その10 少年冒険者達
街道を西へ西へと歩き続けて数時間。すっかり太陽が西に傾き、影が長く伸びた頃。
僕達はようやく冒険者の町ブラッケンへと到着したのだった。
「あれが冒険者の町?」
冒険者達が森に採取に向かうのに便利なようにだろうか? ブラッケンの町は森のすぐ南に作られていた。
とはいえ、僕の目には大きな石を積み上げた高い壁しか見えないんだけど。
「ねえミラ。ずっと先まで石の壁が続いているよ?」
「そう。町はあの向こうにある」
「ふうん。こっちからは石の壁で見えなくしているんだね。どうしてだろう」
「違う。あれは城壁と言って町の周りをぐるりと取り囲んでいる」
「ホントに?!」
この石の壁がまさか反対側まで続いているとは思ってなかった。
一体どれだけの数の石がここに積み上げられているんだろう。
想像すると、思わず気が遠くなってしまう。
「ねえ、ミラ! 君の村も――おっと」
ここで知らない人がミラのすぐ横を通ったので、僕は慌てて口をつぐんだ。
うっかりしていたが、町に近付いたせいもあって、街道はすっかり人が増えている。
ましてや、大きなこん棒を担いでいるのが小柄な少女とあって、ミラの姿は良く目立っていた。
僕達はさっきから周囲の注目を集めていたのだ。
(僕の声、今の人に聞かれていなかったよね? せっかくミラに姿を隠して貰ったのに、話し声を聞かれてしまったら台無しだ。ちゃんと注意しとかないと)
それにしても、今日だけでまさかこんなに沢山の人を見ることになるとは思わなかった。
今まではずっと、森の中でドロテアお婆ちゃんと二人きりだったのに。
(よくミラは平気でいられるな)
僕は落ち着きなくキョロキョロと周囲を見回した。
僕にとって、どこを見ても当たり前に人がいるという光景はどこか不自然で圧迫感すら感じた。
しかも、街道にもこれだけ人がいるのに、町に入ったらこの何百倍もの人が暮らしているという。
本当にそんな場所に行って大丈夫なんだろうか? 今から心配になって来たんだけど。
いや。何を怖気づいているんだ僕は。
あの壁を越えたら、冒険者の町なんだ。
今はこんな体だけど、僕だっていずれは冒険者になるんだ。こんな事くらいでしり込みしていてどうする。
僕はお腹にグッと力を入れて、弱気の虫を押し殺したのだった。
「おい、なんだアレ。デカイこん棒が歩いているぞ」
「良く見ろよ。チビが担いでるだろうが」
「マジかよ?! どんな馬鹿力してんだあのチビ!」
背後から男達の声が聞こえた。どうやらミラの事を話しているみたいだ。
僕達の周りを歩いていた人達が、眉をひそめて距離を開けた。
トラブルの気配を感じて、巻き込まれては面倒だと思ったようだ。
ポツンと一人で歩くミラに、三人の男達が近寄って来た。
僕と同じくらいの年頃の少年達だ。
三人共、地味な皮鎧で、背中には大きな袋を背負っている。腰には短めの剣。
ひょっとしてこの町の冒険者だろうか?
初めて出会う本物の冒険者に、僕はこんな状況でありながら、少しドキドキしてしまった。
少年の一人が無遠慮に僕を手で押した。
「おい、なんでこん棒に服を巻きつけてるんだ? 頭がおかしいんじゃないか?」
「あれじゃないか? 女だし、人形代わりにこん棒を可愛がっているとか。おい、お前。何か【スキル】を持っているんだろ? 教えろよ」
ミラは無言で面倒臭そうに少年を振り払った。
少年の顔にサッと怒りが浮かぶ。
仲間の少年がヘラヘラと笑いながらミラに話しかけて来た。
「なあお前。コイツらが優しく話しかけてるからって、俺達を甘く見てんじゃねえか? そういう態度を取ってるとケガをするぜ?」
「おい、聞いてんのかよチビ!」
「何とか言えっての! 口がきけねえのか?!」
口汚く詰め寄る少年達。僕には彼らが何をしたいのか全く理解出来なかった。
彼らとミラはどう見たって初対面だ。
それなのに、どうして彼らは見ず知らずのミラに対して、最初からこんなにも図々しく攻撃的になれるのだろうか?
少年達の敵意むき出しの態度に僕はすっかり委縮してしまった。
しかしミラは、警戒はしていても緊張している様子はない。
そんな彼女の余裕のある態度が、少年達の癪に障ったのだろう。険悪な雰囲気が一気に高まった。
「このチビ! ナメてんじゃねえぞ!」
最初にミラに声をかけて来た少年が、僕の体に巻きつけられた服を鷲掴みにした。
ミラは無造作にブン、とこん棒を振り払う。
「うわっ! 痛てっ!」
「チップ! テメエ! やりやがったな!」
チップと呼ばれた少年は、勢い良く地面に投げ出された。
その際に彼が掴んでいた部分が少しずれて、僕はドキリとした。
幸い、布が緩んだ様子はなく、誰も僕の姿に気付いてはいないようだった。
僕達の正面に回っていた少年が、ミラに掴みかかろうとした。
ミラは僕を大きく振り上げると――
ズドン!
