その19 ザ・ビースト
二階の階段から現れた、燃えるような赤毛の長身の冒険者。
ミラの背後で冒険者の女の子マギナが、呆然とした様子でポツリと呟いた。
「”ザ・ビースト”ガラハリ・・・この東支部に三人しかいないっていう金級冒険者」
この場の全員が固唾を呑んで、男の――ガラハリの言葉を待った。
ガラハリは「で?」と、尋ねた。
「で? これは一体何の騒ぎなんだ?」
黒髪の冒険者ウドリが慌てて答えた。
「ガラハリさん。これは、その、新人がちょっと問題を起こしたので、冒険者の流儀を教えてやらなきゃと思いまして――」
「教える? お前らが教えられてる、じゃなくて?」
ガラハリはそう言うと、今度はミラをねめつけた。
「俺の”野生の勘”が囁いている・・・。いいだろう。お前らに代わってそのチビの相手、俺が引き受けてやるよ」
「そ、そんな! わざわざガラハリさんが出るまでもないですよ!」
「――よお、お前。何か勘違いしてねえか?」
ガラハリは階段の手すりを乗り越えると、ドスン! 大きな音を立てて床に降り立った。
「お前らがそのガキにぶっ飛ばされて赤っ恥を晒すのは勝手だが、それでこの東支部が――俺や婆ちゃんがナメられるような事になったら、お前、その責任取れんのかよ?」
「それは・・・」
ゴクリ。緊張で誰かの喉が鳴った。
マギナが勇気を振り絞って――それでもミラの背中にしがみついたまま――声を上げた。
「わ、私達は問題なんて起こしてません! 受付でチップ達の事を罵ったって言われたけど、そんな事していません!」
「バ、バカ! 黙ってろ!」
マギナの声に、今まで呆然と事態を見守っていた少年冒険者達が、慌てて身を乗り出した。
しかし、直後にガラハリの鋭い視線を受けて「うっ!」と黙り込む。
ガラハリは探るように少年冒険者達を睨み付けていたが――つまらなさそうに大きな舌打ちをした。
「・・・ちっ。そういう事か。おい、ウドリ。テメエ、このガキ共に乗せられやがったな。今回は貸しにしとくぜ」
「ガラハリさん? 一体何を――あっ! チップ、まさかお前達・・・くそっ! ガ、ガラハリさんスミマセンでした」
二人は何かに気付いたのか、揃って苦虫を嚙み潰したような表情になった。
ガラハリは、怯えた顔でこちらの様子を伺っているギルドの人達の方へと向き直った。
「おい。ちょっと中庭を借りるぜ。なあに、恒例の新人教育だ。すぐに終わる」
ギルド職員達は一様に驚きの表情を浮かべた。
「ガラハリさんが自分で戦うんですか?!」
「見ての通りってヤツだ。この場はそうしないと収まらんだろう? コイツらじゃ加減が出来んだろうからな。おい、そこのチビ共!」
彼は白い歯をむき出しにして、ミラ達に凄みのある笑みを向けた。
「付いて来い。この俺が直々に稽古をつけてやるぜ」
ギルドの中庭は、草木一本生えていない整地された広場だった。
何も無いガランとした広場で、唯一目に入るのは、ボロを巻きつけた案山子くらいだ。
後で聞いたら、”打ち込み台”と呼ばれる、訓練用の施設なんだそうだ。
ガラハリは広場の真ん中まで進むと、肩にかついでいた金棒を振った。
ブオン!
長身のガラハリが持っているから普通の長さに見えるだけで、多分、ミラの身長と同じくらいの大きさはあるんじゃないだろうか?
