その7 森の外の世界
初めてのモンスターとの戦いを終えた僕達は、急いで森の外を目指していた。
その道のりはミラの勘任せという、なんとも頼りないものだ。
しかし、結果から言うと、僕達は一度も迷う事無く森の出口までたどり着いたのであった。
「えっ?! 凄い。本当に森の出口だ!」
「むふーっ」
驚く僕。そしてミラはご満悦だ。
「本当に勘だったの? 実はこれって【スキル】だったりしない?」
「・・・そうかもしれない」
ここまでくれば逆に【スキル】じゃない方が驚きだ。
ちなみに【スキル】というのは、自分では知る事が出来ない。
僕は女神アテロード様にステータスボードを見せて頂いたけど、ミラの場合は村にやって来た教会の神父様から教えて貰ったんだそうだ。
「黄神ファン・エリオットは、スキルの神様でもある。私はエリオット教の神父様に【スキル】を観てもらった」
「ふうん。スキルの神様なんてのもいるんだ」
ミラは小さな頃から力が強かった事もあって、昔からずっと「この子は【スキル】を持っている」と噂されていたそうだ。
そこで村の村長は、巡回中の神父様にお願いして、彼女の【スキル】を調べて貰う事にしたのだ。
「それでミラは自分の【スキル】が”金剛力”だって知っていたのか。その神父様はミラの他の【スキル】については何も言ってなかったの?」
ミラはフルフルとかぶりを振った。
「でも、【スキル】かもしれない。【スキル】は後で覚える事もあるから」
「ああ。そういえば僕が読んだ冒険者の本にもそう書いてあったっけ」
本の冒険者は、最初は”剣術の才能”しか持っていなかった。彼はパーティーの仲間と冒険を続けるうちに、【能力】や【技能】に目覚めていったのだ。
僕はミラが目を丸くしてこっちを見ている事に気付いた。
「えっ? なに?」
「本を読むって――いや、何でもない」
ミラは慌てて首を振った。
本がどうかしたんだろうか?
僕はミラの様子が気になったが、すぐにそれどころではなくなってしまった。
僕達は遂に森を抜けたのだ。
「これが・・・森の外の世界?! なんだろう。何がどうとは言えないけど、何だか凄いや!」
初めて森の外を見た感想は、「ウソみたいに広い」だった。
森の外は・・・何と言うか、見渡す限りただひたすらに大地が広がっていた。
むき出しの乾いた地面には、あちこちに背の低い草が生え、視界を遮る物は何も無い。
何だか吸い込まれそうで怖いくらいだった。
「木が邪魔しないだけで、こんなに遠くの物まで見えるものなんだ! 見て見てミラ! あんなに遠くを飛んでる鳥が見えるよ! あの鳥からも僕達が見えているのかな?! それに森の外にも木って生えているんだね!」
「木なんてどこにでも生えている。私の住んでいた村にだって生えていた」
えっ? そうなの? 木ってそういうものなんだ。森の中にしか生えてないのかと思ってたよ。
僕が感動に震えている間にも、ミラはズンズンと歩いて行った。
やがて彼女はひたすら真っ直ぐ地面がむき出しになっている場所を歩き始めた。
人間の作った道。街道である。
街道の地面には二本のくぼみが、等間隔でずっと先まで続いている。
何だか不思議な光景だった
「ねえ、このくぼみって何をするものなの?」
「これは轍。馬車が通った跡」
「馬車?」
「そのうち通る」
そうなんだ。馬車か。なんだか楽しみだな。
僕は一刻も早く馬車が見てみたくて、ワクワクしながら遠くに目を凝らしていた。
おやっ?
「ねえミラ。ひょっとしてあれが馬車なのかな?」
「ん?」
僕達がいる場所から外れて森の入り口辺り。そこに何だか見慣れない動物と、車の付いた大きな箱が停まっていた。
「そう。あれが馬車」
「そうなんだ! ねえ、もっと近くで見てみてもいいかな?」
進行方向だし、回り道になる訳じゃない。
ミラは歩くのも早いし、少しくらいの寄り道なら、すぐに後れを取り戻せるんじゃないだろうか?
