その18 ミラ無双
冒険者ギルドの東支部で、僕達は冒険者達から睨み付けられていた。
町の外でミラに絡んで来た少年冒険者達。彼らのリーダー格チップに声を掛けられて立ち上がったのは、いかにも”凄腕冒険者”といった佇まいを持つ男、ウドリだった。
ウドリはマギナを見下ろして言った。
「お前、ここの受付でチップ達の事を悪し様に罵ったそうだな。新人のくせに、ちょっと調子に乗っているんじゃないか?」
「そ、そんな。罵ったなんて・・・」
マギナは震えながら目を泳がせた。
壁際では少年冒険者達がニヤニヤと白い歯を見せながら、彼女の怯える様を見て笑っている。
マギナは周囲を見回すが、いつの間にか背後に回った別の冒険者によって、建物の出口は塞がれていた。
「お前、冒険者学校の卒業生だってな。俺達冒険者はギルド職員に睨まれちゃお終いだ。ろくに金にもならないクズ仕事しか回されなくなっちまうからな。お前は学校の教師に告げ口する程度の軽い気持ちで、ギルド職員に言い付けたのかもしれないが、コイツらにとっては死活問題だったんだよ」
ガタン。ガタン。
次々と周囲の冒険者達が立ち上がる。
迫力のある冒険者集団に囲まれて、マギナの顔は血の気を失って紙のように白くなった。
「わ、私は別にそんなつもりじゃ・・・」
「つもりとか、つもりじゃないとか、そんなのはどっちだっていいんだよ。問題はお前が何をやったかだ。お前が告げ口したせいで、コイツらは今後、ギルドから干されるかもしれねえ。まあ、そんな事は俺達がさせねえがな。それはさておき、今はこの落とし前をどう付けるかって話なんだよ」
マギナは恐怖のあまりガチガチと歯の根が合わない。
ウドリがマギナとの距離を詰める。思わず後ずさるマギナ。
そんな二人の間にミラが割り込んだ。
ウドリは戸惑いの表情を浮かべると共に、ミラの抱えたこん棒をチラリと見た。
「・・・なんだテメエは。関係ないヤツは引っ込んでろ」
「関係ある。マギナは友達だから」
ミラの一歩も引かない態度に、ウドリは「ちっ」と小さく舌打ちをした。
「いいからどけ。ケガをしたくねえだろ」
ウドリはミラの肩を押そうとして――こゆるぎもしない事に驚きの表情を浮かべた。
ミラは【スキル】”金剛力”の持ち主だ。例え相手が彼女より大きな男でも、少し押されたくらいでふらつくような事はない。
ミラは肩を掴まれた腕を、逆に掴み返した。
ギチッ
ウドリの皮鎧が強く絞られたような音を立てた。
「――痛っ! 痛てててて! この馬鹿! は、離しやがれ!」
「ウドリ! このガキ!」
痛みに悶えるウドリを助けようとして、冒険者の一人が飛び出した。
ミラは無造作に腕を振って、ウドリを突き飛ばした。
ウドリは冒険者のすぐ目の前に転がった。冒険者は咄嗟に止まろうとしたものの、勢いは止まらない。彼はウドリを踏みつけると、ベタン! 大きな音を立てて床に倒れた。
ウドリは踏まれた場所が悪かったのか、涙目で仲間を睨み付けた。
「ぐっ・・・。お、お前なあ」
「す、すまん。そんなつもりはなかったんだ。このチビ! 良くもやりやがっ――ぐはっ!」
倒れた男は立ち上がろうとした所をミラに蹴られて転がった。
「こいつ、怪力系の【スキル】を持っているぞ!」
「んなの、あのデカブツを持ってるのを見りゃ分かるだろうが! 多分、俺と同じ”剛力”あたりか? なら俺が行くぜ!」
「おう! やっちまえ!」
今度は”いかにも力自慢”といった感じの大男が前に出た。
「よう、チビ。お前、同じ”剛力”持ちと戦った事はあるか? 今なら謝れば許してやるぜ」
ミラは、ズンッ! 僕の体を床に置くと大男に掴みかかった。
「やるってのか?! このバカが!」
大男も負けじとミラの肩を掴んだ。二人は互いに掴み合った。――とはいうものの、そこは大男と小柄なミラである。
