その22 支部長室の三人
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冒険者ギルド東支部の二階。
支部長室では、三人の男女が先程聞かされた話を、どう判断すれば良いか頭を悩ませていた。
燃えるような赤毛の青年――”ザ・ビースト”の異名を持つ、金級冒険者ガラハリは、大きなため息をつくと来客用ソファーに深々と身を沈めた。
「はあ・・・。俺も色々な冒険者を知っているが、ディルの生い立ちはとびっきりだったな」
冷徹そうな青い髪の男――この東支部の支部長、ハイネムは眉間に皺を寄せ、難しそうな表情をしている。
「ガラハリお前、まさかあの少年の言葉を信じたのか?」
ハイネム支部長の言葉にガラハリは「さてな」と返すと、誰もいない空間を――ついさっきまで、こん棒少年ディルがいた場所を見つめた。
ギルド支部一階での騒動の後、ギルド本部役員のサグナ、東支部の支部長ハイネムの二人は、ディルから直接話を聞く事にした。
「構わないね? ディル」
「分かりました」
ディルとしても、直接ギルド本部の役員や支部長に弁明が出来る機会は願ってもなかった。
「おっと、待った。ディルは俺が運ぶぜ。なに、悪いようにはしない。お前さんは友達とここで待っていな」
「あっ・・・」
ガラハリはミラの手からディルを取り上げた。
ミラも自分の取った行動が、騒ぎを大きくしてしまったという自覚があったのだろう。これ以上は逆らう事はなかった。
「うおっ、重っ! よくこんなこん棒で俺と打ち合えたもんだぜ」
ガラハリは「コイツは腰に来そうだな」などとぼやきながら、サグナ達に続いて二階への階段を上がったのだった。
支配人室に入って早々に、サグナはディルに問いかけた。
「さて。早速説明してもらおうかい」
「あ、はい。僕達がこの建物に入ってすぐに、さっきの冒険者達がマギナに――あ、マギナというのは、ミラと一緒にいた冒険者の女の子です。マギナに――」
「あ、いや。そっちの話は後でいいや。どうせ何があったかは大体想像が付いているし。それよりも先ず、お前のその体について話してくれや」
ガラハリは、勢い込んで話し出したディルを遮った。
ディルはちょっと戸惑った様子だったが、三人に注目されている事に気付くと、気持ちを切り替えてこれまでのいきさつを話し始めた。
「ええと、僕は森でお婆ちゃんと暮らしていたんですが――」
ディルの語る内容は荒唐無稽で、とても現実に起った物とは思えなかった。
”魔境”の森での生活。女神との出会い。”魔境”の奥の巨人モンスター。そして平面人間へ。
真面目なハイネム支部長はもちろんのこと、ガラハリとサグナにとっても、ディルの話は理解が出来ず、付いて行くだけで精一杯となった。
「――という訳で、僕は自分の【スキル】を観てもらうために、この東支部までやって来たんです。あの・・・」
「ん? なんだい?」
「あ、はい。実は――」
ディルは彼らに聞きたかった事――自分と同じような体になった人はいないか、もしいれば、その人物の体は治ったのか。といった事を尋ねた。
サグナ達の返事はディルをガッカリさせるものだった。
「俺も冒険者は色々見ているが、流石にお前みたいなヤツは知らねえな」
「私もだ。体の厚みを失っても生きている人間の話など聞いた事もない」
「――悪いがアタシも心当たりはないね。また後で、ギルド本部の資料室に似た報告が上がってないか調べておくよ」
「そうですか・・・お願いします」
ディルはガッカリしたが、冒険者ギルドはダメでも、紫教会に行けば治療の記録が残っているかもしれない。
色々と騒ぎはあったものの、ここに来た目的――【スキル】を鑑定してもらう――は果たせたのだ。今日のところはこれで満足しておくべきだろう。
話を終えたディルは、このままミラ達と一緒に宿屋に戻る事になった。
ガラハリは「よいしょ」とディルを担ぐと彼に告げた。
「お前さんの話は分かった。悪いようにはならないと思うが、一応、下の冒険者共の話によっては、後でまた話を聞くことになるかもしれん。その時は宿に連絡するからよ」
「分かりました」
こうしてディルとミラ達はギルド支部を後にした。
しかし、騒ぎを起こした冒険者への取り調べは、すぐには行われなかった。
サグナ達も一度頭を冷やして、情報を整理するための時間が欲しかったのである。
「ディルの体が張り付いたこん棒の素材。ありゃあそこらに生えてる木なんかじゃねえ。あの黒さ、魔力、そして俺の金棒と打ち合ってもへこみすらしない、バカげた頑丈さ。ディルが言ったように、魔境の最奥、氷と霜の国のモンスターが使っていた武器でもないと説明が付かねえ」
「黒い一つ目の巨人――か。魔境の奥には化け物じみたモンスターがいるとは聞くが」
魔境のモンスターは闇の神ルーオードが生み出した眷属である。
闇の神の支配領域の中心に近付けば近付く程、モンスターは色を失い、黒く染まり、その能力は高くなる。
「何を今更ビビってんだ。”魔境”の奥地が、俺達人間では太刀打ちできない化け物共の巣だって事くらい、子供でも知っているだろうが。――と、ディルは知らなかったんだったな」
「それこそウソ臭い話だ。いくら祖母と二人きりだったとはいえ、だ。サグナ様、ディルがずっと魔境の森に住んでいたというのは本当でしょうか?」
ディルは物心つく前から、祖母と二人でずっと森の中の家に住んでいたという。
人間はモンスターとは真逆な存在。光の神から生まれた七大神の加護を受けて生み出された存在だ。闇の神の支配領域である”魔境”の森に人が住むなど、考えられない話である。
「さて。あの子の祖母がまともな人間ならそんな事は考えないだろうが・・・確かドロテアだったか。ちょいと気になるね。本部で調べられればいいが」
