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その13 魔術師の少女マギナ

 買取所で僕達は意外な人物と再会していた。


「その大きなこん棒って・・・やっぱり! あんたさっき町の外で会った子じゃない!」


 三角形のつば広帽子の下から淡いピンク色の髪を垂らした、ちょっと気の強そうな可愛い女の子。

 冒険者の女の子、マギナだ。

 意外な再会、とは言ったものの、ここは冒険者から素材を買い取る買取所で、マギナは冒険者だ。ここで彼女に会うのは意外でも何でもないかもしれない。

 なぜか嬉しそうなマギナに対して、ミラは少しイヤそうな顔をしている。

 マギナはミラにケンカ腰で絡んで来た三人組の少年冒険者のパーティーメンバーだ。

 マギナ本人から何かをされた訳ではないとはいえ、ミラが彼女を警戒してしまうのも仕方がないだろう。


「あんたも冒険者だったのね! 小さいから意外だったわ! でも、そんな大きなこん棒を担いでいるんだし、当然、冒険者よね。ねえ、何で今日は一人なの? チームの仲間は?」


 予想外、と言っては悪いけど、マギナは随分と親しげにミラに話しかけて来た。

 マギナはそこで初めて、ミラと買取所のオジサンの間に漂う微妙な空気に気付いたようだ。


「どうしたの? 何かあったの?」

「・・・なんでもない」


 ミラは心配するマギナに、ぶっきらぼうに返事を返すと、そのまま買取所を後にしたのだった。 




 買取所を出た僕達だったけど、別に行くあてがあった訳じゃない。

 ミラは人混みを外れると、適当な建物に背中を預けた。


「――ねえミラ。これからどうするの?」

「・・・分からない」


 ミラはそう言うとうつむいた。

 僕は全くの世間知らずだから、今まではつい、ミラに頼ってばかりだったけど、どうやら彼女も、あまりこの町には詳しくなかったようだ。

 考えてみれば、ミラは僕と似たような歳だし、今まではずっと村で暮らしていたんだ。

 町の事を知らなくても、ちっともおかしな話じゃない。

 そもそも、たった一人で村から出てきて、町に出て冒険者になろうとしている子が、この町に詳しいはずがなかったのだ。


 ミラに頼ってばかりじゃダメだ。僕ももっとしっかりしないと。


 僕は自分にも何か出来ないか、一生懸命に考えた。

 全ては、僕達がお金を持っていないのが原因なのだ。

 だけど、僕達は薬草というお金に換えられる素材を持っている。

 問題は、それをどこに持って行けばお金に換えられるのか分からない、という点だ。

 そう考えると、僕達が本当に持っていないのは、お金じゃなくて、町に関する情報――知識だという事が分かる。

 知識さえあれば、薬草はお金に換えられるのだ。

 僕は今まで分からない事は全部ミラに聞いて来た。なら、ミラが知らない事は、一体誰に聞けばいいんだろうか?


「・・・ねえ、ミラ。一度町の入り口の所に戻らない? 町に入る前に僕達に色々と教えてくれた衛兵の人がいたよね。あの人に相談してみたらどうかな?」


 町の事は町の人に聞けばいいんだ。

 けど、残念ながら僕達はこの町に知り合いはいない。

 せいぜい、さっき話をした衛兵の人達くらいだ。

 二人共、感じの良さそうな人だったから、ミラが困っていると知れば助けてくれるんじゃないだろうか?


 ミラは少しの間ためらっていたけど、彼女にだって何かあてがある訳じゃない。

 彼女は「そうしてみる」と、呟くと顔を上げた。

 僕の体(こん棒)を担ぎ直したミラに、女の子の声が届いた。


「あっ! こんな所にいたのね! ちょっと、なんでさっきは話の途中で逃げ出したりしたのよ!」


 それはさっき買取所で別れた、冒険者の女の子マギナだった。




 ミラは露骨に面倒臭そうな顔になった。


「えっ? 何でそんな顔になるの? 私、嫌われてる?」


 マギナはミラの反応を見てオドオドした。

 なんというか、森の灰色ネズミのように臆病――ゴホン。繊細な子のようだ。

 

「その様子――さっきは聞けなかったけど、やっぱりあの時、チップ達と何かあったのね?」


 チップというのは、ミラに絡んで来た三人組の少年冒険者のうちの一人だ。

 ミラはいつもハッキリしている彼女にしては、珍しく言いよどんだ。

 あの時の様子から、マギナは少年冒険者達のパーティーメンバーである事が分かっている。

 ミラは彼女にどう言葉を返して良いものか、判断がつかなかったんだろう。


「やっぱり・・・。だったら心配しないで。私は――というか私の友達も、別にあいつらとチームって訳じゃないから」


 マギナの説明によると、彼女と彼女の友達は、この町に来て冒険者になったばかりなんだそうだ。

 あの少年達は冒険者ギルドから斡旋されて組んだ仮のパーティーメンバーで、元々、彼女達の仲間でもなんでもないらしい。


「最初は優しい感じだったけど、一緒に仕事をしてみたら大違い。特に森に入った辺りから頭ごなしに命令してくるようになったのよね。どうやら、ギルド職員の前でだけ取り繕っていたみたい。セシリィとエリアナも――あ、私の友達の名前ね、二人共ブツブツ文句を言ってたわ」


