その14 初めての収入
マギナが買取所から出て来たのはそれからしばらく後の事だった。
彼女は空になったミラの袋の他に、小さな袋を持っていた。
マギナは呆れ顔でミラに言った。
「あんた、どこであんなに薬草を採って来た訳? 買取所のオジサンが驚いていたわよ」
ミラが町で出会った冒険者の女の子、マギナは、空になったミラの袋と――それとは別に、見慣れない小さな袋を持っていた。
「あんた、どこであんなに薬草を採って来た訳? 買取所のオジサンが驚いていたわよ。あ。後、お金を持っていなかったのなら、当然、お金を入れる巾着も持っていないわよね? これはオジサンがサービスで付けてくれたものだから。感謝しておきなさいよ」
ミラはジャラリと金属音のする小袋を見つめた。
この小袋は”巾着”。あるいは”財布”と言って、中にお金を入れて持ち運ぶための袋なんだそうだ。
ミラは戸惑った表情で巾着とマギナの顔を交互に見比べた。
「なに? ひょっとしてあんた、私がお金をごまかしたんじゃないかって疑っているわけ?」
「ち、違う。そ、その・・・」
ミラは恥ずかしそうにうつむいた。
「――私。お金をどう数えていいか分からない」
マギナは小さくため息をついた。
ミラの肩がビクリと跳ね上がる。
「別に恥ずかしがるような事じゃないわよ。村から出て来て町に着いたばかりだって言ってたわよね。どうせ村だとずっと物々交換だったんでしょ? いいわ。ついでに教えてあげる」
「えっ・・・いいの?」
「だから大した手間じゃないからいいって。ホラ、手を出して」
マギナは素っ気ない口ぶりなのに、意外と世話焼きみたいだ。
小袋の口を開けると、ミラに手を出すように指示した。
「違う。両手で」
ミラは慌てて僕を脇に立て掛けると、両手を合わせて器のようにした。
ジャラリ
マギナが巾着をひっくり返すと、ミラの手の上に小さな薄い金属の欠片が転がった。
ほとんどが黄色の丸い金属だ。大小何種類かの形があって、表面にはレリーフが入っている。中には穴の開いているものもあった。
マギナは、それぞれを一種類づつ拾い上げた。
「先ずこれが小銅貨ね。”銅貨”っていうのは銅で作られたお金の事よ。この町では大体これ一つでパンが一斤、食堂なら一番安い食事が食べられるわ」
小銅貨は小さな丸いお金で、表面には何かの紋章が浮き彫りにされている。
ミラは真剣な面持ちでウンウンと頷いた。
マギナはミラの反応に気を良くしたのか、満足そうな顔で小銅貨を巾着に戻した。
「次にこれが穴開き銅貨よ。小銅貨より一回り大きくて穴の開いたお金ね。これ一枚でさっきの小銅貨の五枚分の価値があるわ。普通の食事をしようと思ったら、大体、この穴開き銅貨が必要ね」
マギナはそう言って、穴開き銅貨も巾着に戻した。
「そしてこれが大銅貨。銅貨の中では一番高額なお金よ。これ一枚で穴開き銅貨五枚分の価値があるわ。小銅貨で言えば――ええと・・・いくらになるんだったっけ?」
マギナはどうしても思い出せなかったのか、「とにかく、穴開き銅貨五枚分なのよ」と言って誤魔化した。
穴開き銅貨五枚分なら、小銅貨なら五×五で二十五枚分だね。
「これが大銅貨・・・」
ミラは真剣な表情で、大銅貨を見つめた。
彼女の気持ちは良く分かる。彼女は冒険者の登録手続きのために、この大銅貨を手に入れようとしていたのだ。
マギナが大銅貨を巾着にしまう間も、ミラの視線は巾着に釘付けになっていた。
「以上の三つのお金が”銅貨”よ。私達が一番良く使うお金ね。この銅貨さえ覚えておけば、大抵の時は困らないわ」
マギナはそう言うと、次に銀色の小さな丸い金属を見せた。
巾着の中にたった一枚だけ入っていた、銀色のお金だ。
「はあ。まさか、あの薬草が銀貨になるなんてね・・・。これは小銀貨よ。”銀貨”と言って、銅貨よりも価値のあるお金なの。小銀貨は大銅貨五枚分よ。といっても、銀貨を持ち歩いているってだけでお金を沢山持っていると思われるから、あまり外では見せない事ね」
マギナは「ああ、私も早く銀貨を稼げるような冒険者になりたいわ」と言いながら、名残惜しそうに小銀貨を巾着に戻した。
「ここには無いけど、小銀貨の上には大銀貨というのがあるわ。これは小銀貨で言えば五枚分ね。銀貨は銅貨と違って穴開きは無いの。そして銀貨の上には金貨というものがあるけど、それは私達には縁のないお金ね。貴族や豪商、それに冒険者でも超一流の人達が使うお金よ。私達が見るのはせいぜい銀貨までね」
マギナは最後に小さな四角い金属片を取り出した。
「この四角いお金は”銭貨”。本当は黄銅貨・・・とか言うんだったかしら? 銅に混ぜ物をした金属で作られた一番安いお金よ。一応、これ十枚と小銅貨一枚が同じ価値になるんだけど、これだけで使われる事はあんまりないわ。小銅貨一枚ではちょっと足りない。でも小銅貨二枚だと多すぎる。とかそういう時に、小銅貨一枚と銭貨五枚、とかそんな感じに使われるわ」
マギナは銭貨をポイと巾着に放り込むと、「ん」と、巾着の口を突き出した。
ミラが彼女の手の上に残ったお金を大事に巾着に入れると、マギナは巾着の中のお金を数えた。
「あんたの薬草代は、小銀貨一枚と大銅貨三枚、穴開き銅貨一枚と銅貨四枚。それと銭貨五枚になったわ。薬草だけでもうちょっとで小銀貨二枚よ。あんた平気な顔しているけど、これってスゴい事なのよ。一体何処であんなに見つけて来た訳?」
いや、ミラはマギナと違って表情に出にくいから分かり辛いと思うけど、君と同じくらいには興奮しているよ?
