その16 非常識の塊
こん棒人間となった僕の姿を見て、冒険者の女の子マギナと、宿屋ブナの樹亭のおばさんは、「ひいっ!」と息を呑んだ。
「ミ、ミラ! あんたこの男の子は一体?!」
「彼はディル。”魔境”の川で流されていたのを助けた」
「はあっ?!」
マギナは完全に怯えているようだ。化け物を見るような目で僕とミラを交互に見ている。
逆に宿屋のおばさんは随分と肝が据わっているみたいだ。最初の驚きからすぐに立ち直ると、興味深そうな顔で僕の体に触った。
「こりゃあ驚いた。完全にぺったんこじゃないか。一体どういう風になっているんだい?」
「「さあ?」」
「さあって、あんたらねえ・・・」
ついついハモってしまった僕とミラに、おばさんは呆れ顔になった。
「とにかく、どうしてこんな姿になってるんだい? 事情を聞かせておくれよ」
「いいですよ」
別に秘密にするような事じゃないし。
それに、毎日宿屋で色々なお客さんと接しているおばさんなら、ひょっとして今の僕のような体になった人の話も聞いた事があるかもしれない。
上手くいけば、体を治すヒントが見つかるんじゃないだろうか?
マギナは僕達の事を警戒しつつも、こちらの話にしっかり聞き耳を立てているようだ。
怖いけど興味はある。といった感じかもしれない。
「ええと、僕はお婆ちゃんと一緒に、今までずっと森の中で暮らしていたんです――」
僕は自分に何が起ったのかを、最初から順番に話した。
物心つく前から、ずっと森の中でお婆ちゃんと二人だけで暮らして来た事。
十五歳の誕生日を迎えた日に、森で女神様と出会って【スキル】をもらった事。
転移の魔法陣で、良く分からない場所に送られた事。
そこで真っ黒な一つ目の巨人モンスターに叩き潰された事。
なぜか死なずに、そのまま巨人のこん棒に張り付いてしまった事。
川に流されて、五日かけて森の入り口辺りまでたどり着いた事。
そこでミラと出会って、彼女に助けられた事。
「ミラから、町の教会ではケガや病気で困っている人達を治療しているって聞いたんです。だったら僕の体も元に戻してもらえないかと思って」
「紫神の教会の事だね。私も治療して貰った事があるけど・・・どうだろう? 流石にここの教会で、お前さんのような体を治せるかどうかは分からないねえ」
おばさんが言うには、この町の教会は冒険者のケガの治療が主な仕事で、難しい病気の治療や呪いの解呪といった複雑な治療はあまり行っていないそうだ。
「一応、診るだけ診てもらえばいいとは思うけど、あまり期待は出来ないかもよ?」
「あの、おばさんは僕みたいになった人の話を聞いた事はないんですか?」
おばさんは大きく手を振った。
「とんでもない! こんな夢物語みたいな話、聞いた事があるもんかい。確かにここには酔っ払いの大ボラ吹きもやって来るけど、そんなのはさっき聞かされたあんたの話――ディルの話の足元にも及ばないよ」
おばさんは「実際にこの目で見たって、まだ信じられないくらいだしね」と、ため息をついた。
こんなに大きな町に住んでいる人が、驚く程の話だったのか。
どうやら僕の体はよっぽど珍しい状態みたいだ。
ここで、今まで黙って話を聞いていたマギナが、耐え兼ねたように口を開いた。
「いや! おかしいでしょ! なんでみんなこんな話を素直に信じられるのよ!」
「ディルの話のどこか変?」
「変も変! 大変よ!」
大変っているのは、そういう使い方をする言葉じゃないんじゃないのかな? まあ、言いたい事は分かるけど。
「そもそも、森の中でお婆さんと二人だけで住んでいたっていう所から変よ! だって”魔境”の森よ?! 人間が住める訳ないじゃない!」
「えっ? そうなの?」
森って人が住んでちゃおかしい場所なの?
マギナの言葉にミラがハタと手を打った。
「おお、そう言えば」
「まあ確かに。危険なモンスターのうろつく場所だからね」
まあ確かに、森は危険なモンスターがいる危ない場所だったし、僕もしょちゅう死にかけていた。
だから、みんなの言ってる事は間違ってないけど・・・
「でも、本当に住んでたんだよ。あっ。僕の住んでた場所が、たまたま危険なモンスターの少ない場所だったとかじゃないかな?」
「”魔境”にそんな場所なんてあるはずないわ!」
キッパリと言い切るマギナ。そうなの?
