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その22 支部長室の三人

◇◇◇◇◇◇◇◇


 冒険者ギルド東支部の二階。

 支部長室では、三人の男女が先程聞かされた話を、どう判断すれば良いか頭を悩ませていた。


 燃えるような赤毛の青年――”ザ・ビースト”の異名を持つ、金級冒険者ガラハリは、大きなため息をつくと来客用ソファーに深々と身を沈めた。


「はあ・・・。俺も色々な冒険者を知っているが、ディルの生い立ちはとびっきりだったな」


 冷徹そうな青い髪の男――この東支部の支部長、ハイネムは眉間に皺を寄せ、難しそうな表情をしている。


「ガラハリお前、まさかあの少年の言葉を信じたのか?」


 ハイネム支部長の言葉にガラハリは「さてな」と返すと、誰もいない空間を――ついさっきまで、こん棒少年ディルがいた場所を見つめた。




 ギルド支部一階での騒動の後、ギルド本部役員のサグナ、東支部の支部長ハイネムの二人は、ディルから直接話を聞く事にした。


「構わないね? ディル」

「分かりました」


 ディルとしても、直接ギルド本部の役員や支部長に弁明が出来る機会(チャンス)は願ってもなかった。


「おっと、待った。ディルは俺が運ぶぜ。なに、悪いようにはしない。お前さんは友達とここで待っていな」

「あっ・・・」


 ガラハリはミラの手からディル(こん棒)を取り上げた。

 ミラも自分の取った行動が、騒ぎを大きくしてしまったという自覚があったのだろう。これ以上は逆らう事はなかった。


「うおっ、重っ! よくこんなこん棒で俺と打ち合えたもんだぜ」


 ガラハリは「コイツは腰に来そうだな」などとぼやきながら、サグナ達に続いて二階への階段を上がったのだった。


 支配人室に入って早々に、サグナはディルに問いかけた。


「さて。早速説明してもらおうかい」

「あ、はい。僕達がこの建物に入ってすぐに、さっきの冒険者達がマギナに――あ、マギナというのは、ミラと一緒にいた冒険者の女の子です。マギナに――」

「あ、いや。そっちの話は後でいいや。どうせ何があったかは大体想像が付いているし。それよりも先ず、お前のその体について話してくれや」


 ガラハリは、勢い込んで話し出したディルを遮った。

 ディルはちょっと戸惑った様子だったが、三人に注目されている事に気付くと、気持ちを切り替えてこれまでのいきさつを話し始めた。


「ええと、僕は森でお婆ちゃんと暮らしていたんですが――」


 ディルの語る内容は荒唐無稽で、とても現実に起った物とは思えなかった。

 ”魔境”の森での生活。女神との出会い。”魔境”の奥の巨人モンスター。そして平面人間へ。


 真面目なハイネム支部長はもちろんのこと、ガラハリとサグナにとっても、ディルの話は理解が出来ず、付いて行くだけで精一杯となった。


「――という訳で、僕は自分の【スキル】を観てもらうために、この東支部までやって来たんです。あの・・・」

「ん? なんだい?」

「あ、はい。実は――」


 ディルは彼らに聞きたかった事――自分と同じような体になった人はいないか、もしいれば、その人物の体は治ったのか。といった事を尋ねた。

 サグナ達の返事はディルをガッカリさせるものだった。


「俺も冒険者は色々見ているが、流石にお前みたいなヤツは知らねえな」

「私もだ。体の厚みを失っても生きている人間の話など聞いた事もない」

「――悪いがアタシも心当たりはないね。また後で、ギルド本部の資料室に似た報告が上がってないか調べておくよ」

「そうですか・・・お願いします」


 ディルはガッカリしたが、冒険者ギルドはダメでも、紫教会に行けば治療の記録が残っているかもしれない。

 色々と騒ぎはあったものの、ここに来た目的――【スキル】を鑑定してもらう――は果たせたのだ。今日のところはこれで満足しておくべきだろう。


 話を終えたディルは、このままミラ達と一緒に宿屋に戻る事になった。

 ガラハリは「よいしょ」とディル(こん棒)を担ぐと彼に告げた。


「お前さんの話は分かった。悪いようにはならないと思うが、一応、下の冒険者共の話によっては、後でまた話を聞くことになるかもしれん。その時は宿に連絡するからよ」

「分かりました」


 こうしてディルとミラ達はギルド支部を後にした。

 しかし、騒ぎを起こした冒険者への取り調べは、すぐには行われなかった。

 サグナ達も一度頭を冷やして、情報を整理するための時間が欲しかったのである。




「ディルの体が張り付いたこん棒の素材。ありゃあそこらに生えてる木なんかじゃねえ。あの黒さ、魔力、そして俺の金棒と打ち合ってもへこみすらしない、バカげた頑丈さ。ディルが言ったように、魔境の最奥、氷と霜の国(ヨートゥンヘイム)のモンスターが使っていた武器でもないと説明が付かねえ」

「黒い一つ目の巨人――か。魔境の奥には化け物じみたモンスターがいるとは聞くが」


 魔境のモンスターは闇の神ルーオードが生み出した眷属である。

 闇の神の支配領域の中心に近付けば近付く程、モンスターは色を失い、黒く染まり、その能力は高くなる。


「何を今更ビビってんだ。”魔境”の奥地が、俺達人間では太刀打ちできない化け物共の巣だって事くらい、子供でも知っているだろうが。――と、ディルは知らなかったんだったな」

「それこそウソ臭い話だ。いくら祖母と二人きりだったとはいえ、だ。サグナ様、ディルがずっと魔境の森に住んでいたというのは本当でしょうか?」


 ディルは物心つく前から、祖母と二人でずっと森の中の家に住んでいたという。

 人間はモンスターとは真逆な存在。光の神から生まれた七大神の加護を受けて生み出された存在だ。闇の神の支配領域である”魔境”の森に人が住むなど、考えられない話である。


