その9 アンシェリーナのぼやき
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アンシェリーナから渡されたメモ書き――彼女が”鑑定”の【スキル】で観た、ディルの【スキル】の覚え書き――は、護衛の騎士マルコの度肝を抜くものだった。
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【名前】:ディル
【パッシブスキル】:ど根性 共感 ステータス強化 直感 忍耐 健康体 高速回復 魔力操作 学習能力 確率補正 命中率補正 攻撃補正 防御補正 斬撃耐性 刺突耐性 苦痛耐性 精神耐性 状態異常耐性 毒耐性 全魔法耐性 腐食耐性 体術の才能 剣術の才能 槍術の才能 盾術の才能 弓術の才能 造形技能 見様見真似 探知
【アクティブスキル】:鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定
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【パッシブスキル】は三つ持っていれば”英雄”と呼ばれるという。そんな”英雄”は国に数名しかいない。
その【パッシブスキル】をディルは大量に持っていたのである。
マルコは信じられない思いで主人に尋ねた。
「あ、あの。私はここに書かれてあるスキルのほとんどを知らないんですが?」
アンシェリーナは「私だって知らないわ」と、かぶりを振った。
「名前から想像するしかないけど・・・。例えば”健康体”なんかは”剛健”の系統かしら? ――ダメだわ。ここまで異質過ぎると、どこまで同じ特性と考えていいのかすら分からないわね」
「は、はあ・・・」
マルコは魂の抜けたような顔でメモ書きをぼんやりと眺めている。
自分の常識をあまりに超えた話に、理解が追いついていないのである。
アンシェリーナは大きなため息をついた。
「私が慌てたのも分かるでしょ? こんな物語の中のモンスターのような――それこそドラゴンのような相手に、たった五人の護衛でどうにか出来ると思う?」
「それは・・・あ、いえ。この命に代えても必ずお嬢様をお守り「今はそういうのいいから。正直な話しをしましょう」
マルコは話の途中で食い気味に被せられ、何とも言えない顔になった。
「ええと、遺憾ながら・・・」
「そう。無理よね」
アンシェリーナにバッサリ切り捨てられて、マルコはぐうの音も出なかった。
「私の【スキル】”鑑定”も万能じゃないわ。鑑定の精度は相手との距離と、相手をどれだけ理解しているかによっても左右されるの。今回は念入りに観たから、漏れは無いと思うんだけど・・・。正直、相手が規格外過ぎて自信は無いわ」
「・・・あ、あの。それでお嬢様は、あの者をどうされるおつもりですか?」
アンシェリーナはここで少し考え込んだ。
「そうね。咄嗟に逃げ出してしまったけど・・・。マルコ。あの子達の今の場所は分かっているわよね?」
マルコは自信をもって頷いた。
「はい。私の【スキル】はこの国の端から端まででも探知出来ますから」
マルコの【パッシブスキル】は”方向感覚”。戦闘には不向きな【スキル】だが、彼はそこから派生した【アクティブスキル】”標識”によって、アンシェリーナの専属の護衛を任されていた。
その特性は、『自分が目印を付けた品がどこにあっても分かる』というものであった。
記憶しておける数は最大で五つ。
彼はアンシェリーナが身に付けている品に目印を付け、彼女が誘拐されたり、護衛の目を誤魔化してこっそり屋敷を抜け出したりしないか、見張る役目を任されているのである。
先程アンシェリーナがミラに渡した髪留めは、そうやってマルコが記憶していた品の一つであった。
「・・・私があの髪留めに目印を付けていた事に気付いていたんですね」
「当然。マルコは分かり易いのよ」
マルコは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
アンシェリーナのこの様子だと、既に他の目印もバレている可能性がある。
また目印を付け変えなくては。
相手は”鑑定”の【スキル】を持つアンシェリーナである。それがどれほど困難なミッションであるかは、言うまでもないだろう。
マルコは頭を抱えたい気分になった。
アンシェリーナは落ち込むマルコの姿に、少しだけ勝ち誇った気分になった。
しかし、すぐにディルの事を思い出して表情が曇った。
(ひとまず、お父様に相談するしかないわね。本人がこん棒に閉じ込められていて、自分では移動出来ないのが幸いだったわ。”加速”や”五感強化”を持つ相手に本気で逃げられたら、並みの騎士団員じゃ絶対に追いつけっこないもの。
危険とみなして討伐する事になるにしろ、有益とみなしてこちらに引き入れる事になるにしろ、事前に万全な準備を整えておかないとダメよね)
アンシェリーナはディルの【スキル】が書かれたメモ書きに目を落とした。
「この子も、私と同じ”鑑定”の【スキル】を持っているのね。私、自分に”鑑定”の枝が伸びた時、すごくうれしかったんだけど・・・今ではなんだか虚しく感じるわ」
「・・・・・・」
そう言ってぼやく主人に、マルコは慰めの言葉がかけられなかった。
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「・・・これで良し」
「そ、そう?」
ミラが満足そうに胸を張った。
僕達が何をしているのかって?
