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その25 後始末。そして陰謀

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは冒険者ギルド東支部。

 燃えるような赤毛の冒険者――”ザ・ビースト”ガラハリは、ノックもなしに支部長室のドアを開けた。

 部屋にいるのはハイネム支部長ただ一人。今は就労時間外ということもあって、二人の秘書は既に帰宅させたようだ。


「――ガラハリ。だからお前はノックをしろと! ・・・はあ。それで? どうだった」

「まあ、大体予想通りだったな」


 ガラハリは、ミラとマギナを脅した冒険者達――黒髪の冒険者ウドリを中心とした者達――の事情聴取を終えた所だった。

 やはり原因はチップ達、三人の少年冒険者の言葉だったそうだ。


 冒険者達はチップ達からこう聞かされていた。


 今日、自分達は担当の受付嬢から頼まれて、マギナ達三人の新人女の子冒険者と臨時チームを組んだ。

 確かに、今日の収入は六人で小銀貨三枚にしかならなかったけど、それは彼女達が素人同然だったからで、自分達が悪いわけではない。

 それなのに彼女達は、担当受付嬢に対して自分達の事を悪し様に罵った。今日一日ちゃんと世話をしてやったにも関わらず、だ。

 マギナ達の悪口を鵜吞みにした受付嬢は自分達に注意をした。

 それどころか、自分達を担当している受付嬢にも、我々の能力評価に対して疑いの言葉を掛けた。

 向こうから依頼されたから組んだというのに、酷い侮辱だ。

 マギナ達の告げ口のせいで、今までこのギルドで自分達が積み重ねて来たイメージは、完全にぶち壊しになった。

 大方、マギナ達は冒険者学校出のせいでエリート意識が強く、自分達、生え抜きの冒険者の事を見下しているのだろう。


 チップ達はこう言って、先輩冒険者達に泣きついたという。


「――私が聞いた話とは少し違うな」


 ハイネム支部長は不快そうに眉間に皺を寄せた。

 彼は彼で今日の騒動に関わった受付嬢達から事情聴取をしていた。

 彼女達の話はこうである。


 マギナ達、三人の新人女子冒険者を担当した受付嬢は、年齢や【スキル】の適性を考慮して、チップ達三人の少年冒険者を推薦した。

 冒険者のチームは、大体四人からせいぜい七人程度に収まる場合が多い。

 それ以上の人数になると、森の浅いエリアで受けられる依頼では稼ぎが足りなくなるからである。

 そう考えると六人という人数は多少キツイとも言える。しかし、女子冒険者達がまだ新人である事を考えると、今は稼ぎよりも安全を取るべきだろう。彼女はそう判断したのである。

 実際に即席チームの今日の稼ぎは小銀貨三枚。頭割りにすればそれぞれ大銅貨二枚半にしかならなかった。

 しかし、チップ達は稼ぎが少なかったのはマギナ達が役立たずだったせいとして、彼女達には大銅貨一枚しか渡さなかったそうである。


「そりゃあ、私達はあまり役に立たなかもしれないけど、最初に頭割りって話をしてたんだから、後で勝手に変えられるのはちょっと。ねえ?」

「うん。それに、ちゃんと説明してくれれば私達だって少しは出来たと思うわ。けど、あの人達は頭ごなしにああしろこうしろって言うだけで、何も教えてくれないんだもん」

「最後は、そこらで適当に薬草でも探してろ、って放っておいて、彼らだけでどこかに行っちゃったし」


 マギナ達の話を聞いて受付嬢は頭を抱えた。

 いきなり金銭で揉め事を起こしたのはとにかく、新人だけを残して勝手な行動をしたのは非常にマズい。

 今日、即席チームが入ったのは森の浅いエリアだったとはいえ、”魔境”の森はモンスターの徘徊する危険な場所である。

 新人の、しかも後衛職だけを放置して、もし、彼女達がモンスターに遭遇していたらどうするつもりだっただろうか?


