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その17 ブラッケン冒険者ギルド東支部

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ギルド支部長室の扉が勢い良く開かれた。


「よおハイネム。婆ちゃんはどこだ?」


 ズカズカと部屋に入って来たのは、身長180センチを超える大柄な青年だった。

 年齢は二十代半ば。燃えるような赤毛。太い腕に逞しい胸板。良く見れば整った顔にはいくつもの傷跡が残っている。

 しかし、彼を見た人間は、”ハンサム”というよりも”野生の獣”という印象を受けるだろう。


 部屋にいるのは男と二人の秘書の女性。

 突然の乱入者に、秘書の女性達は怯えを含んだ目で、この大柄な青年を見上げた。


 奥の机に座っているのは理知的な印象の青い髪の男である。

 赤毛の青年が激しい炎とするならば、こちらは青い静かな湖面だろうか。

 このギルドの責任者にしてはまだ若く見える。

 それもそのはず、彼は今年でようやく三十歳。

 筆で引いたような真っ直ぐな眉に、涼しげな切れ長の目。

 名前はハイネム。この冒険者ギルド東支部の支部長である。


「サグナ様なら、ついさっき外に出かけた所だ。カシシンハ教会で打ち合わせがあるとおっしゃっていたか」

「ちっ。紫教会の坊主共の所か。あいつら苦手なんだよな」


 赤毛の青年は憎々しげに顔を歪めた。

 まるで腹をすかせた肉食獣さながらの迫力に、秘書の女性が「ひいっ」と息を呑んだ。

 ハイネム支部長は、秘書の様子をチラリと横目で見ると、小さなためいきをついた。


「ガラハリ。その変顔はよせ。秘書が怯えるだろうが」


 支部長の指摘に、赤毛の青年――ガラハリは、この時初めて自分達以外の存在に気が付いたようだ。


「ん? ああ、すまねえ。俺は別に怒っちゃいないぞ。ただ、あそこの坊主達に恨みがあるだけだ」

「ひっ!」

「だから怯えさせるなと言っただろう。全く」


 ガラハリはこの東支部に三人しかいない”金級”と呼ばれる冒険者である。

 ケガの絶えない冒険者にとって、ケガの治療をしてくれる紫神・カシシンハ教会は、なくてはならない存在だ。――が、彼らが教会をありがたいと思っているかどうかは、また別の話となる。

 というよりも、自分達が危険な”魔境”の森で体を張って稼いだ金を、教会の人間は安全な町中にいながら治療費という形で吸い上げて行く。

 多くの冒険者がカシシンハ教会の高額な治療費に対して、多かれ少なかれ不満を抱えていた。

 

「それで? サグナ様に何か急ぎの用事だったのか?」

「いや、そうじゃねえ。何でも買取所に一度に大量の薬草が持ち込まれたとかで、今週は薬草の採取を見合わせてくれって連絡があったそうだ。だからその件で婆ちゃんにちょっと文句を言いに来たんだよ」

「・・・なぜそれでサグナ様がお前に文句を言われなくてはならないのか、理解出来ないんだが?」


 ガラハリは肩をすくめると、あっさりと「俺にも分かんねえ」と言い放った。


「この話を聞いた時、俺の”野生の勘”が『婆ちゃんに会わなきゃいけない』って囁いたんだ。俺が婆ちゃんに会うっていやあ、そりゃあ文句を言うために決まってるだろ?」

「なぜ俺に同意を求める。というか、前々から私はなぜお前とサグナ様が会う度に憎まれ口を叩くのか、不思議で仕方がなかったんだが? サグナ様はお前達兄妹の師匠じゃないのか?」

