力草と言うだけあって、この植物は周囲に魔力が豊富に含まれる、”魔境”と呼ばれるこの森でしか採れない植物である。
薬草は紫神を信奉するカシシンハ教会によって生成され、ポーションと呼ばれる治療薬――薬になるという。
薬になる草だから薬草と言うのだ。
ポーションの需要は高く、いくら作っても追いつかないので、薬草の採取は冒険者にとって一般的な仕事――常時依頼となっているのである。
ミラはキョロキョロと辺りを見回していたが、パッと飛びつくようにしゃがみ込んだ。
「あった! これ!」
彼女が掴んだのは何の変哲もない緑の草だった。
「えっ? それが薬草なの? そこらに生えている草と全然変わらないみたいに見えるんだけど」
「ううん。きっと合っている。これに間違いない」
ミラは凄い自信だ。どうやら彼女は以前に薬草を見た事があるらしい。
僕には違いが分からないけど・・・
いや。僕もいずれは冒険者になるつもりでいるんだ。
薬草の採取をしなければいけなくなった時のためにも、今から覚えておいた方がいいだろう。
「そうなんだ。ねえ、もっと近くで良く見せてくれないかな? 僕も形を覚えておけば探すのを手伝えると思うんだ」
「ん」
ミラは僕を肩から降ろすと、僕の目の前に薬草を突き出した。
これが薬草ね。・・・やっぱりただの草にしか見えないんだけど。
――いやいや、ダメだ。もっと真剣に取り組まないと。
これは遊びじゃないんだ。冒険者の仕事なんだから。
憧れの冒険者の仕事と自覚したからだろうか? 僕は薬草から目が離せなくなった。
すると視界がキュッと狭くなり、いつの間にか薬草だけしか見えなくなっていた。
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魔力草:魔力を含む大気の中で発芽した植物が突然変異した物。大気中の魔力を気根から取り入れ、葉に貯える機能を持っている。
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「えっ? 今の何?」
「?」
謎のメッセージは現れた時と同様に、唐突に姿を消していた。
「ひょっとしてこれって魔力草?」
「魔力草? 違う。これは薬草」
ミラはまだ僕に疑われていると思ったのだろう。少しムッとしながら答えた。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて・・・ええと、どう言えば分かってもらえるんだろう? これ」
僕はさっきの出来事を再現しようと、もう一度薬草を見つめた。
一度経験したせいだろうか。今度はさほど集中する事無くさっきのメッセージが目の前に現れた。
見た目の感じとしては、女神アテロード様が、僕の”ステータスボード”開いた時に似ているかもしれない。
「ええと、今、僕の目の前に、何か浮かんでいるんだけど見えるかな?」
「?」
ミラはフルフルとかぶりを振った。
どうやらステータスボードと違って、この文字は僕にしか見えないようだ。
「ええと、ここには、魔力草:魔力を含む大気の中で発芽した植物が突然変異した物。大気中の魔力を気根から取り入れ、葉に貯える機能を持っている。ってあるんだけど――何の事か分かる?」
ミラは再びフルフルとかぶりを振った。
そうなのか。ひょっとしてこの薬草の説明なんじゃないかと思ったんだけど・・・どうやら違っていたようだ。
う~ん、だったらこっちはどうなんだろう。
「ねえ、ミラ。僕から見て右斜め前の木。そうそう、今、君が指差しているその木。その木の裏にも”魔力草”って見えているんだけど、ちょっと調べてみてくれないかな?」
「? 分かった。――あっ! 薬草!」
やっぱりそうだ。
どうやら僕は一度薬草? 魔力草? を覚えた事で、近くにある薬草の場所まで分かるようになったらしい。
凄く不思議な出来事だけど、僕には一つだけ心当たりがあった。
女神アテロード様が僕に授けてくれた沢山の【能力】。多分その中に、この不思議な現象を起こした何かがあったんだと思う。
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後にこの時の僕の考えで正しかった事が判明する。
この時、僕は無意識に【技能】――【アクティブスキル】と呼ばれる【スキル】、”鑑定”を発動させていたのである。
【アクティブスキル】とは常時働いている【パッシブスキル】とは違い、使用する人が”使う”と意識した時に初めて使用できる【スキル】の名称である。
この時、僕は「この薬草を理解したい」と強く念じていた。おそらくその気持ちが無自覚に【スキル】に働きかけ、偶然、”鑑定”が発動してしまったのだろう。
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ミラは二本に増えた薬草と僕の顔を交互に見比べた。
僕の位置からは見えていないはずの薬草の場所を、ズバリ言い当ててみせたのが不思議だったようだ。
「ええと。この近くには後五箇所ほど見えているんだけど・・・言った方がいいのかな?」
ミラは勢いよくブンブンと首を縦に振ったのだった。
次回「スキル:五感強化」