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その12 冒険者ギルド本部

「ここが冒険者ギルド・・・」


 冒険者ギルド本部の建物は直ぐに見つかった。

 良く目立つ大きくて黒い建物だったし、入り口に大きな文字で『冒険者ギルド・ブラッケン本部』と書いてあったからだ。


 ゴクリ。


 僕とミラ。どちらかの喉が緊張で鳴った。

 いや、二人同時に鳴らしたのかもしれない。


「ここで私は冒険者になる」


 ミラは覚悟を決めた表情で呟いた。

 彼女の言葉に僕の胸がチクリと痛んだ。


 ・・・本当なら僕だって冒険者になりたいのに。


 僕はこん棒に張り付いた体に腹立ちを覚えた。

 こんな姿にさえなってなければ、今頃僕はミラの横に立って、彼女と同じ気持ちでこの建物を見上げられていたのだ。それなのに・・・。


 ミラは空いた方の手で、背中の袋を軽く叩いた。


「そして、ギルドでこの薬草をお金に換えて、教会でディルの体を治してもらう」


 ミラの一言は僕の胸を突いた。

 ミラは僕の治療を助けるという約束を覚えていてくれたのだ。

 それを僕は自分の事ばかり――いや、それだけじゃない。初めて出来た友達に対して、嫉妬心まで抱いていたなんて。


「ディル?」

「ごめん、ミラ。いや、なんでもない。冒険者になれるといいね」


 ミラは嬉しそうに大きく頷いた。


「行く」

「うん」


 こうして僕達は冒険者ギルド本部に足を踏み入れたのだった。




 入り口から入って直ぐ、本部の中は大きな広場のようになっていた。


「えっ? 建物の中になんで広場が? それに泉まであるんだけど・・・」


 そして広場の真ん中には、石で出来たドラゴンの像があった。

 ドラゴンの口からはキレイな水が噴き出して、足元に小さな泉を作っている。(後で知ったけど、こういう施設の事を”噴水”と言うそうだ)

 建物の天井は僕の家の天井よりもずっとずっと高く、首が痛くなるくらい上を向かないと天井が見えない程だ。

 その天井にも柱にも、隙間なくビッシリと今にも動き出しそうな見事な彫刻が彫られている。

 ここに彫られた彫刻を全部見て回ったら、それだけでも一日かかってしまいそうだ。


 冒険者ギルド本部は一体何の意味があって、わざわざ建物の中をこんな風に作ったのだろう?

 家というのは人が住むためにあるものじゃないのだろうか?


 僕は冒険者ギルド本部の理解し難い作りと、途方もないスケール感に圧倒されて、呆然としてしまった。


 ミラも僕と同様に、呆気に取られて立ち止まっていた。

 そんな彼女に周囲の視線が集中する。

 ミラはハッと我に返ると、キョロキョロと辺りを見回した。


「あっ! ミラ。あそこを見て。そうそこ。『登録受付窓口』って書いてあるよ」


 建物の作りに圧倒されていたせいで気付くのが遅れたけど、広場の奥には仕切りで仕切られた広いテーブルがあって、何人もの男達がそこに座って仕事をしていた。

 その中でも、良く目立つ広い仕切りが『登録受付窓口』――僕達の目当ての場所のようだ。

 ミラは僕の言葉にはじかれたように走り出すと、窓口の前に立った。


 受付窓口に座っていたのは、どこか冷たそうな雰囲気(今になって思えば”事務的”だったんだと思う)の若い男だった。

 彼はミラを――というよりも、ミラが担いでいる僕の体(こん棒)を見て眉をひそめた。


「あ、あの」

「そこの木の札を取って。あなたの順番が来たらそれに書かれた番号を呼びますので、そうしたらここに来て下さい」


 ミラはしばらくの間、木の札と窓口の男を交互に見ていたが、やがて恥ずかしそうに小さな声で言った。


「私・・・字が読めない」

「そうですか。板を見せて。――それには”五番”と書いてあります。五番と呼ばれたら来てください」

「わ、分かった」


 ミラは木の板を胸に抱くようにしながら、そそくさと受付窓口を離れた。

 彼女は広場の壁際まで来ると、ぼそぼそと僕に言い訳をした。


「・・・村ではみんな文字が読めなかった。読めるのは村長の家の人達だけ」

「そ、そうだったんだ」


 そういえば、と、僕はいつだったかの出来事を思い出していた。

 確か、僕が「本で読んだ」と言った時、ミラが妙な反応をした事があった気がする。

 その時は「なんでだろう?」と、あまり気にも留めなかったけど、彼女は僕が本を――文字を読めると聞いて、驚いたんだろう。


「僕でよければ文字を教えようか? ミラには色々とお世話になっているから、そのお礼に」

「・・・いい。私は冒険者になるから関係ない。文字を読む必要なんて別にないから」


 ミラは僕から目を反らして呟いた。




 ミラの順番はすぐにやって来た。

 急いでさっきの窓口に立った彼女だったが、窓口の男の言葉に愕然としてしまった。


「初めて冒険者登録を希望される方ですね。それでは大銅貨一枚頂きます」

「えっ・・・」


 彼は硬直するミラの前に小さなお皿を置いた。

 ここに大銅貨とやらを乗せて欲しいのだろうか?