「だからだよ。俺達は弟子ではあっても、飼い犬じゃねえ。オレの拳はいつでも婆ちゃんに叩き込む準備が出来ているって伝えているんだよ」


 ハイネム支部長は、お手上げだ、といった顔でかぶりを振った。

 ガラハリは「この感覚は冒険者同士じゃねえと分かんねえだろうな」とカラカラと笑った。


「婆ちゃんがいないなら、お前に用はない。邪魔したな」

「おい。今度から部屋に入る時にはノックをしろ。聞いているのか」


 ガラハリは現れた時と同様に、唐突に去って行った。

 ドアが大きな音を立てて閉められると、ハイネム支部長は手で目頭を揉んだ。


「あの、支部長・・・」

「・・・休憩にしよう。お茶を頼む。それと何か甘い物もだ」

「は、はい!」


 ハイネム支部長は甘党だった。




 ガラハリは部屋を出ると階段に向かった。支部長室は建物の二階にある。

 階段に足を踏み出した途端、彼は一階から聞こえて来る喧噪に気が付いた。


「なんだ? 元気な馬鹿共がいるようだが?」


 トラブルの予感に、ガラハリはまるで肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕達は冒険者ギルド支部で、冒険者達に取り囲まれていた。

 彼らの後ろでニヤニヤ笑っているのは、町の外でミラに絡んで来た少年冒険者の三人だ。

 ウドリと呼ばれた黒髪の冒険者がミラを見下ろして言った。


「・・・なんだテメエは。関係ないヤツは引っ込んでろ」

「関係ある。マギナは友達だから」


 マギナはミラの背中に縋り付いてガクガクと震えている。

 彼らから叩きつけられる暴力の気配に、今にも死にそうなほど真っ青だ。

 一歩も引かないミラに、周りの冒険者達の目が怒った。




 僕達は宿屋・ブナの樹亭で部屋を取ると、そのまま冒険者ギルド支部に向かう事になった。

 冒険者の女の子マギナの話によると、東支部の代表が【スキル】を観る事の出来るマジックアイテムを持っているんだそうだ。


「私は今でもあんたの――ディルの話を完全に信じた訳じゃないわ。もし、代表のマジックアイテムであんたの【スキル】が見つからなかったら、今までミラをだましていた事を謝ってもらうからね」

「マギナは疑り深い。ディルは私の目の前で【スキル】を使っていた。【スキル】を持っていないなんて事はあり得ない」

「なによ! 私はあんたを心配して言ってあげてるのよ!」


 マギナが僕の話を疑っているのは、話の内容が信じられないという理由だけじゃなくて、僕がミラを騙しているんじゃないかと疑っているのもあるみたいだ。

 疑われるのはイヤだけど、マギナの提案は僕にとっても都合が良かった。

 女神アテロード様が”ステータスボード”で僕の【スキル】を見せてくれたけど、すぐに消されてしまったので、全然覚えられなかったのだ。

 僕もずっと、自分の持っている【スキル】が気になって仕方がなかったのである。


「そこよ! ”ステータスボード”なんて物、聞いた事もないわ! 私も冒険者学校で”鑑定”は受けたけど、あれは【スキル】使用者だけが観るもので、他人に見せる事なんて出来ないのよ!」

