その3 パッシブスキル
僕は葦の生い茂る川の淀みで、可愛い女の子と出会った。
僕にとってはドロテアお婆ちゃん以外で、初めて出会った人間という事になる。
幸い、彼女は僕の言葉が通じるみたいだ。どうにかして助けて貰えないだろうか?
「あの。良ければ僕を川から引き揚げて貰えないかな」
あっ。しまった。
僕は頼んでから後悔した。
今の僕は丸太のような巨大なこん棒に張り付いている。
こんな小さな女の子が持ち上げられるはずがないのだ。
女の子は川に足を踏み入れると、こん棒の持ち手を握った。
巨人の手には一握りの持ち手も、女の子の小さな手では両手で握ってもまだ届かないようだ。
女の子は「むんっ」と可愛らしく力を込めた。
僕は慌てて彼女を止めた。
「ご、ごめん! 持ち上がるわけないよね! 無理して足でも滑らせたら危ないから、もう止めて! あの、代わりに川の方に押して貰えればそれだけで十分だから――って、うええええっ?!」
ザバーッ
僕は盛大に水をしたたらせながら、女の子に持ち上げられていた。
えっ?! えっ?! ど、どういう事?
女の子は巨大なこん棒を、「よいしょ」と肩に担いだ。
自分の身長の倍以上もの巨大なこん棒を、だ。僕なら担ぐどころかぺしゃんこになっている所だ。(実際にこうしてぺしゃんこになっている訳だけど)
女の子はそのままあぶなげない足取りで水から上がった。
ドスン
「あ、しまった」
女の子は乾いた地面にこん棒を置いてから、僕の体が下敷きになっている事に気が付いたようだ。
彼女はこん棒を回転させると、僕が上になるように直してくれた。
「汚れたね。ゴメン」
「あ、いや――ぶふっ」
女の子は僕の体の土を、小さな手でパタパタと払った。
顔を払った時に手に息でもかかったのだろう。女の子は不思議そうに自分の手を見つめた。
「不思議。ぺったんこなのに、ちゃんと温かいし息もしている」
「う、うん。今はこんな見た目になっちゃっているけど、人間だからね」
そんなに驚かれると、本当に人間なのか自信が無くなって来るけど。
「それより、川から出してくれてありがとう。君ってもの凄く力持ちなんだね。僕の名前はディル。今までずっと森でお婆ちゃんと二人で住んでいたんだけど、色々あってここまで流されて来たんだ」
「森で? なんで森なんかに住んでたの?」
なんでって? 森に住むのってどこか変かな?
何だか女の子にドン引きされているような気がするけど気のせいだろうか?
まあいいか。
僕はここに至るまでの経過を簡単に説明した。
「――といった訳で、淀みに流れ着いて身動きが取れなくなっていた所を、君に助けて貰ったんだよ」
「不思議」
女の子は僕の話を不思議そうな顔で聞いていたが、一応は納得してくれたようだ。――納得してくれたんだよね?
「そんな体でも生きているのは本当だし・・・まあいい。私はミラ。今は村を出て町に向かっている所」
女の子はミラっていう名前なのか。そして彼女は町に向かっている所だという。
「町に?! 町って冒険者ギルドのある、あの町の事?!」
ミラはコクリと頷いた。
「そう。私は冒険者になるために町に行く」
なんてことだ! 女の子は――ミラは僕の憧れの冒険者だったんだ!
いやまあ、”なる”ってだけで、まだ冒険者にはなっていないみたいだけど。
それはともかく、僕はこんな状況にもかかわらず、興奮してしまった。
だって仕方がないだろう。僕にとって冒険者というのは長年の憧れだったんだ。
まさか森の外で初めて出会った女の子が、その冒険者になる子だったなんて。
こんな素敵な偶然があっていいんだろうか?
