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その8 貴族の少女

「コランダ卿。マルコ。今のは一体何の騒ぎだったのですか?」

「あっ! アンシェリーナ様! お待ちを!」


 馬車の方からキレイなマントを着た女の子がやって来た。

 女の子の年齢って良く分からないけど、多分、僕とそう変わらない歳なんじゃないだろうか?

 アンシェリーナというのが彼女の名前のようだ。

 ぱっちりとした大きな目に、一度も外に出た事がないんじゃないかと思う程の白い肌。サラサラの金髪をピカピカの髪飾りで二つに纏めている。

 ミラの可愛さは小動物に感じるような可愛さだけど、アンシェリーナは何か大人びた可愛さを感じさせた。


 アンシェリーナは僕と目が合うと、ギョッと、こぼれんばかりに大きな目を見開いた。

 キレイな顔が恐怖? にこわばる。

 どうやら僕の姿に怯えさせてしまったようだ。


「・・・ええと、す、すごく平らね。あなたそんな体で大丈夫なの?」


 あ、違った。怯えていたんじゃなくて、僕の体を心配してたのか。

 優しい人だったんだな。


「ええと、はい。動きは不自由ですが、一応、大丈夫です」

「そ、そう。それでご飯はどうしているの? 外に出る時はどうしているの? そんな体で家の天井につっかえない? あっ、ひょっとして巨人の住むような大きな家に住んでいるとか? 両親もそんな体をしているの?」

「お嬢様、お待ちを! 危険かもしれません!」


 僕の姿はアンシェリーナの好奇心を刺激してしまったようだ。彼女は青年の制止を振り切って僕の所へとやって来た。

 彼女は地面に膝をつくと、真剣な顔付きで僕の体を撫で回した。


「まあまあ! ・・・見た目の通り真っ平な体なのね。ホントに不思議だわ」

「お嬢様! 父上。父上も見ていないでお嬢様を止めて下さい」

「う、うむ」


 どうやらアンシェリーナは行動的というか、気になる事を放っては置けない性分らしい。

 無遠慮に僕の体を撫で回しながら、何かブツブツと呟いている。

 彼女の整った顔が息が触れそうなほど僕の顔に近付き、キレイな金髪がこぼれてサラリと僕の体にかかった。

 なんだろう。このむずがゆいドキドキとする気持ち・・・。


 青年に父上と呼ばれた髭のおじさんが、アンシェリーナの肩を掴んで僕から引き離した。


「アンシェリーナ様。今頃ご当主様は首を長くしてアンシェリーナ様の到着を待っておられます。そろそろ出発致しませんと」

「えっ? あ・・・そ、そう。仕方がないわね」


 アンシェリーナはひと息つくと立ち上がった。

 僕はホッとすると共に、不思議な喪失感を味わっていた。


「――ミラ」


 アンシェリーナは片方の髪留めを外すとミラに手渡した。


「お、お嬢様! それ(・・)は?!」

「ガルファーレに来る事があれば、ディルと二人で私の屋敷を訪ねなさい。一度あなた達の話をゆっくり聞いてみたいわ」

「アンシェリーナ様! そのような輩を屋敷に招かれては、私共がご当主様に怒られてしまいます!」


 ミラは血相を変える男達に目を白黒させていたが、アンシェリーナから「いいから、持っておきなさい」と、強引に髪留めを押し付けられた。


「じゃあ行きましょう。お父様が待っているんでしょう?」

「お嬢様! お待ちを!」


 アンシェリーナは言うだけ言うと、踵を返してさっさと馬車に戻って行った。

 青年は慌てて彼女を追いかけて、馬車に乗り込んだ。


「・・・やれやれ。アンシェリーナ様の戯れにも困ったものだ」


 髭のおじさんは困り果てた顔でミラの手の中の髪留めを見つめた。

 ミラは慌てておじさんに髪留めを突き出した。


「あの。私、これ、いらない」

「――いや。持っておくといい。(ここでおじさんは、チラリとアンシェリーナの乗った馬車を見た) ゴホン。実は私もお前達の事が気になっていたのだ。急ぎでなければじっくりと話を聞きたい所だが、今はそうはいかん。ガルファーレの町はブラッケンの町の南。王都へと上る街道を馬車で三日の場所にある。覚えておくが良い」