はたから見れば、父親の腰に抱き着いた娘の肩を父親が掴んでいる、といった光景にしか見えなかった。
二人は同時に力を込めた――が、悲鳴を上げたのは男の方だった。
「痛ってえええええええっ! 参った! こ、降参だ! 誰か助けてえええええ!」
どうやらミラの”金剛力”の【スキル】の方が、男の”剛力”の【スキル】よりも強力だったようだ。
情けない悲鳴を上げる大男を助けようと、二人の冒険者が左右からミラに襲い掛かった。
ミラは無造作に大男を持ち上げると、片方の男目掛けて投げつけた。
「う、ウソだろ、おい。ぐえっ!」
「ぐううっ」
男は大男にぶつかり、そのまま押しつぶされた。
大男はミラに締め付けられた痛みで動けない。男は大男の体の下で、苦しそうにジタバタと暴れた。
ミラは今度は立てかけてあったこん棒を、もう片方の男の方に押した。
男は邪魔な僕の体を横に押しのけようとして――
「なっ! 重っ! おい、ちょ、ちょっと待て! 誰か手伝・・・ぐえっ」
重さに負けて僕の体の下敷きになってしまった。
巨人モンスターが使っていた、三メートルもある巨大なこん棒だ。
男は潰されないようにするのが精一杯で、身動き一つ取れなくなった。
「な・・・なんてチビだ」
「おい、一度にかかるぞ!」
「くそっ。冗談じゃねえぞ」
冒険者達は慌ててミラを取り囲んだ。
仲間がやられて血が上ったのだろうか。中には腰の剣に手を掛ける者もいる。
ミラは油断なく冒険者達を見回すと、僕の体を持ち上げ、ブオン! 一度大きく振り回した。
風圧で冒険者達の髪がなびく。
そのド迫力に、女性冒険者は慌てて杖を――魔法杖と言うらしい――を構えた。
冒険者ギルドの建物の中で魔法を使うつもりだろうか?
正に一触即発。
その時だった。
パン! パン!
手を叩く大きな音が響き渡った。
冒険者達は驚いて周囲を見回すと、一斉にギョッと目を見開いた。
「”ザ・ビースト”・・・」
彼らの視線の先には、階段の途中でこちらを楽しそうに見下ろす男の姿があった。
「”ザ・ビースト”・・・」
冒険者達からザ・ビーストと呼ばれたのは、燃えるような赤い長髪の、背の高い男だった。
太い腕に逞しい胸板。体中に無数に残る傷跡から、歴戦の冒険者である事が分かる。
ミラの周囲を取り囲んだ冒険者とは、明らかに持っている雰囲気が違う。
彼は野獣の呼び名に相応しい、溢れんばかりの野性の生命力を感じさせる男だった。
「面白しれえ事やってんじゃねえか。冒険者同士のケンカはご法度だって知ってるよな? しかも婆ちゃんの留守中にギルド支部の建物の中で暴れるとは、随分とご機嫌じゃねえか」
彼はそう言うと、チラリと部屋の奥を見た。
その視線につられて全員の目がそちらに向く。そこには怯えた表情でこちらを見ている人達――ギルドの職員の人達――の姿があった。
冒険者達は慌てて言い訳を始めた。
「あ、いや、こ、これは・・・」
「ち、違うんですよガラハリさん!」
「ああ、いいって、いいって。こんなのはただのじゃれ合いだ。ケンカとも言えねえ。――だがよ」
ガラハリと呼ばれた男は、剣に手を掛けた冒険者と、魔法杖を構えた女性冒険者をジロリと睨み付けた。
「武器を抜くなら、そいつはもうケンカを超えてる――殺し合いだ。だったら俺に殺されても文句は言えねえよな?」
「ひっ・・・ひいいっ!」
「じ、冗談ですよね、ガラハリさん!」
カラン。
女性冒険者は杖を落とすとその場にペタンと座り込み、剣に手を掛けていた男は慌てて両手を上にあげると、卑屈な愛想笑いを浮かべた。
野獣は――ガラハリは、彼らの姿に心底つまらなさそうに舌打ちをした。
「ちっ。なんでえ。抜かねえのか」
男の愛想笑いが引きつった。こめかみには冷や汗が伝っている。
マギナが呆然とした様子でポツリと呟いた。
「”ザ・ビースト”ガラハリ・・・この東支部に三人しかいないっていう金級冒険者」
次回「ザ・ビースト」




