その11 冒険者の町ブラッケン
「ちょっとドキドキして来たよ」
「・・・うん」
僕達は町に入る人の列に並んでいた。
町の門の前には槍を持った男達――衛兵って言うらしい――がいて、町に入る人に名前と目的を尋ねている。
少し待っているとすぐにミラの番がやって来た。
大きなこん棒(※僕)を担いだ女の子の姿は目立つらしく、衛兵の男は最初から警戒した様子でミラに話しかけて来た。
「名前とこの町に来た目的を言え」
「ミラ。この町には冒険者になるために来た」
「冒険者? お前がか?」
衛兵は疑いの眼差しでミラの姿を眺めた。
ミラのような小さな女の子が、危険な冒険者になりに来たとは思っていなかったようだ。
「手に持っているのは一体何だ? そう、その布を巻いたそれだ。武器にしてはデカ過ぎるようだが――」
「このくらい普通。私の【スキル】は”金剛力”だから」
「「”金剛力”?!」」
ミラが自分の【スキル】を答えると、別の人に話を聞いていた衛兵もこちらにやって来た。
「”金剛力”とは、また凄い【スキル】を持っているんだな。それって確か、【上位スキル】じゃなかったっけ?」
「【上位スキル】? 話には聞いた事はあるが、実際に持っているヤツに会うのは初めてだ。お前、いい【スキル】を手に入れたな」
彼らは無遠慮にミラの頭を撫で回した。
急に親しげになった衛兵達に、ミラは戸惑っている様子だ。
「ここは冒険者の町だからな。お前みたいに強い【スキル】を持っているヤツは大歓迎だ」
「だが、町で問題は起こすなよ。他所ではどうだったか知らないが、ここには【スキル】の枝を伸ばして化け物みたいに強くなったヤツらが大勢いるからな。調子に乗って粋がっていると酷い目に会うぞ」
衛兵達は「どうせその辺の事は、イヤっていう程ギルドで思い知らされると思うけどな」と言って笑った。
そして彼らはミラに冒険者ギルド本部の場所を教えてくれた。
大通りを真っ直ぐ向かえば見えて来る、大きくて黒い建物がそうらしい。
「ホラ、見て見ろ。あそこのアイツらも冒険者だ。けど注意しな。初めてこの町に来るお前みたいなヤツは、冒険者の後ろにくっついて行って、門のすぐ近くにある建物に入ってしまうんだ。でも、あそこは買取所だからな。冒険者になるための登録は、町の中央にある本部でなければ出来ないんだ。間違えてつまらん恥をかくなよ」
「新人あるあるだな。毎年何人かはそれをやって物笑いの種になるんだ」
衛兵達はそう言ってゲラゲラと笑った。
「ほら、もう行っていいぞ」
「ようこそ冒険者の町ブラッケンに。頑張れよ。おチビちゃん」
彼らに頭をポンと叩かれてミラは歩き出した。
「・・・・・・」
「ミラ。怒っている?」
ミラはブスッとした顔で乱れた前髪を手櫛で整えている。
子供扱いされた事にプライドが傷付いたみたいだ。
「あの人達の言った事を覚えてるよね? 大通りを真っ直ぐ行った所にある大きな黒い建物だから」
「・・・知ってるから」
しまった。
ミラは僕にまで子供扱いされたと思ったようだ。
「いや、ちょっと確認しただけだよ。ミラを心配したとかそういうのじゃないから」
「・・・・・・」
どうやらミラはすっかりへそを曲げてしまったらしい。
彼女は無言のままでズンズン町の入り口へと向かって行ったのだった。
入り口は随分と大きなものだった。僕達が到着した時には、丁度馬車が二台、すれ違っていた。
それでもその横を人が歩ける余裕があるんだから、凄い大きさだって事が分かってもらえると思う。
入り口をくぐってすぐに、僕は目の前の景色に圧倒されてしまった。
「うわっ。まさかこの家全部に人が住んでいるの?」
ここから見渡す限り、端から端までビッシリと家が立ち並んでいたのだ。
大通りというのは、目の前の大きな道の事だろうか?
そこにはぶつからないように歩くのも難しい程、大勢の人で溢れ返っていた。
色々な大きさで色々な形の家。子供からお年寄りまで色々な年齢の人。服の形も髪の色もとにかく色々で、目に入るあらゆるもの全てがとにかく色々だった。
そんな色々があまりにも多過ぎて、僕は頭がぼうっとして、何も考えられなくなってしまった。
「これが町――。凄いや」
実はミラもこの町に来たのは初めてだったようだ。
彼女も息をするのも忘れた様子で立ち尽くしている。
そんな彼女の横を、さっき入り口の所で見かけた冒険者達が通り過ぎて行った。
ミラはフラフラと彼らの後ろについて行った。
「ちょ、ミラ。さっき衛兵の人達に注意されたよね。なんでこの人達に付いて行ってるの?」
僕の言葉に、ミラはハッと我に返ると、顔を真っ赤にして彼らに背を向けた。
「あの人達が向かっているのは買取所だからね。僕達の目的地は大通りを真っ直ぐ行った所にある建物だからね」
「わ、分かってる」
ミラは耳まで真っ赤になって小さく頷くと、今度はちゃんと大通りを町の中心へと歩き始めたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者の町ブラッケンの大通り。町の中心部に近い一等地に建つ大きな建物。
この町の冒険者ギルド本部である。
建物の奥、役員が使う会議室から一人の老婆が姿を現した。
かくしゃくとした品の良い老婆である。白いものの混じった灰色の髪をアップに纏めている。
高価そうな服に、派手なアクセサリー。どこかの貴族の夫人だろうか?