「いや、僕に言われても――。そこはアテロード様が女神様だからじゃないかな?」

「だ・か・ら。そんな女神なんていないんだって!」

「ディルに【スキル】をくれたって事は、【スキル】の神様になるんだろうけど・・・」

「【スキル】を司っているのは、知恵の神、黄神エリオット様ね。アテロードなんて名前じゃないわ。そもそも黄神はファン・エリオット。男の神様よ」


 神様は男女の違いで、それぞれ頭に男に「ファン」、女に「エ」が付くらしい。

 例えば黄神エリオット様は男神なのでファン・エリオット。赤神ローク様は女神なのでエ・ロークと呼ばれるそうだ。


 こうして僕達は、マギナの疑いを晴らすために、冒険者ギルドの東支部に出かける事になった。

 しかし、ここでマギナから待ったがかかった。


「ちょっとミラ! あんた一体何やってんのよ!」


 また町に出るとあって、ミラは僕の体(こん棒)に服を巻きつけようとしていた。


「ディルの姿が見られたら騒ぎになる」

「それってあんたの服じゃないの?! ちょ、ちょっと! これって下着じゃない! バカ! ディルのヘンタイ!」

「ええっ! ぼ、僕のせいなの?!」


 ブナの樹亭のおばさんは呆れ顔で肩をすくめた。


「私もそれはどうかと思うねえ。若い娘なんだし恥じらいがないと・・・。ちょっと待ってな」


 おばさんはそう言うと、奥の部屋から麻のズタ袋を持って来た。


「豆の入ってた袋だけど・・・うん。大きさは丁度いいようだね。さすがに全部は入らないけど、袋の底を破ればディルの姿くらいは隠せるだろうよ」

「破っていいの? 使えなくなるんじゃない?」

「古い袋だし、かまいやしないよ。どうしても気になるようなら小銅貨一枚で売ってあげるよ」


 小銅貨というのは銅貨の中では一番価値の低いお金で、これでパンが一斤買えるそうだ。

 ミラはコクリと頷くとおばさんにお金を払った。


 こうして僕はミラの服に包まれたこん棒から、ズタ袋に包まれたこん棒へと生まれ変わったのであった。

 見た目としては、決して立派になったとは言えないけど、今までの変態疑惑のある姿よりはマシになったんじゃないかな?

 僕は密かにホッと胸をなでおろしたのだった。




 そんなこんながありながらも、僕達は無事に町の入り口に近い大きな建物に到着した。

 丈夫そうな石造りの建物だ。ここが冒険者ギルドの東支部――マギナが所属している支部なんだそうだ。


「ディルの”鑑定”が終わったら、ミラはこの東支部で登録すればいいわ。この町には東、西、北の三つの冒険者ギルド支部があるけど、この東支部が一番、女性冒険者の評判がいいんだから」


 マギナの説明によると、三か所の支部のうち、北支部だけが飛びぬけてレベルが高いんだそうだ。

 そのため、冒険者も初心者のうちは東か西の支部に入る事が多いらしい。

 そして東支部の西支部よりも女性冒険者に対して親切なんだそうだ。


 ミラはマギナの説明に上の空で返事をした。


「ふうん」

「いや、ふうん、じゃないわよ。あんた自分の事なんだからもっと真剣に聞きなさいよ」


 マギナはそう言うけど、今のミラにそれを言うのは酷だと思うよ?

 ミラはキラキラとした目で、目の前の建物を見上げている。

 なにせこれから彼女の冒険者としての活動が始まるのだ。その期待と喜びで胸が一杯になっているのだろう。


「ホラ。行くわよ。いつまでそんな所でつっ立っているつもり?」


 マギナはミラの手を掴んで入り口をくぐった。




 僕達が建物の中に入った途端、周囲から鋭い視線が注がれた。


「えっ? 何?」


 マギナは怯えた様子で周囲を見回した。

 建物の中の広さは、ブナの樹亭より少し狭いくらいだろうか?

 奥には長いカウンターが作られていて、それ以上先には行けないようになっている。

 壁には大きなボードが打ち付けてあって、文字の書かれた木の札が沢山ぶら下がっていた。


 部屋の中にはブナの樹亭にあったような丸いテーブルが四つ。

 そこには冒険者と思わしき人達が座っていた。人数は十二~三人。

 ほとんどが男性だけど、女性も四人ばかりいる。


 そんな彼らの後ろ。壁際に立っている三人の姿に僕は見覚えがあった。

 町の外でミラに絡んで来たあの少年冒険者達だ。


 少年冒険者のリーダー格、チップと呼ばれた少年が、座っている冒険者に声をかけた。


「あいつですよ、ウドリの兄貴。あのピンク色の髪の魔法使いの女」

「ああ、分かった。お前達は下がってろ。おい、そこの女」


 チップからウドリと呼ばれた黒髪の冒険者が立ち上がった。

 使い込まれた皮鎧には、いくつもの傷と修理した跡が見える。腰には太い剣。いかにも”凄腕冒険者”といった佇まいだ。

 マギナがビクリと体を震わせた。

次回「ミラ無双」

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