 受付嬢はマギナ達に頭を下げた。


「あの人達は私の担当ではありません。しかし、私の担当している冒険者の方々や、彼らを担当している職員からの評判が良かったので、その情報を鵜呑みにしてしまいました。彼らには後でよく注意しておきます。みなさんは明日は別の冒険者とチームを組んで頂きたいと思いますが、それでよろしいでしょうか?」


 マギナ達は顔を見合わせると、「そうして貰えるなら」と頷き合った。

 彼女達もチップ達と組むのは、もうこりごりだったのである。

 そんな三人の様子を見て、受付嬢は内心でチップ達の評価を更に下げたのだった。


 ハイネム支部長の話を聞いて、ガラハリは「まあ、そんなトコだろうな」と頷いた。


「その受付嬢の判断は間違っちゃいねえ。

 実際、ウドリに聞いた話じゃあ、チップ達は冒険者達に随分と可愛がられていたみたいだ。愛想が良くて素直でいう事を聞くってな。

 おそらく自分達の担当の受付嬢にも大分下出に出ていたんだろうぜ」

「先輩冒険者や自分の担当の受付嬢には外面を取り繕うが、それ以外の相手には本性を隠す必要を――あるいは取り繕う必要性を――感じなかった。といった所か。相手の立場に合わせて対応を変える必要はあるが、度が過ぎると裏表があるとしか思えんな」

「あるいは、ヤツらにとってはそうするのが当たり前だったからこそ、新人冒険者達も自分達に愛想よく素直にしろ――って思っていたんじゃないか?

 まあどっちにしろ、冒険者には向かない考えだぜ。俺達は完全に実力主義だ。モンスターより強いか弱いか。弱いヤツは死ぬ。それだけだからな」


 あるいは上下関係に強い価値基準を置くチップ達は、冒険者学校出のエリートのマギナ達にどう接して良いか分からなかったのかもしれない。

 そこで冒険者としてのキャリアを笠に着て、強気な態度でマウントを取りに行った結果が、今回の騒ぎの原因になったのではないだろうか?


「だとしても、いかにも小者じみたセコイ発想だ。俺には良く分からんな。さて、それでチップ達はどうする?」

「――こうして騒ぎになってしまった以上、何かしらのペナルティは与えねばならん。罰金か、あるいは期限を決めての奉仕活動か。その前に本人達の言い分も聞く必要があるが」

「それって聞く意味あるか? どうせ口先だけの言い逃れしかしないと思うぜ」


 現在、チップ達は逃げ出して行方不明になっている。

 とはいえ、明日になれば仕事を受けるために東支部(ここ)に顔を出さねばならない。ハイネムの追求からは逃れられないだろう。


「・・・私もそう思うが、だからといって、釈明の機会も与えずに勝手に処分を決めるわけにはいくまい」

「そうか? 婆ちゃんだったらこの時点でバッサリ契約解除だと思うがな」


 東支部のサグナ代表は、今でこそ冒険者ギルド本部の役員――背広組だが、元はバリバリの金級冒険者である。

 その考え方はハイネム支部長よりもガラハリの方に近いものがあった。


 ハイネム支部長は、頭痛を堪えるように目頭を手で揉んだ。

 ガラハリは少し呆れ顔になると部屋の中を見回した。


「お前は真面目過ぎるんだよ。この部屋には酒は置いてないのか? あるなら一杯くらい付き合ってやるぞ」

「――私は酒は飲まない。酒は脳細胞を破壊すると偉大な賢者が言っていたそうだ」

「はん! 何が賢者だ。んなの気にしてるから、お前はここに皺が寄るんだよ」


 ガラハリはそう言って眉間に指をあてたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 チップ達、三人の少年冒険者達は、酒場のテーブルを囲んでいた。

