その2 チート能力てんこ盛り…のはずが
森の中で僕に話しかけて来た女性。
それは以前に本の挿絵で見た、この世界を創った女神様――女神アテロード様だった。
「ま、まさか、女神アテロード様?」
いやいや。何を言っているんだ僕は。女神様がこんな場所にいるはずがないじゃないか。
僕のうろたえる姿が余程面白かったのだろう。女性は笑いを堪えながら頷いた。
「いかにも。私は女神アテロード。名乗っていないのに良く分かったわね」
やっぱり!
危険な森の中に平気な顔で立っているし、ただの女の人じゃないと思っていたんだよ。
「は、はい! 本で見た挿絵の通りの姿だったので!」
「ふうん。ねえ、それよりお前、さっき、自分にも【能力】があれば冒険者になれるのに、とか言ってたわよね? 私の力でお前に【能力】を授けてやる事も出来るわよ。どうする?」
「えっ?」
予想外の言葉に、僕は一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
だって、それはそうだろう。突然、女神様に出会っただけでも驚きなのに、その女神様が僕に【能力】を授けてくれると言ってくれたのだ。
「いらないの? だったら他の人間の所に行くけど」
「ま、待って下さい! いります! ぜひ! よろしくお願いします!」
僕は慌てて跪いて頭を下げた。
詳しくは覚えていないけど、本の挿絵ではみんなこうしていたはずだ。
こんな事をしたのは生まれて初めてだけど、多分、間違ってはいないと思う。
女神様は「どうしようかなあ」と言いながら、僕の様子を伺っている。
僕は心臓がドキドキと早鐘を打ち、口の中がカラカラに乾いていた。
「やっぱり止めた」
「えっ! そんなぁ!」
「なーんて冗談」
僕が驚いて顔を上げると、ニヤニヤ笑っている女神様と目が合った。
な、なんだ冗談だったのか。ていうか女神様でも人をからかうんだな。
「じゃあ、お前のステータスボードを開くわね」
「ステータス・・・? ですか?」
女神様が僕の頭に手を触れると、目の前に手のひら程のサイズの透明な何かが現れた。
――――――――
【名前】:ディル 【年齢】:15歳
【能力】:ど根性(極)
――――――――
「あの、これって・・・」
「ああうん。ステータスボードよ。これがあなたの情報って事ね」
ステータスボードとやらには、僕の名前と年齢。そして【能力】の欄には・・・ど根性?
「あの、女神様。このど根性って、なんなんでしょうか?」
「ぷふっ! さ、さあ、なんでしょうね? ぷっ。ふふふふっ。お、お前は知らなくてもいいわ」
女神様は僕から目を反らしながら、「ど根性って、しかも(極)って」と、必死に笑いを堪えている。
僕は何だか良く分からないけど、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。
「ふふふふ・・・さ、さあ、それじゃ始めようかしら。最初に言っておくけど、私は【能力】を授けると言ったけど、お前に才能が無ければ流石に無理だからね」
「そ、そんな」
「女神だって才能の欠片も無い人間に【能力】を授けるのは無理なのよ。じゃあ始めるわよ」
女神様はうろたえる僕を無視して何か呪文を唱え始めた。
どうやら早速、【能力】を与えてくれるようだ。
それにしても才能が無ければ無理って、今更そんな事を言われても困る。
僕はハラハラしながら、「どうか何かの才能があって下さい!」と祈りをささげた。
その時、不意に体から何かが抜けたような感覚があった。
何かが入り込んだ、ではない、抜けた、だ。
これが【能力】を得た感覚なんだろうか? どっちかというと何かを失ったような感覚だったんだけど。
ひょっとして失敗だったんじゃ?
僕は全身に冷水を浴びせられたような気がした。
「はっ?」
「えっ?」
ステータスボードは一瞬のうちに数倍の大きさに膨れ上がっていた。
――――――――
【名前】:ディル 【年齢】:15歳
【能力】:ど根性(極) 共感(大) ステータス強化(大) 直感(小) 忍耐(大) 健康体(小) 高速回復(小) 魔力操作(中) 学習能力(中) 確率補正(強) 命中率補正(強) 攻撃補正(強) 防御補正(強) 斬撃耐性(低) 刺突耐性(低) 苦痛耐性(強) 精神耐性(強) 状態異常耐性(強) 毒耐性(強) 全魔法耐性(弱) 腐食耐性(弱) 体術の才能(中) 剣術の才能(大) 槍術の才能(中)盾術の才能(中) 弓術の才能(小) 造形技能(小) 見様見真似(小) 探知(中)
【技能】:鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 効率化 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定
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「・・・あ、あの、女神様。これって一体」
「(チッ。まさかこれほど成長していやがったとは。ていうか、七神のヤツらどうかしてるだろ。どれだけの加護をコイツに与えたんだ?)」
「女神様?」
女神様は驚きと――凄く不満そうな表情をしていたが、僕が呼びかけると、すぐにさっきまでの笑みを取り戻した。
「コホン。お前は大きな才能を持っていたようね。すごい数の【能力】じゃない」
「そ、そうだったんですか?! なんだか凄く沢山【能力】を頂いちゃったみたいですが――あっ」
女神様はサッと手を動かすと、目の前のステータスボードを消してしまった。
もっと良く見たかったのに・・・
「【能力】を得て嬉しいのは分かるけど、才能に溺れるようじゃお前のためにならないわ。だから消したのよ」
「そうですか・・・。うん。確かにそうですよね」
確かにこれは自分で頑張って手に入れた【能力】ではなく、ついさっき女神様から与えて頂いた【能力】だ。
数の多さに目を奪われていたけど、それに浮かれて今後の努力を怠ってしまうようなら、むしろ僕にとって害にしかならないだろう。
「それだけの【能力】があれば、冒険者になるどころか、物語として語り継がれているような最強のSランク冒険者にだってなれるでしょうね」
「ぼ、僕が本で読んだような冒険者に?」
僕はあまりに現実感の無い言葉に、思わずポカンとしてしまった。
「何? 私の言葉が信じられないっていうの?」
「そ、そんな事はありません! 頂いた【能力】で物語のような冒険者に――Sランク冒険者にきっとなってみせます! ありがとうございます、女神アテロード様!」
僕は慌てて跪くと女神様に頭を下げた。
しばらくして頭を上げると、そこには誰もいなかった。
現れた時と同じく、気配ひとつ無く去って行ったようだ。
「・・・さっきのは夢だったんだろうか」
僕は地面に散らばった枯れ枝の中から、試しに手頃な大きさの一本を手に取ってみた。
そうして、木の枝を剣に見立てて、毎日やっているように素振りをすると――
ピュン!