 おじさんはそう言うと馬車の方へと歩いて行った。




 馬車には二頭の馬がつながれ、残りの二頭のうち一頭には髭のおじさんがまたがった。

 御者が手綱を振ると(こうやって馬に指示を出す人の事を御者と言うらしい)、馬車はガタガタと揺れながら動き出した。

 馬車はおじさん達の馬に先導されながら街道に乗り、やがて遠くに見えなくなった。

 僕とミラは街道に立ち尽くしながら、ぼんやりとその姿を見送っていた。


「・・・何て言うか、すごく大変だったね」

「うん」


 ミラの説明によると、あれは”貴族”という人達なんだそうだ。


「貴族って?」

「私達平民よりずっとずっと偉い人の事。逆らったら殺されちゃう」

「・・・そ、そんなに恐ろしい人には見えなかったけど」


 ミラは黙ってかぶりを振った。


「そんな事ない。貴族を怒らせたらダメ。機嫌を損ねてもダメ。モンスターは”魔境”の森の外には出て来ないけど、貴族はいろんな場所にいる。だから私達にとってはモンスターよりもずっとずっと怖い」


 そ、そうなんだ。ミラがそれほど言うのなら、きっと本当に怖い人達なんだろう。

 アンシェリーナには屋敷に来て欲しいと言われたけど、だったら行かない方がいいのかもしれないね。


「うん。行かない方がいい。冒険者の私達には関係ない」


 そういえば。と、僕は今更ながら変な事を思い出していた。


 そういえば、アンシェリーナは普通に僕とミラの名前を呼んでいたけど、僕達、自分の(・・・)名前を言って(・・・・・・)いなかったと(・・・・・・)思うんだけど(・・・・・・)


 それは疑問というには、あまりに曖昧な気付きだったので、これ以上僕の心にひっかかる事無く、スルリと意識から抜け落ちてしまった。

 こうして僕は、森の外に出て早々に、人間の世界には平民と貴族という二種類の人達がいる事を知ったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガタガタと揺れる馬車の中で、アンシェリーナは真剣な表情で何かを書き綴っている。

 正面のイスに座った護衛の青年――マルコは、黙って主人の様子を見守っていたが、アンシェリーナが書き終えるのを見て、耐え兼ねたように口を開いた。


「先程は随分とあのこん棒の少年を気にしておいででしたが、放置しておいてよろしかったのでしょうか? ご命じ頂ければあの場で拘束なりなんなり致しましたが」


 マルコの言葉にアンシェリーナはギョッと目を剥いた。


「あの二人を拘束? まさか! そんな危険な事は出来ないわ!」


 まさかアンシェリーナから、そのように言われるとは予想外だった。

 マルコはサッと表情を硬くした。


「・・・あの少女。それほどの相手だったと? 確かに、身の丈を超える巨大なこん棒を、苦も無く持ち歩いている所からも、何か特別な【スキル】を持っているのは分かりますが」