興奮する僕に、ミラは「仕方がないなあ」といった顔をしながら「分かった」と頷いたのだった。
思えばこの時の僕は、初めて森の外に出た喜びに浮かれすぎていたんだと思う。
ミラが「馬車なんてそのうち通る」と言っていたんだから、それまで我慢しておけば良かったのだ。
しかし、僕達はわざわざ馬車を見に行ってしまった。
こんな場所に馬車が停まっているという事は、そこには乗って来た人がいる、という事に思い付きすらしなかったのである。
ミラの説明で、見慣れない大きな動物というのが”馬”で、その馬が引く車だから馬車だと言う事が分かった。
馬の数は全部で四頭。今は馬車から外されて地面に生えた草を食べているようだ。
僕達は馬車に近付いて行った。
馬もこちらの接近に気付いたのだろう。何だか落ち着かない様子で首を振るとその場で足踏みを始めた。
「・・・馬がこっちを気にしているみたいだから、これ以上近付くのは止めとこうか」
なんだか怯えているみたいだし、可哀想だ。
考えてみれば、巨人が使うような大きなこん棒(実際に巨人の使っていたこん棒なんだけど)を担いだ人間が、一直線に近付いて来るんだ。馬が怖がるのも仕方がないだろう。
「分かった」
ミラは踵を返そうとしたが――僕達の判断は少しだけ遅かった。
「その場で止まれ! お前、こちらに何の用だ!」
いつの間にか剣を構えた男が現れて、僕達に鋭く問いかけたのだ。
驚いたミラが足を止めた。
お婆ちゃん以外の人間を見るのは、ミラに次いで二人目だ。しかも自分以外の男となると初めてになる。
僕はこんな状況だけど、つい彼をマジマジと観察してしまった。
僕より少しだけ年上の男だ。確か”青年”と言うのだろうか?
青年は動きやすそうなピカピカの金属の鎧を着ている。
鎧の事は全然分からないけど、凄く立派で強そうな恰好だった。
ミラは怯えているのだろうか? 咄嗟に返事が出来ないようだ。
仕方がない。僕は代わりに青年に謝った。
「ご、ごめんなさい。馬車を見るのが初めてだったから、良く見たくてつい近付いてしまいました。用は別にないです」
「男の声? 女じゃないのか? 馬車が初めて? 何を言っている」
僕は自分が迂闊だった事に気が付いた。彼の目にはこん棒を担いだミラしか見えていなかったのだ。
僕が喋った事で余計に彼を警戒させてしまったようだ。
青年は訝しげに眉間に皺を寄せた。
「下手な言い逃れは止めろ。それに何だその大きなこん棒は? こちらの馬車に近付いて、そのこん棒で何をするつもりだった? 怪しいヤツめ。用が無いと言うなら、そのこん棒を捨ててとっとと立ち去れ」
えっ? こん棒って僕の事だよね? こんな場所に捨てられたら困るんだけど。
僕とミラは思わず顔を見合わせた。
ど、どうしよう。
ミラは僕を持ったまま一歩後ずさった。
青年はサッと顔色を変えると、油断なく剣を構えたままこちらに近付いて来た。
「それ以上動くなと言ったぞ! いいからそのこん棒を捨てろ! ん?――なっ?! 待て! なんだそのこん棒は! 人間だと?! おい、貴様! 一体何者だ!」
青年は近付いた事で僕の姿に気が付いたらしい。
ギョッと目を見開くとミラに剣を突き付けた。
「どうしたマルコ。そいつは何者だ」
「父上! 怪しい男――女? です! お嬢様を狙った輩かもしれません! 急いで安全な場所に!」
今度は森から五人の人間が現れた。
青年とよく似た装備の男が四人に、僕と同い年くらいの女の子が一人。
先頭の髭のおじさんが、青年の言葉に腰の剣を抜いた。
おじさんは男達に指示を出した。
「アンシェリーナ様は馬車に。お前達は周囲を警戒しろ。他にも賊がいるかもしれん。油断するな」
「「「はっ!」」」
ど、どうしよう。なんだか大変な事になって来たんだけど。
僕とミラは恐ろしさに青ざめてしまった。
髭のおじさんは剣を構えたまま、油断なくこちらに近付いて来た。
「なんだその大きなこん棒は――なっ! に、人間だと?! まさか生きているのか?! 一体どうやって?!」
「はい。最初は巨大なこん棒をくり抜いてその中に入れているのかと思いましたが、どうやら違うようです。おい、貴様! 一体何が目的で人間をそのような姿にしている!」
ええっ?! 目的?! な、何が目的って・・・。
どうやら彼らはミラが僕に何かをしたと勘違いしているようだ。ミラの事を化け物か何かを見るような目で見ている。
ていうか、やっぱり今の僕の姿って凄く珍しいんだね。
「あの。僕は別に目的があってこんな姿をしている訳じゃないんです」
「「しゃ、喋った!!」」
二人はギョッと目を剥いた。
「ほ、本当にこんな姿で生きているのか?」
「この目で見ても信じられん・・・」
僕はミラに頼んで、こん棒をその場に置いて下がって貰うと、二人に近くで確認してもらった。
「こうして触っても、まるで厚みを感じないんだが」
「しかし、体温はあります。それに息もしているようです」
ええまあ。息もしているし、ご飯だって食べますよ?
二人から剣呑な空気が消えたせいだろう。今度は馬車の方から女の子の声が飛んで来た。
「コランダ卿。マルコ。今のは一体何の騒ぎだったのですか?」
「あっ! アンシェリーナ様! お待ちを!」
次回「貴族の少女」