「ひっ!」
少年のすぐ目の前に振り下ろした。
大きな音がして、こん棒が地面にめり込む。
少年は大きくのけぞると、ペタンと地面に尻餅をついてしまった。
ここで最後の少年が横からミラに蹴りかかった。相手を踏みつけるように足を蹴り出す乱暴な蹴り方だ。
ミラは空いている手で無造作に少年の足を掴んだ。
「痛っ! は、離しやがれ!」
ミラは少年の半分も体重が無さそうに見えるが、実際は巨大なこん棒の重さも加わっている。
少年は太い木でも蹴りつけたような気がしたんじゃないだろうか?
彼は痛みを堪えながら、片足でケンケンをしながらバランスを取っている。
ミラは一度軽く引いて少年のバランスを崩すと、そのまま勢いよく突き放した。
少年は背中から勢いよく地面に倒れた。後頭部を打ったのか、頭を抱えてうめいている。
ここまであっという間の出来事だった。
僕は、突然目の前で始まったケンカと、ミラの予想外の(失礼)強さ。それらの出来事に付いて行けずに、すっかり混乱してしまった。
「てめえ・・・ふざけやがって。ただで済むと思うなよ」
「お、おい、まずいよチップ」
最初にミラに転ばされた少年――チップが、立ち上がって腰の剣に手をかけていた。
尻餅をついた少年が懸命に仲間を止めている。
僕達を取り囲んでいた野次馬達が、慌てて遠ざかった。
「町の人間に武器を抜いたら、俺達ギルドから除名されちまうぜ」
「――知るか! それにここは町の外だ。関係ねえ」
「バカを言え! これだけ大勢の人間に見られているんだぞ。よせって。それだけはマズイって」
「あなた達どうしたの?」
その時、女性の声がした。
三角形のつば広帽子を被った女の子がこちらに駆け寄って来る。
年齢は僕達と同じくらい。淡いピンク色の髪をした、ちょっと気の強そうな可愛い子だ。
少年達から剣呑な気配が消えると共に、彼らはチラリと目配せをした。
「何? ここで何かあったわけ?」
「あ~、いや、別に」
「ちょっとふざけ合ってただけだって」
「そうそう。マギナが気にするような事じゃねえよ」
マギナと呼ばれた女の子は不安そうな顔で、周囲を取り囲む野次馬達を見回している。
少年の一人――チップは、ミラをジロリと睨んだ。
余計な事は何も言うなと、釘を刺したつもりなんだろう。
「それよりお友達はいいのか? 遅れているみたいだが」
「――彼女達の事なら大丈夫。何か騒ぎが起こっているみたいだったから、急いで駆け付けたのよ」
少年達は「なんでもない」の一点張りで、マギナに何も説明をしない。
やがて二人連れの女の子がやって来ると、少年達に声をかけた。
「そんな所でどうしたの? 先に行って町に入る列の順番待ちをしておくって言ってたのに」
「だからなんでもないって。おい、行こうぜ」
「ああ」
「分かった」
少年達はマギナと女の子達を残して、速足で町の方へと去って行った。
「ねえ、見て。あの子凄いこん棒を持ってる」
「ホント。あ、こっち見た。もう行こう」
女の子達は大きなこん棒を持ったミラが気になっている様子だったが、彼女と目が合うと、そそくさとこの場を去って行った。
マギナは何か言いたそうにしていたものの、仲間の女の子達から声を掛けられると、一緒に町へと去って行った。
トラブルが終わったのを見て、僕達の周囲で立ち止まっていた野次馬達も歩き始めた。
ミラが僕を担ぎ直した。
「・・・ミラって強かったんだね。三人を相手に全然平気なんて」
思わず漏れた僕の言葉に、ミラは「ふう」とため息をついた。
「ああいうバカの相手に慣れてるだけ」
ミラは【スキル】”金剛力”のせいで、昔から良く目立つ存在だったそうだ。
そんな彼女が面白くない人間もいるらしく、ああやって絡まれる事も多かったのだと言う。
「そうなんだ。大変だったんだね」
「別に。よくある事」
ミラは当たり前の顔をしているけど、僕なら、自分が何もしていないのに、初対面の人からあんな態度を取られて平気でいられるとは思えない。
【スキル】を持っていても良い事ばかりじゃないんだな。
僕は人間社会のイヤな部分を見せられた気がして、少しだけ気持ちが沈むのだった。
次回「冒険者の町ブラッケン」