 アンシェリーナは少し意外そうな顔をした。


「ミラの【パッシブスキル】? それは”金剛力”よ」

「こ、金剛力?! 騎士団に”剛力”の【スキル】を持つ者はおりますが、まさか金剛力とは!」


 マルコが大袈裟に驚いたのには理由がある。

 【スキル】には似たような特性を持つものや、別系統の特性を含むものが存在する。

 ミラの”金剛力”は”剛力”の持つ怪力の特性に、”剛建”という【スキル】の持つ、頑丈な体という特性が合わさった、いわゆる【上位スキル】なのである。

 二つの【スキル】の特性を併せ持つ、非常にレアな【パッシブスキル】なのだが、特性同士の嚙み合わせも最高と言えた。


 自動車に例えてみよう。”剛力”というのは強力なエンジンだ。

 馬力はあるが、欠点として強力過ぎてボディーにも負担をかけてしまう。

 そして”剛健”はガッシリとした強固なボディーだ。しかし、乗せられたエンジンが普通のものでは、ただの丈夫な車にしかならない。

 ”金剛力”とは、”剛健”のボディーに”剛力”のエンジンを積んだ、自動車なのである。

 互いの長所を伸ばし、欠点を補い合った、最高の性能を持つ高性能車なのだ。


 驚くマルコにアンシェリーナは小さくかぶりを振った。


「ミラの”金剛力”は確かに強力な【スキル】だけど、危険はないわ。彼女はまだ幼いし、全く使いこなせてはいなかった。【アクティブスキル】にも枝分かれしていなかったし」

 

 【パッシブスキル】は、古くは【能力】とも言われた【スキル】だ。

 ほとんどは最初から持って生まれるものだが、稀に経験によって”生える”事もある。

 その数は多くても一人当たり二つか三つ。三つ持っていれば”英雄”とも呼ばれる程であり、この国でも数名しか確認されていない。


 【アクティブスキル】は【パッシブスキル】から生まれる【スキル】の事で、古くは【技能】とも呼ばれていた。

 【技能】は【能力】を鍛える事で、その【能力】に準じたものを習得する。これを一般には「【アクティブスキル】に枝が伸びる」と言うのだ。


 ちなみにアンシェリーナは、大変珍しい【パッシブスキル】、”探知”を持っている。

 彼女は自分の【パッシブスキル】を鍛える事で、探知系の【アクティブスキル】”鑑定”の枝を伸ばしていた。


 危険なのはミラではない。

 だとすれば、アンシェリーナが警戒しているのはもう一人の方しかいない。


「・・・まさか、あのこん棒少年が?!」


 マルコは自分で口にした言葉が自分でも信じられなかった。

 アンシェリーナはあの気の弱そうな少年――しかも、こん棒に閉じ込められて、自分では動く事すら出来ない少年――が、自分達精鋭騎士団員を脅かすような危険人物だと言うのだ。

 アンシェリーナは先程のメモ書きを差し出した。


「それは私が【スキル】”鑑定”で観た(・・)あの少年――ディルの【スキル】よ。ホント、あの場で覚えておくのに苦労したわ」

「・・・拝見します。んなっ?!」


 マルコはメモを手に取った途端、ギョッと目を剝いた。


「あ痛っ! こ、これは本当なのですか?!」


 マルコは思い切り天井に頭をぶつけてしまった。

 どうやら彼は驚愕のあまり、ここが馬車の中である事を忘れてしまったようだ。


「気持ちは分かるわ」


――――――――


【名前】:ディル


【パッシブスキル】:ど根性 共感 ステータス強化 直感 忍耐 健康体 高速回復 魔力操作 学習能力 確率補正 命中率補正 攻撃補正 防御補正 斬撃耐性 刺突耐性 苦痛耐性 精神耐性 状態異常耐性 毒耐性 全魔法耐性 腐食耐性 体術の才能 剣術の才能 槍術の才能 盾術の才能 弓術の才能 造形技能 見様見真似 探知


【アクティブスキル】:鉄壁 連投 集中 加速 高速演算 並列演算 効率化 貫通付与 隠密 暗視 望遠 結界 五感強化 空間収納 鑑定


――――――――


 三つ持っていれば”英雄”と呼ばれるほどの【パッシブスキル】を、ディルは大量に持っていたのである。

次回「アンシェリーナのぼやき」

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― 新着の感想 ―
[良い点] FF2的な受けたダメージに対して、それに対応したスキルが育つって感じですね [一言] 空間収納とセットで解体のスキルがあればさらに良かったのに惜しい
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