「サグナ様お待ちを!」
男の声に老婆が立ち止まった。
「ザックスの所の坊主かい。まだアタシに文句を言い足りないってのかい?」
サグナと呼ばれた老婆は、眉間に大きな皺を寄せた。
老婆に声をかけた男はまだ二十代前半。スラリとした長身の育ちの良さそうな青年である。
青年は慌てて両手を振った。
「いえ、そんな! 先程は父が失礼を言って申し訳ありませんでした。父の発言はあくまでも父の個人的な見解であって、西支部の見解ではありません。誤解なさらないようにお願いします。私――西支部の支部長としては、東支部との関係をより一層深めたいと考えております」
「――ふん。どうだろうね」
老婆は不愉快そうに鼻を鳴らした。とはいえ、相手から下出に出られた事で、やり辛さを覚えたようだ。
今度は先程のようなケンカ腰な姿勢ではなかった。
青年は老婆の変化を目ざとく嗅ぎ分けると、ここぞとばかりにすり寄った。
「それでどうでしょうか? 女冒険者の件ですが、西支部にも融通して頂く訳にはいきませんか?」
「さっきアンタの父親にも言ったが、どの支部に所属するかは冒険者の自由意思だよ。アタシらが決める事じゃないね」
老婆の返事に、青年の表情が一瞬、怒りで醜く歪んだが、すぐに元の人の良さそうな笑顔に覆い隠されてしまった。
「そこをなんとか。サグナ様から一声かけて頂ければ「しつこいね。無理なものは無理だよ」
しつこく迫る青年に対し、老婆はけんもほろろに吐き捨てた。
「全てはアンタの父親の自業自得だよ。女冒険者に移って欲しければ、アタシに頼るよりも先ずは自分達の足元を見直すんだね。西支部が東支部より魅力的になれば、自然とそちらにも女冒険者達が流れて行くだろうよ」
「見直しは勿論の事です。しかし、こちらが改善をしたところで、それを理解してもらうには、先ずはそれを知ってもらう相手がいない事には――」
「そういう言葉は実際に自分の手を動かしてから言うんだね。その後でならいくらでも話を聞いてやるよ」
老婆はそう言うと、踵を返して歩き始めた。
これ以上話す事は無いという事だろう。
やがて老婆の姿が廊下の向こうに消えると、青年は怒りの表情を浮かべ、大きな舌打ちをした。
「チッ! クソババアめ。この俺に言いたい放題言いやがって」
そこには先程までの育ちの良さそうな青年はいなかった。青年はまるで場末の酒場にいるチンピラのように、壁を何度も蹴りつけた。
ここで廊下の角から太った中年男が現した。男は荒れ狂う青年に声をかけた。
「エリーク。どうやら上手くいかなかったようだな」
「ゴメン、父さん。あのババア、マジで調子に乗りやがって。ねえ父さん。あのババア、本当にどうにか出来ないの? 元金級冒険者って言っても大昔の話だろ?」
そう言うと青年は――エリークは、シュッと首を掻き切る仕草をした。
エリークの父親は息子を睨み付けると声を潜めた。
「おいよせ。ここはギルド本部だ。どこで誰が見ているか知れん。――消すのは無理だな。アイツが身に付けている装飾品はそのほとんどが”魔境”のマジックアイテムだ。俺の手の者では気付かれずに近付く事すら出来んだろうよ」
「くそっ! 厄介なヤツめ」
エリークは忌々しげに歯ぎしりをした。
「しかしどうするか・・・。このままでは前年以上に達成度の差をつけられてしまうぞ」
「女冒険者が――魔術師さえいれば、俺の西支部だって」
なぜ、女冒険者が必要なのか?
魔法を使うには【パッシブスキル】”魔術の才能”を得ている必要がある。
実際はそこから枝を伸ばして、【アクティブスキル】に育ってから初めて魔法が使えるようになるのだが、今はそこは置いておくとする。
ここで問題となるのは、【パッシブスキル】”魔術の才能”は、ほとんど女性しか持たない【スキル】だという点だ。
冒険者という危険な職業に、そこそこの割合で女性がいるのは、貴重な魔法職としての需要があるからなのである。
エリークが支部長を務める西支部は、東支部に対して女冒険者の数が――魔術師の数が圧倒的に少ない。
それは先代の支部長、エリークの父フンベルト・ザックスの代から今までずっと、女冒険者に対して酷い扱いをして来たせいであり、いわば彼らの自業自得なのだ。
しかし、ザックス親子は自分達の行動を顧みる事をせず、サグナが奪ったせいだと考えていた。
「とにかくこれ以上、東支部と差を付けられるのはマズい。何か手を打たないと・・・」
親子は連れ立って冒険者ギルドを後にしたのだった。
次回「冒険者ギルド本部」