プロローグ 新人冒険者チーム
僕は森の中を移動していた。
と言っても、自分の足で歩いているわけじゃない。
ミラに担がれて移動しているのだ。
ミラというのは、僕を担いでいるこの女の子の名前だ。
彼女は僕と同じ十五歳。同年代の中でも小柄な女の子で、艶のある紺色の髪を頭の左側で結んでいる。
初めて出会った時は両サイドで結んでいたけど、僕を右肩に担いでいる関係で、今では左だけにしているのだ。
どこか眠そうな目をした――正直言えばちょっと何を考えているのか良く分からない子だ。
けど、今まで森の中でずっとドロテアお婆ちゃんと二人だけで暮らして来た僕にとって、会う人会う人、割とみんなそんなところがあるので、ミラだけが特別分かり辛いという訳じゃない。
それにミラは僕を助けてくれた大事なパートナーだ。分かりあえるように努力しないとね。
「ちょっとミラ! あんた先に行きすぎなんだけど!」
ミラの背後から不満そうな女の子の声が聞こえた。
チームの魔法使いの女の子、マギナだ。
彼女も僕達と同じ十五歳。ちょっと偉そうな態度をよくとるオシャレな女の子で、全身にこれでもかとばかりに様々な装飾品を身に付けている。
全部魔法の効果のある装飾品らしいけど、全く飾りっ気のないミラとは随分と対照的だ。
いかにも魔法使いっぽいつばの広い帽子からは、毛先がカールした淡いピンクのローズブロンドの髪がのぞいている。
ミラは少しだけマギナに振り返ると・・・今までにも増してズンズンと足を進め出した。
「ちょ、なんでそこで足が速くなるわけ?! 待ってよ! 待ってったらーっ!」
マギナは気が強い――ように見えて、実は臆病だ。危険な”魔境”の森の中で、ミラに置いて行かれるのが怖かったようだ。
ミラが「仕方がないなあ」といった感じで足を止めた。
マギナは慌てて追い付いくとミラの背中をポカポカと叩いた。
「何でアンタはそんな意地悪するわけ! わけ分かんない!」
「むふーっ」
「ええっ?! 何そのそこはかとなく満足そうな顔! ムカつくんだけど!」
相変わらず、僕にはミラの考える事は良く分からないや。
そんな二人の背後から、チーム三人目の女性がやって来た。
「カラサリさんが先行しとるから、この辺に危険なモンスターはおらんと思うけど、ここは魔境の森やからね。騒ぐのは良くないと思うんよ」
このおっとりしたキレイなお姉さんは精霊術士のシャーリィさん。
喋り方が少し独特なのは、彼女の生まれた国はここからずっと遠い場所だからなんだそうだ。
僕達のチームの中では一番の年長者で十八歳。でも、冒険者にはなりたてで、ミラと同じく新人だ。
サラサラのプラチナブロンドをシニヨンにした、品の良いお姉さんで、装備の上からでもスタイルの良さが分かる。
実は初めて出会った時には、また女神アテロード様が現れたのかと思ったくらいだ。
ガサガサと茂みが揺れると、ピンと跳ねた癖のある赤毛をショートカットにした、スラリとしたカッコいい女の人が現れた。
この冒険者チームの最後のメンバー、カラサリさんだ。
彼女は”スカウト”という役割で、チームの目として、今のように単独行動をする事が多い。
年齢はシャーリィさんの一つ下で、僕達の二つ年上の十七歳。
冒険者歴は今年で三年目。チームの中では一番のベテランで、チームのリーダー的な立場でもある。
本人は「スカウトってのは、本来リーダー向きじゃないんだけどね」と困っているようだが。
チームの女性はミラとマギナで年少コンビ、シャーリィさんとカラサリさんで年長コンビ、といった所だ。
「この先に緑ゴブリンがいる。数は五。どうする?」
「そのくらいなら私の魔法で一発ね!」
「ボソリ(当たればね)」
「ちょっと、ミラ! あんた聞こえているわよ!」
「もう。騒いだらあかんってゆうとるのに」
仲良くケンカを始めたミラとマギナを、シャーリィさんが止めた。
カラサリさんはチラリと僕の方を見た。
「ディルはどう思う? アタシはミラとディルだけで十分にやれると思うけど」
う~ん。ゴブリンか。僕はあまり自信はないんだけど・・・うっ。ミラがキラキラした目でこっちを見ている。
あれは戦いたくて仕方がないって感じの顔だな。
ここで断ってへそを曲げられても後で困るし。仕方が無いか。
「カラサリさんがそう思ったのなら、僕はそれでいいと思うよ」
「グッ(※ガッツポーズ)」
「ええ~っ。まあいいわ。今回は魔力の温存って事にしといてあげる」
「ふふふ」
ミラはやる気に溢れた表情で僕を担ぎ直した。
そんな僕達をカラサリさんは少し不思議そうな顔で見ている。
「何?」
「あ、いや、ディルって不思議な存在だなって思って」
カラサリさんの言葉に、全員の視線が僕に集中した。
みんなに見詰められて、僕はなんだか顔が熱く火照るのを感じた。
「こん棒――なのよね」
「こん棒ね」
「こん棒やねぇ」
「むふーっ」
そう。みんなが見ているのは、巨大なこん棒に張り付いてまっ平になった僕。
僕は三メートルを超える巨大こん棒に張り付いた状態で、ミラに抱え上げられているのだ。
「そんな姿になっても死んでないって、ディルって本当に人間?」
カラサリさんは眉間に皺を寄せて失礼な事を言った。
するとシャーリィさんが手を伸ばして、僕の頬を撫でた。
ちょ、ちょっとシャーリィさん。止めて下さいよ。
「不思議やわぁ。全然厚みは無いけど、温かさは感じるんよ」
「むふーっ」
「・・・ちょっとミラ。アンタなんでさっきからまんざらでもなさそうな顔してるのよ。別にみんなあんたを褒めている訳じゃないんだからね」
「プイッ」
「こら! 無視すんな!」
飽きもせずに騒ぎ始めた年少組に、カラサリさんが割って入る。
「はいはい、そこまで。それでミラ。行ける?」
「(コクリ)」
「そう。ならミラは私の後ろについて来て。合図したら飛び出して攻撃。マギナとシャーリィはモンスターに見付からない離れた場所で待機。ミラは手に余るようなら無理せずに二人の所まで下がる事。いいね?」
「私達が見守ってあげてるから、心配せずに戦いなさい!」
「無理はしたらあかんよ?」
ミラは小さく頷くとこん棒の持ち手を握りしめた。
小さな彼女の手には巨大なこん棒の持ち手は太すぎて、両手で持ってもまだ指が届かない。
こんな状態で振り回されたら、すっぽ抜けてどこかに飛ばされてしまいそうで不安になるが、彼女の握力は普通じゃない。
絶対に大丈夫。
パートナーの僕が彼女を信じないでどうするんだ。
「それじゃ行くよ。ディル。ミラに【アクティブスキル】”隠密”を」
「は、はい」
分かってはいるけど、戦いの前はどうしても緊張してしまう。
僕は上ずった声で返事をした。ちょっと恥ずかしい。
ミラがこん棒の持ち手をギュッと握った。
彼女の手の温かさが伝わって来る。
心配かけてゴメン。自分で選んだ冒険者の道なんだ。モンスターとの戦いの度に怖気づいてはいられないよね。
僕は心の中でミラに謝りながら、彼女との出会いとここまでの道のりを思い出していた。
本日19時にもう一話更新予定です。
次回「氷と霜の国より」