その23 空間収納
僕達は冒険者ギルド支部を後にして、宿屋へと向かっていた。
僕の体は再び麻袋に隠され、ミラに担がれている。
ミラの友達、冒険者の女の子マギナは、今も歩きながら手に持った紙を覗き込み、ブツブツと呟いている。
「・・・やっぱり、納得出来ない。というか、何よこの【スキル】の数。ありえないんだけど」
さっきから彼女が見ているのは、僕の【スキル】が書かれた紙だ。
東支部の代表、サグナ様が”鑑定”のマジックアイテムで調べた僕の【スキル】一覧だ。
ミラはそんなマギナの方をなるべく見ないようにしている。
文字の読めない彼女は、みんなが僕の【スキル】を見て驚いていた時、話に加われなかった。
きっと仲間外れにされたみたいな寂しさを感じているのだろう。
無言のミラの足は自然と速足になり、紙を見ながら歩いていたマギナは後ろに置き去りにされてしまった。
「ちょ、ちょっとミラ! 私を置いてかないでよね!」
あ。マギナが慌てて走って来た。
ミラはその場に立ち止まってマギナを待った。
「そういえば、騒ぎがあったから忘れてたけど、ミラ、あんたどうするつもり?」
「どうって?」
「契約よ。東支部で契約するって話だったでしょ?」
そういえばそんな話もしていたっけ。色々な事があったからすっかり忘れてたよ。
元々、東支部には、僕の【スキル】を観てもらいに行ったんだけど、ついでにミラの冒険者としての契約もする予定だったのだ。
「どうする? あんな事もあったし、東支部は止めておく?」
マギナは不安そうにミラに尋ねた。
彼女としては、せっかく友達になったミラと一緒の場所で働きたいのだろう。
ミラは少し考えると――小さくかぶりを振った。
「別の所に行っても、どうせ似たような騒ぎになる。だったらマギナと一緒の方がいい」
ミラは僕の方をチラリと見ると、諦めたように言った。
ううっ、迷惑かけてゴメンね。
その分、薬草探しで頑張るからさ。
ミラの返事に、マギナはパッと笑みを浮かべた。
「そ、そう! なら私と一緒に入れるチームを探さない?! 私は魔法が使える後衛だから、前衛のミラとは相性がいいし!」
マギナの【パッシブスキル】は”魔法の才能”。魔法が使える後衛職、との事だ。
マギナは嬉しそうにミラの手を握った。
ミラは驚いたようにビクリと体を固くした。
「ミラ?」
「・・・なんでもない」
ミラは戸惑いながらも小さく頷いた。
「一緒のチーム。いいよ」
「そう! だったら、明日は朝一番で東支部に行って、ミラの契約を済ませてしまいましょう!」
ここでマギナは、ミラに担がれた僕を見た。
「この紙に書いていあるディルの【スキル】も、本物かどうか調べないといけないし。【パッシブスキル】はともかく、【アクティブスキル】は使えるかどうかで一発で分かる訳だもんね」
どうやらマギナはまだ僕の話を信じていなかったようだ。
ミラがジト目でマギナを見た。
「疑い過ぎ」
「ち、違うわよ! そりゃ確かに信じ難い話だけど、そういうんじゃなくて・・・ええと、ミラだって、ディルがちゃんと【スキル】を使えるかどうかは知りたいでしょ?!」
「それは――確かに」
そりゃまあ、僕だって【スキル】を使ってミラの冒険者活動を助けたいからね。
今までと違って、自分の【アクティブスキル】を知っている訳だし。
「それで、ディルはどんな【アクティブスキル】を持っているの?」
「すごい数よ。それでも【パッシブスキル】の半分って事は、まだまだ【アクティブスキル】に育っていない【パッシブスキル】があるって事になるけど・・・それでも、デタラメな数よ。コレって」
マギナは、「私なんてまだ”ファイヤーアロー”しか育ってないのに」と言って、恨めしそうに僕を睨んだ。
いや、そんな事を言われても困るんだけど。恨むなら僕に【スキル】をくれた、女神アテロード様にしてくれないかな。
ちなみに僕が今、持っている【アクティブスキル】は――