「さて。あの子の祖母がまともな人間ならそんな事は考えないだろうが・・・確かドロテアだったか。ちょいと気になるね。本部で調べられればいいが」

「偽名じゃねえか?」

「かもね。だが、ディルに大量の【スキル】を与えたという女神の名前が”アテロード”というのが気になる」

「アテロード・・・聞いた事の無い女神ですね。アテロード、アテ、ロード、ドロ――ドロテア?!」

「そういうこった」


 ハイネム支部長はハッと目を見開いた。ポカンとしているガラハリにサグナが「倒語だよ。逆から読んでご覧」と教えた。


「アテロード。ロード、ドーロ、アテ、テア、ドーロテア。あっ! ドロテア! ディルの婆ちゃんの名前じゃねえか!」

「ドロテアとアテロード。無関係にしてはあまりに出来過ぎているとは思わないかい?」


 実は二人の名前の類似性には大した意味ははない。悪質な邪妖精のタチの悪いディル(・・・)いじり(・・・)なのだが、彼らにそれを分かれと言う方が無理だろう。


 ハイネム支部長は「それにしても」と、ディルの【スキル】の写しを手に取った。


――――――――


【名前】:ディル


【パッシブスキル】:ど根性 共感 ステータス強化 直感 忍耐 健康体 高速回復 魔力操作 学習能力 確率補正 命中率補正 攻撃補正 防御補正 斬撃耐性 刺突耐性 苦痛耐性 精神耐性 状態異常耐性 毒耐性 全魔法耐性 腐食耐性 体術の才能 剣術の才能 槍術の才能 盾術の才能 弓術の才能 造形技能 見様見真似 探知


【アクティブスキル】:鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定


――――――――


「――デタラメだな。というよりも、本当にこんな【スキル】があるんでしょうか? ”直感”や”忍耐”なんかは私も知っていますが、命中補正や攻撃補正などは、聞いた事もありませんが」

「この〇〇耐性ってのも知らねえな。コイツに関しては、またやたらと種類が多いのも異常性を感じるぜ」

「まともに手に入れた【スキル】じゃないって事か」


 ハイネム支部長は眉間に皺を寄せた。


「冒険者は死にかけた時、その原因に対抗するための新たな【スキル】を得る、とも聞きますが?」


 ガラハリは「はん!」と鼻で笑った。


「そいつは良くある出まかせだ。一度や二度、死にかけたくらいでそう簡単に【スキル】が生えてたまるかよ」

「そうだね。そんな事で【スキル】が身に付くなら、世の中の病人はみんな病気耐性の【スキル】持ちになっているだろうよ」


 金級冒険者ガラハリと、元金級冒険者だったサグナにハッキリと否定された事で、ハイネム支部長は納得した。

 確かに、二人の言うように、一度や二度死にかけたくらいでは【スキル】は身に付かない。


 ――しかし、それはあくまでも常識内の話だ。

 もし、死にかけた経験が一度や二度ではなければ? それこそ物心がつくより前から、【呪詛】と呼ばれるバッドステータスをかけられて、恒常的に命の危険にさらされていたとしたら?

 かつてディルにかけられていた無数の【呪詛】。


――――――――

 

【呪詛】:拘束(呪) 筋力低下(強) ステータス低下(強) 回復力低下(強) 注意力低下(強) 命中率低下(強) 苦痛(強) 混乱(強) 不運(強) 精神遅滞(強) ストレス(強)


――――――――


 そんな常識外とも言える無数の【呪詛】に対抗するために、ディルの【パッシブスキル】:ど根性(極)が働いていたとしたらどうだろうか?

 そう。その結果が今、ハイネム支部長が見ている通りの、デタラメな数の【スキル】なのである。



「で、婆ちゃん。ディルの事は、どうするんだ?」

「・・・普通に考えれば危険だね。貴族は――特に今の宰相辺りは始末しようとするかもしれない。だが――」

「ああ。だが、冒険者としては頼もしい」

「まさか! あの少年を――ディルを冒険者にするつもりですか?!」


 サグナとガラハリは揃って不思議そうな顔をした。


「そんなに驚くような事か? 俺達冒険者が何のためにモンスターと戦っていると思っているんだ? モンスターを狩って”魔境”の森の拡大を防ぐためだろうが」

「そもそも、この町が作られた目的からしてそれだ。だったらディルは間違いなく頼もしい戦力だよ」


 サグナはそう言うと、善は急げとばかりに立ち上がった。


「そうと決まれば、本部が閉まる前に申請書を取りに行かないとね」

「婆ちゃんの推薦枠の申請書か? あのチビはどうする? ディルは多分、アイツでないと持ち運べないぜ」

「”金剛力”の【スキル】を持っていた子の事かい? もちろん一緒に用意するつもりだけど・・・そういや、あの子は登録年齢に達しているんだろうね? ――まあいいか。二~三歳くらいならどうにでも誤魔化せるだろうし」


 ハイネム支部長は「デタラメだ」と頭を抱えた。

 二人はそんな彼を後に残し、テキパキと打ち合わせをしながら部屋を出て行った。

 彼らが急ぎ足で階段を降りたその時だった。一階にたむろしていた大勢の冒険者達が一斉に二人に振り返った。

 全員を代表して、黒髪の冒険者ウドリがサグナに尋ねた。


「あの・・・俺達の事情聴取はいつ始まるんですか?」

「「あ・・・」」


 二人はディルに気を取られるあまり、騒ぎの原因を作り出した冒険者達への聞き取り――今日の騒ぎの原因究明――を後回しにしていたのを、すっかり忘れていたのであった。

次回「空間収納」

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