 ミラは慌てて身を乗り出した。


「そんな?! お金がいるの?!」

「はい。こちらは登録に必要なお金となります。払って頂かなければ手続きをする事は出来ませんよ?」


 どうやら大銅貨というのはお金の事らしい。いや、お金が大銅貨なのかな? ちょっと分からない。

 ただ、僕にも一つだけ分かっている事がある。ミラはお金を全然持っていないのだ。


「・・・い、今は持っていない」

「なら、次は持って来て下さいね。――次。六番の番号札でお待ちの方!」


 ミラは悔しそうな顔で僕を担ぎ直すと、窓口を後にしたのだった。




「冒険者になるのにもお金がいるんだね」

「そう・・・みたい。でも大丈夫。この薬草を売ればお金が手に入る」


 ミラは申し訳なさそうに僕の方を見た。

 どうやら彼女は、前に僕に言った事を気にしているようだ。


「うん。そうすればいいよ。その薬草を売ったお金は僕の治療代にするって話だったら気にしないで。元々、採ったのはミラなんだし、そこから冒険者ギルドの登録料ってのを出したらいいよ。もしも残ったお金が僕の治療代に足りなければ、その時はまた一緒に薬草を採りに行こうよ」

「! ありがとうディル!」


 ミラはパッと笑みを浮かべると、嬉しそうにギュッとこん棒の握りを握りしめた。

 これって僕の体が巨人の持っていたこん棒だからいいけど、もしも普通のこん棒だったら、たちまち握りつぶされていたんじゃないだろうか?

 僕はちょっとだけ背筋が寒くなったけど、喜んでいるミラに水を差しても悪いので黙っておいた。


「そういえば、この薬草ってどこでお金に換えるの?」

「買取所で売る」


 買取所? ああ、町に入った所で冒険者達が向かっていた、あの建物か。


「最初にミラがフラフラと付いて行きそうになったあそこの事だね」

「そ、そんな事してない!」


 ミラは顔を赤くすると乱暴に僕を担ぎ直した。


「いいから、早く行く」

「分かった。もうこの事は言わないから機嫌を直してよ」


 こうして僕達は冒険者ギルド本部を後にして、さっき見かけた買取所を目指したのだった。




 買取所は冒険者ギルド本部に負けないくらい大きな建物だった。

 ただし、こちらは飾りっけのない地味な建物である。どっちかと言えば、僕にはこういう作りの方が落ち着くけど。

 ていうか、部屋の中に広場や泉を作るのって何の意味があるんだろうね?


 ミラの対応をしてくれたのは、まるで冒険者のようにガッシリとした体の人の良さそうなオジサンだった。


「スマンなお嬢ちゃん。ここで素材を売れるのは冒険者だけなんだ」

「えっ・・・」


 オジサンは気の毒そうな顔をしながら腕を組むと、「う~ん」と唸り声をあげた。


「どうにかしてやりたいが、これも規則なんでな。ホントにスマン」


 オジサンが言うには、持ち込まれた素材を全部買い取っていると、冒険者でもない人達が現金欲しさに”魔境”の森に入ってしまう危険があるのだと言う。


「実際、何年か前に、それで町の子供が何人か森で行方不明になっちまってな。その時、町の代官様から『今後、買取所は冒険者からしか買いとりをしてはならない』とのお達しが出ちまったんだよ」


 確かに森の中は危険だ。僕なんて灰色ウサギ一匹にすら勝てないくらいだし。

 いや、今なら女神アテロード様から【スキル】を頂いたから、いけるかもしれないけど。


 オジサンの事情は分かった。しかし、それだと僕達は薬草が売れないという事になる。

 薬草を売ってお金にするには、ミラは冒険者にならなければならない。

 しかし、冒険者になるためには、薬草を売ったお金が必要になる。

 しかし、冒険者でないと薬草は買い取って貰えない。

 ぐるぐる、ぐるぐる、完全な堂々巡りだ。


「スマン! 本当にスマン!」


 オジサンはまるで拝むようにしてミラに謝っている。

 オジサンは全然悪くないのに、ミラに謝っているのだ。

 ミラはうつむいて悔しそうに唇を噛んでいる。

 僕は二人の姿を見ていると、凄くやるせない気持ちになってしまった。


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 お金のせいか?


 お金さえあれば、ミラは冒険者になれたし、オジサンだって快く薬草を買い取ってくれたに違いない。

 お金が無いという、ただそれだけの理由で、ミラは冒険者になれないし、オジサンだって申し訳ない思いをしているのだ。


 僕は今までお金というものを軽く考えていたようだ。

 町で生活をするために必要なもの。その程度にしか考えていなかった。

 人間の社会はお金がないと、こんなにも不自由なものなんだ。

 僕はその事を強く思い知らされていた。


 その時、重く沈んだこの場の空気に不つり合いな明るい声がした。


「その大きなこん棒って・・・やっぱり! あなたさっき町の外で会った子じゃない!」


 建物の入り口。こちらを嬉しそうに見ているのは、三角形のつば広帽子を被った、ちょっと気の強そうな女の子。


 それは町の外でミラが少年冒険者達に絡まれた時に出会った女の子――マギナだった。

次回「魔術師の少女マギナ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、ついにお仲間登場か? [一言] なんとか文字を勉強したいと思わせることができる理由がないものかしら…?
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