そんな見るからに重い鉄の塊を、ガラハリは片手で軽々と振り回した。
「コイツは鍛冶屋に特注して、とにかく丈夫に作らせた金棒だ。稽古に使うにはちとゴツイが、この俺の力に耐えられる得物はそうそうないんでな。まあ許せ。と言っても(ここで彼はミラが持っている僕をチラリと見た)、見た目のインパクトじゃ完全にお前のこん棒に負けちまってるが」
ガラハリは、ドスンと金棒を地面に立てた。
「ルールは簡単だ。【アクティブスキル】の使用は無し。――有りだとマジの殺し合いになっちまうからな。
それと急所と頭への直接攻撃も無し。倒れた相手への攻撃も無しだ。要は相手を殺しちまうような戦い方は無しって事だ。その辺は稽古なんだから、まあ当たり前だな」
「ま、待って! そこのギルド職員の人達にも聞いて頂戴! 私は何も悪い事なんてしてないのよ! 本当なの!」
マギナは必死のアピールをするが、ガラハリは聞く耳を持たなかった。
「悪いが、もう、そういう話じゃねえんだわ。恨むならお前の友達を恨みな。そいつがギルドで暴れなきゃ、何も問題はなかったんだ」
「そんな! ミラは暴れたくて暴れたんじゃない! あの人達が私に手を出そうとしたから、それで――」
「マギナ、もういい」
ミラはマギナを押しのけると、中庭に足を進めた。
「ミラ!」
「子分の前で叩き潰さないとメンツが立たない。要はそういう事」
「はん! ガキのくせに利いた風な口を叩きやがる。おい、チビ。お前、さっきの戦いを見ていたが、お前の【スキル】、怪力系の上位スキルだろ?」
ガラハリの言葉にミラの足が止まった。
ミラの反応を見て図星と思ったのか、ガラハリは満足そうに鼻を鳴らした。
周囲で見守っていた冒険者達から大きなどよめき声が上がる。
「上位スキル?! まさかあのチビが?!」
「だったらさっき、ドランクが負けたのも当然だ。アイツの”剛力”はただの通常スキルだからな」
「おい! 俺の【スキル】をバカにするな!」
しかし、ミラは戸惑った様子でガラハリを見上げた。
「・・・上位スキルかどうかなんて知らない」
「はあ? お、おい。自分の【スキル】だろ?」
「名前と能力は知っているけど、上位とかそういうのは知らない。というか、【スキル】に上位があるなんて初めて知った」
ガラハリはミラの言葉に顔を歪めた。
今まで「見破ってやったぜ」的な顔をしていたのが恥ずかしかったのだろう。
ミラは気まずそうに目を反らした。
「・・・ゴメン」
「・・・別に謝るような事じゃねえよ」
二人の間に何だか微妙な空気が漂った。
「ゴ、ゴホン。まあいいや。こうやって俺の誘いに乗ったって事は、いいんだな? ケガしても後で文句は言わせねえぜ?」
「分かってる。そっちもケガしても文句を言わない事」
「ぬかせ! ホラ、挨拶代わりだ、受け取りな!」
ガラハリは金棒を振り上げるとミラに叩きつけた。
ガキン!
甲高い金属音を立てて僕の体が金棒を受け止めた。
「頭は狙わないルールじゃなかった?」
「今のは受けられるって分かってたからな。大体、俺とお前とじゃ身長が違い過ぎる。振り下ろしが無しじゃ、戦いにもならねえぜ」
「それはそうか」
ミラはお返しとばかりに、横薙ぎに僕を振り回した。
ガキン!
今度はガラハリが金棒でミラのこん棒を受け止めた。
しかし、完全には受け止め切れなかったのか、彼の体がズズッと後ずさる。
「ちっ! ・・・単純な力比べじゃ、俺の方が分が悪いか」
「ま、まさかガラハリさんが押されている?」
ガラハリはうろたえた冒険者をジロリと睨み付けた。
「バカが。戦いは単純な力比べじゃねえ。黙って見てろ」
ガラハリは余程負けず嫌いの性格らしい。「戦いは力比べじゃない」と言いながらも、一歩も引かずにその場に踏みとどまり、ミラと打ち合った。
「今度は俺の番だ! しのいでみな!」
「むん」
二人の振り回す金棒とこん棒が激しくぶつかり合い、中庭にガキンガキンと大きな金属音を響かせる。
「おいおい、なんでこん棒に当たって金属音がするんだ?」
「麻袋で隠れているだけで、表面に鉄が貼り付けてあるんじゃないか?」
「それにしたって、ガラハリさんの攻撃だぜ? 芯になっているこん棒の方がもたないだろうよ」
一見、互角に見える二人の打ち合い。
しかし、僕はミラの焦りを感じていた。
「そらそら、大振りが過ぎるぜ! どうしたどうした!」
「ぐっ・・・」
ミラの打ち込みが大振りになっているのは、彼女の焦りのせいだ。
二人は交互に打ち合いを続けている――ようであって実は違う。
そうなるようにガラハリが完全にミラをコントロールしているのだ。
ミラも今のままでは不味いと思っているのだろう。さっきから色々と試しているようだが、この流れを変える事が出来ずにいた。
こうしてまるで獣が獲物を弄んでいるような、息苦しい時間が続いた。
ガキーン!
ひと際大きな音が響くと、二人は示し合わせたように同時に飛び退いた。
激しい打ち合いに、ミラは心身ともに疲れ果て、「はあ、はあ」と肩で大きく息をしている。
彼女は汗で額に張り付いた前髪を、うっとおしそうに手で拭った。
対してガラハリの息はほとんど乱れていない。顔は興奮で紅潮しているけど、そのくらいだ。
ミラも彼との差には驚いているようで、思わず「なぜ?」と呟いた。
「なぜ? 私の方が力では押していたのに」
「あん? お前、格上の相手と戦うのは初めてか? まあ、生まれつき上位スキルなんて恵まれた物を持っていればそれも当然か」
ガラハリは、親指で自分の胸を指差した。
「まさか上位スキルを持っているのが、この世で自分一人だとか思ってないよな? 俺の【パッシブスキル】は”野獣の力”。上位スキルだ!」
「!」
ガラハリも上位スキルを持っているだって?!
後で知ったけど、彼の【スキル】は”野獣の力”。筋力や反射神経等の肉体が強化される上位スキルだそうだ。
しかし、僕達が驚くのはまだ早かったのである。
「そしてもう一つの【パッシブスキル】は”野生の勘”! 俺は【パッシブスキル】のダブルなんだよ!」
次回「ダブル《二つ持ち》」