その20 ダブル《二つ持ち》
ここは冒険者ギルド東支部の中庭。
ミラは生まれて初めての全力での打ち合いに激しく消耗していた。
そんなミラに、赤毛の冒険者ガラハリは自信たっぷりに言い放った。
「まさか上位スキルを持っているのが、この世で自分一人だとか思ってないよな? 俺の【パッシブスキル】は”野獣の力”。上位スキルだ!」
ガラハリは驚く僕達に更に衝撃の言葉を告げた。
「そしてもう一つの【パッシブスキル】は”野生の勘”! 俺は【パッシブスキル】のダブルなんだよ!」
【スキル】というのは、全員が持っている訳ではないそうだ。大体七割程の人達は、【スキル】そのものを持っていないか弱い【スキル】で、自分が【スキル】を持っているという事を自覚しないまま生活しているらしい。
しかし、中にはそんな【スキル】を複数持っている人もいるんだそうだ。
「このブラッケンの町でも、ダブルは俺と婆ちゃん、それに東支部に一人と、北支部に五人しかいねえ。そして――」
ここでガラハリはたっぷりとタメを作った。
「【パッシブスキル】が両方共に上位スキルなのは、この俺! ”ザ・ビースト”ガラハリただ一人という訳だ!」
「えっ・・・」
ミラはポカンと大口を開けた。
上位スキルというのは、通常のスキルの完全に上位互換となる。
実際についさっき、ミラはその上位スキル”金剛力”で、この東支部の冒険者達を圧倒してみせた。
しかし、ここにいるガラハリという冒険者は、その強力な上位スキルを二つも持っていると言うのだ。
ガラハリはチラリと周囲の冒険者達を見回すと、手でチョイチョイとアピールをした。
「う、うおおおおっ! ガラハリさん、まじカッコイイー!」
「キ、キャアアア! ガラハリ様ーっ!」
「今の決まってましたぜ、ガラハリさん!」
冒険者達の大きな声援を受けて、ガラハリは満足そうだ。
彼は「さて」と、金棒を構えようとしたが、ミラがまだ肩で息をしているのを見て、呆れ顔で構えを解いた。
「お前、本当に実戦経験が無いんだな。まあ、生まれつき【スキル】に恵まれていればそれも当然か」
周囲の冒険者から「いや、アンタがそれを言うのかよ」とツッコミが入った。
「お前、さっきアイツらをあしらっていい気になってただろ?」
「!」
ガラハリの指摘に、ミラの表情がこわばった。
「勘違いしているみたいだから言っとくが、お前、この中じゃ一番弱いぜ」
「そんなはずはない!」
ミラがサッと目を怒らせた。
そんなミラをガラハリは下げずんだ目で見た。
「それすらも分からないのか。惨めだな、お前。
なあ、お前の【スキル】は【アクティブスキル】に育ってないだろ?」
「そ! それは・・・」
図星を刺されたミラは返事に詰まった。
【アクティブスキル】とは、常時発動している【パッシブスキル】とは違って、本人の意思で使用するタイプの【スキル】の事を言う。
僕が森で薬草を見つける時に使った”鑑定”なんかがそれにあたる。
「お前はハッキリ言ってやらないと分からないみたいだから言ってやる。確かに【パッシブスキル】じゃ、コイツらはお前には敵わない。コイツらが持っているのは通常スキル。お前が持っているのは上位スキルだからな。
だが、コイツらには【アクティブスキル】がある。”魔境”の森のモンスターとの戦いで伸ばした”殺しの技”だ。
そんな力を人間同士の争いで使ったらどうなるか? 当然言うまでもねえよな。
さっきお前が勝てたのは、コイツらが本気じゃなかったから――【アクティブスキル】を使う気がなかったからなんだよ」
ミラは愕然と立ち尽くした。
ガラハリの言葉に心当たりがあったからだろう。
言葉を失くしてしまったミラに代わって、今まで固唾をのんで二人の戦いを見守っていたマギナが、ガラハリに尋ねた。
「本気じゃなかったって・・・だったら一体なんで?」
「詳しい事情は俺も知らん。が、大方、先輩として、冒険者になりたてで調子に乗っている新人の鼻っ柱を折るために、ちょっと脅してやろうとしていたんだろうぜ」
マギナは、慌てて周囲の冒険者達を見まわした。
彼らはバツが悪そうにしながら、目を反らして頭を掻いた。
「私は調子に乗ってなんかないわ」
「だろうな。まあ、なんでこうなったかについては、大体、当たりが付いているがな」
ガラハリはそう言うと、今度は建物の出口からこちらを伺っていた少年冒険者達を睨み付けた。
少年冒険者達は一斉に顔色を青ざめると、慌てて建物の中に引っ込んだ。
そのままバタバタと足音が遠ざかって行く。どうやらこの場から逃げ出したようだ。
「――とまあ、そういった訳で、このまま放っておいたら、ヤツらは【アクティブスキル】を使う羽目になりそうだった。さっきも言ったが、そうなりゃ、ちょっと脅す程度じゃ済まねえ。そして新人の、しかも女冒険者を大怪我させてしまったとなれば、婆ちゃんが怒り狂っちまう。俺が手を出すしかなかったのさ」