「!」
木の枝の剣は、今まで聞いた事の無い鋭い音を立てて空気を切り裂いた。
想像もしなかった手応えに、僕は信じられない思いで手の中の木の枝を見つめた。
さっき僕がステータスボードを見る事が出来ていたのは、ほんの数秒間だけだった。
たくさん並んだ【能力】はほとんど覚えていないけど、たった一つだけ、僕の目に焼き付いた【能力】があった。
それは”剣術の才能(大)”である。
そう。僕が暗記する程読み込んだ冒険者の本。あの本の冒険者が持っていた【能力】が、”剣術の才能”だったのだ。
「信じられない・・・。けど、僕は本当に女神アテロード様に出会ったんだ。そして僕はあの本の冒険者と同じ、”剣術の才能”を手に入れた・・・」
女神様に【能力】を貰うというのは、ちょっとズルのような気もするけど。
「大抵の人にとって、【能力】というのは生まれつき持っているものみたいだから大丈夫。・・・だよね?」
それよりも大事な事がある。
僕は冒険者になれるのだ!
それも最高の冒険者(多分)。Sランク冒険者にだ!
僕の心は舞い上がり、興奮で思わず叫び出しそうになった。
「感謝します女神アテロード様! そうだ、ドロテアお婆ちゃんに教えてあげなきゃ! 僕は女神様に会ったんだって!」
お婆ちゃんは、僕が冒険者になる事を認めてくれるだろうか?
いや、お婆ちゃんなら、きちんと話せば絶対に分かってくれるはずだ。
そしてお婆ちゃんと一緒にこの森を出よう。
「町に出て――冒険者ギルドに入るんだ!」
冒険者ギルドに入って、モンスターを倒して町のみんなから感謝されるんだ。
お婆ちゃんには美味しい物を食べてもらって、いつまでも幸せに暮らして貰うんだ。
僕の心は、まだ一度も見た事も無い町へと飛んでいた。
僕は水汲みに来ていた事も忘れて走り出した。
【能力】を得た事で身体能力も上がったのだろうか。今朝までとは比べ物にならない程体は軽く、僕はまるで風のように森の中を駆け抜けた。
今なら灰色ウサギどころか、灰色オオカミだってやっつけられそうだ。
「凄い! 凄いぞ! 体が羽根のようだ! はははははっ! これがSランク冒険者の力なんだ!」
僕は今まで経験した事も無い力に、激しい興奮と高揚感に包まれた。
僕は大声で笑いながら走り続けた。
それでもちっとも息は上がらなかった。まるで自分の体じゃないみたいだった。
こうして僕は、いつもの半分以下の時間でお婆ちゃんの待つ家に帰り着いたのだった。
僕はドアを開けるのももどかしく、家の中に飛び込んだ。
「お婆ちゃん! 聞いて! 僕、森で女神様に――えっ?」
その瞬間。僕は緑色の光に包まれていた。
光は床から――床一面に描かれた巨大な魔方陣から出ていた。
さっき僕が出かけた時には、家の床にそんな物は描かれていなかったはずである。
お婆ちゃんは?
僕は立ち眩みのようなめまいを感じた。
次の瞬間。僕は雪山の麓に立っていた。
「えっ? どういう事――って、ああああっ!!」
驚いて周囲を見回した僕は、自分の背後に大きな柱が二本、立っている事に気が付いた。
違う。柱じゃない。巨人の足だ。
僕は巨人タイプのモンスターの目の前に放り出されたんだ。
見た事もない恐ろしいモンスターだった。身長は十メートル近く。肌は墨のように真っ黒で、ひび割れのような赤い線が全身のあちこちに走っている。
巨人の血走った一つ目がギョロリと僕を睨んだ。
「あ・・・」
巨人はこん棒を振り上げた。
三メートル以上はある巨大なこん棒だ。
僕は振り返って逃げようとして――
ドガン!
まるでハエか何かのように、背中から叩き潰されていた。
白い雪の上に赤い血がぶちまけられた。
次回「悪意に満ちたネタばらし」