「偽名じゃねえか?」
「かもね。だが、ディルに大量の【スキル】を与えたという女神の名前が”アテロード”というのが気になる」
「アテロード・・・聞いた事の無い女神ですね。アテロード、アテ、ロード、ドロ――ドロテア?!」
「そういうこった」
ハイネム支部長はハッと目を見開いた。ポカンとしているガラハリにサグナが「倒語だよ。逆から読んでご覧」と教えた。
「アテロード。ロード、ドーロ、アテ、テア、ドーロテア。あっ! ドロテア! ディルの婆ちゃんの名前じゃねえか!」
「ドロテアとアテロード。無関係にしてはあまりに出来過ぎているとは思わないかい?」
実は二人の名前の類似性には大した意味ははない。悪質な邪妖精のタチの悪いディルいじりなのだが、彼らにそれを分かれと言う方が無理だろう。
ハイネム支部長は「それにしても」と、ディルの【スキル】の写しを手に取った。
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【名前】:ディル
【パッシブスキル】:ど根性 共感 ステータス強化 直感 忍耐 健康体 高速回復 魔力操作 学習能力 確率補正 命中率補正 攻撃補正 防御補正 斬撃耐性 刺突耐性 苦痛耐性 精神耐性 状態異常耐性 毒耐性 全魔法耐性 腐食耐性 体術の才能 剣術の才能 槍術の才能 盾術の才能 弓術の才能 造形技能 見様見真似 探知
【アクティブスキル】:鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定
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「――デタラメだな。というよりも、本当にこんな【スキル】があるんでしょうか? ”直感”や”忍耐”なんかは私も知っていますが、命中補正や攻撃補正などは、聞いた事もありませんが」
「この〇〇耐性ってのも知らねえな。コイツに関しては、またやたらと種類が多いのも異常性を感じるぜ」
「まともに手に入れた【スキル】じゃないって事か」
ハイネム支部長は眉間に皺を寄せた。
「冒険者は死にかけた時、その原因に対抗するための新たな【スキル】を得る、とも聞きますが?」
ガラハリは「はん!」と鼻で笑った。
「そいつは良くある出まかせだ。一度や二度、死にかけたくらいでそう簡単に【スキル】が生えてたまるかよ」
「そうだね。そんな事で【スキル】が身に付くなら、世の中の病人はみんな病気耐性の【スキル】持ちになっているだろうよ」
金級冒険者ガラハリと、元金級冒険者だったサグナにハッキリと否定された事で、ハイネム支部長は納得した。
確かに、二人の言うように、一度や二度死にかけたくらいでは【スキル】は身に付かない。
――しかし、それはあくまでも常識内の話だ。
もし、死にかけた経験が一度や二度ではなければ? それこそ物心がつくより前から、【呪詛】と呼ばれるバッドステータスをかけられて、恒常的に命の危険にさらされていたとしたら?
かつてディルにかけられていた無数の【呪詛】。
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【呪詛】:拘束(呪) 筋力低下(強) ステータス低下(強) 回復力低下(強) 注意力低下(強) 命中率低下(強) 苦痛(強) 混乱(強) 不運(強) 精神遅滞(強) ストレス(強)
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そんな常識外とも言える無数の【呪詛】に対抗するために、ディルの【パッシブスキル】:ど根性(極)が働いていたとしたらどうだろうか?
そう。その結果が今、ハイネム支部長が見ている通りの、デタラメな数の【スキル】なのである。
「で、婆ちゃん。ディルの事は、どうするんだ?」
「・・・普通に考えれば危険だね。貴族は――特に今の宰相辺りは始末しようとするかもしれない。だが――」
「ああ。だが、冒険者としては頼もしい」
「まさか! あの少年を――ディルを冒険者にするつもりですか?!」
サグナとガラハリは揃って不思議そうな顔をした。
「そんなに驚くような事か? 俺達冒険者が何のためにモンスターと戦っていると思っているんだ? モンスターを狩って”魔境”の森の拡大を防ぐためだろうが」
「そもそも、この町が作られた目的からしてそれだ。だったらディルは間違いなく頼もしい戦力だよ」
サグナはそう言うと、善は急げとばかりに立ち上がった。
「そうと決まれば、本部が閉まる前に申請書を取りに行かないとね」
「婆ちゃんの推薦枠の申請書か? あのチビはどうする? ディルは多分、アイツでないと持ち運べないぜ」
「”金剛力”の【スキル】を持っていた子の事かい? もちろん一緒に用意するつもりだけど・・・そういや、あの子は登録年齢に達しているんだろうね? ――まあいいか。二~三歳くらいならどうにでも誤魔化せるだろうし」
ハイネム支部長は「デタラメだ」と頭を抱えた。
二人はそんな彼を後に残し、テキパキと打ち合わせをしながら部屋を出て行った。
彼らが急ぎ足で階段を降りたその時だった。一階にたむろしていた大勢の冒険者達が一斉に二人に振り返った。
全員を代表して、黒髪の冒険者ウドリがサグナに尋ねた。
「あの・・・俺達の事情聴取はいつ始まるんですか?」
「「あ・・・」」
二人はディルに気を取られるあまり、騒ぎの原因を作り出した冒険者達への聞き取り――今日の騒ぎの原因究明――を後回しにしていたのを、すっかり忘れていたのであった。
次回「空間収納」