 どうやらあの少年冒険者達は、ミラを相手にしたような感じでマギナ達にも接してたみたいだ。


「だから、ギルドに文句を言って来た所なの。ギルドの受付の人も謝ってくれたわ。それでも気分が良くなかったから気分転換に町を散歩してた所であんたを――ていうか、その大きなこん棒を見かけたから、後を追いかけたってわけ」


 少年冒険者達はギルドの中では――というよりも、上の立場の人には従順で愛想が良かったらしい。

 ギルドの受付の人は、「あなた達と歳も近いし、ギルド内でも評判が良かったから斡旋したけど、そんな人間だったとは思わなかった」と、申し訳なさそうにしていたんだそうだ。


「だから、あいつらのせいであんたが私を警戒しているなら、それは全然違うから。女性冒険者同士、仲良くしましょう」


 マギナはそう言ってミラに手を差し出した。

 どうやら彼女はミラと友達になりたくて声を掛けたみたいだ。

 しかし、ミラはその手をしばらくジッと見るだけで動かない。


「――ゴメン。無理」

「ええっ?! 何で?!」


 ちょっと、ミラ!

 マギナはまさかミラに拒否されるとは思わなかったのだろう。ショックで半べそになっている。

 ミラは申し訳なさそうにうつむいた。


「・・・私にはその資格がない」

「――資格がないってどういう意味?」

「私は・・・冒険者じゃない、から」


 ミラはそう言うと、ポツポツと事情を語り始めた。

 自分の名前。村から冒険者になるためにこの町まで来た事。

 冒険者ギルド本部では、登録するために大銅貨が一枚いると知った事。

 大銅貨どころかお金を全く持っていない事。

 薬草を売ってお金を作ろうと思ったら、買取所のオジサンに「冒険者からしか買い取れない」と断られた事。などなど。


 マギナは黙ってミラの話を聞いていた

 そして全てを聞き終えると、再び手を差し出した。

 ミラはムッと不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「話を聞いてた? 冒険者じゃない私は、あなたの手を握る資格がない」

「違うわ。ホラ。いいから早くその袋を渡しなさいよ」


 ミラはキョトンとした。


「冒険者じゃないから薬草を売れないんでしょ? だったら私が代わりに買取所で売って来てあげるわ」

「えっ・・・。なんで?」


 マギナは耳を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「私はね。ここまで話を聞いておいて知らんぷりするような、酷いヤツじゃないの。どうせ買取所はすぐそこだし、私にとっては別に大した手間じゃないもの」


 ミラは驚きの表情でマギナをジッと見ている。


「な、なによ。私の事が信じられないっていうの? あんたの薬草をネコババするんじゃないかって疑っているわけ?」

「そ、そんな事は無い」


 ミラは慌てて背中の袋を下ろすと、マギナに渡した。


「お願い――します」

「ふん。ちょっと待ってなさい」


 マギナは袋を担ぐと、早足で去って行った。

 僕はマギナの姿が買取所の中に消えるのを見届けると、ミラに声をかけた。


「ねえ、ミラ。実は僕、初めて出会った冒険者が、ミラに絡んで来た少年達だったから、少しだけ不安になっていたんだ。冒険者がみんなあんな感じだったらイヤだなって」


 僕にとって冒険者は、ずっと憧れの存在だった。

 森の中のお婆ちゃんの家と、その周りしか知らない僕にとって、自分達の力で道を切り開き、自由に世界を旅する彼らは、僕の憧れであり、僕の理想そのものだった。

 僕は何度も冒険者の物語を読み返しては、彼らの活躍に胸を躍らせていた。


 しかし、森の外で初めて出会った冒険者は、いきなりミラに絡んで来るような、ガラの悪い少年達だった。

 僕は僕の憧れに水を差された気がした。


「でもマギナみたいな冒険者もちゃんといるんだね」

「・・・うん」


 そう。困った人がいたら見過ごせない。そんな冒険者だっているんだ。

 マギナにとっては小さな親切のつもりだったのかもしれないけど、僕とミラにとっては、涙が出そうになる程嬉しい助けだった。


「彼女と友達になれればいいね」

「・・・考えとく」


 ミラは少しだけ頬を染めると、照れ隠しに前髪をいじるのだった。

次回「初めての収入」

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[良い点] ええ娘やな。
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