「冒険者! 僕もずっと冒険者に憧れていたんだよ!」
ミラは、急に勢いづいた僕に少し驚いた様子だったが、僕の言葉に嘘がない事が伝わったのだろう。すぐにまんざらでもなさそうな顔になった。
「いつか森を出て冒険者になりたいって、ずっと思っていたけど、そうか、ミラは冒険者になるのか」
「そう。ブラッケンの町は冒険者の町。私はそこで一流の冒険者になる」
「冒険者の町?! ここにはそんな町があるんだね! ブラッケンの町。いいなあ・・・僕も行ってみたいなあ」
冒険者の町! なんてカッコいい響きなんだ!
残念ながら町どころか村も知らない僕には、具体的な想像は全く出来なかったけど、とにかく凄い事だけは分かった。
ミラも、僕に自分の仕事を――冒険者を褒められて嬉しくなったのだろう。鼻をひくひくさせながら満足そうに「むふーっ」と息を漏らした。
「そんな町があるなら、是非、一度行ってみたいけど、今の僕の体じゃどうしようもないよね・・・」
「だったら一緒に行く?」
「えっ?! 本当?! そ、そりゃあ、出来ればそうしたいけど」
そして僕も冒険者になりたい!
けど、今の僕は巨大なこん棒に張り付いてしまって、自分では動く事すら出来ない。
冒険者どころか、普通の生活すら送れない状態なのだ。
ミラはこん棒の持ち手を掴むと、「よいしょ」と僕を担ぎ上げた。
「こうやって私が担いで行けばいい」
「えええっ?! 本当にいいの?!」
「いい。全然問題無い」
ミラはそう言うとその場でぴょんぴょん飛び跳ねてみせた。
こん棒の重さもあるから、ぴょんぴょんではなく、ドスンドスンといった感じではあったけど。
それにしたって、あり得ない光景だ。彼女は一体何者なんだろう?
ミラは僕の戸惑いを察したのだろう。満足そうに小さな胸を張って答えた。
「これが私の【パッシブスキル】”金剛力”。私はこの【スキル】で一流の冒険者になる」
身の丈を超える巨大なこん棒を軽々と持ち上げるミラの怪力。その正体は彼女の【パッシブスキル】、”金剛力”によるものだと言う。
彼女はこの【スキル】で、大人が何人もかかって持ち上げるような重さを軽々と持ち上げるだけでなく、重量物にも押し潰されない丈夫な体を持っているというのだ。
「というか、【パッシブスキル】って何?」
「【スキル】を知らないの? 冒険者はみんな持っている」
ええっ?! ちょっと待って! そんな話聞いてないよ! そんなの女神様は一言も教えてくれなかったけど、一体どういう事?!
「そ、そんな・・・。じゃあ僕の”剣術の才能”の【能力】は?」
本当は僕の【能力】には”ど根性”もあるんだけど、ミラに笑われたくないからそっちの方は黙っていよう。
ミラはちょっと驚いた顔になった。
「”剣術の才能”? それが【パッシブスキル】だけど」
「ちょっ、それってどういう事?!」
ミラの説明によると、”剣術の才能”や”弓術の才能”なんかは、冒険者が持っている代表的な【パッシブスキル】らしい。
”弓術の才能”ねえ。女神様からもらった沢山の【能力】の中にもあったかな?
「ええと、つまり【パッシブスキル】っていうのは【能力】と同じと考えてもいいのかな?」
「さあ?」
ミラはバッサリと切り捨てた。
うぐっ。まあ、彼女も知らないみたいだし仕方がないだろう。
なんにせよ、僕は女神様から、「これだけの【能力】があればSランク冒険者にだってなれる」と言われたのだ。
他に頼れるものも無い以上、ここは女神様のお言葉を信じるしかないだろう。
「・・・【能力】。そういえば、【スキル】と呼ぶのは人間だけで、喋るモンスターはみんな【スキル】の事を【能力】と呼ぶって聞いた事があるような――」
「どうしたの? ミラ」
「・・・なんでもない」
ミラは僕の方をジッと見ながら何か考えていた様子だったが、小さくかぶりを振った。
彼女の頭の動きに合わせて、両サイドに結んだ髪がフルフルと揺れた。
次回「スキル:鑑定」