僕の姿を偽装しているのである。
さっき、僕の姿は、アンシェリーナ達に随分と警戒されてしまった。
このまま町に行けば、当然、同じような騒ぎに巻き込まれてしまうだろう。
そこで僕達はミラの服やタオルで、こん棒をグルグル巻きにして、僕の姿を隠す事にしたのである。
ミラは満足そうにしているが、僕は恥ずかしくって仕方がなかった。
だってミラの服に包まれているんだよ? こういうのって・・・ヘンタイって言うんじゃない?
しかも手持ちの布が足りなかったのか、肌着まで使っているのだ。
口元を覆っているこの妙に肌触りがいい布って、まさか彼女の肌着とかじゃないよね?
ミラは布の位置を調整して、僕が外を見えるように整えてくれた。
どうだろう。僕の姿は上手い具合に隠れているんだろうか?
自分で自分の姿は見えないんだけど。
「大丈夫。ディルの姿は全然見えていない」
「本当に大丈夫? それはそうと、みんなの目には、ミラは女性の服でグルグル巻きにされた大きなこん棒を担いだ子に見える訳だけど、そっちの方はいいのかな?」
「はっ・・・い、いや。大丈夫」
そう? 今、無理したようにも見えたんだけど。
「それに、町に行けば教会もあるから」
そう。町には光の神様を崇める教会があるらしい。
中でも紫神、カシシンハ教は、ポーションという薬と治療魔法で、町の人達のケガや病気の治療をしているそうだ。
もちろん、それにはお金が必要になるんだけど、そこなら今の僕も治してくれるかもしれないそうだ。
「でも、重い病気やひどいケガを治すにはお金も沢山必要になる」
「うっ・・・。けど、それは仕方がないよね」
今の僕って、病気なんだろうか? それともケガ? どっちにしても、珍しい症状には違いない。だったら、治療のためには、きっと沢山のお金が必要になるだろう。
不安になる僕に、ミラは膨らんだ袋を叩いて見せた。
「さっき薬草を沢山採ったから大丈夫。足りなかったら、また森まで採りに来ればいい」
「そんな! いいの? それはミラが採ったものなのに」
ミラはフルフルとかぶりを振った。
「見付けたのはディル。私が見つけたのは最初の一本だけ。多分、あのまま探していても、私だけならあの一本だけしか見つけられなかったと思う。だからこのお金はディルの治療に使う」
「ミラ・・・」
僕は温かい気持ちで胸が一杯になって、何も言えなくなってしまった。
ミラは立ち上がるとお尻の砂を払った。
「今から少し急ぐ」
「う、うん。よろしくね」
ミラは僕を担ぐと、冒険者の町ブラッケンを目指して街道を歩き始めたのだった。
次回「少年冒険者達」