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鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定
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――の、合計十五個となる。【パッシブスキル】の数が二十九個なので、大体半分といった所だ。
ほとんどは今日初めて知った【スキル】になるけど、今まで使った事のあるものもいくつかはある。
例えば”鑑定”は、森で薬草を探した時に使った【スキル】である。
次に”隠密”。
僕を”鑑定”したサグナ様が言うには、今の僕は”隠密”を使用しているらしい。
これは僕が「隠れたい」と思った時に発動する【スキル】のようで、ミラの服や麻袋に包まれた僕が必要以上に周囲の注意を集めなかったのは、この【スキル】の効果だったようだ。とはいえ、別に透明になるとかいった訳でもないので、大きなこん棒としては目立っていたみたいだけど。
次に、森で緑色狼や、”ザ・ビースト”ガラハリさんの攻撃を防いだ、例の見えない壁。これは多分、”鉄壁”か”結界”のどちらかだろう。
この辺は後で調べてみないと分からない。
調べると言えば、”連投”や”加速”なんかは、この体になった今では使えないんだろうな。ちょっと残念だけど、元の体に戻れた時の楽しみ、という事にしておこう。
そういえば、”空間収納”という【スキル】はどういう能力なんだろうか?
僕が”空間収納”を意識した途端、何かが手に触れたような気がした。
僕は何の気なくそれを手繰り寄せると・・・
ズルリ・・・ベシャッ
「あっ」
「キャアアアアアッ!!」
上半身が潰れた緑色狼の死体が現れた。
突然目の前に現れたモンスターの死体に、マギナは悲鳴を上げてミラにしがみ付いた。
ミラもいきなりの出来事に目を白黒させて固まってる。
マギナの悲鳴に、一時周囲は騒然となった。
「なんだ? モンスターの死体? なんでこんな町中に」
「誰よ、道に死体なんて捨てたのは。冒険者が持ち込んだの?」
「うわっ。上半身ぐちゃぐちゃじゃないか。酷い死体だな」
この町ではモンスターの死体なんて珍しくもないのだろうか?
周囲の人達は死体そのものよりも、マギナのあげた悲鳴の方に驚いたようだ。彼らは冷ややかな視線で死体を一瞥するだけで、この場を立ち去っていく。
中にはミラ達が出したとでも思ったのか、二人を睨み付ける人までいた。
「何で?! 何で急に目の前にモンスターの死体が現れたのよ?!」
「これ・・・まさか森で私が倒したモンスター?」
ミラが? そういえば、上半身が潰れたこの死体は、確かに森の中で僕達が倒した緑色狼だ。
でも何で? この死体は・・・そういえば、あの時はどこかに消えてなくなったんだっけ。
確か、こう、手を伸ばして運べればいいなと思ったら・・・
ズルリ
「「「えっ?!」」」
緑色狼の死体は、見えない何かに飲み込まれるようにして姿を消した。
こちらを見ていた通行人が、「あれ?」と目を見張り、不思議そうな顔をしながら通り過ぎて行った。
道に残った血の跡さえ無ければ、最初から死体なんて無かったと錯覚してもおかしくない光景だった。
「うそ。今、何が起きたの? モンスターの死体は?」
「また消えた。森の時と同じ・・・」
あ、うん。ミラ達を驚かせて申し訳ないけど、僕には原因が分かっちゃったかな。
というより、僕がやったんだ、コレ。やったと言うか、無意識にやってしまったと言うか。
これはきっとあれだ。”空間収納”の【アクティブスキル】。
”空間収納”を意識した途端に、緑色狼の死体が現れたし、間違いはないだろう。
それはともかく、今はミラ達に落ち着いて貰わないと。
「ええと、二人共驚かせてゴメンね」
「! まさかディルがやったの?!」
「ちょっとアンタ! 何をやったのよ!」
二人には悪いけど、ここで話し込むのは目立つかな。”隠密”の【スキル】も万能じゃないみたいだし。
次回「長い一日の終わり」