ミラとおばさんもウンウンと頷いているから、そうなのかな?
「というか、”魔境”って何? 確かに僕が住んでた場所は森だったけど、森って魔境って呼ばれているの?」
「魔境は魔境よ。闇の神の支配する恐ろしい領域なんだから」
「闇の神?」
そう言えば紫神とか、黄神とか、今まで色々な神様の名前を聞いたけど、僕が森で出会った女神アテロード様は、一体何の神様になるんだろうか? 闇の神様がいるなら光の神様とか?
「光の神はアタラス様。人間を創造した七柱の神の生みの親」
「そんな事も知らないなんて、あんたって本当に何も知らないのね」
うぐっ。みんなに呆れられて僕はカアッと顔が火照ってしまった。
僕はあまりの恥ずかしさに、この時、女神アテロード様に感じた小さな疑問を、これ以上掘り下げる事が出来なかった。
「そんな体になっても、まだ生きているのだってそう。墨のような黒い肌の巨人だってそう。あんたの話は全部が全部デタラメすぎるのよ! 非常識の塊よ!」
マギナの説明によると、魔境の森のモンスターは、強力になればなるほど少しずつ闇の神の影響力が増す――色を失って黒色に近付いていくんだそうだ。
真っ黒なモンスターともなれば、魔境の森の奥地にいるとしか考えられず、当然、そんな場所には今まで誰一人として到達した者などいないという事だ。
「そんな場所に住むモンスターと出会って、無事に脱出したなんてありえない!」
「見ての通り、あまり無事って感じじゃないけど?」
「死んでないでしょ?! 普通は死ぬの! 死・ぬ・の!」
ああ、うん。そう、かも?
確かに僕も、巨人に潰された時には「あ。これは死んだ」って思ったし。
ここでおばさんが横から口を挟んだ。
「でもねマギナ。ディルの話が間違ってるなら、この子が――ミラが魔境の森でディルを見つけたって話と、つじつまが合わなくなるんじゃないかい?」
「間違いなくディルが川を流れて来たのを見た」
「そ、そうなのよね。ありえないのよね」
僕が森の中の川を流されて来た以上、元々は川の上流――森の奥地にいたのは間違いない。
つまりは魔境の奥地にいたという証明になる訳だ。
「それにディルは【アクティブスキル】を使って薬草を見つけた」
「そう! その話よ! そこが私も疑問だったのよ!」
最初の頃は僕の姿に怯えていたマギナだったけど、僕が動けないと分かったからか、納得いかないという感情の方が勝ったのか、遠慮なくグイグイ来るようになっていた。
まあ、そこを指摘して、「そういえばそうだった」と、また怯えられてもイヤだから今のままでいいんだけど。
「持って生まれた【パッシブスキル】ならまだしも、自分で枝を伸ばした【アクティブスキル】を知らないなんて、普通はあり得ないわ」
「いや、だから、僕の【スキル】は、全部女神アテロード様から頂いたんだよ」
正確には、頂いたのは【スキル】じゃなくて【能力】だったし、”ど根性”という【能力】は最初から持っていたんだけど、そこは言わなくてもいいだろう。
おばさんは、なんだか可哀想な人を見る目で僕を見た。
「神様と出会ったっていうのは、流石に。ねえ・・・」
「でも、ディルはいくつも【スキル】を持っている」
「【アクティブスキル】ばかりなんでしょ? 【パッシブスキル】は多くても一人三つまでよ」
ええっ?! 【パッシブスキル】ってそんな決まり事があるの?! 僕は沢山持っているんだけど。
じゃあやっぱり、【能力】と【パッシブスキル】は別物なのかな?
マギナは難しい顔をして考え込んでいたけど、迷いを振り切ると正面から僕を見つめた。
「・・・ねえあんた。ディル。さっきの話、冒険者ギルドの支部長にして貰ってもいい?」
「支部長?」
僕は彼女の意図が理解出来ずに聞き返した。
マギナは小さく頷いた。
「私の所属している東支部には、”鑑定”の力を持ったマジックアイテムがあるの。支部長に頼めば、多分あんたの【パッシブスキル】を観てもらえると思う」
次回「ブラッケン冒険者ギルド東支部」