 あまり冒険者が立ち寄らないタイプの静かな酒場である。

 冒険者ギルド東支部を逃げ出した彼らは、追手を恐れて、馴染みのない店に逃げ込んでいた。


「どうするよチップ。いつまでもこの店にいる訳にもいかないぜ」

「分かってる。今考えている所だ」

「なあ、そろそろ宿に帰ろうぜ」


 彼らは若手冒険者を相手にした安宿に部屋を借りていた。

 三人一部屋で月に小銀貨四枚。

 しかし、今帰れば、他の部屋の冒険者と鉢合わせしてしまう可能性が高かった。


「くそっ! あいつらのせいでこんな事に・・・。 何なんだ、あの馬鹿力のチビは!」


 チップ達はさっきからこうしてずっと愚痴をこぼし続けていた。

 いくらここにいるのが酔っ払いばかりとはいえ、こんな辛気臭い三人組にわざわざ近寄ろうとする者などいるはずもなく、彼らは完全に酒場で浮いた存在になっていた。


 チップの愚痴が何度目かのループを始めたその時。一人の男が彼らのテーブルの横に立った。


「よお、お前達。話は聞かせて貰ったぜ。どうだ? お前達にとっていい話があるんだが、聞いてみないか?」

「何だテメエ。勝手に人の話を聞いてんじゃねえぞ!」

「よ、よせよチップ」


 いきり立つチップを、仲間が慌てて止めた。


「あのバッジを見ろ。この人、西支部の冒険者ギルド職員だよ」

「なっ・・・い、いや、だったらどうした。そんなの東支部の俺達には関係ねえだろうが」


 関係ない、と言いつつも、チップの声は明らかに力が無くなっていた。

 チップは序列に弱い。いくら支部が違うとはいえ、ギルドの職員に噛みつく度胸は無かったのである。


「その東支部に居辛くなったってんだろ? 全部聞いたぜ? お前達さえ良ければ、俺が西支部に移れるように手続きをしてやってもいいぜ」

「なっ?! ほ、本当か――ですか?!」


 男の言葉にチップ達は身を乗り出した。

 冒険者達は、名目上は冒険者ギルド本部に登録しているのであって、各支部に雇われているわけではない。

 ――が、実質、各支部は強い縄張り意識を持っており、冒険者の支部間の移動は敬遠される傾向にある。

 金級冒険者ガラハリのような存在は当然としても、チップのような若手ですらも、余程の理由がなければギルドを移ると言い出し辛い空気があった。

 ましてやチップ達は問題を起こした直後だ。西支部が受け入れてくれるかどうかは微妙な所だった。

 ――本来であれば。


「ただし条件がある」

「何でしょうか?! 俺達で出来る事なら何でもやります!」


 チップは、自分よりも”上”と決めた相手には極めて従順だ。

 彼は本当に男の言う事なら何でも聞くつもりでいた。


「何、簡単な仕事だ。お前達冒険者がいつも入っている”魔境”の森。そこでひと仕事してくれるだけでいい」


 チップの仲間が不思議そうな顔をした。


「森ですか? だったら西支部の冒険者に依頼すればいいんじゃ――」

「おい! 黙れよ!」

「いやいや、そいつの疑問は最もだ。けど、俺の用事があるのは、東支部が縄張りにしているエリアなんだよ」


 森は大きくいくつかのエリアに分けられている。

 森は広いし、そうしておかないと各支部の成果が分かり辛いのだ。それに冒険者達は縄張り意識が強い。棲み分けは余計なトラブルを防ぐ目的もあった。


「西支部の冒険者は入り辛いだろ? ――まあ、つまり俺はお前達に東支部を裏切れと言っている訳だ。で、どうする?」


 チップ達に迷いは無かった。あるいはそれほど彼らは追い詰められた気持ちになっていたのかもしれない。


「やります」


 男はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 溺れる者は藁をもつかむって奴ですね、身分も依頼の内容もやばいのに飛び付いちゃうなんて
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