なにせ、ついに念願の大銅貨が――冒険者登録が出来るだけのお金が手に入ったんだからね。
マギナはミラに巾着を渡した。
ミラは大事そうに巾着を握りしめた。
「・・・マギナ」
「な、何よ急に改まって」
「ありがとう」
「! だ、だからそういうんじゃないから! 私にとっては大した事じゃないのよ!」
「そう。なら感謝しない」
「はあっ?! そこは感謝する所でしょ!」
感謝して欲しいのか、しなくてもいいのか。とはいえ、ミラの対応はないよね。
ミラは僕を担ぎ直すと、まだ文句を言っているマギナに背を向けた。
目指すは冒険者ギルド本部。――って。
「ちょっと! 待ちなさいよミラ! コラーッ!」
「あの、ミラ。マギナが何か言っているけど、いいの? 彼女と友達になるんじゃなかったの?」
「いい。それにマギナとはもう友達」
ええっ? ほ、本当にいいのかなあ。ミラの考えている事が、僕には良く分からないんだけど。
こうしてミラはマギナを引き連れたまま、冒険者ギルド本部に向かったのだった。
ギルド本部内で再び番号札を渡されて、待つ事少々。
受付窓口の男の人はミラの事を覚えていたようで、対応はスムーズだった。
ミラは若干誇らしげに巾着から大銅貨を取り出した。
「大銅貨を持って来た」
「それではこちらに。――はい。それでは手続きを始めますね」
窓口の男の人はミラからお金を受け取ると、すぐ横の棚から二枚の紙を取り出した。
彼はミラにいくつか質問をすると、手元の紙に書き込んでいった。
最後に彼は紙を二枚ともミラに見せた。
「・・・私は字が読めない」
「読めなくても形は分かりますよね? 二枚を見比べて同じ文字が書かれてあるかどうかを確認して下さい」
どれどれ? うん。確かに二枚とも同じ内容が書かれているね。
ミラを冒険者として登録します。犯罪を犯したり、冒険者ギルドで決められたルールを破ったら退会させます。そういった内容が書かれてある。
ちなみに冒険者ギルドのルールとやらについては、何も書かれていない。
ここには書き切れないのか、書くまでもなく知っていて当然の事なのか、世間知らずの僕にはちょっと分からないかな。
「同じ――だと思う」
「分かりました。それでは書かれている内容を読み上げますね」
彼はそう言うと、紙に書かれていた言葉を一語一句間違いなく読み上げていった。
「今の内容で問題が無いようでしたら、こちらにサインを。名前が書けないのでしたら、代わりに拇印をお願いします」
ミラは自分の名前も書けないようだ。受付の男の人が代わりにミラの名前を書き込んだ。
ミラはインクを借りると、自分の名前の横に拇印を押した。
さっき、文字を教えると言ったら、彼女に断られたけど、自分の名前くらいは書けるようになっておいた方がいいんじゃないだろうか?
後でもう一度彼女に提案してみようかな。
「ギルドのルールに関しては、それぞれのギルド支部によって異なります。必ず確認の上で契約して下さい」
ん? ここで登録したら冒険者になれるんじゃないの?
ミラも同じ事を思ったのだろう。キョトンとした顔で彼の顔を見た。
「ここでは冒険者としての登録を済ませるだけとなります。実際の冒険者としての活動は、町にある支部のどれかと契約し、所属冒険者となった後で行って下さい」
彼の話はなんだかややこしかったけど、つまりはこういう事だろうか?
ミラはこれで冒険者になった。
でも、実際に冒険者として働こうと思ったら、町の支部のどれかに所属する必要がある、と。
「なんでそんな面倒な事を?」
「各支部に独立性を持たせて、競争させるためですね。冒険者ギルド本部としては、支部同士で競争をさせて、売り上げ成果を伸ばしたいのです。
しかし、完全に各支部の自由にさせると、足の引っ張り合い――冒険者の囲い込みや飼い殺しといった、邪魔のし合いになってしまいます。
そこで冒険者の方々には本部で登録をして頂き、支部の間を自由に移れるようにしているのです。
つまりは冒険者の保護を目的とした制度、という訳です」
う~ん。良く分からないや。
ミラも全然ピンと来ていないようだ。
取り合えずミラにとって都合の悪い事じゃないなら、それでいいんじゃないかな?
イメージしては、小銅貨が大体、二百円くらいの価値でしょうか?
穴開き銅貨は千円札くらい。
大銅貨は五千円札くらい。
小銀貨は二万五千円札――そんなのないって――くらいになります。
作品中では、銅貨は庶民的なお金。銀貨はリッチなお金。といった感じで考えて頂ければと思います。
次回「宿屋・ブナの樹亭」