ガラハリの言葉に、黒髪の冒険者ウドリが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すみませんでした、ガラハリさん。俺達の力不足で迷惑をかけてしまって」
「流石にこのチビの強さは想定外だろうよ。この俺も久しぶりにいい運動になったぜ。それでどうする? まだ続けるか? ――その様子じゃ聞くまでもねえか」
ミラは悔しそうに俯いていたまま身じろぎもしない。完全に戦意を喪失しているようだ。
ガラハリは少し物足りなさそうな表情で金棒を担ぐと――最後にふとミラのこん棒に目を留めた。
「それにしてもそのこん棒、一体どんな作りをしてるんだ? この俺の金棒とまともに殴り合ってびくともしないとか、どう考えても普通じゃねえぞ。見た目はただの木製だが――待て。俺の”野生の勘”が反応している?」
ガラハリは口元の笑みを消し、目をスッと細めた。
「どういう事だ? ”野生の勘”が――いや、しかし。・・・おい、そいつを良く見せてみろ」
「だ、ダメ!」
ミラは後方に飛んで、ガラハリの伸ばした手から逃れた。
「お前、そのこん棒――その黒さ、その魔力。まさか”魔境”の森の奥地の樹で出来ているのか? おい、なんでお前がそんな素材で出来た武器を持っているんだ。いや、待て。ていうか、何で俺は今までそんな事に気付かなかった? ずっと真正面から打ち合っていたっていうのに、違和感すら抱かなかったって、おかしいじゃねえか」
ここでガラハリは何かに気付いたのか、ハッと目を見開いた。
「――まさか精神系の【アクティブスキル】の支配を受けていたのか? 俺だけじゃなく、ここにいる冒険者全員が? おい、ウソだろ。だったら考えられる事はただ一つ――」
ガラハリは今では殺気すら含んだ目で僕の事を睨み付けている。
「バカな! そのこん棒はマジックアイテムだったのか?!」
ガラハリの顔には驚愕と――そして恐怖が張り付いていた。
マジックアイテム。僕達がここに来たのは、”鑑定”のマジックアイテムで僕の【スキル】を観てもらうためである。
それがなぜ、僕がマジックアイテムって話になって、ガラハリ程の冒険者をこうまで驚かせているのだろうか?
「精神操作系のマジックアイテムなんて冗談じゃねえぞ! お前、何てヤバイ物を持ってやがるんだ! おい、チビ。悪い事は言わねえ。すぐにそいつをコッチに渡せ!」
ガラハリはゆっくりとミラに近付いた。
ミラはただごとではないガラハリの気配に怯えて後ずさった。
「いいから。いいから、そのこん棒をそこに置け。婆ちゃんが戻って来たら調べて貰うからよ」
「いや!」
ガラハリは、はじかれたように一気にミラとの距離を詰めた。
言葉では埒が明かないと考えて、実力行使に出る事にしたようだ。
さっきまでの打ち合いが、完全に手加減されていた事が分かる早さだった。
しかし、ミラは素早く身を翻すと、この場から逃げ出した。
「待て! そいつは危険なんだ! ええい、クソッ!」
この場のただならぬ気配に、黒髪の冒険者ウドリが、素早く仲間の冒険者達に指示を出した。
「みんな、出口を塞げ! そのチビを逃がすな!」
「バカ野郎! 下がってろ! そいつは俺の”野生の勘”すら騙したマジックアイテムだ! お前達の手には負えねえ! 下手すりゃ【呪詛】をもらうぞ!」
ガラハリはあっと言うミラの背後に迫ると、金棒を振り上げた。
「クソが! 手加減している余裕はねえ! 死ぬんじゃねえぞ!」
ブン! ミラの無防備な背中に金棒が襲い掛かる。
危ない!
ミラの危機に僕は咄嗟に【アクティブスキル】を発動した。
バキーン!
「ウソ・・・だろ。精神操作の【スキル】以外に、物理防御系の【スキル】まであるのかよ」
僕が【スキル】で作り出した見えない壁は、ガラハリの攻撃を受け止め切れずに砕け散った。
緑色狼の攻撃も難なく跳ね除けた【スキル】の壁を、こんなに簡単に破壊するなんて。
もしも、今の攻撃がミラに当たっていたらどうなっていただろう。僕は想像しただけでゾッとした。
ガラハリは、自分の攻撃が止められた事に驚いて、思わず足が止まった。その隙に、ミラは建物の中に逃げ込んだ。
必死なミラの形相に、詰めかけていたギルドの人達が慌てて道を開ける。
背後でガラハリが叫んだ。
「野郎! こうなりゃマジで行くしかねえ! 【アクティブスキル】”野生解放”!」
ゴウッ!
背後から風圧が叩きつけられたかと思うと、振り切ったはずのガラハリが、僕達の直ぐ真後ろに迫っていた。
瞬間移動でもしたんじゃないかと思う程のデタラメな速さだ。
ガラハリの赤い髪は逆立ち、まるで火炎のごとく激しく揺らめいている。
これが【アクティブスキル】”野生解放”。まるで野獣のようなその迫力は、正に”ザ・ビースト”の呼び名にふさわしいものだった。
「ひっ!」
ミラが恐怖に目を見開いた。
その時、ガラハリは伸ばした手をハッと止めた。
「ガラハリ。何をしている」
「こいつは一体、何の騒ぎだい」
次回「お披露目」